企業価値向上と毀損防止に向けて企業は何をすべきか

第7回 不正会計、その他コンプライアンス違反と共同体的一体感

コーポレート・M&A
渡辺 樹一 市川 佐知子

今回は、被買収会社の粉飾決算以外の不正会計や「その他コンプライアンス違反」に分類される不正に潜む、『日系企業の特徴であるところの「共同体的一体感」がコンプライアンスに与える影響』等について解説したいと思います。

本稿の末尾には、「米国のECMから学ぶ再発防止策のヒント」について、田辺総合法律事務所の市川 佐知子弁護士との対談形式のコラムを掲載しています。

会社資産の不正流用以外の不正行為の概要

前回までの記述範囲の整理

本題に入る前に、企業不祥事の分類について、前回までの記述範囲を整理しましょう。
下の図のうち、意図的に引き起こされたわけではない「その他不祥事」については、「第3回 企業不祥事事例の分類と分析、不正ではない不祥事とコンプライアンス経営の重要性」で、また、「会社資産の不正流用」については「第4回 発覚の端緒と会社資産の不正流用」でお話ししました。

残りは、「不正会計」の55件、「情報の不正使用」4件、その他意図的なコンプライアンス違反29件の合計88件です。前記88件に会社資産の不正流用を加えた131件が、意図的に行われている不正となります。

企業不祥事事例173件の分類

「共同体的一体感」が影響している不正66件

会社資産の不正流用以外の不正行為88件の概要は以下の通りです。
このうち、被買収会社の粉飾決算については、「第5回 被買収会社の粉飾決算と子会社ガバナンス(前編)」「第6回 被買収会社の粉飾決算と子会社ガバナンス(後編)」で扱いました。また、その他意図的なコンプライアンス違反29件のうちの製造不正については、「第1回 製造不祥事から学ぶ教訓、問題の本質と対応策の提言(前編)」「第2回 製造不祥事から学ぶ教訓、問題の本質と対応策の提言(後編)」で取り上げました。

本稿では、日系企業特有の「共同体的一体感」が、図の茶色の線で囲んだ領域の不正66件に影響を及ぼしていることについて述べていきます。なお、図の右下のインサイダー取引については割愛します。

会社資産の不正流用以外の不正行為

経営者・従業員不正が行われる潜在的原因と目的

意図的に行われた不正事例131件では、誰が何のために不正をしたのでしょうか。以下の図は、同事例131件について、縦軸に不正4種類を、横軸に経営者不正か、従業員不正かという区別で分類してみたものです。不正目的を「保身・出世・会社のため」「個人的利得目的」という2つで切り分け、事例ごとに示しています。

ここでいう経営者とは、会社法のもとで善管注意義務を負い、株主代表訴訟の対象となる取締役、執行役と定義し、取締役、執行役が関与した(自ら不正行為を行った、不正行為を指示した、あるいは、容認した)不正について「経営者不正」として分類しております。従業員不正との境目を株主代表訴訟の対象か否かで分類しているため、取締役や執行役は関与しておらず、関与者のトップが執行役員であった案件は、便宜上、従業員不正に分類しております。

意図的に行われた不正事例131件の潜在的原因:誰が何のために不正をしたのか

この図の最下部の個人的な利得目的で行われる「会社資産の不正流用」が「役職員が企業に対して行う不正」であるのに対して、図の上半分は「役職員が企業の行為として企業の外に向けて行う不正」であるという点において対外的な影響は大きく、企業不祥事を考える場合により重要となります。

調査報告書の分析結果としての総評となりますが、親会社経営者不正の場合、上場廃止の回避など会社を存続させるため、あるいは経営者自身の保身や地位の維持をコンプライアンスよりも優先して起きた事例でした。また、子会社経営者や従業員による不正については、そのほとんどが、数値目標達成のために行われ、保身や不利益の回避、あるいは、自負心や評価を得るために行われたものでした。これらの不正の潜在的な原因として、日系企業特有の「共同体的一体感」があることを指摘したいと思います。  

