法務担当者がおさえておきたいAI開発契約8つのポイント
第3回 AIの開発・利用に際して生じる可能性のある損害について契約ではどのように定めたらよいか
IT・情報セキュリティ
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目次
※本連載はSTORIA法律事務所 ブログ掲載の「「AI・データの利用に関する契約ガイドライン」に学ぶAI開発契約の8つのポイント」の内容を元に加筆・修正したものです。
ベンダがユーザに対して負担する3種類の責任
AIの開発・利用に関してベンダがユーザに対して負担する可能性がある責任は以下の3つに分類できるのではないかと思います。
- AI開発遂行に際してユーザに生じた損害についての責任
- 成果物であるAIソフトウェアの利用によりユーザに生じた損害についての責任
- 成果物であるAIソフトウェアをユーザが利用したことによりユーザが第三者の知的財産権を侵害した場合の責任
AIソフトウェアの生成フェーズ(学習フェーズ)と利用フェーズ(推論フェーズ)に分けて図示するとこのようなイメージです。
AI開発遂行に際してユーザに生じた損害についての責任
ベンダが、通常の技術レベルを持つAIベンダであれば発生しないレベルのミスを犯したことにより、学習に通常では考えられない期間を要したため、納期に間に合わなかった。
当然のことですが、AI開発契約の法的性質を準委任契約としたからといって、受任者であるベンダが一切責任を負わないということではありません。
準委任契約においても、ベンダは「善管注意義務」(民法644条。委任の本旨に従い、善良な管理者の注意をもって、委任事務を処理する義務)を負っています。
したがって、この「開発遂行に際して生じた責任」についてはAI開発と通常のシステム開発を区別する合理性がないことになります。 そこで、モデル開発契約第22条1項では以下のように定めています。
「ユーザおよびベンダは、本契約の履行に関し、相手方の責めに帰すべき事由により損害を被った場合、相手方に対して、損害賠償(ただし直接かつ現実に生じた通常の損害に限る。)を請求することができる。ただし、この請求は、業務の終了確認日から◯か月が経過した後は行うことができない。」
成果物であるAIソフトウェアの利用によりユーザに生じた損害についての責任
工場における半製品の異常検知検出AIをベンダが開発してユーザに納品、ユーザが自社の工場において当該AIを利用したところ、AIソフトウェアが異常を見落としてユーザが不良品を顧客に出荷してしまい大きな損害を被った。
2の「AI開発遂行に際してユーザに生じた損害についての責任」と異なり、「AIソフトウェアの利用によりユーザに生じた損害についての責任」については、ベンダにその責任を問うことがかなり難しいのではないかと思われます。
これは第1回で紹介した、通常のシステム開発とAIソフトウェア開発との相違点に由来するものであり、「未知の入力(データ)に対する学習済みモデルの事前の性能保証が技術上難しい。」というのが大きな理由です。
さらに、AIガイドラインでは「因果関係等につき事後的な検証等が技術上困難である」「学習済みモデルの性能等が学習用データセットに依存する」「AI生成物の性質等が利用段階の入力データの品質に依存する」という点を指摘しています。
したがって、AI開発契約においては、この「AIソフトウェアの利用によりユーザに生じた損害についての責任」については、ベンダは責任を負わないとするか、負うとしても一定の損害額の上限を設けるのが合理的ではないかと思われます。
モデル開発契約第20条では、学習済みモデルなど成果物等の使用等による責任をベンダは原則として負わないと定めています。
ユーザによる本件成果物等の使用、複製および改変、並びに当該、複製および改変等により生じた生成物の使用(以下「本件成果物等の使用等」という。)は、ユーザの負担と責任により行われるものとする。ベンダはユーザに対して、本契約で別段の定めがある場合またはベンダの責に帰すべき事由がある場合を除いて、ユーザによる本件成果物等の使用等によりユーザに生じた損害を賠償する責任を負わない。
もちろん、当事者のニーズや力関係によっては、学習済みモデルの利用によって生じた損害についてもベンダに責任を負って欲しいということはあり得ると思います。ただ、その場合でも、賠償の対象となる損害額については一定の上限を設けることが合理的であることが多いと思われます。上限を設ける場合、モデル開発契約第22条2項「ベンダがユーザに対して負担する損害賠償は、債務不履行、法律上の瑕疵担保責任、知的財産権の侵害、不当利得、不法行為その他請求原因の如何にかかわらず、本契約の委託料を限度とする。」と同様の条項を設けることになります。
成果物であるAIソフトウェアをユーザが利用したことによりユーザが第三者の知的財産権を侵害した場合の責任
ある学習方法についてA社により特許登録がなされていた。ベンダが当該特許をA社に無許諾で実施して学習済みモデルを生成してユーザに提供し、ユーザが不特定多数の第三者に当該モデルを提供し始めたところ、A社から特許権侵害であるとの警告書が届いた。
この「成果物であるAIソフトウェアをユーザが利用したことによりユーザが第三者の知的財産権を侵害した場合の責任」は「AIソフトウェアの利用によりユーザに生じた損害」の一種ですが、知的財産権侵害についてはユーザの関心が非常に高いため別に検討する必要があります。
ユーザとしては、ベンダに対して、知財の非侵害保証(第三者の知的財産権を侵害しないことの保証)を求めることも多いのですが、一般論としては、ベンダにおいて海外特許を含め侵害の有無を完全に調査検証することは費用面から非常に困難であることも少なくありません。
そこで、大まかな考え方としては、以下の3つがありえます。
- 一切保証をしないパターン
- 著作権非侵害のみ保証するパターン
- すべての知的財産権の非侵害を保証するパターン
2で著作権の非侵害のみ保証するパターンがあるのは、著作権(たとえばプログラムの著作権)については、侵害成立の要件として依拠性(平たくいえば「パクリだとわかりつつパクった」こと)が必要とされるため、ベンダにおいて侵害がないことを保証できる場合が多いと思われるためです。
モデル開発契約においては、上記2(第21条B案)と3(第21条A案)を提案しています。
まとめ
3回にわたってAIガイドラインをもとにAIソフトウェア開発における契約のポイントを解説しました。
AIソフトウェア開発において、契約交渉が自社の成長、ひいては産業の成長を妨げることがないよう、ユーザ・ベンダ間だけでなく、自社内の経営層・事業部門・法務・知財部門との間で共通の認識を持っていただければと思います。
改めて本連載で解説したAIソフトウェア契約における8つのポイントを再掲します。
性能保証、検収、瑕疵担保
- AIの特性と限界の相互理解
- プロセス・契約を分割する
- 開発契約の内容を工夫する
- 材料・中間成果物・成果物について、何が知的財産権の対象となるのか・ならないのかを知っておく
- ポイント4についてデフォルトルール(=法律上のルール)として誰がどのような権利を持っているかを知っておく
- 契約条項をどのようにして自社に有利にデザインするかを知っておく(「権利帰属」にこだわらず「利用条件」で「実」をとる)
- 契約の限界を知っておく
- AI開発における「責任」の種類を知り、契約でコントロールする
権利・知財
責任

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