企業法務担当者のための英文翻訳レベルアップ勉強法

第2回 英米法の知識をもとにどう適切な翻訳を当てるか

取引・契約・債権回収
山本 志織

第1回 法律事務所の翻訳者はどんな業務をしているか」では、法律事務所における翻訳者と翻訳業務や、翻訳の学習について述べました。今回は、英米法と英文契約の学習方法と、そのうえで行う法律翻訳のコツについて、企業法務担当者も参考にできるヒントとアドバイスも交えつつお伝えします。
なお、本稿は、筆者個人の見解であり、筆者の所属する法律事務所の公式の見解ではありません。

企業法務担当者も参考にできる英米法・英文契約の学習のヒントとアドバイス

英米法・英文契約の理解と習得が、翻訳能力向上の近道

たとえば英文和訳においては、翻訳対象の英語を、文法を含め、正確に理解することが必要です。複雑かつ長文の文章については、特に翻訳者になった当初は、法的知識の不足を補うため、文法上の修飾関係を正確に理解し、読み解く能力が重要です。この作業段階を省略したり、面倒だと感じていたりしていては、一人前の翻訳者にはなれません。

条項の文法を正確に読み解くことだけでは補いきれない場面では、英文契約・アメリカ契約法について理解していることが拠り所になります。たとえば、アジア言語の契約が、英語に翻訳され、その英語を和訳しなければならない場合、そもそもの英訳が、アジア言語に引っ張られ、英語ネイティブが記載するような自然な英語ではないことがあります。そのようなときには、英文契約なら通常どのような意味の条項を規定するだろうかと頭を働かせながら翻訳する必要があります。

法律翻訳能力を向上しようとするうえで、最終的に行き着くのが、英米法・米国法・英文契約・アメリカ契約法の理解を習得することです。

知識を習得するための勉強の場

知識の習得方法としては、企業内勉強会、外部の有志勉強会、学会、大学機関の講座(科目聴講や一般公開講座を含む)、オンライン学習講座(edX、Courseraなど)、日本翻訳者協会法律翻訳分科会(JATLAW)、各種セミナー(法律関係の出版社、各々の法律事務所が主催しているものなど)、米国ロースクール(数週間の夏季講座から1年近くのLLMまで)など、さまざまなものを活用することができます。

ちなみに、米国に滞在することなく日本にいながら米国LLMを取得できる通学制ロースクールは、テンプル大学ジャパンキャンパス・ロースクールしかありません。また、同校では、LLMの学位を取得しなくても、LLMよりも少ない単位を履修して証書(Certificate)を取得したり、科目を聴講(Audit)したりすることもできます。なお、筆者は、テンプル大学ロースクールのLLMを取得しているとともに、日本翻訳者協会法律翻訳分科会(JATLAW)運営委員会委員を担当しています。

学習の参考となるおすすめの書籍

書籍を読み、基礎知識を習得することをおすすめします。

(1)アメリカ法全般

「アメリカ法への招待」
アメリカ法への招待
  • アメリカ法への招待
  • 著者:E・アラン・ファーンズワースほか
  • 定価:本体2,500円+税
  • 出版社:勁草書房
  • 発売年:2014年

アメリカ法の概要を簡単に知るためには、一番良い入門書だと思います。入門書といっても、内容は深いです。コロンビア大学ロースクールのファーンズワース教授が執筆した英語の書籍の和訳版です。ファーンズワース教授は大変著名な契約法の教授であり、筆者もお会いしたことがあります。

「現代アメリカ法入門 アメリカ法の考え方」
現代アメリカ法入門

最近日本語で出版されたアメリカ法を網羅している書籍の中では、一番有用なもののひとつかと思います。アメリカのロースクール事情や、ディスカバリーや陪審制度など、アメリカ特有の法制度を取り上げています。

「英米法総論(上)」「英米法総論(下)」
英米法総論(上)
  • 英米法総論(上)
  • 著者:田中英夫
  • 定価:本体3,500円+税
  • 出版社:東京大学出版会
  • 発売年:1980年
英米法総論(下)
  • 英米法総論(下)
  • 著者:田中英夫
  • 定価:本体3,800円+税
  • 出版社:東京大学出版会
  • 発売年:1980年

少し古いですが、英米法の概説書としては、上下あわせて、もっとも権威ある基本書かと思います。

「英米法辞典」
英米法辞典
  • 英米法辞典
  • 著者:田中英夫(編集代表)
  • 定価:本体15,000円+税
  • 出版社:東京大学出版会
  • 発売年:1991年

