民法改正(債権法改正)と不動産取引への影響

第11回 賃貸借契約に関する民法改正の概要と留意点(その5) 原状回復義務・収去義務

取引・契約・債権回収

目次

  1. はじめに
  2. 不動産賃貸契約に関する民法改正の概要(前回の続き)
    1. 賃貸借終了後の原状回復義務・収去義務等(改正民法621条、599条(622条))
  3. おわりに

はじめに

 2017年5月26日に、民法(債権法)の改正法案(以下「改正民法」といいます)が成立し、2020年4月に施行されることになりました。
 不動産賃貸借契約やその他の不動産取引において用いられている契約書は、現行の民法を前提に作成されていますが、改正民法には、現行民法とは大きく異なる規定が多数存在しています。そのため、今後は、現在使用している契約書の各条項について、改正民法でどのように変わるのかを確認したうえで適切に見直すことが必要不可欠となります。

不動産賃貸借における主な改正事項
(順不同)
本連載での解説
賃貸借の存続期間の伸長 第7回「賃貸借契約に関する民法改正の概要と留意点(その1)
不動産賃貸借の対抗力
賃借人による妨害停止等の請求権
敷金・権利金(敷金等の承継を含む) 第8回「賃貸借契約に関する民法改正の概要と留意点(その2)
転貸借・サブリース(賃借人による民泊経営も含む)
損害賠償請求権・費用償還請求権の行使期間制限
賃貸人たる地位の移転 第9回「賃貸借契約に関する民法改正の概要と留意点(その3)
賃貸人の修繕義務、賃借人による修繕権 第10回「賃貸借契約に関する民法改正の概要と留意点(その4)
賃借不動産の一部滅失等による賃料の減額
賃借人の減収による賃料減額請求権
賃借不動産の全部滅失等による賃貸借の終了
賃貸借終了後の原状回復義務・収去義務 本稿
貸借保証(極度額の設定、情報提供義務等) 第12回以降 予定
不動産投資ローン保証(公正証書作成義務等) 第13回以降 予定

 これまで4回にわたり、不動産賃貸借契約に関する民法改正の概要および実務への影響・留意点について解説しています。前回は、賃貸人の修繕義務および賃借人による修繕権、賃借不動産の一部滅失等による賃料の減額、賃借人の減収による賃料減額請求権、ならびに、賃借不動産の全部滅失等による賃貸借の終了について解説しました。

 本稿においても、引き続き、不動産賃貸契約に関する民法改正の概要および実務への影響・留意点について解説いたします。
 なお、本稿においては、改正の概要および実務上の問題点について網羅的に詳細を解説するものではなく、その概要とポイントについて述べることといたします。

不動産賃貸契約に関する民法改正の概要(前回の続き)

賃貸借終了後の原状回復義務・収去義務等(改正民法621条、599条(622条))

(1)原状回復義務(改正民法621条)

改正民法621条(賃借人の原状回復義務)
賃借人は、賃借物を受け取った後にこれに生じた損傷(通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化を除く。以下この条において同じ。)がある場合において、賃貸借が終了したときは、その損傷を原状に復する義務を負う。ただし、その損傷が賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。

 現行民法には、賃借人の原状回復義務の具体的内容に関する規定はありません。

①原状回復ガイドラインの考え方

 もっとも、国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」では、以下のとおり、「原状回復」の内容を定義して、「経年変化」「通常損耗」については原状回復義務を負わないとしています(国土交通省『原状回復をめぐるトラブルとガイドライン 再改訂版』8頁)。

国土交通省『原状回復をめぐるトラブルとガイドライン 再改訂版』8頁「(2)本ガイドラインの考え方」】(一部加工)
  • 本ガイドラインでは、建物の損耗等を建物価値の減少と位置づけ、負担割合等のあり方を検討するにあたり、理解しやすいように損耗等を次の3つに区分した。
    表1 建物価値の減少の考え方
    ①-A 建物・設備等の自然的な劣化・損耗等(経年変化)
    ①-B 賃借人の通常の使用により生ずる損耗等(通常損耗)
    ②  賃借人の故意・過失、善管注意義務違反、その他通常の使用を超えるような使用による損耗等
  • このうち、本ガイドラインでは②を念頭に置いて、原状回復を次のように定義した。
    表2 原状回復の定義
    原状回復とは、賃借人の居住、使用により発生した建物価値の減少のうち、賃借人の故意・過失、善管注意義務違反、その他通常の使用を超えるような使用による損耗・毀損を復旧すること
  • したがって、損耗等を補修・修繕する場合の費用については、②の賃借人の故意・過失、善管注意義務違反、その他通常の使用を超えるような使用による損耗等について、賃借人が負担すべき費用と考え、他方、例えば次の入居者を確保する目的で行う設備の交換、化粧直しなどのリフォームについては、①-A、①-Bの経年変化及び通常使用による損耗等の修繕であり、賃貸人が負担すべきと考えた。
  • このほかにも、震災等の不可抗力による損耗、上階の居住者など該当賃借人と無関係な第三者がもたらした損耗等が考えられるが、これらについては、賃借人が負担すべきものでないことは当然である。
②最高裁判例の考え方

