指針から読み解く、改正不正競争防止法の実務対応
第1回 2019年7月施行、ビッグデータの保護に関する改正不正競争防止法の概要と保護の対象となるデータ
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目次
はじめに
IoTやAIの普及に伴い、ビッグデータをはじめとするデータの利活用のますますの活性化が期待されています。安心してデータの利活用ができる環境を整備するため、データの保護強化を目的とした不正競争防止法の改正法が、平成30年5月23日に成立し、同月30日に公布されました。
法改正は、2つの不正競争行為に関してなされており、技術的な制限手段の保護の強化は、平成30年11月29日より施行されています。データ保護に関する新たな「不正競争行為」(限定提供データに係る不正競争行為)の導入は、令和元年7月1日に施行日を迎えました。限定提供データに係る不正競争行為については、産業構造審議会不正競争防止小委員会において、具体例を盛り込んだわかりやすいガイドラインを策定すべきとの指摘を踏まえ、「限定提供データに関する指針」(以下、「指針」といいます)が策定され、平成31年1月23日に公表されています。
本稿では、限定提供データに係る不正競争行為について、指針に即して具体例を示しながら、法制度の内容を解説します。
規制の概要
価値のあるデータであっても、特許法や著作権法の保護対象とはならない、または、他者との共有を前提とするため不正競争防止法の「営業秘密」に該当しない場合、その不正な流通をくい止めることは困難です。
そこで、平成30年改正により、不正競争防止法に、一定の価値あるデータ(限定提供データ)の不正な取得行為や不正な使用行為等、悪質性の高い行為に対する民事措置(差止請求権、損害賠償額の推定等)が規定されました。なお、刑事措置については、今後の状況を踏まえて引き続き検討すべきこととされ、導入は見送られています。
保護の対象となるデータ
平成30年改正不正競争防止法では、保護の対象となる一定の価値あるデータとして、「限定提供データ」という概念が導入されており、不正競争防止法2条7項で下記のように定められています。
すなわち、「限定提供データ」とは、下記を指します。
- 「業として特定の者に提供する」(限定提供性)
- 「電磁的方法……により相当量蓄積され」(相当蓄積性)
- 「電磁的方法により……管理されている」(電磁的管理性)
- 技術上または営業上の情報であって
- 秘密管理されているものを除くもの
さらに、⑥「無償で公衆に利用可能となっている情報と同一」の限定提供データについて、当該データを取得し、またはその取得したデータを使用もしくは開示する行為は、規制の対象から除外されています(不正競争防止法19条1項8号ロ)。
以下、指針に即して、それぞれの内容を解説していきます。具体例は、いずれも指針に記載されているものです。
限定提供性
「限定提供データ」は、ビッグデータ等を念頭に、商品として広く提供されるデータや、コンソーシアム内で共用されるデータなど、事業者等が取引等を通じて第三者に提供する情報が想定されています。
「特定の者」に提供する情報である必要があるため、相手方を特定・限定せずに無償で広く提供されているデータは対象となりません(指針8頁)。
また、「業として……提供」という要件は、現に反復継続的に提供している場合だけでなく、未だ提供していなくても、データ保有者に反復継続して提供する意思が認められる場合も含まれます(指針8頁)。
- データ保有者が繰り返しデータ提供を行っている場合(各人に1回ずつ複数者に提供している場合や、顧客ごとにカスタマイズして提供している場合も含む。)
- データ保有者が翌月からデータ販売を開始する旨をホームページ等で公表している場合
- コンソーシアム内でデータ保有者が、コンソーシアムメンバーに提供している場合
相当蓄積性
「電磁的方法……により相当量蓄積され」における「相当量」は、個々のデータの性質に応じて判断されることとなりますが、社会通念上、電磁的方法により蓄積されることによって価値を有するものが該当し、その判断にあたっては、当該データが電磁的方法により蓄積されることで生み出される付加価値、利活用の可能性、取引価格、収集・解析にあたって投じられた労力・時間・費用等が勘案されます(指針9頁)。
以下の具体例にも示されているとおり、ビッグデータ以外のデータも、相当蓄積性の要件を満たすことがあり得ると解されています。
- 携帯電話の位置情報を全国エリアで蓄積している事業者が、特定エリア(例:霞ヶ関エリア)単位で抽出し販売している場合、その特定エリア分のデータについても、電磁的方法により蓄積されていることによって取引上の価値を有していると考えられるデータ
- 自動車の走行履歴に基づいて作られるデータベースについて、実際は分割提供していない場合であっても、電磁的方法により蓄積されることによって価値が生じている部分のデータ
- 大量に蓄積している過去の気象データから、労力・時間・費用等を投じて台風に関するデータを抽出・解析することで、特定地域の台風に関する傾向をまとめたデータ
