急増するベンチャー企業のM&A - 買い手企業が法務面で気をつけるべき3つのポイント(1) 複数存在する売り手からどのように株式を買い取るか

コーポレート・M&A

急増するベンチャー企業のM&A

 ベンチャー企業を買収するM&A案件が急増しています。M&A専門誌であるMARRの調査によれば、2012年に88件だったのが、2015年では301件、2016年1〜7月では235件となっていました1。少し前までは日本ではベンチャー企業のエグジット(投下資本の回収)手段としてはIPOが主流であり、M&Aはまだまだ少ない、と言われてきましたが2、だいぶ時代も変わってきているのではないかと思います。

 ただ、ベンチャー企業は、大企業の子会社や事業部門を買収する場合とは異なり、投資家からリスクマネーを受け入れているなどの特徴から、特別な検討を要する点があり、注意が必要です。

 そこで今回は、買い手企業の立場から、ベンチャー企業のM&Aを進めていく上でも特に気をつけておきたい法務上の留意点のうち、特に重要と思われる以下の3つのテーマについて2回にわたって考えてみたいと思います。

  1. 複数の売り手の存在
  2. キーパーソンのリテンションプラン設計
  3. クロージング後の補償請求権の保全策

 なお、ここで想定しているベンチャー企業としては、複数の投資家が株主として入っているIPO前の会社を想定しており、また、M&Aのストラクチャーとしては、最もシンプルかつ典型的な、発行済株式100%を取得する株式譲渡を想定して話を進めます。

複数の売り手の存在

ベンチャー企業の資本構造

 ベンチャー企業は、基本的に借入れ(デットファイナンス)ではなく、ベンチャーキャピタル(venture capital、以下「VC」といいます)を中心とする投資家を割当先とする第三者割当増資によるエクイティファイナンスによる資金調達を行います。そのため、ベンチャー企業の株主には創業者(ここでは「経営者株主」といいます)をはじめとする経営陣だけでなく、VC、エンジェル投資家等の投資家が名を連ねているのが通常です。なお、最近では事業会社が自らまたは組成したコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)を通じて、純投資としてベンチャー企業に投資することが増えてきています。

 また、これらの投資家株主はいずれもIPOまたはM&Aによるキャピタルゲインでのリターンを目的としており、その最大化のために行動することも大きな特徴です。

 以上のようにベンチャー企業では、「純投資」を目的とした株主が複数存在することから、これらの株主全員の譲渡価格その他条件の目線が合わなければ買収を実行することができません。そこでベンチャー企業の買い手としては、すべての株主から株式を買い取れるように、各株主の思惑などを斟酌しながら、各株主と個別に交渉していく必要があります3

 なお、経営者株主がM&Aを主導する場合、投資家株主の理解が得られなければ、経営者株主保有の株式のみを取引の対象とすることも一応考えられます。しかし、買い手としても、少数株主が残ったままでの買収は、柔軟な子会社経営に支障が生じることがありますので通常は望みません4

 また、通常、ベンチャー企業は、投資家から出資を受けるに際して、投資家、ベンチャー企業、経営者株主の3者間で「投資契約」を締結します。投資契約では、少数株主である投資家の権利を保護することを主な目的として、新株発行の基本条件、ベンチャー企業のガバナンスに関する事項、株式の譲渡に関する事項が定められます5、多くの場合、経営者株主の株式譲渡は投資家株主の承諾がなければできないようになっています。ですから、譲渡価格の折り合いがつかないからと言って、経営者株主だけが投資家株主を置いて自社の株式を売り抜けることはいずれにせよできません。

投資家株主のドラッグ・アロング・ライトによる強制売却

 投資契約の規定により、特定の有力投資家は、自らがベンチャー企業の株式を第三者に譲渡する場合には、経営者株主など他の株主に、その第三者に対する同条件で保有株式の売却を強制できる権利(いわゆるドラッグ・アロング・ライト Drag-Along right)を持っていることがあります。これは、通常、買い手としては発行済株式100%の買収でなければ(少数株主が残存するのであれば)譲り受けを希望しないために、特定の有力投資家以外の株主の保有株式も売却を強制させることにより、その投資家が円滑にエグジットを図れるようにすることを狙ったものです。

