変わりゆく企業の情報開示、問われる挑戦の姿勢

コーポレート・M&A
片桐 さつき

祭りの継続に求められるものとは

 この祭りはいつまで継続できるのだろう―。先月、筆者が参加した地域の祭りで感じたことだ。この祭りの目的は地域の活性化であり、ここ数年続けられてきた比較的新しい祭りである。参加者層は子供から高齢者まで幅広く、足を運ぶ人の多さからもその人気が伺える。しかし、その賑わいの裏では、古くからの地域のしきたりを反映したルールを守るべきとする主催者側の意見と、祭りに関わる全てのステークホルダーの満足と新たな市場の創出を見据えてルールを変えていこうとする出店者側の意見とが、ぶつかり合っていた。

祭りと企業の情報開示との共通点

 この祭りには、大きく3つのステークホルダーが関わっている。祭りという市場を作る主催者と、利益を生みながら市場でサービスを提供する出店者、そして、その市場でサービスを得る代わりに笑顔で地元にキャッシュを落とす来場者だ。この3つのステークホルダーの利害関係が合致しなければ祭りは成立しない。長期的な事を考えれば「祭りに足を運ぶ来場者が減らないようにしなければ祭りは続かない=地域の活性化は成立しない」ということだ。重要なのは、地域活性化のための慈善活動ではなく、祭りを含めた「市場の好循環」を生み出すための変革を起こす事なのではないだろうか。

 さて、ここまでの話をどう感じたであろうか。よくある地域の揉め事だろう、と感じたとすれば、それは残念な事である。見方を変えれば、この話は日本の資本市場と企業、そして資本市場に参画する投資家の課題とも通じるものがあるのではないか。現在、日本でもESG投資が大きな潮流となり、財務情報との結合性を高めた非財務情報開示の重要性があちらこちらで多く説かれている。こうした影響もあり、企業は従来から取り組んできた「CSR活動」に対する捉え方を「慈善活動」から「戦略」に変え、本来のCSR活動とはどうあるべきなのかを模索し始めている。おそらく敏感な企業の開示担当者は、日本企業の情報開示が大きく変わろうとしている事を既に感じ取っているであろう。

金融庁の本気度を感じ取れているか

 日本企業の情報開示が本気で「変わろうとしている」事を企業の情報開示担当者に強く印象付けたのは、2018年6月28日に金融庁が公表したディスクロージャーワーキング・グループ報告-資本市場における好循環の実現に向けて-ではないだろうか。これは金融審議会のディスクロージャーワーキング・グループにおいて、企業情報の開示・提供のあり方について、検討及び審議を行ってきた結果を取り纏めたものだ。

 ここでは、「資本市場の機能の発揮を通じ、我が国全体の最適な賃金フローを実現し、企業価値の向上及びその果実の家計への還元に繋げるという好循環を実現すること」が求められているとし、有価証券報告書における開示を中心に企業情報の開示を包括的に検討された結果が報告されている。米国や英国における企業情報の開示に関する制度等を鑑みながら、従来の開示方法に捉われない目指すべき企業情報の開示・提供のあり方について述べられており、その内容は、財務情報及び記述情報(非財務情報)からガバナンス情報の提供、 提供情報の信頼性・適時性、英文での情報提供など多岐に亘っている。また、企業の情報開示の充実を促すためには、望ましい開示の考え方・内容・取り組み方を纏めたガイダンス等を策定すべき等の記載もあり、説得力のある分かりやすい報告であるだけではなく、「変えていこう」とする金融庁の本気度が伺える。

問われる「変わること」への企業の姿勢

 一方、企業側はどうであろう。有価証券報告書への記載ルールが変わろうとしている事に対して不安を抱く企業が殆どではないだろうか。決められた期間で決められたルールに則り、正確に情報開示を行うことが企業の開示担当者の責務である。しかし、いつの間にか多くの企業が「決められたルール」を使いこなすのではなく、決められたフォーマットに正確に数字や文章を埋め込む事が目的となってしまったのではないか。もちろん、これは様々な外部要因等が影響している事から、批判すべき事ではない。こうした企業が「変えていこう」としている金融庁の本気度に、どこまで対応できるか、それがこれから企業の課題となるであろう。

 だがESG格付の話となると、企業の反応は変わってくる。ユニバースに組み入れられるために何の指標を開示すれば良いのか、といった質問も多くされるようになり、むしろ「変わらなければ」という焦燥感すら感じる場合もある。しかし、ESG情報の開示ひとつにしても、ESG格付銘柄となる事だけを目当てとした情報開示は企業にとって何の意味も持たないことは述べておきたい。ESG格付だけではなく、発行企業数が増加している統合報告書にしても同様だ。ESGを「飾り」として使い、脈絡なくその要素を纏った開示やレポートは、機関投資家の投資判断に資するものとは言えない。その根底に事業戦略や財務戦略と紐づいたストーリー(結合性)があり、それを開示できて初めてESG情報が意義を持つ。そうした開示やレポートに本気で取り組む企業が増加している反面、ESGを「飾り」として纏う企業も増加している事は事実だ。

 そして前述したストーリー(結合性)は、金融庁の「ディスクロージャーワーキング・グループ報告-資本市場における好循環の実現に向けて-」でも求められている事である。この金融庁の本気度に組織間の壁を壊して一丸となって対応していく事は、企業にとって大きな意味を持つのではないだろうか。有価証券報告書の記載が充実すれば、統合報告書は新たな目的を達せられる媒体として、さらに進化を遂げる事になるであろう。

 こうした「変わる」ことへの挑戦は、短期的に結果が出るものではない。そこには多くの課題があり、越えなければいけない山がある。言い換えれば、多くの課題をクリアして自社の情報を外部に開示する事は、組織そのものを強くするとも言える。そして結果的に開示される情報の質が向上すれば、目的である「資本市場の好循環」は実現され、その果実は企業にも最終的には家計にも恵みをもたらす事になるのではないだろうか。

企業に存在する「戦士」の存在意義

 冒頭で述べた、祭りの中で「変わる」ことに挑戦していた人々は、中長期的な視点で「地域の活性化」という目的を達成しようと、祭りの後も地道な活動を続けている。それだけではない。この活動に共感した多くの人々を巻き込み、より大きな潮流を創出しようとしている。地域の祭りでも資本市場でも、重要なのは「変わる」ことに挑戦する戦士の存在だ。慣例的なルールが価値を創造出来ない一因になっているのであれば、それを変えるためにどれだけ動けるかが重要になってくる。「変わる」ことに挑戦しようとする人は戦士となり、そして周囲を巻き込める人になれるはずである。金融庁の本気度が企業に存在している「戦士」に届き、変わることへの挑戦という潮流を巻き起こしてほしい。そして、資本市場に関わる全てのステークホルダーの目的である「資本市場の好循環」が実現する事を願ってやまない。

本記事は、株式会社ディスクロージャー&IR総合研究所が発行している「研究員コラム」の内容を転載したものです。

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