 また、判例も、賃借人は「通常損耗」等の原状回復義務を負わないことが原則であるとしたうえで、賃借人が補修費用を負担する損耗の範囲を賃貸借契約書等で合意した場合には、当該範囲について賃借人に原状回復義務を負わせることができることとしています(最高裁平成17年12月16日判決・判タ1200号127頁)。

【最高裁平成17年12月16日判決・判タ1200号127頁】
  • 賃借人は、賃貸借契約が終了した場合には、賃借物件を原状に回復して賃貸人に返還する義務があるところ、賃貸借契約は、賃借人による賃借物件の使用とその対価としての賃料の支払を内容とするものであり、賃借物件の損耗の発生は、賃貸借という契約の本質上当然に予定されているものである。それゆえ、建物の賃貸借においては、賃借人が社会通念上通常の使用をした場合に生ずる賃借物件の劣化又は価値の減少を意味する通常損耗に係る投下資本の減価の回収は、通常、減価償却費や修繕費等の必要経費分を賃料の中に含ませてその支払を受けることにより行われている。そうすると、建物の賃借人にその賃貸借において生ずる通常損耗についての原状回復義務を負わせるのは、賃借人に予期しない特別の負担を課すことになるから、賃借人に同義務が認められるためには、少なくとも、賃借人が補修費用を負担することになる通常損耗の範囲が賃貸借契約書の条項自体に具体的に明記されているか、仮に賃貸借契約書では明らかでない場合には、賃貸人が口頭により説明し、賃借人がその旨を明確に認識し、それを合意の内容としたものと認められるなど、その旨の特約(以下「通常損耗補修特約」という。)が明確に合意されていることが必要であると解するのが相当である。
③改正民法621条で賃借人が負担する原状回復義務の内容・範囲

 改正民法621条は、これらの理解を踏まえて、賃借人の原状回復義務の対象範囲に「通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗」「賃借物の経年変化」が含まれないこととしました。
 もっとも、「通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗」「賃借物の経年変化」の対象は、必ずしも明らかではありません。
 後の紛争を避けるために、賃貸借契約書(別表等)に、賃借人が原状回復義務を負わない範囲等を具体的に記載しておくことも考えられます(国土交通省『原状回復をめぐるトラブルとガイドライン 再改訂版』6頁参照)。

国土交通省『原状回復をめぐるトラブルとガイドライン 再改訂版』6頁「(2)特約について」(一部加工)
  • 賃貸借契約については、強行法規に反しないものであれば、特約を設けることは契約自由の原則から認められるものであり、一般的な原状回復義務を超えた一定の修繕等の義務を賃借人に負わせることも可能である。
    しかし、判例等においては、一定範囲の修繕(小修繕)を賃借人負担とする旨の特約は、単に賃貸人の修繕義務を免除する意味しか有しないとされており、経年変化や通常損耗に対する修繕業務等を賃借人に負担させる特約は、賃借人に法律上、社会通念上の義務とは別個の新たな義務を課すことになるため、次の要件を満たしていなければ効力を争われることに十分留意すべきである。
  • 【賃借人に特別の負担を課す特約の要件】
    1. 特約の必要性があり、かつ、暴利的でないなどの客観的、合理的理由が存在すること
    2. 賃借人が特約によって通常の原状回復義務を超えた修繕等の義務を負うことについて認識していること
    3. 賃借人が特約による義務負担の意思表示をしていること
    4. (中略)
  • したがって、仮に原状回復についての特約を設ける場合は、その旨を明確に契約書面に定めた上で、賃借人の十分な認識と了解をもって契約することが必要である。
    また、客観性や必要性については、例えば家賃を周辺相場に比較して明らかに安価に設定する代わりに、こうした義務を賃借人に課すような場合等が考えられるが、限定的なものと解すべきである。
  • なお、金銭の支出を伴う義務負担の特約である以上、賃借人が義務負担の意思表示をしているとの事実を支えるものとして、特約事項となっていて、将来賃借人が負担することになるであろう原状回復等の費用がどの程度のものになるか、単価等を明示しておくことも、紛争防止のうえで欠かせないものであると考えられる。

 なお、通常賃借人の負担にならないと考えられる例については、国民生活センター『原状回復費用とガイドラインの考え方』(国民生活、2016年2月号)(7頁)などもご参照ください。

通常賃借人の負担にならないと考えられる例

グレードアップ
(貸主が次の住居者を確保するために行う化粧直しなど)
  • フローリングのワックスがけ
  • 賃借人が通常の清掃をしている場合の全体のクリーニング
  • 空調・エアコンの内部洗浄
  • 台所、トイレ等の消毒
自然損耗、通常損耗
  • 日照等によるクロス等の変色
  • 家具の設置による凹み、設置跡
  • 冷蔵庫等の設置による壁の電気ヤケ
  • ポスター・カレンダー等の跡、画びょうの穴
  • エアコン設置によるビス穴、跡
  • 自然災害によるガラス破損等の損傷
  • 網入りガラスのひび割れなど
経年変化、その他
  • 耐用年数経過による設備の故障
  • 鍵の取り替え(破損、紛失がない場合)