「共同体的一体感」とは

日系企業が持つ「共同体的一体感」、それは、日系企業がとっている「採用・組織運営の方式」と深い関係があります。日系企業では長期雇用を前提にした新卒一括採用に基づき、社員にいろいろな職種を経験させながら、適材適所を図り、社員の感情的な一体感(共同体的一体感)を高めて組織全体としての総合的なパフォーマンスを上げるという組織運営が行われます。

これに対して、欧米企業や外資系企業は、一般的には職種採用であり、適材適所の人員を雇用し、少数のエリートが会社を引っ張り、その他の社員は自分の仕事に専門的に取り組みながら会社を支える組織運営が行われており、従業員の入退社も日系企業より頻繁です。

どちらも企業価値向上のための組織運営ですが、日系企業の方が自ずと企業への帰属意識が強く、また転職市場も欧米ほど発達していないため、努力すれば誰もが上位職に就けるという環境の中、保身・出世、会社のための不正(前記1-3)は、自然と多くなります。こういった組織環境の下で、「徐々に昇進を重ねて出世した役員は、会社という共同体の中で『選び抜かれた人」である」という感覚を従業員も、また役員の方々自身も持つこととなります。この感覚には良い面もある一方、コンプライアンスやガバナンスのリスクを高める側面があります。

コンプライアンスリスクに与える影響

まずは、共同体的一体感がコンプライアンスリスクに与える影響です。
日系企業では、従業員は共同体的一体感の中で、入社してから出世の階段を一段一段登り、徐々に昇進し最後に役員となるのが出世の王道です。その中で従業員は経営目標達成へのプレッシャーをかけ続けられます。
「会社は人生の多くの時間を過ごす場所であり、会社が成功することは、自分にとっても様々な利益をもたらす」という環境下で生きている従業員が、何らかの形で不正に直面した場合、どのような心理状態になるのか、調査報告書から3つのパターンが読み取れます。

(1)経営者不正への服従

経営者からの指示により不正に関与させられる場合、果たしてノーと言えるかということです。「経営者の命令なので反対できない。拒否すればわが身がどうなるかわからないし、家族もいる」という考えに陥り「経営者不正」へ服従してしまうパターンです。

(2)経営者への忖度(「忖度不正」)

売上や利益にしても、また、生産量や生産効率、技術データにしても、数字の達成等において経営者から強いプレッシャーがかかっていた場合、「経営者が望んでいる数字に近づけるために、経営者は自分にこうして欲しいと思っているに違いない。それが不正なことであっても、会社のためだ。会社のためにやるしかない」と思い、忖度してしまうパターンです。

(3)独善的な個人不正

純粋な従業員不正ですが、経営者から明示的、黙示的なプレッシャーがない場合でも、自分の組織の存続が危ぶまれているような場合、「目標を達成できないと、所属部署は無くなり、自分の身もどうなるかわからない」と思うパターンです。あるいは、「目標を達成して評価してもらいたい。上位職に早く就きたい」などと個人的な思いで不正に走ってしまうものです。

ちなみに、(1)の典型例が、総合電機大手で3代にわたって社長により組織ぐるみで行われた不正会計事例です。「第1回 製造不祥事から学ぶ教訓、問題の本質と対応策の提言(前編)」「第2回 製造不祥事から学ぶ教訓、問題の本質と対応策の提言(後編)」にてお伝えした製造不正は、上記の(2)と(3)の間、やや(2)に近い心理状態で行われた不正であると調査報告書からうかがえます。

