プラスチック製ストローから読み解く、CSR報告書の新たな意義

資源・エネルギー
片桐 さつき

タピオカブームの再燃と新たな会話

 筆者の印象だが「若い女性の長蛇の列の先は大よそタピオカ店」である。何故か今、タピオカブームが再燃している。日本でタピオカがブームになったのは1992年頃だと言われているが、26年たった今、LCC(ローコストキャリア)就航による台湾への旅行者の増加や、台湾企業の日本への進出などを要因として、とにもかくにも若者の間でタピオカが流行っているようだ。
 カラフルでお洒落なこともあり、いわゆる「インスタ映え」するタピオカだが、「今後タピオカは何で吸うのか?」という会話は1992年にはなかったであろう。

拡がるプラスチック製ストローの廃止

 察して頂いた方も多いと思うが、問題はタピオカを吸うための太いストローである。世界的な問題として認識されているマイクロプラスチックによる海洋汚染を防止するための一つの手段として、プラスチック製ストローが世界中で廃止される方向にある。
 米マクドナルドは2018年6月、英国とアイルランドの計1,361店においてプラスチック製ストローを2019年までに紙製に切り替えると発表。米スターバックスも2020年までに世界中にある全店で使用を中止すると2018年7月に発表した。

 国内では外食大手で初めて、2018年8月に(株)すかいらーくホールディングスが使い捨てのプラスチック製ストローを廃止する方針を明らかにした。全国に約1,370店を展開する「ガスト」において、ドリンクバーに常備しているプラスチック製ストローを2018年12月までに廃止、続いて2020年開催の東京オリンピック・パラリンピックまでに全業態での使用を順次廃止する、としている。この意図を「日本最大のレストランチェーンである(株)すかいらーくホールディングスが、世界的に深刻な環境問題となっている海洋汚染防止にいち早く対応することが重要」と同社は説明している。

魚の量を超過する海洋中のプラスチック

 国連環境計画(UNEP)が2018年6月に発表した報告書によると、プラスチック製品は世界全体で約90億トンが生産され、そのうちリサイクルで再利用されたのはわずか9%だという。また、世界経済フォーラムの報告書(2016年)によると、2050年までに海洋中に存在するプラスチックの量が、重量ベースで魚の量を超過すると予測されているそうだ。これだけでも、喫緊に解決すべき重大な課題であるという事が分かる。

 こうした重大な課題に対し、2018年6月に開催されたG7シャルルボワサミットでは、「海洋プラスチック憲章」にイギリス、フランス、ドイツ、イタリア、カナダの5カ国とEUが署名。この「プラスチック憲章」とは、「2030年までに、プラスチック用品を全て、再利用可能あるいはリサイクル可能、またどうしても再利用やリサイクル不可能な場合は、熱源利用等の他の用途への活用に転換する」等の一部数値目標を含む憲章だ。残念な事だが、米国と日本はこれに署名しなかった。

1匹のカメから始まった「アンチストロー」

 世界中の大手企業が使い捨てプラスチック製品からの撤退を決めていく理由は、こうした背景の他にもう一つある。それはSNS等によるレピュテーションの影響の大きさだ。タイの海岸に打ち上げられたクジラの胃の中からプラスチック製の袋約80枚が見つかったというニュースや、口にプラスチックの輪がはまって死んでしまった白いアザラシ、砂浜で骨化した鳥の内部に残された大量のプラスチック。これらがセンセーショナルな映像とともに、消費者間で発信され共有されている。これを見て「変えなければいけない」という事に気づき、自ら行動変容を起こす消費者は多くいる、という事だ。

 プラスチック製ストローの廃止に企業が重い腰をあげたのも、2018年の初めに一つの動画が一気に拡散されたからだと言われている。それは、苦しむウミガメを助けようとする研究者達が、出血した鼻孔からチューブ状のものを引き抜く様子を収めた動画だった。そのチューブ状のものが、プラスチック製ストローであった。この動画は現在までに3,000万回以上再生され、世界中で拡散されていき、そして瞬く間に「アンチストロー」の波が世界中へと拡がっていったのだ。こうした事が企業を動かす動力の一つとなった、と言われている。

倫理的消費(エシカル消費)の波と課題

 こうした倫理的な行動変容は日本でも始まろうとしている。消費者庁では、2015年5月から2年間にわたり「倫理的消費」調査研究会を開催し、人や社会・環境に配慮した消費行動「倫理的消費(エシカル消費)」の普及に向けて幅広い調査や議論を行った。そして倫理的消費は「あなたの消費が世界の未来を変える」とし、広く国民間での理解と行動変容を呼びかける、としている。