 経営者株主ではなく、ドラッグ・アロング・ライトを持っている投資家株主が主導してM&Aを行う場合には、ドラッグ・アロング・ライトを行使されれば他の株主も自己の保有株式を同条件で売却しなければならないので、買い手は各投資家との個別交渉を避け、交渉を合理的かつ効率的に進めることができます。

 ただし、経営者株主など他の株主の利益調整を図るために、投資契約上、ドラッグ・アロング・ライトには、目標として定められている上場時期など一定期間の経過後に限り行使可能とするという期間制限や、一定金額以上で売却できる場合に限るという金額制限など、一定の条件が設けられることもありますので、買い手としては、法務デュー・ディリジェンスで投資契約に定めるドラッグ・アロング・ライトの行使条件がどうなっているか、確認しておく必要があります。

優先株式+みなし清算条項による対価分配

 投資家株主は、(普通株式ではなく)優先株式により出資して、定款に定める「優先株主の残余財産分配請求権」の規定と投資契約に定める「みなし清算条項」を組み合わせることにより、譲渡価格総額から優先的に対価の支払いを受けられるようにしていることが少なくありません。

 例えば、定款において、残余財産の優先分配に関する以下の趣旨の規定が設けられているとします。

会社を清算して残余財産を分配するとき、優先株主は、残余財産分配額につき1株あたりの出資価額と同額の5万円の支払いを優先的に受けられ、それでもなお残余財産があるときは、優先株主と普通株主と持株比率に応じて残余財産を分配する(参加型)。

 そして、投資契約には、以下の趣旨の規定が設けられているとします。

株式の譲渡によるベンチャー企業の売却が行われた場合には会社が清算されたものとみなして、譲渡対価について、優先株式における残余財産分配請求権の規定と同様の分配が行われる。

 この場合、優先株主は、譲渡対価のうち、まず自己の出資額(1株あたり5万円に譲渡株数を乗じた額)を優先的に回収し、残った金額を、その優先株主を含む全株主間で持分比率に応じて対価を配分することになります。

 このような優先株式+みなし清算条項のアレンジは、ベンチャー企業の業績が想定よりも上がらず、低額なM&Aによるエグジットを行わざるをえない場合でも投資家株主が不当に損失を被ることがないように行われるものですが、経営者株主にとっても、意図するM&Aで、投資家株主に優先的に対価を分配することで投資家株主からも賛同を得やすくすることにより、M&Aが破談にならないようにするというメリットがあると言われています。

 買い手としては、優先株式+みなし清算条項での分配に従って、各株主に譲渡対価を支払うことになります。もっとも、株式譲渡のストラクチャーの場合、みなし清算条項はベンチャー企業の定款ではなく、投資契約(株主間契約)による株主間の合意に基づくものです(株式譲渡の場合のみなし清算条項が定款に規定されていることがありますが、有効性は疑問です)。

 よって、もしみなし清算条項による優先分配について、株主全員の合意が得られなかった場合には、みなし清算条項に基づく優先分配は、合意できた株主の範囲に限り行わざるを得ません。この場合、みなし清算条項に合意している株主と、合意していない株主とで支払う譲渡対価が異なることになりますから、買い手にとって、「一物二価」であるとして税務上問題となりうることに留意が必要です。

潜在株式の処理

 ベンチャー企業では、多くの場合、株式(普通株式と優先株式)だけでなく、役員や従業員に発行したストックオプションとしての新株予約権や、投資家に発行した転換社債型新株予約権付社債(Convertible Bond、以下「CB」といいます)といった潜在株式が存在します。買い手としては、第三者の保有する潜在株式により自己の100%の持分が希釈化されないようにするため、これらの潜在株式も全て処理する必要があります。

ストックオプションはどのように処理するか

 ストックオプションとしての新株予約権の処理方法としては、(i)買い手が新株予約権者から新株予約権のまま譲り受ける、(ii)新株予約権者に新株予約権を放棄または無償取得・消却させる方法が考えられます。(ii)の方法にする場合には、新株予約権者はこれまでのインセンティブを失うことになりますから、買収実行後、これまでの新株予約権者に買い手の発行した新株予約権を付すなどの新たなインセンティブプランの提供を検討する必要が出てきます。