組織風土と企業不祥事との関係

組織風土が原因のひとつに挙げられた不祥事事例

ここで組織風土と企業不祥事との関係について考えてみたいと思います。以下は、組織風土が原因のひとつに挙げられた、企業不祥事事例の抜粋と調査報告書の記述です。

  1. 総合電機大手で3代の社長により組織ぐるみで行われた利益目標達成のための不正会計(2015年)
    「上司の意向に逆らうことができない企業風土」
  2. 航空測量最大手の利益目標達成のための不正会計(2016年)
    「上命下達で、自由闊達に議論できない企業風土」
  3. 自動車メーカーによる軽自動車の燃費目標達成のためのデータ改ざん(2016年)
    「できないことをできないと言えない企業風土」
  4. 鋳物メーカーによる、目標生産量達成のための不正会計(2014年)
    「小さなミスを隠さなければならない職場風土」
  5. プラスチックフィルムメーカーにおける工場の損益計画を達成するための不正会計(2014年)
    「部下からの報告・相談に聞く耳を持たない管理職の姿勢」
  6. 電子部品商社の海外子会社における売上目標達成のための不正会計(2017年)
    「営業を重視し、財務経理その他の管理部門を軽視する企業風土」
  7. 足場などの建設仮設資材の中堅メーカーの工場における利益目標達成のための不正会計(2017年)
    「前任者から引き継いだ業務について「不正ではないか」と声を上げて波風を立てることを嫌う気風、自分ではなく誰かが是正してくれるという意識、上からの指示通りに作業していればいいという意識が蔓延している企業風土」
  8. ビル、工場の内線工事を主体とする会社の子会社における利益目標達成のための不正会計(2016年)
    「業務上の疑問点や不明点について、上司や同僚に報告・相談できない風通しの悪い職場環境」

表現は様々ですが、共通して言えることは、従業員の「気持ちの萎縮」と「諦め」です。風通しの悪い企業風土は不祥事の温床であり、その源となっているのが経営者の気風です。その気風は、職場の環境にとってまさに太陽のようなものであり、管理者に影響を与えます。そして、管理者の気風は職場の雰囲気を支配します。

モノが言えない風通しの悪い企業風土から生じる問題

モノが言えない風通しの悪い企業風土は、2つの問題を発生させます。ひとつは、経営者が不適切な経営倫理を醸し出す場合、それ自体が不祥事を発生させるという上から下への問題。もうひとつは、風通しの悪い職場環境により、会社の不祥事に繋がるような重要な事実が、経営者に伝わらないという下から上への問題です。
情報の流れは組織の神経とも言うべきものですが、組織が大きくなると様々なところでいろいろな情報が発生し、情報の取捨選択も行われて伝えられてゆきます。この情報の「伝えられ方」から実にいろいろな問題が発生するわけです。

一般的に、部下は、上司に対して報告するときは、上司の機嫌が悪くなるような情報は本能的に報告したくないと思いますし、上司の不機嫌な顔を見た部下は、悪い情報については、オブラートに包んで報告するか、あるいはそのままにして報告しないとかいったことが起こります。こうして組織階層を上がってゆく情報は、良い話ばかりになってゆきます。

なお、下から上への情報の流れの問題ですが、検査偽装のあった大手自動車メーカーの公開資料(2017年)では、「(従業員には)内部通報制度の存在は知られていたが、通報しても是正されないのではないかと認識されていた」とあります。また、生産が間に合わないために、自社の中国製の製品を1年以上にわたって、日本製と偽って顧客に納入したベアリング用精密鋼球メーカーの事例(2018年)では、調査委員会で「何故内部通報をしなかったのか」というアンケートを行った結果、「通報しても会社が動いてくれないとだろうと思ったから」、「会社から不利益を受けると思ったから」、「後で報復や嫌がらせを受けるかもしれないから」という回答が多かったとの記述があります。

上記を踏まえて、次の3点を抑えておきたいものです。  

  • 経営者の認識がないままに内部告発がなされると、企業による自浄作用を発揮する機会が失われ、さらなる社会的信用の毀損を招くことになる
  • 活性化している内部通報制度は、不祥事発生を企業として認識するための自動装置のようなものであり、かつ、違法行為に対する抑止力となる
  • 内部通報制度を機能させるためには、まず、従業員がモノを言える環境(企業風土)を構築する必要がある

共同体的一体感を活用した企業の対応策

組織風土の問題について企業として何をなすべきか、このような結論になるものと思います。

  1. 「共同体的一体感」「感情的な一体感」という日系企業の特徴を活かし、健全な価値観の共有を図る
  2. ①のために、企業風土の目標設定を行い、それを従業員サーベイにより測定し、期待する企業風土の醸成を行う
  3. そして、②を取締役会に報告し、取締役会レベルでモニタリングを行い対応してゆく