いわずと知れた、もっとも権威のある、英米法の法律用語辞典かと思います。

その他のおすすめの書籍
  • 「現代アメリカの司法」浅香吉幹、東京大学出版会(1999年)
  • 「アメリカ法ベーシックスシリーズ(アメリカ憲法、アメリカ民事手続法、アメリカ不法行為法、アメリカ製造物責任法、アメリカ労働法、アメリカ渉外裁判法、アメリカ証券取引法など)」弘文堂

(2)アメリカ契約法

「アメリカ契約法(第2版)(アメリカ法ベーシックス1)」
アメリカ契約法(第2版)(アメリカ法ベーシックス1)

アメリカ契約法全体を知るためには、日本で出版されている書籍の中では、最も基本的で、広く読まれている書籍かと思います。

その他のおすすめの書籍
  • 「英文契約書レビューに役立つアメリカ契約実務の基礎」石原坦、レクシスネクシス・ジャパン(2016年)
  • 「米国人弁護士が教える英文契約書作成の作法」チャールズ・M・フォックス、商事法務(2012年)

(3)英文契約

「英文契約書の書き方(第2版)」
英文契約書の書き方(第2版)

初版は1990年代に出版され、ロングセラーの英文契約書籍です。「英文契約書の読み方」という姉妹編もあります。

「英文ビジネス契約書大辞典(増補改訂版)」
英文ビジネス契約書大辞典(増補改訂版)

海外法務の仕事をしている法律事務所や企業法務部にとって、大変役立つ英文契約書籍かと思います。ボリューム面(1,300ページ以上、契約条項例800以上)においても、クオリティ面においても、他に類を見ない書籍です。

「山本孝夫の英文契約ゼミナール」
山本孝夫の英文契約ゼミナール

新人法務部員を登場人物としたストーリー仕立てで、英文契約条項について学ぶことができます。

その他のおすすめの書籍
  • 「英文契約書の基礎知識」宮野準治・飯野恵美子、ジャパンタイムズ(1997年)
  • 「元商社ベテラン法務マンが書いた英文契約書ハンドブック」宮田正樹、日本能率協会マネジメントセンター(2016年)
  • 「英文契約書の理論と実務」大塚章男、中央経済社(2017年)

英米法・英文契約を学習したうえで行う、法律翻訳のコツと留意点

法体系は異なっていても、似た法的概念をもつ法律用語を当てる

日本語と英語の法律用語は、日本法と英米法(大陸法とコモンロー)という異なる法体系に基づくため、日本語と英語の法的概念が100%一致することは少ないです。かといって、正確性に重きを置くあまり、日英の翻訳に支障をきたすようなことがあってはなりません。そのためには、翻訳対象言語の用語を翻訳先言語に置き換えるとどのような概念が一番近いのか判断し、最適と思われる用語を選択する能力が必要となってきます。前提として、英米法の概念を理解していることが必要となりますし、日本法との概念の相違も理解しているとなお良いです。理想的なのは、日本人のみならず外国人が読んだときにも当該表現の意味が理解でき、また正確にイメージできることです。

実際には、日英の法的概念を比較したうえで、一定程度英語の法的概念が類似していたら、日本語の英訳として当てる判断をします。また、場合により、日英の法律概念が相違し、当該文脈においてその英訳を当てるべきではないと考えた場合には、直訳であっても日本語により沿った言葉を当てるよう判断を行うこともあります。以下に一例をご紹介します。

英文和訳(例)

日本法と英米法上100%一致する概念ではなくても、法律翻訳業界における一般的な慣行としても、「lien」は「先取特権」と和訳され、定着しています。

和文英訳(例)

「代物弁済」はaccord and satisfactionと英訳することが多いです。日本法と英米法に基づく以上、100%一致しているわけではないとはいえ、十分類似する概念であれば、和文英訳にあたって当該英語を当ててよいでしょう。また、他の英訳の例として、日本ローン債権市場協会(JSLA)のサイトにも公表されているコミットメントライン契約の英訳(Commitment Line Agreement, Revolving Credit Facility Agreement)においては、deed-in-lieu of performanceという、英米法上の概念ではない英訳(日本語を直訳した英訳)が当てられています。

翻訳先言語として自然な表現となるようにする

英文和訳であれば、日本語として読んだときに自然な和文になること、和文英訳であれば、英語として読んだときに自然な英文になることが重要です。

契約の場合には直訳に近くて構いません。しかし、たとえば、レター類、ニュース、プレスリリースなど、厳格に法的解釈を行う必要のある法律文書以外の文書であれば、直訳から離れても、翻訳先言語として読んだときに、自然で読みやすいような文章構成や表現を使用すべき場合もあります。また、レター類は「である」調よりも「ですます調」が翻訳として好まれることも多いです。

