クアルコム、NXP買収計画断念 中国当局でのM&A審査の現状と対策

国際取引・海外進出

アメリカの半導体大手クアルコム(Qualcomm,Inc.)が、オランダのNXPセミコンダクターズ(NXP Semiconductors N.V.)の買収を計画していたところ、2018年7月、中国の独占禁止法当局による承認を得られず断念することとなった。
企業がM&Aを行う上で、中国側の審査がハードルとなっているという指摘もあるが、中国でのM&A審査は現状どのように行われているのか。今後企業がM&A戦略を考える際の留意点とは何か。弁護士法人瓜生・糸賀法律事務所の森啓太弁護士に聞いた。

中国でのM&A審査の流れとは

M&Aを検討する際に、中国当局における審査はどう位置付けられますか。

M&Aは企業の競争力を高める有力な手段となり得ますが、M&Aにより独占や寡占が進み、企業間の競争が十分に機能しなくなるおそれもあります。また、M&Aの中には一度実行されてしまうと実行前の状態に戻すことが難しいものもあります。そのため、一定の基準に該当するM&Aについては、事前に届出、申告等を行い、審査を受ける必要があります。

さらに、M&Aに参加する企業(またはその企業が属する企業集団)が複数の国・地域で活動している場合には、各国・地域における売上高等次第では、複数の国・地域で申告等が必要になることもあります。その場合、申告等の要否を決める基準、申告方法、審査機関、審査プロセス等は、各国・地域の法律によって定められているため、国・地域ごとに異なります。

日本企業は地理的近接性等から中国での活動や中国との取引を行っていることが多いため、日本企業がM&Aを行う場合には、中国の審査機関への申告が必要となることが少なくありません。また、日本企業同士の合併のようにM&Aそのものは中国国外で行われる場合であっても、後述の基準に該当する場合には、中国の審査機関への申告が必要です。

どのようなM&Aについて中国での申告が必要になるのでしょうか。

申告基準に達する企業結合(経営者集中)については、原則として、企業結合(経営者集中)の実行前に、中国の国家市場監督管理総局反独占局(審査機関)に申告し、承認を得る必要があります。
企業結合(経営者集中)とは、次のような場合をいいます(反独占法20条)。

  1. 合併
  2. 株主権益または資産の取得を通じた他の事業者に対する支配権の取得
  3. 契約等を通じて、他の事業者に対する支配権を取得し、または他の事業者に決定的な影響を及ぼすことができること

ただし、所定の要件を満たす同一企業グループ内の企業結合(経営者集中)については、申告は不要とされています(反独占法22条)。

申告が必要となる基準を教えてください。

企業結合(経営者集中)のうち、次の申告基準(a)または申告基準(b)のいずれかに該当する場合に、申告が必要です(反独占法21条・国務院令第529号3条)。

申告基準 (a)(国務院令第529号3条1項1号) 申告基準 (b) (国務院令第529号3条1項2号)
  1. 企業結合(経営者集中)に参加するすべての事業者の前会計年度の「全世界」売上高合計> 人民幣100億元
  2. 前会計年度の「中国国内」売上高> 人民幣4億元である事業者が2つ以上参加
  1. 企業結合(経営者集中)に参加するすべての事業者の前会計年度の「中国国内」売上高合計> 人民幣20億元
  2. 前会計年度の「中国国内」売上高> 人民幣4億元である事業者が2つ以上参加

なお、各事業者の売上高は一定の場合を除き、その親会社、子会社等の売上高も合計した金額をいい(経営者集中申告に関する指導意見6条)、中国国内売上高は厳密には中国向け売上高であり、製品またはサービスの買主の所在地が中国国内にあるものをいいます(経営者集中申告に関する指導意見5条2項)。

申告を行う際の審査はどんな流れで行われるのですか。

企業結合(経営者集中)の申告を行う場合の流れは、概ね次の図の通りです。
審査機関における審査は、「初歩的審査」と「継続審査」に分かれています。「初歩的審査」の期間は、立件から30日であり(反独占法25条)、審査機関が継続審査を要すると判断した場合には、原則90日、最長60日延長可能な「継続審査」が行われます(反独占法26条)。

企業結合の申告を行う場合の流れ

企業結合(経営者集中)に参加する事業者のシェアが低い場合や、中国国外に合弁会社を設立し当該合弁会社が中国国内で活動する予定がない場合等、一定の要件を満たす場合には、簡易案件として申告することができます(経営者集中簡易案件の適用基準に関する暫定施行規定)。
簡易案件については、提出すべき資料・情報が相対的に少なくなるほか、審査機関による審査に加えて「公示表」が審査機関のウェブサイトに掲載され、企業結合(経営者集中)の概要が公開されるという特徴があります(経営者集中簡易案件の申告に関する指導意見)。
なお、2018年1月9日に商務部のウェブサイト 1 に掲載された情報によれば、2017年において簡易案件の97.8%は初歩的審査段階で終了しています。

継続審査の期間内に審査が完了しない場合はどうなるのでしょうか。

企業結合(経営者集中)によって競争が制限または排除されるおそれがある等の理由により、審査に時間を要し、継続審査期間内に審査が完了しない場合には、一度申告を取り下げ、再度の申告が必要となるケースがあります。クアルコムによるNXPテクノロジーズの買収事案においても、最終的な買収断念前に、申告の取下げおよび再申告が行われています 2
このような場合には、初歩的審査および継続審査の法定期間の合計180日を超えて審査が行われることに注意が必要です。