- その分析・解析に労力・時間・費用等を投じて作成した、特定のプログラムを実行させるために必要なデータの集合物
なお、保有者のほうで相当量蓄積されているだけでは足りず、利用者が利用したデータが「相当蓄積性」の要件を充足しない場合には、保護が否定されることになると考えられます(NBL1140号「<対談>限定提供データ制度の導入の意義と考え方」田村善之・岡村久道、岡村発言)。どの程度、蓄積されれば「相当量」に該当するのかについては、電磁的方法による蓄積、管理による付加価値がいまだ生み出されていないような規模にとどまる場合には、「相当量」とはいえず、また、合理的な範囲内の手作業でも到達し得る量の場合には、この要件を満たさないと言えるでしょう(同上)。
電磁的管理性
電磁的管理性が満たされるためには、特定の者に対してのみ提供するものとして管理するという保有者の意思を第三者が認識できるようにされている必要があります(指針10頁)。
指針は、具体的な措置として、データ保有者と当該保有者から提供を受けた者(特定の者)以外の者がデータにアクセスできないようにする措置、つまりアクセスを制限する技術が施されていることが必要であるとし、また、「アクセス制限は、通常、ユーザーの認証により行われ、構成要素として、ID・パスワード(Something You Know)、ICカード・特定の端末機器・トークン(Something You Have)、生体情報(Something You Are)などが用いられる」ほか、「専用回線による伝送も同様にアクセスを制限する技術に該当するものと考えられる」としています。
なお、「電磁的」な管理が要求されることから、データが記録された媒体を鍵のかかる倉庫に保管しているといった管理だけでは、「電磁的管理性」の要件を満たさないと考えられます。
原則として「電磁的管理性」を満たすと考えられる具体例(指針11頁) | 原則として「電磁的管理性」を満たさないと考えられる具体例(指針11頁) |
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技術上または営業上の情報
「技術上または営業上の情報」には、利活用されている(または利活用が期待される)情報が広く該当します。具体的には、下記があげられます(指針12頁)。
技術上の情報の例 | 営業上の情報の例 |
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違法な情報や、これと同視し得る公序良俗に反する有害な情報も同様に、保護の対象となる「技術または営業上の情報」には該当しないと解されています(指針12頁)。
秘密管理されていない情報
不正競争防止法上、一定の情報に関する不正行為(不正取得、不正使用、不正開示)を規制するものとして、営業秘密に関する不正競争行為があります。「営業秘密」とは、「秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないものをいう。」と規定されており(不正競争防止法2条6項)、「秘密として管理されている」こと(秘密管理性)が、要件の1つとされています。
平成30年改正不正競争防止法は、「限定提供データ」に関する保護と、「営業秘密」に関する保護の区別を整理するため、「秘密として管理されている」情報は「限定提供データ」に該当しない旨を明文で規定しました(不正競争防止法2条7項)。
原則として「秘密として管理されている」 と考えられる具体例(指針13頁) |
原則として「秘密として管理されている」 とは考えられない具体例(指針13頁) |
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「限定提供データ」と「営業秘密」の区別をわかりやすく言うと、「限定提供データ」は、「相当量蓄積された」アクセス制限はされているが秘密管理はされていない電子データであり、「営業秘密」は、秘密管理された非公知の情報であり、電子化されている必要はなく、また相当量蓄積されている必要もない、ということになります。
「限定提供データ」「営業秘密」として認められるための要件の整理
限定提供データ | 営業秘密 | |
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相当量蓄積性 | 必要 | 不要 |
秘密管理性 | アクセス制限は必要とされている | 必要 |
電子化 | 必要 | 不要 |
また、どのような行為が不正競争行為として規律されるかについては、「営業秘密」の場合、①「悪意」ある転得者だけでなく「重過失」ある転得者の行為も規制の対象とされている点(不正競争防止法2条1項8号、同9号)、②刑事罰規定が存在する(不正競争防止法21条、22条)点において、「限定提供データ」に関する規制より、情報の保有者に対する保護が厚いということができます(第2回で説明するとおり、「限定提供データ」では、「重過失」があっても「悪意」がなければ規制の対象とはなりません(不正競争防止法2条1項11号、12号、14号、15号))。