「倫理的消費」調査研究会の取りまとめを見ると、2016年12月に全国の15歳〜65歳までの2,500人を調査対象としたwebアンケート「『倫理的消費(エシカル消費)』に関する意識調査」の結果が記載されている。この結果によると、倫理的消費に対する消費者のイメージについては「これからの時代に必要(29.3%)」、「優しい(15.5%)」といったポジティブなイメージを挙げる人が多かったとしている。また、エシカルな消費・サービスの提供が企業イメージの向上につながると考えるかについては、7割弱の人が肯定的であり、同様にエシカル消費への関心度については「非常に興味がある」「ある程度興味がある」と回答した率も7割弱となっている。しかし、一方で「本当にエシカルかどうか分からない」「どれがエシカルな商品か分からない」といった回答も多く見られ、これらの情報をどう消費者に伝えていくのかが課題として挙げられている。  

企業は「大きなうねり」を創出できる

 こうした状況は、企業にとってまさに「機会」なのではないだろうか。現に脱プラスチックという潮流で見ると、環境省はプラスチック製品の原料を植物由来のバイオマスプラスチックや紙に切り替える企業を対象にした補助制度を創設する方針を決めており、2019年度予算の概算要求に50億円を盛り込むというニュースもある。実際に、石灰石を主原料とした生分解性の新素材を開発し、世界から注目を浴びている日本のベンチャー企業も登場している。こうした変化を「機会」と捉え、如何にビジネスに結び付けられるかというアンテナの高さが必要とされているのではないだろうか

 また、エシカル消費を促す潮流を企業が作ることも重要だろう。プラスチック製ストローを廃止する事だけで海洋汚染が大きく改善するわけではない。多くの消費者が知っている大手企業が、課題解決のために倫理的な行動を起こす事で、消費者のエシカル消費に対する意識は高まる、それに意義があるのではないか。多くの消費者がプラスチック製品の扱いについて意識すれば、結果的に社会に大きなインパクトをもたらすであろう。企業は、社会にとってポジティブなインパクトを与える「大きなうねり」を創出できる重要な存在、ということだ。一人ひとりが倫理的な消費行動を意識する社会になれば、当然マーケットも大きく変わっていくだろう。それを先行して創出できる機会が、多くの企業に平等に与えられているのではないだろうか。  

SDGsの必要性とCSR報告書の新たな役割

 プラスチック製品による海洋汚染の問題も含めて、こうした世界的な問題はSDGs(持続可能な開発目標)で共有されている。SDGsを事業戦略というストーリーで経営に落とし込んでいく事が、企業の今後の大きな課題となろう。なぜなら、長期的な視点で資本市場の持続性を考えれば、こうした世界的な環境問題や社会問題に対応せざるを得ないからだ。企業はSDGsに代表される世界共通の重要な課題への対応に対して、もはや避けては通れない、と言っても過言ではないだろう。日本企業が実直に行ってきたCSR活動が「企業の社会的責任」という域を脱する時期に来ているのだ。もちろん今まで通り良き企業市民である事は重要だが、同時に世界で生き残るためにはCSR活動を戦略化する必要がある。

 そしてまた、「CSR報告書」として非財務情報を発信してきた媒体の意義も、見直す時期に来ているであろう。誰に、何を伝えるためのものなのか。伝えた相手にどのような行動変容を起こしてほしいのか。ESG投資がメインストリーム化している今こそ、CSR報告書の意義を再度見つめ直してほしい。機関投資家に非財務情報を開示する事を目的に据え、統合報告書にESG情報を掲載する事を優先し、CSR報告書そのものは廃止する企業も徐々に増えている。しかしもう一度良く考えて頂きたい。企業は何のためにコストをかけてCSR報告書を作成していたのだろうか。機関投資家に対する非財務情報の開示だけがCSR報告書の目的ではなかったはずだ。読んでほしいターゲットを特定し、媒体の役割を定めれば、先に述べた「大きなうねり」を創りだす事もできるかもしれない。これは新たなマーケットの創出に一役買う可能性も秘めている、という事ではないだろうか。その可能性を引き出せるか否かは、CSR報告書にどんな新しい役割を担わせるかによるだろう。統合報告書が脚光を浴びている中、地道に活躍していたCSR報告書の意義を、今こそ再定義してほしいと思う。

新たなマーケット誕生への期待

 このコラムを執筆している最中に、「国際標準化機構(ISO)が海の中で分解するプラスチックの新しい国際規格を2020年にも発行する」というニュースが入ってきた。世界中が本気でこうした課題に積極的に取り組んでいるのだから、タピオカを新素材のストローで吸う日はそう遠くはないだろう。こうした変化の激しい環境の中で、「大きなうねり」を創出し、新たなマーケットを誕生させる企業が日本から多く誕生することを期待したい。

本記事は、株式会社ディスクロージャー&IR総合研究所が発行している「研究員コラム」の内容を転載したものです。

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