第1回 製造不祥事から学ぶ教訓、問題の本質と対応策の提言(前編)」の3-2(健全な価値観の共有)にて、上記についての実務対応に触れていますので参照ください。

なお、コーポレートガバナンス・コードの原則2-2 1 においても価値観の共有が求められておりますが、どのように健全な価値観を共有すれば良いのか、私は日系企業の特徴である「共同体的一体感」の良い側面を活かしてゆくということではないかと考えます。

「共同体的一体感」は、活用の仕方によって2つの方向性を生み出します。
ひとつは、共同体的一体感が「個を犠牲にして忠誠心を示していれさえすれば認められる」という空気を作り、指示に従い正確に仕事をこなすことが美徳となって、やがては従業員の考える力を喪失させてしまうという、「命令と指示待ち」のパラダイム。この場合、従業員の考える力の喪失と効率の悪い長時間労働が企業にもたらされ、自浄作用の喪失と組織生産性の低下を招きます。
もうひとつは、共同体的一体感が、相談しやすい環境をつくり、良好な情報の流れと新たな知恵を生み出す土壌を作るという「自発性」「自律性」のパラダイム。こちらの場合は、良好な情報の流れと新たな知恵を生み出す土壌が企業にもたらされ、自浄作用の創出と組織生産性の向上に繋がります。
現在、より良いものを沢山造る時代から、今までにないものを創り出す時代に変化しています。どちらの方向性が良いのかは、これからの時代を考えれば明らかだと思います。 

コーポレートガバナンスに与える影響

次に共同体的一体感がコーポレートガバナンスに与える影響です。
内部昇格で役員となるのは「出世の王道」であり、役員はいわば企業人としての「上がり」のポジションです。自分の法的な立場が雇用契約から委任契約に変わったということは頭では良くわかってはいるものの、心情的には「過去の従業員としての自分との連続性」の中で、いわば共同体における実務リーダーのトップとして仕事をする感覚となります。その連続性の中で、社会的な地位が一気に上がることとなりますから、会社生活で幾多の競争に勝ち残り、選び抜かれてのぼり詰めた自分が、いまさら研修を受けるとか、株主や他の取締役、監査役等に規律付けられる立場になったという意識を持ちにくくなります。

また、役員は一部の人を除いて内部昇格者ですから、選んでくれた社長(や会長)に強くモノを言える取締役や監査役は少ないです。他の取締役を監督する立場とはいっても、共同体的一体感の中で、自分の役割はまずは自分の部門の経営をしっかりすることであり、他の取締役と足を引っ張り合う議論はしたくないという理由もあり、日系企業においては、コーポレートガバナンスは本質的に利きにくいといわれております。
親会社経営者不正については、これら経営陣の深層的な意識が、取締役会や監査役の機能不全を生み、「経営者による内部統制の無効化」を許してしまったという事例がほとんどです。

なお、この「共同体的一体感」がコーポレートガバナンスに与える影響は、企業価値の向上という側面についても大きなインパクトを及ぼし得ることに留意しなければなりません。
現状では、社内取締役は自分が任された領域以外には口を出さずに、事業や部門の代表のようにふるまうことがほとんどです。撤退すべき事業の担当取締役や執行役員を尊重するあまりに、赤字事業が放置された例も多く、客観的な立場から、取締役会の共同体的一体感の議論を避ける同調的な空気を変えて、議論を活性化する役目を担う代表取締役や社外取締役の役割は大きいです。

この共同体的一体感がコーポレートガバナンスに与える影響の説明は、決して批判を申しているわけではなく、また、否定しているわけでもなく、あくまでも実態を述べているということをご理解いただきたく存じます。このような状況の中でこそ企業価値の向上を図ろうとするのがコーポレートガバナンス・コードへの対応であり、また、企業価値の向上に向けて取締役会の実効性を高めてゆこうという試みが取締役会評価の位置付けということとなります。これらの企業の対応策については、次回の「不正会計 - 親会社経営者不正」にて述べることといたします。


