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シンガポールにおける紛争解決の新たな動き シンガポール国際商事裁判所(SICC)の創設

国際取引・海外進出
髙橋 玄弁護士

(写真:Lifestyle Graphic / Shutterstock.com)

SICCとは?

 シンガポールは、日系企業の東南アジア進出の動きの中で、多くの企業の地域統括拠点が置かれるなどして、ビジネスの観点から重要な場所となってきています。一方で、シンガポール政府は、以前より東南アジア地域のみならず世界における国際的紛争解決の重要拠点(ハブ)としての位置付けを得るべく、様々な紛争解決のシステムを創出してきました。その中でも、日系企業にとってなじみが深いのは、シンガポール国際仲裁センター(Singapore International Arbitration Centre 、通称「SIAC」)でしょう。現にSIACにおいては、コンスタントに日系企業がらみの国際的仲裁案件が係属している状況にあります。

 そのようなシンガポールの国際的紛争解決のハブの役割の中において、特に興味深い組織として創設されたのが、シンガポール国際商事裁判所(Singapore International Commercial Court、通称「SICC」)です。SICCは、シンガポール政府の肝いりで2015年1月5日に創設され、現在では運用開始後おおよそ2年が経過しようとしています。本記事では、このSICCの運用状況を創設以来ウォッチしてきた弊職らによるSICCに関する分析と、SICCに関する最新動向を解説します。

SICCの特徴

 SICCとは、いったいどのような特徴を有する組織なのでしょうか。誤解をおそれずに簡潔に言うのであれば、SICCは、従来の裁判システムと仲裁システムをミックスしていいとこ取りをしたような組織です。以下では、SICCが具体的にどのような特徴を有しているのか、上記の観点を踏まえてご紹介します。

あくまで裁判所であること

 SICCは、その名前からも分かるとおり、シンガポールの裁判所の組織の1つです。具体的には、SICCは、シンガポールの高等裁判所(High Court)における専門部として位置づけられています(なお、名称が高等裁判所ですが、日本の高等裁判所と異なり、大規模訴訟案件の第一審受訴裁判所という機能を果たすところです)。裁判所としての性質を有するがゆえ、SICCには以下の特徴を見出すことができます。

  • 公的な裁判手続を利用するため、手続は比較的迅速で安定性が高い。
  • 第三者の訴訟参加および訴訟告知が容易にできる。
  • 職業裁判官が判例に依拠して判決を下すため、判決内容の予測可能性が高い。
  • 一般に手続進行に要する費用はそこまで高額にならない。
  • 原則として判断内容に対して上訴することができる。

仲裁と類似する特徴

 SICCが創設された理由の1つとしては、従来のシンガポールの裁判所のシステムも、SIACのシステムも、国際的紛争の当事者にとって一部使いにくい側面があったため、その欠点を補う組織を作るというポイントを挙げることができます。中でも、SICCは、裁判所でありながら以下のような国際仲裁に類似する制度を取り入れているところが非常に特徴的です。

  • 当事者の合意によって初めて手続を係属させることが可能。
  • 外国法裁判官(コモンロー、シビルロー両法域)による訴訟指揮がなされる。
  • 外国法弁護士も、登録をすれば当事者の代理人を務めることができる。
  • 証拠調べルールは柔軟であり、必ずしもシンガポールの証拠法を用いる必要がなく、他の手続法に基づく証拠調べも可能。したがって、ディスカバリーも必須ではない。
  • 外国法に関する事項を、専門家の証人尋問等を経ることなく、主張書面(submission)のみにより採用してもらうことが可能である。
  • シンガポールと無関係な紛争については、広く非公開とすることが認められる。
  • 当事者の合意により、上訴を禁止することができる。

 以上の点を整理し、シンガポールにおける通常裁判とSICCとの主な違いを整理すると以下のとおりとなります。

通常裁判 SICC
手続開始に際しての両当事者の合意の要否 不要 必要
外国裁判官の関与 なし あり
外国法弁護士による代理の可否 不可 可能
手続の公開 原則として公開 原則として公開であるが、非公開となる事案が多い
証拠調べの準拠法 シンガポール証拠法に基づく シンガポール証拠法に基づく必要はない
外国法に関する事項の取扱い 証人尋問等を通じて立証する必要 主張書面(submission)の提出で足りる
ディスカバリーの要否 必要 不要
上訴の可否 可能 可能であるが、両当事者の合意で上訴禁止とできる

その他の注意点

 上で見てきたような魅力的な特徴を有するSICCですが、SICCが審理の対象とできる案件には一定の制限があります。具体的には、国際的かつ商業的」な事案のみ、当事者の合意を前提に審理の対象とすることができることとされています。すなわち、一定の例外はあるものの、純粋にシンガポールに籍を置く企業同士の争いであればSICCの審理対象から外れますし、また、SICCは刑事事件や行政事件を取り扱うことはできません。

