スタートアップ起業家の「法」との向き合い方

第5回 法的解釈を発信し、オンライン診療の市場をつくる - メドレー

ベンチャー

近年、デジタルの世界にとどまっていたインターネットがリアルの世界を侵食し、UberやAirbnbといった既存産業の法規制と衝突するプロダクトが生まれている。また、ブロックチェーン技術といった既存の法律が想定していない技術革新が起き、次々と制度的な対応も迫られている。このような環境変化のなか、スタートアップの起業家は、今まで以上に法制度と対話していくことが求められるようになった。

本連載では、弁護士であり、ベンチャーキャピタリストである株式会社ドリームインキュベータの下平 将人氏がモデレーターとなり、起業家へのインタビューを通じて、スタートアップがどのように「法」と向き合っていくべきかに迫っていく。

第5回は、株式会社メドレーの取締役で法務統括責任者を務める田丸 雄太氏にお話を伺った。メドレーは、医療介護分野における情報サイトや、人手不足の解決に向けたサービスなどを提供している。2016年2月にリリースしたオンライン診療アプリ「CLINICS(クリニクス)」は、インターネットを通じて予約からビデオチャットによる診察、決済や薬・処方せんの配送までを提供するサービスで、これによりオンライン診療が可能となる。利便性の高いサービスを提供している一方で、医師法や医療法との関連性が問われる、リーガルの視点が重要な事業を運営しているといえる。

田丸氏はホワイト&ケース法律事務所に勤めていた経歴を持つ弁護士。法律事務所からスタートアップへ活躍のフィールドを移した田丸氏に、事業における「法」との向き合い方についてお話しいただいた。

「納得できる医療」を実現するためにファクトを積み上げる

メドレーのミッションを教えてください。

メドレーのミッションは、「医療ヘルスケア分野の課題を解決する」というシンプルなものです。医療ヘルスケアの業界は、もともと命と直接関わる業界ゆえに、他業界以上に変化に慎重という背景もあり、インターネット化の恩恵をまだまだ受けられていません。メドレーでは、インターネットの力を使って課題を解決していくことをミッションとし、「納得できる医療」の実現を目指しています。

「納得できる医療」とはどのようなことでしょうか。

たとえば、手術が成功しても、患者側が満足しているかどうかは、医師とのそれまでのコミュニケーションや信頼関係など感情の問題が大きく影響してくると思います。一方で、仮に手術が失敗したとしても、事前に患者とご家族、医師がしっかり話した上での選択であれば「医師を信頼して任せたのだから後悔はない」という納得感もあると思います。

この「納得感」はすごく難しい概念ではありますが「自分で納得してその治療を選んだか」ということだと考えると、まず壁となるのは、医師と患者側との間で情報の非対称性です。必要な情報を知らないことには、どうすればいいかわかりませんから。そこでメドレーでは、この情報の非対称性を埋めていくために、臨床経験のある医師が社内に常駐して、薬や疾患、病院などの情報を集約するオンライン医療事典「MEDLEY(メドレー)」を運営しています。

医療ヘルスケアの課題は山積していますが、まずは「納得できる医療」を実現することをビジョンに掲げ、事業に取り組んでいます。

メドレーの事業の中でも「CLINICS」は、リーガルの視点が重要な事業のように感じています。外部の弁護士の選び方や付き合い方、彼らの力の引き出し方はどのようにされているのでしょうか。

「CLINICS」をスタートするにあたり、法令解釈に対するしっかりとした体制をつくることがより重要になっていくということを踏まえて、法務を統括する責任者、いわゆるジェネラル・カウンセルとして私が入社することになりました。医療ヘルスケアの領域は法令という意味では割とクリアな領域ではあるので、まずは自分自身が事業にしっかり入り込み課題を整理したのちに、外部の弁護士には専門性に応じた個別の論点について必要に応じてアドバイスを受ければいいというスタンスです。

医療・ヘルスケア領域における特有のリーガル判断の難しさはありますか。

医療は患者の命や健康を背負ってきた歴史があるので、ファクトや実証されたエビデンスをベースとした制度運用が非常に重要です。困っている患者がいる、というファクトやエビデンスが他の領域に比べてより重要視されるということです。たとえば、離島やへき地で患者が病院に行けずに困っているというファクトをベースとして、遠隔診療の規制緩和が行われきた歴史があります。