コラム「米国のECMから学ぶ再発防止策のヒント」

ECMによる長期間モニタリング

渡辺
不正が共同体的一体感から生まれると、それが、内部統制の限界として言われている「経営者による内部統制の無効化」や「共謀」を助長し、発見が難しくなります。これに関連して、新たに導入された、不起訴処分などの利益を与えて捜査協力を引き出そうとする日本版司法取引制度が参考になると思います。 この制度内容は森・濱田松本法律事務所の山内 洋嗣弁護士の「法務担当者のための日本版取引制度 – 企業が平時から準備しておくべきこと」の記事が詳しいので、そちらを見るとして、その他に、組織に蔓延・浸透するタイプの不祥事について、早期発見へ向けて、どのような対策が考えられるでしょうか。

市川
アメリカでは、External Compliance Monitor (「ECM」と略称します)が選任されて、改善策の進捗を企業に入り込んでモニタリングすることがあります。たとえばアップルのe-book事件(United States v. Apple Inc., et al., No.12 Civ. 2862、State of Texas et al. v. Penguin Group (USA) Inc., et al., No.12-cv-3394)を見てみましょう。

この事件の大筋は、アマゾンに対抗しようと、デジタル書籍の販売価格について、アップルが複数の出版社と締結した合意が、競争法違反と認定された、というものです。国や州が原告となって競争法に基づく私訴を提起し、アップルは反競争的でないと争っていました。その過程で、裁判所はECMを選任し、ECMがアップルに出向いてモニタリングをするように、命令を出したのです。ECMとアップルの関係は険悪でしたし、ECMの報酬金額や調査項目について批判も多く出ており、無条件の参考例とはいえません。しかし、ここでは、ECMという者が企業を長期間モニタリングするという仕組みの中にある、組織蔓延・浸透型不祥事の発見・予防のヒントを探してみたいと思います。

渡辺
日本でも、企業が策定・実施中の再発防止策について、第三者委員会が進捗状況を確認・評価するタイプの調査報告書を出す、あるいは、第三者委員会報告書が策定した再発防止策を企業が実施し進捗状況を「フォローアップ報告書」としてあらためて開示することがあります。

市川
日弁連ガイドラインに従った第三者委員会をはじめとする調査委員会は、数か月間のうちに事実調査を行って再発防止策まで立案します。短期間のうちに整理された報告書が公表され、一般社会が寄せる疑問に一定の答えを提示する、という意味では優れた面をもっています。
しかし、時限的な委員会であるだけに、再発防止策の策定・実施については、制約があると感じます。短期間調査しただけの委員会が示せる再発防止策は、ごく大枠です。それを具体化・手続化して有効な再発防止策を練り上げ、実施することは、結局は会社に任せるしかありません。会社が真剣に効果的な防止策を策定・実施しているか、モニターすることが重要であり、企業価値の回復・維持にはフォローアップ報告書こそ大切だと思います。

渡辺
アップルの場合は、裁判所命令でECMがアップルを短期間調査して、さらに長期間のモニタリングを行ったということですか。

市川
2013年9月5日の裁判所の命令は、次のようなものでした。裁判所が選任するECMが、まず、反競争法行為防止のためのアップルの方針や研修の現状について、90日間で精査・評価する。そして、180日ごとに精査・評価を行い、改善に向けた推奨策も含めて、裁判所、アップルおよび訴訟の原告に報告することを求めたのです。さらに、裁判所は、アップルの監査委員会にAntitrust Compliance Officer(ACO)を選任し、ACOに競争法違反防止施策の監視をさせること、ACOがECMに諮りながら競争法遵守監査を行うことを命じました。

裁判所は、アップルに反競争法行為があると認定した上で命令を出しています。すなわち事実調査はもう不要で、ECMが行う90日以内の精査は、アップルの方針や研修が、反競争法行為を予防・発見するために不足はないか、どう改善したらよいか、という観点でなされました。90日精査は、日本でなされる再発防止策の立案にあたるとイメージできます。
裁判所は、アップルが改善策に取り組むかどうか、ECMにモニターさせて定期的にチェックしようとしました。180日報告は、フォローアップに当たると考えられます。改善のPDCAサイクルが回るかを確認するためには、長期間が必要だという考え方が前提にあるのでしょう。モニタリングの実が上がっているのか、疑問を禁じ得ないような険悪なムードの中でも、報告は2年間計4回続けられました。