 なお、SICCにおける初期の事件の大半は、高等裁判所の通常部から移送されてきた事件でした。いったん高等裁判所に係属した事件であっても、当事者の同意を前提として移送が可能な制度となっているので、現実的には、今後もしばらくはSICCの審理する事件は高等裁判所の通常部からの移送事案が多くなることが見込まれます。

シンガポール国際商事裁判所

写真はシンガポール国際商事裁判所(SICC)

SICCの課題

 SICCの創設当初は、なかなか係属する事案がなく、判決等の前例もないことがSICCを利用するハードルとなっていました。しかしながら、後にも触れるように、SICCの係属事案は徐々に増えており、その問題は解消されつつあるといえます。

 そのような中で、SICCの創設当初より課題とされ現在でも最も大きな課題と捉えられているのは、SICCの判決を外国で執行できるかどうかという点です。

創設当初の状況

 前述のように、SICCは、あくまでもシンガポール国内の裁判所体系の一部として創設されたので、その判決をシンガポール国外で執行するにあたっては、原則として、執行を求める国でのSICC判決の個別の承認・執行手続が必要になります。これは、SIACの仲裁判断が、外国仲裁判断の承認および執行に関する条約(ニューヨーク条約)の締結国の範囲内では、原則としていかなる場合であっても執行可能であることと対照的です。SICC創設当初、シンガポール政府もこの点を課題として認識し、多国間条約や二国間条約の枠組みの中で、SICC等の裁判所の判決を相手国において執行してもらえるよう合意すべく活動を続けていました。

 シンガポール政府が最も重視していたのは、仲裁におけるニューヨーク条約の裁判版ともいえる国際裁判管轄の合意に関する条約(ハーグ条約)への加盟・批准を果たすことです。ハーグ条約は、ニューヨーク条約同様に加盟国間での互いの裁判の執行を義務付ける内容を有するため、シンガポールにおける判決を国外で執行する場面において非常に重要な役割を果たし得る条約です。ハーグ条約には、早い段階で、EU諸国(デンマークを除く)、米国、メキシコなどが加盟を果たしていました。

現在までの改善点

 シンガポールは2015年3月に、ハーグ条約への加盟を果たしました。また、その後、ハーグ条約を国内において実施するための国内法も整備し、2016年6月には批准の手続を済ませ、同年10月にはハーグ条約がシンガポール国内において効力を発生するに至りました。これにより、同じく批准にまで至っているEU諸国(デンマークを除く)やメキシコとの関係においては、SICCの判決も問題なく執行できる状況が確保されました。日系企業の立場から見ると、相手国がEU加盟国である契約を締結する場合には、SICCの手続を利用することに関する障害は低くなったといえるでしょう。

最新動向および2017年に向けての提唱

最新動向

 創設当初は利用が進まなかったSICCですが、近時は高等裁判所の通常部からの移送事案を含み、複数の案件が同時に係属している状況が続いています。弊職らの把握する限り、創設以来、少なくとも5件以上の事案が係属し、そのうち少なくとも1件で終局判決が出されています。また、日系企業にとっての大きなポイントである日系企業の利用状況に関しても、2016年中に、実質的に日系企業であるBVI法人同士の紛争事案が1件係属していたことが明らかになっています。今後さらに日系企業がらみの案件が蓄積されていくかどうかは注意して見守りたいところです。

 日系企業が利用する上での重要なポイントの1つとしては、外国法裁判官に日本人裁判官が含まれており、また、日本法の有資格者で外国法弁護士としてSICCに登録を行っている弁護士も複数名いることがあげられます。特に、日本人裁判官としては、谷口安平京都大学名誉教授が、日本を代表する立場で裁判官のパネルの一人として選任されています。上記の日系企業の事案でもそうであったように、今後日系企業にからむ案件が係属した場合には、谷口裁判官がその事案を担当する可能性も相応にありそうです。

今後に向けての提唱

 日系企業において、外国企業との契約締結の際、紛争解決機関としてSICCを選ぶという決断をすることは、なお容易なことではないでしょう。しかしながら、ハーグ条約の枠組みはより世界的な広がりを見せ、また、SICCにおける前例も蓄積され、安心して用いることができる機関であるという点がより一般に周知されれば、日系企業による利用も少しずつ増えていくことも予想されます。2016年は、かかる観点からは、SICCにとって大きな動きのある一年となりました。2017年に向かい、シンガポールが、SICCの創設を通じて紛争解決手段に大きな選択肢を1つ追加できるのか、今後注視したいと思います。

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