これが、金融庁や経済産業省、法務省が所管する領域の場合は、「(法文の解釈として)弁護士はこういうふうに解釈している」、「過去の判例をベースにすると、こういう風な考え方が正解である」という意見書を提出して、官公庁とも折衝していくことが重要となります。もちろんどの領域でもファクトは重要ではあるのですが、こと厚生労働省の管掌領域に関しては、医療の現場のことをわかっていないとそもそも話になりません。リスクコントロールのために、第三者である外部弁護士の見解として、意見書を提出することはありますが、単純に論理だけで認められる世界ではなく、現場で起きているファクトなどが非常に重視されるのが、医療ヘルスケア領域の難しいところです。

株式会社メドレー 取締役 法務統括責任者 田丸 雄太氏

株式会社メドレー 取締役 法務統括責任者 田丸 雄太氏

スタートアップの法務担当者に求められる「逃げない力」

スタートアップの法務担当者に求められる資質やスキル、マインドセットについて、どのようにお考えでしょうか。

「現状クリアにわかっているところはどこまでなのか?」「そこから先は誰もわからない世界なのか?」「誰かわかる人がいる世界なのか?」と、ロジカルに問題を切り分ける力がすごく必要になります。また、わからないことに関して外部のリソースを利用することが可能なのか判断するセンスや嗅覚も重要です。そういった素養でいうと、1つの領域に関して専門性を高めたプロフェッショナル型というよりも、色々な物事に対して吸収力が高く、バランス感を持ってリスク判断していける人が、スタートアップの初期における法務には必要だと思います。

アドバイスを行う外部の弁護士の立場と違う点として、事業を進めていく中では、どうしても「自ら」決めなければいけないことが出てきます。自分が意思決定をする中で、どういうリスクを取るのかを感じながらも、きちっと説明責任、結果責任を取る意思決定ができるような「逃げない力」がマインドセットとして大事になってきます。そのマインドがなくスタートアップに入ってしまうと、結局周りから「あの人は何も決めてくれない」という評価をされてしまうと思います。

基本的にはアドバイザリーの立場である法務パーソンにとって、逃げない力を培うのはすごく難しいことかもしれませんが、「磨き方のコツ」のようなものがあれば教えてください。

私自身、この会社に入って法務の統括責任者を経て、コーポレート法務全体を見る取締役になって、「ポジションが人を育てる」というのはよく言ったものだなと思っています。結局、決めないといけないポジションにならないと本当の意味で責任を持った意思決定をするのはなかなか難しい。私が法律事務所に勤務していた時にも、「私だったらこうすると思います」というアドバイスをすることを心がけて逃げない意思決定のサポートをしてきたと思っていました。ところが、実際に会社の中に入って「自分が決めるともうそれが会社の意思決定になる」という状態になると、「うわ、まだ決められない」ってすごく思うんですよ。社長と擦り合わせながら会社としての意思決定をしていく中で、社長から「任せる。お前がもう決めろ」と言われた時に初めて、「あ、こんなレベルの情報収集では足りない。まだ決められない」と気づいてくるという。

なので、決めなければいけないという状態になってから、自分の中での情報収集に必要な粒度や深さといったセンスが磨かれていくと思います。私も部下には、「自分が決めるってなった時に、これで決められるの?」と聞くようにしています。「情報をあげてきてくれたけども、僕はこの情報では決められない。どのポイントが足りないと思う?」と。意思決定の経験を積んでいくことで、逃げない力は磨かれていきます。

株式会社ドリームインキュベータ ビジネスプロデューサー 下平 将人氏

株式会社ドリームインキュベータ ビジネスプロデューサー 下平 将人氏

情報発信を通じてオンライン診療の市場をつくる

オンライン診療について、現行の制度における適法性についてはどのように考えればいいでしょうか。

直近では、平成30年4月から施行されている診療報酬制度に、オンライン診療料やオンライン医学管理料という項目が新設され、疾患の限定付きで保険収載されました。保険適用が正式に決まったという意味では、晴れてオンライン診療というものが、一定の医療的認知度を得たと考えています。

適法性という観点でいえば、医師法20条に「医師は診察をしないで治療をしたり、処方せんを交付などしてはいけない」と定められていたことに対し、平成9年に当時の厚生省が、「患者からの情報取得が対面と同等程度にできるのであれば、対面と適切に組み合わせることを前提に、オンラインで診療を実施したとしても、医師法上は違法ではない」と通達した時点からオンライン診療・遠隔診療が「違法ではない」状態になりました。