渡辺
ECMやACOなど裁判所選任による者だけでは、組織蔓延・浸透型不祥事の発見・予防は難しいと感じます。一般的に重視される、「不正は許さない」とトップがトーンセッティングする等の、トップの関与は命じられなかったのですか。

市川
企業トップの重要な役割については、命令中で、別の言及がなされています。すなわち、裁判所はACOに次のことも命じています。取締役一人一人、CEO、シニアVP、電子書籍ビジネスに関わる従業員のすべて(以下では「関係者」といいます)に、この命令書を30日以内に渡すこと、命令書を読み、理解し、同意し、遵守すること、気付く限り不遵守行為はないと彼らが誓約する書面を60日以内にとりつけること、です。取締役会や経営陣といった、企業トップ一人一人の署名を期限付きで取り付けようというのですから、その本気度が窺えます。やはりトップの関与は最重要ということでしょう。

組織に蔓延・浸透した不正体質を浄化するヒント

渡辺
では、今度は、共同体的一体感にどのように切り込むかを考えてみましょう。モニタリング期間を長くしても、それだけで、間違った目的のために一体化した共同体を解体して、正しい目的に進むようにできるわけでもありません。企業風土を変えて従業員の一人一人が意識を変え、蔓延・浸透した不正体質を浄化するヒントはありませんか。

市川
アップルは、従業員に社命として実行させた出版社との合意は、競争法違反ではないと争っていました。その意味では企業風土の問題ではないし、変えるつもりもないわけですから、この事件を参考にできるか、疑問もあります。しかし、この事件の中にもヒントは隠れていると思います。

裁判所は、特に、アップルが行うべき競争法に関する研修というものに特別な重点をおいています。現行の研修をECMが精査・評価すること、関係者が有効な研修を受けているかACOが確認することを求めています。
競争法の解釈は、ときにいたく難解であり、アップルという会社でさえ誤ったほどです。一義的な答えが出ないときもあるでしょう。そのような難しい競争法を研修によって従業員に理解させ、正しい行動に導くためには、非常に慎重な研修の作り込みが必要です。当該会社の当該ビジネスに適合しているか、迷ったとき役立つか、研修内容の細部にかかっています。ECMは、実際にアップルの研修に同席して、質問・討議が活発であったかどうかまで報告書にしています。

日本でも、再発防止策として研修を勧める委員会の報告書が非常に多いです。誰が作成した資料を使って、誰が講師となって、いつまでに、どんな形態で、形だけでない本当に心に響く研修がなされているか、根気強くモニタリングする必要がありそうです。

渡辺
共同体的一体感にくさびを打ち込むには、社外役員による外部の視点も重要です。アップル事件でも、その重要性は確認されましたか。

市川
ACOを選任する監査委員会は、全員が社外取締役で構成されています。そしてACOもまた、アップルの従業員ではいけない、と命じられました。ACOは独立性を保ちつつ、アップルの活動を監視し、監査委員会に報告することが求められたのです。ECMも、ACOが監査委員会と頻繁に連絡を取り合い、支援を得ることを重視しました。そして、監査委員会委員長やACOをインタビューした結果、ECMは、両者の間の連絡が質量ともに十分であるか、懐疑的であるとしました。

社外役員を起用しても、形だけで、有効な関与をしてくれなければ、意味はありません。社外役員ですから、フルタイムで関与することはできないでしょうが、ひとたび不祥事が起きれば、相当な時間を割く必要があると思います。また、平時にも、限られた時間を最大限に使って、有効な関与をするにはどのような活動をするべきか、真剣な対応が求められていると感じています。


  1. 【コーポレートガバナンス・コード 原則2-2:会社の行動準則の策定・実践】
    上場会社は、ステークホルダーとの適切な協働やその利益の尊重、健全な事業活動倫理などについて、会社としての価値観を示しその構成員が従うべき行動準則を定め、実践すべきである。取締役会は、行動準則の策定・改訂の責務を担い、これが国内外の事業活動の第一線にまで広く浸透し、遵守されるようにすべきである。 ↩︎

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