クアルコムの買収事例

2018年7月に、クアルコムがNXPセミコンダクターズの買収について、中国の独占禁止法当局による承認を得ることができず、計画を断念した事例がありました。

クアルコムは、2016年10月27日にNXPセミコンダクターズを買収する旨を公表し 3、その後、アメリカ、EU等の他の国・地域の審査機関からの承認を取得していましたが、契約上の期限までに中国の審査機関の承認を取得できなかったことを理由として2018年7月26日にNXPセミコンダクターズの買収断念を公表しています 4。中国の審査機関がその時点までに承認をしなかったことについては、市場競争への影響に基づく判断ではなく、中国の政策的考慮から承認の是非が決定されている、アメリカと中国との貿易摩擦等の影響によるものであるといった報道が数多くなされています。

買収断念の発表に際して、中国の政治的判断により承認が得られなかった旨を示唆するクアルコムおよびNXPセミコンダクターズのCEOのコメント 5 があり、中国の国家市場監督管理総局が翌日に発表したコメント 6 において競争上の懸念について具体的な説明がなかったこと、さらには、直前の2018年7月6日にアメリカが中国製品に追加関税を課していた 7 といった状況があったことからこのような報道がなされていると思われます。

クアルコムの買収事例では、アメリカと中国間の貿易摩擦等による影響も考えられるのでしょうか。

アメリカと中国との貿易摩擦等が事実上影響を与えている可能性も否定できないと思われます。中国の審査機関(現在は国家市場監督管理総局反独占局、従前は商務部反独占局)は、国家市場監督管理総局(従前は商務部)の一部門であり 8、いわゆる独立行政委員会である日本の公正取引委員会 9 のように独立性が確保された組織ではないことから、審査機関の担当者および責任者が競争への影響のみを考慮して判断することが制度上難しい可能性があります。

過去に同様のケースはありますか。

申告の取下げおよび再申告が必要となり、180日を超えて審査が行われた事案は、公表されているものだけでも十数件あり、その中には、審査に約1年かかったものもあります 10
また、中国の審査機関が長期間にわたって詳細な審査を行う案件は、中国が重視する分野において、外国企業が企業結合(経営者集中)を行うものに偏っているという批判があります。

今後の中国当局の動向とM&A戦略のポイント

今後の中国当局としてはどういった動きが想定されるでしょうか。

企業結合(経営者集中)に参加する事業者の市場シェアが非常に高い場合や、中国市場への影響が大きい場合等には、審査が長期化する傾向にあり、法定の180日の審査期間を超えている場合もあります。他方で、近時は、競争への影響に懸念がない案件の大部分は、初歩的審査段階で終了しており、迅速に審査されるようになってきています。

また、クアルコムによるNXPセミコンダクターズの買収断念発表の翌日に、中国の審査機関は、クアルコムから提出されていた問題解消措置が、競争への影響を解消するものではなかったため承認しなかったものであり、継続審査期間を延長して引き続きクアルコムと交渉することを期待していたとのコメント 11 を発表していることから、中国の審査機関も海外からの批判に一定の注意を払っていることが窺われ、今後、競争への影響という観点に絞って審査が行われることが期待されます。

しかしながら、中国の審査機関は、日本の公正取引委員会のように独立性が確保された組織ではないという構造的な相違があるため、他の政府部門から独立して判断を行うことが可能かといった疑問は残ると思われます。

今後M&Aを検討する企業にとっては、独占禁止法のリスクもあるかと思います。企業がその戦略を考える上でのポイントがあれば教えてください。

中国の独占禁止法に基づく企業結合(経営者集中)の申告が必要であるからといって、常にM&Aの大きな障害となるわけではありません。中国における企業結合(経営者集中)の申告は、申告基準に該当しさえすれば、競争上特に問題がない場合であっても原則として申告が必要となります。競争上影響がないことがほぼ明らかでも申告・資料提出が必要であり、時間・労力・コストがかかる点には課題があるといえますが、申告が必要な案件の大多数が特に問題視されることなく審査が終了しており、その意味では過剰に中国における企業結合(経営者集中)の申告を警戒する必要はないといえます。

他方で、市場シェアの高い企業や特定の市場または世界市場に大きな影響を持つ企業等がM&Aを行う場合には、中国のみならず、他の国・地域でもM&Aに対する審査が長期にわたり詳細に行われる傾向にあります。また、審査過程において、競争に与える影響を解消するための問題解消措置(一部事業の分離・譲渡、FRAND条件での製品供給等)が要求される場合があります。さらに、同じM&Aであっても、国・地域ごとにその影響は異なり得るため、複数の国・地域の審査機関から異なる問題解消措置が要求され、当該問題解消措置をすべて実施すると、当該M&Aを行う意味がほとんど失われてしまうといった状況も生じ得ます。

そのため、市場シェアの高い企業や特定の市場または世界市場に大きな影響を持つ企業等がM&Aを行う場合には、M&Aの検討段階から、理想的なシナリオだけではなく、複数の国・地域における審査およびその影響(審査の長期化、問題解消措置による企業結合の効果の減殺等)を想定した対応策を検討する必要があります。

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