その後平成27年に厚生労働省から出された事務連絡では、これまでオンライン診察の適応例として離島やへき地、糖尿病や高血圧などの慢性疾患の患者への診察があげられていましたが、「これはあくまで例示列挙であって、限定列挙ではない」ということが明確化されました。ですから、実は平成9年から医師法上の解釈のステータスは変わっていなかったことになります。ただ、医師法上オンライン診療に対して1つの指針は示されたとしても、具体的なケースについては誰も何も言っていないし、決まっていない状態でしたから、それに取り組む事業者も生まれていない状態でした。これが平成27年の事務連絡で一転、オンライン診療の可能性が拓かれたというわけです。

これまでオンライン診療のプレイヤーが少なかったので、法的な部分がネックとなり、なかなか導入に踏み出せない医療機関は実際いました。だからこそ、我々が市場をつくらなければいけないと、意識しています。そこで私が入社してから最初に時間をかけて取り組んだのは、「遠隔診療の法的整理ブログ」での情報発信です。しっかりと議論の土壌を作りたかったので、論点をいくつかに分け、そこに対する法的論拠などを丁寧に説明しながら、オンライン診療で出来ること・出来ないことなどを解説しました。

なるほど。医療機関側からすると、オンライン診療システムの使い方をオペレーションに落とし込む際に、色々と疑義を抱く部分がありそうですね。そうなると、ブログもその一つかもしれませんが、PR活動や営業活動の中で、医療機関に納得してもらうプロセスが重要そうですね。

まず、遠隔診療の法的整理ブログの内容をパンフレット化し、サービス資料請求の画面に設置し、法的に問題ないということを発信しました。また、営業資料の中にもQ&A形式で載せることによって、ある程度の疑問を事前にカバーできるようにしています。導入いただいた医療機関から具体的な質問が発生した場合は、当社でヒアリングをして、それから厚生労働省の本局へ確認します。

また、確認した内容についてはブログだけでなく、遠隔医療学会においても情報発信しています。そこで、学会に来ている医療機関の皆様に対しても法的視点での理解を深めてもらったりもしました。こうした取り組みを経て、今年には診療報酬も新設され、厚生労働省による運用指針も出され、扱いがかなり明確になったと感じています。現在では営業活動の中で、遠隔診療の制度面について、適法性に関する部分のみならず診療報酬制度やガイドラインの内容も踏まえたガイドブックを配布して、医療機関の理解の促進に取り組んでいます。

市場を開拓していくにあたって、どうしても規制当局との関係が重要になってくると思います。スタートアップが官公庁と付き合っていく意義や接触方法、付き合い方について何か留意点があればお聞かせください。

自社の事業領域において、官公庁から急に違法性を指摘されるリスクの有無をまず整理する必要があります。指摘されるリスクのない事業領域であれば、そこまで官公庁との付き合いに時間を使わず、事業成長により多くの時間を使えばいいと思います。

指摘されるリスクがある場合、官公庁と向き合うことは大事で、官公庁に相談しながら事業運営することによって、企業への信用力が増していきます。そういう積み重ねで適切な運営を行うことで、医療機関からも安心して使ってもらえるようになり、官公庁側から現場の実態について聞きにきてくれます。建設的な関係性が築けるようになると、スタートアップにとって有利になると思います。

株式会社メドレー
取締役 法務統括責任者

意思決定における情報収集と判断基準

スタートアップにいると、正確な意志決定を取るのか、判断スピードを取るのか、せめぎ合う局面がありますよね。法務の立場だと正確な意思決定の方が重要なフェーズがあると思いますが、そうした状況下で納得のいく情報収集の仕方はありますか。

厚生労働省が所管している法令遵守の領域においては、具体的な取扱いは通達や通知で決まっていますから、「これってどういう考え方ですか?ガイドラインにこう書かれていますが、これってこういう意味ですか?」と照会をしていくことは必要だと思います。聞いてしまった方が早い、相談しながら決めた方がいい、ということはあると思うので。スタートアップの事業ドメインは過去の法令解釈の資料や裁判例が充実しているような領域ではないことも少なくありません。省庁に確認をとりながら進めることは時間がかかりそうにも見えますが、実はスピード感を持って正しい意思決定をするために最善な方法である場合も多いと思います。いかに素早く、適切なアクションを取って決断にたどり着くのかが重要です。