英文和訳(例)

「The truth is elusive」を訳す場合には、日本語の語彙力を働かせて、「真実は闇の中」、「真実は謎に包まれている」、「真実は捉えどころがない」、「真実は把握しにくい」など、複数のバリエーションがぱっと思い浮かぶようになるとよいです。

和文英訳(例)

「近年、AIに対する関心が高まっている」を訳す場合には、”Interest in artificial intelligence has been increasing in recent years.”といった平凡な英訳のみならず、”Recent years have witnessed an increasing interest in artificial intelligence.”といったナチュラルな英語表現・構文も使いこなせるようになることが望ましいでしょう。

日本法令外国語訳データベースシステムを利用する

日本法令外国語訳データベースシステムは、内閣官房の「法令外国語訳推進のための基盤整備に関する関係省庁連絡会議」の決定を受け、法務省が開設したページです。法令に関する記述のある文書を翻訳するときに、とても役立つツールであり、参考にすることをおすすめします。

当該データベースの特徴(性質)については、サイトの冒頭に、以下のとおり規定されています。

ご利用上の注意:
この「日本法令外国語訳データベースシステム」に掲載している全ての翻訳は、公定訳ではありません。法的効力を有するのは日本語の法令自体であり、翻訳はあくまでその理解を助けるための参考資料です。このページの利用に伴って発生した問題について、一切の責任を負いかねますので、法律上の問題に関しては、官報に掲載された日本語の法令を参照してください。

筆者の所感としては、当該データベースは一般論として信頼性は高いです。翻訳対象文書に日本の法令の条項が記載されているときには、多くの場合、日本法令外国語訳データベースシステムの英訳を引用して、間違いはないと思います。ただ、翻訳者が責任をもって仕事に当たるには、最終的には当該データベースに完全に依拠することなく、自分でも翻訳をチェックするくらいの意識をもったほうがよいでしょう。

当該データベースの辞書検索で「期限の利益を喪失する」の英訳を検索すると、To be acceleratedとTo forfeit the benefit of timeがヒットしますが、前者のほうが一般的な表現です。また、データベースでヒットしなくても、To become immediately due and payableという英訳も、To be acceleratedと同じか場合によってはそれ以上頻繁に使用されます。翻訳者はこういった点も考慮して、データベースを参考にしつつも、あくまで最終的には自分の判断で英訳しましょう。

英語以外の外国語を参照して適切な訳を探す

英語以外の外国語ができると、法律翻訳の用語選択のリソースが増えるため、さらに奥深い勉強方法が可能となります。たとえば、日本語の翻訳として適切な英訳を探すために、外国語を参照することができます。また、外国語由来の用語に対応する日本語や英語を調べて、正確にニュアンスを伝える翻訳を当てようとすることもできます。

「特許権の実施」の「実施」について外国語を調べる場合(例)

「特許権の実施」の「実施」について、外国語を調べる場合、以下の手順で考えることができます(実際に筆者が「実施」を英訳するときに取った手順です)。

  1. 「実施」は、もともとドイツ語のDurchsetzungに由来する用語です。
  2. Durchsetzungに対応する日本語には、「実現」「遂行」「実施」「強行」「執行」「貫徹」などがあり、対応する英語には、enforcement, implementation, establishment, achievement, accomplishmentなどがあります。
  3. 米国や欧州のサイト(ドイツ語のDurchsetzungを英語に翻訳しているドイツのサイトを含む。)を見ると、「enforcement of patent right(s)」という表現があります。
  4. また、ドイツ特許法(Patentgesetz)では、特許権の「実施」は、一般的に「使用」(use)を意味するBenutzungという用語が使用されています。
  5. German Patent and Trade Mark Officeのホームページに、exploitという用語を使用した英語版ページがあります。「特許発明の実施」なら、「exploitation of patent invention」と英訳されています。
  6. 独日辞典には、「特許実施」につき、Patentausübungという用語が出ています。Ausübungという用語は、日本語では「行使、執行」といった意味です。対応する英語を調べたところ、「exercise, practice, administer, perform」でした。
  7. 日本法令外国語訳データベースシステムでは特許法における「実施」の英訳は「working」という用語が出ています(特許法2条)。

特許の「実施」の英訳だけでも、上記のとおり、これだけの英語候補を見つけることができます。


次回は、法律事務所の翻訳者の視点から、企業法務担当者が法律事務所へ翻訳を依頼する際の留意点についてお話しします。

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