したがって、私見ですが、一般論としては、これまで営業秘密として自社で利用していた情報を、1社ないし数社に提供するからといって、ただちに秘密管理を止めて「限定提供データ」として保護しようとする必要はなく、たとえば、当該第三者と秘密保持契約を締結することが可能であり、情報の非公知性を維持できるような場合には、まずは営業秘密による保護を求めることができるように秘密管理を継続していくほうがよいのではないかと考えます。
この点、平成31年1月23日に改訂された「営業秘密管理指針」(経済産業省)においても、営業秘密を企業内外で共有する場合の「秘密管理性」の考え方について、「複数企業で共同研究開発を実施する場合等、複数の他の企業に自社の営業秘密たる情報を開示することが想定されるが、その場合、自社の秘密管理意思を示すためには、開示先である共同研究開発に参加する複数企業等を当事者としたNDA(秘密保持契約)を締結することが有効であると考えられる」旨が記載されており、情報の開示先が限定されている場合には、秘密管理性が失われるものではないことを前提とした説明がなされています。
無償で公衆に利用可能となっている情報(オープンなデータ)と同一」の情報
なお、「無償で公衆に利用可能となっている情報(オープンなデータ)と同一」の情報は、要保護性に欠くことから、「限定提供データ」に係る規制は適用されません(不正競争防止法19条1項8号ロ)。
「無償」とは、データの対価を支払う必要がないことですが、金銭の支払いに限られず、データの提供を受ける身返りとして何らかの反対給付が求められる場合は、「無償」には該当しません。指針は、以下のとおり、公衆に利用可能でないデータと、公衆に利用可能なデータとに分けて、原則として「無償で公衆に利用可能となっている情報」に該当すると考えられる具体例を整理しています。
原則として「無償で公衆に利用可能となっている情報」に該当すると考えられる具体例
下表の太字部分が「無償で公衆に利用可能な情報」に該当する。(指針15頁)
外部に提供する情報のうち、 | 有償 | 無償 |
公衆に利用可能でない (特定の者しかアクセスできない) |
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公衆に利用可能(誰でもアクセスできる) |
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保護されるデータのまとめ
以上のとおり、「限定提供データ」とは、端的に言うと、下記のデータであると考えられます。
- 特定の者に反復継続して提供することが想定されている
- 電子化されていることで付加価値を有するに至っている電子化されたデータであって
- ID・パスワード等によりアクセス制限がされており
- 秘密管理がなされておらず
- 無償で誰もが利用可能となっている情報(オープンデータ)ではない情報
なお、ある情報が、日本国外に設置されたサーバにデータが保存されている場合や、不正競争行為に該当する行為の一部が外国で行われるような場合、果たして日本の不正競争防止法が適用できるのかという問題があります。
日本の不正競争防止法の適用範囲については、法の適用に関する通則法(以下、「通則法」といいます)により定まることになります。
従前の通説的な見解に基づけば、不正競争防止法に基づく民事上の請求(訴え)の法律関係の性質は不法行為であり、不法行為に関する通則法の規定である17条や20条が適用されることになると考えられます。
具体的には、次回に詳細を解説する、不正競争防止法上の「不正競争行為」と位置付けられ、民事措置(差止請求権、損害賠償請求等)の対象となる4つの行為類型のうち、「不正取得類型」、「取得時悪意の転得類型」、「取得時善意の転得類型」は、通則法17条が適用され、「加害行為の結果が発生した地」が日本国内にあれば、原則として日本の不正競争防止法が適用され、「著しい信義則違反類型」については、17条のほか、20条が適用されて、「密接な関連がある他の地」が日本国内にあれば、日本の不正競争防止法が適用されることになるケースも多いかと思われます。
(不法行為)
第17条 不法行為によって生ずる債権の成立及び効力は、加害行為の結果が発生した地の法による。ただし、その地における結果の発生が通常予見することのできないものであったときは、加害行為が行われた地の法による。
(明らかにより密接な関係がある地がある場合の例外)
第20条 前三条の規定にかかわらず、不法行為によって生ずる債権の成立及び効力は、不法行為の当時において当事者が法を同じくする地に常居所を有していたこと、当事者間の契約に基づく義務に違反して不法行為が行われたことその他の事情に照らして、明らかに前三条の規定により適用すべき法の属する地よりも密接な関係がある他の地があるときは、当該他の地の法による。
なお、渉外的な事案において、日本の裁判所が裁判管轄を有するかどうかについては、国際裁判管轄に関する民事訴訟法の規定(同法3条の2以下)の適用により判断されることになると思われます。

阿部・井窪・片山法律事務所