ではそれができない時にどういうふうに情報収集するのかというと、僕は前の事務所にいた時に尊敬している上司が言っていたことを実践しています。1人の弁護士が意思決定する際に、判断を間違う確率は20%くらいあるかもしれません。でもそれを2人の弁護士が「大丈夫」と言っているとすると、誤謬の確率は20%×20%=4%で96%正しい意思決定が出てくるはずだと。そんなデジタルな世界じゃないこともわかっていますが、自分の感覚だけに頼らないことはすごく大事だと思っています。なので、私は情報よりも意見や視点の収集をすごく重視しています。意見や視点の整理ができていてそこに大きな抜け漏れがなければ、あとは洗い出された論点について、判例の有無や、法律の解釈やコンメンタールがあるかなど、そういった単純なリサーチの世界の話になってくるので。

情報収集したうえで、意思決定をしていくのかと思いますが、最終的な意思決定の判断基準や拠りどころにすべきポイントは何でしょうか。

大きな判断基準は、「医療として正しいかどうか」を重要視しています。たとえば、急な腹痛を感じた時に、「病院へ行くとインフルエンザが流行っていて、うつるリスクがあるから、自宅で医師に診察してもらい、薬を出してもらえるとうれしい」と、患者からすると考えるかもしれません。でも医師からすると、触診もせずに判断することはリスクが大きい、と考える人が多いと思います。医師にとって、「そこはオンライン診療をやるべきではない」という確かな領域があるので、医師の話を聞いたうえで意思決定しています。

意思決定された後、意思決定の社会動向との適合性についても見ていく必要があると思いますが、意思決定後のモニタリングについてはどう取り組んでいるのでしょうか。

難しいですね。なかなかシステマチックに仕組み化できない課題だと思います。ただ、自分の中で意識しているのは、ニュースに触れた時に、それが自社の過去の意思決定に何か影響を与えるのか、与えるとしたら範囲や影響度はなにかを考えることです。法令が変わるといったような明確な動きがある場合だと、会社としても当然変更内容に即した対応を考えますが、何か潮目が変わってくるとか、世間の風潮が変わってくるとか、何となく問題がここで頻発しているという状態であってもそれは法令解釈の基準となり得る「ファクト(社会事実)」の変化だったりするので、その影響は検討する必要があります。法律はまだ追いついてないけどファクトとして変化が出てきている時に、きちっと過去の意思決定に対して向き合って、「これ、ちょっと危ないかもしれない」ということを言える判断力が重要になってきます。

なるほど、法務パーソンとして感度を高めておくことは本当に意識すべき点だなと感じました。では最後に、起業家はどのように法律に向き合うべきだと思いますか。

法律は無視すべきではなく、理解しなければならない存在ではありますが、変えられるものであって、より良い方向に変えていくことができるものであるということを意識してほしいです。強く明確なビジョンやミッションを持っているスタートアップであれば、「こんな世界を作っていきたい」というパッションがあるでしょう。その過程で法律が触れてしまう場合で、現状のあるべき姿に法律が合っていないと感じたのなら、変えることを社会に対して要求していくこともできます。法律は、社会の皆が共通理解として定めた「その時」のルールなので、未来永劫そのルールが続くわけではないということを意識して付き合ってもらえればいいのかなと思います。

プロフィール

株式会社メドレー
取締役 法務統括責任者
田丸 雄太氏
2007年東京大学法学部卒業。2008年の弁護士登録を経て、ホワイト&ケース法律事務所において国内外の企業をクライアントとしたM&A、事業提携などのクロスボーダー企業法務に従事。2015年には大手商社に出向し、インターネット、ヘルスケア関連の国内外投資アドバイザリー業務に携わる。2016年より株式会社メドレーに参加。

株式会社ドリームインキュベータ
ビジネスプロデューサー
下平 将人氏
一橋大学法学部、慶應義塾大学法科大学院卒業。東京弁護士会所属弁護士。法律事務所、LINE株式会社の社内弁護士(リーガルカウンセル)、AI関連の新規事業開発を経て、DIに参画。DIでは、ベンチャー投資、投資先の経営支援に取り組み、投資先企業の社外取締役を務める。Arts and Lawに所属しクリエーターの無料法律相談を担当。

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