出典:国民生活センター『原状回復費用とガイドラインの考え方』(7頁)を参考に筆者作成

④通常損耗の補修費用を賃借人が負担する特約

 オフィスビルテナントの賃貸借契約の場合は、賃借人が通常損耗の補修費用を負担する特約が有効であるとされていますが、消費者契約法が適用される賃貸借(居住用等)においては、無効と判断される可能性があることに留意すべきです(消費者契約法10条)。この点については、最高裁平成17年12月16日判決・判タ1200号127頁を踏まえて判断した多数の裁判例がありますので、どのような場合に特約が有効となり、どのような場合に無効と判断されているのかを確認することが必要であり、賃貸借契約書においてどのような事項(範囲・項目の他、施工単価・基準等)を規定すべきかを検討することも必要となります。
 その他、実務上は、定額補修分担金特約等で対応する例や敷引き特約を規定する例も見られます。その詳細は、猿倉健司「不動産業・建築業の債権法改正対応 第5回 不動産賃貸業(その1)」(ビジネス法務2018年6月号)104頁をご参照ください。

⑤借地(土地の賃貸借)における原状回復義務と土壌汚染・地中廃棄物

 原状回復義務は、対象地の地中にも及ぶ可能性があるという点に留意しておく必要があります。
 たとえば、土地の賃借人(借地人)が高層ビルを建築するにあたり地中に基礎杭等を埋設したときは、当該借地人は、賃貸借契約の終了後にその杭等を撤去して土地を原状に復したうえで返還しなければならない場合が多いと考えられます。なお、基礎杭等の埋め殺しは、不法投棄となる可能性がありますので注意が必要です。
 いくつかの判例等において、賃貸借契約終了後に対象地の地中から発見された土壌汚染や地中障害物・産業廃棄物が原状回復の対象となる(賃借人に対策義務が課される)と判断された例が散見されます(最高裁平成17年3月10日判決・判時1895号60頁、東京地裁平成19年1月26日判決など)。
 その詳細は、井上治「不動産再開発の法務」(商事法務、2017年1月)137~138頁、猿倉健司「不動産業・建築業の債権法改正対応 第5回 不動産賃貸業(その1)」(ビジネス法務2018年6月号)104頁、井上治「既存杭・既存建築物の法的扱い」(建築技術2018年7月号)109頁をご参照ください。

(2)附属物の収去義務・収去権(改正民法599条1項・2項(622条))

改正民法599条(借主による収去等)
  1. 借主は、借用物を受け取った後にこれに附属させた物がある場合において、使用貸借が終了したときは、その附属させた物を収去する義務を負う。ただし、借用物から分離することができない物又は分離するのに過分の費用を要する物については、この限りでない。
  2. 借主は、借用物を受け取った後にこれに附属させた物を収去することができる。

改正民法622条(使用貸借の規定の準用)
第597条第1項、第599条第1項及び第2項並びに第600条の規定は、賃貸借について準用する。
①現行民法598条(賃借人の収去権を規定、収去義務は規定されていない)

 現行民法616条(598条を準用)は、「借主は、借用物を原状に復して、これに附属させた物を収去することができる」として、賃借人の収去権を規定しています。
 これに対して、収去義務は規定していません。
 収去義務が及ぶ附属物の範囲については、①賃借人が賃借物を受け取った後にこれに附属された物については、賃借人が収去義務を負い、②附属物を分離することができない場合や、附属物の分離に過分の費用を要する場合については、賃借人は収去義務を負わないと解されていました。

②改正民法599条(賃借人の収去権に加えて、収去義務を規定)

 改正民法622条(599条1項を準用)は、現行民法下のかかる理解を踏まえて、契約終了時に賃借人が附属物の収去義務を負うとしたうえで、賃貸不動産から分離できない物または分離するのに過分の費用を要する物は収去義務を負わないこととしました。
 もっとも、この場合に原状回復義務を負わないことになるのか、有益費償還請求権(民法608条2項)の対象とならないのかは問題となりえます。

おわりに

 次回以降も、引き続き、不動産賃貸契約に関する民法改正の概要および実務への影響・留意点について解説いたします。
 平成30年3月30日に、国土交通省から、民法改正等を踏まえた『賃貸住宅標準契約書』の改定が公表されていますので、その内容についても確認しておくことが必要となります。

 参照:国土交通省「民法改正等を踏まえ「賃貸住宅標準契約書」等を改定しました!

 なお、本連載では、不動産売買契約・建築請負契約に関する民法改正の概要および実務への影響・留意点について解説していますので、ご参照ください。

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