CBはどのように処理するか

 CBについては、無償で発行された(適格ストックオプションの場合に限ります)ストックオプションと異なり、ベンチャー企業のファイナンスの一環として発行されるもので、CB投資家による現実の払込みがありますから、買い手としては、基本的にはCBのまま、またはCBを株式に転換した上で買い手がCB投資家から買い取ることになります。

経営者株主による全部買い取りを経由する決済方法

 これまで述べてきたように、ベンチャー企業には経営者株主のみならず、複数の投資家株主や潜在株主が存在するため、買い手としては、これらの複数の株主と交渉していかなければなりません6。また、株主間で譲渡対価の目線が合わないことで、一物二価による税務リスクも生じます。

 そこで、個別交渉の煩雑さと税務リスクを避けるために、買い手としては、クロージングに先立ち経営者株主にその他の株主から全ての株式を買い取らせることにより、ベンチャー企業を経営者株主が発行済み株式100%を保有する会社にした上で、経営者株主から発行済全株式を譲り受けることを求めることが考えられます。

 しかし、M&Aによるキャピタルゲイン取得前の段階では、経営者株主に他の株主の株式を買い取るだけの資力がない場合が通常ではないかと考えられます。そこで、例えば以下のような決済方法をとることで買い手が経営者株主による他の株主からの株式取得代金を実質的に立て替え払いする方法が考えられます。

  1. 買い手は、クロージング日に、経営者株主がそれ以外の株主に支払うべき譲渡対価を、経営者株主に代わって弁済する(第三者弁済)。
  2. 上記1の第三者弁済の結果、買い手は経営者株主に対して、経営者株主以外の株主に支払う譲渡対価相当分の求償権を取得する。
  3. 買い手は、この経営者株主に対する求償権と、経営者株主が買い手に対して有するその保有株式の譲渡対価請求権とを対当額で相殺する。
  4. 上記1から3の方法による代金の支払いと引き換えに、経営者株主は、他の株主から買い取った株式を含む発行済全株式を買い手に引き渡す。

おわりに

 今回は買い手企業の立場から、ベンチャー企業のM&Aを進めていく上で特に気をつけておきたい法務上の留意点のうち、複数の売り手が存在することに伴う留意点について解説しました。

 ベンチャー企業では、大企業の子会社を買収する場合と異なり株主が単一でないことに加え、合弁会社のように複数の株主が政策的に株式を保有している場合と異なり、純投資目的から優先株式+みなし清算条項などのエグジットを図る様々な手当てが設けられているため、M&Aの買い手としてもそれらを意識した対応を要することをご理解いただけたと思います。

 次回は買収実行後に問題となる、キーパーソンのリテンションプラン設計、クロージング後の補償請求権の保全策について解説します。


  1. MARR Online2016年9月号(263号)「『ベンチャー企業へのM&A動向』前年同期比44.2%増。IN-INが活発化」(会員限定記事)より。ただ、この記事でいうM&AにはCVC(コーポレートベンチャーキャピタル)による投資も含めてカウントされているので、発行済全株式を買収するバイアウトはもっと少ない数になろうかと思います。 ↩︎

  2. 例えば、磯崎哲也「起業のファイナンス-ベンチャーにとって一番大切なこと〔増補改訂番〕」(日本実業出版社、2015年)47頁以下、宍戸善一=ベンチャー・ロー・フォーラム(VLF)編「ベンチャー企業の法務・財務戦略」(商事法務、2010年)465頁以下にその趣旨の指摘があります。 ↩︎

  3. 各株主の譲渡価格の目線があまりにも異なる結果、株主間で一株あたりの売却価格に差が開き過ぎると、いわば「一物二価」の状態になり、税務リスクが生じることがありますので、税務の専門家と相談しながら、注意して交渉にのぞむ必要があります。 ↩︎

  4. 最終的には、会社法に基づく「特別支配株主の株式売渡請求」などの方法により、強制的に少数株主から買い取ること(スクイーズアウト)を検討することになりますが、紛争が起きるおそれもありますので、できる限り任意での買い取りで100%子会社化したいところです。 ↩︎

  5. なお、資金調達のラウンドを重ね、投資家が複数となってきた場合には、ベンチャー企業のガバナンスや株式譲渡に関する事項については投資家間で条件を統一させる必要があるため、個別の投資家とベンチャー企業との投資契約とは別に、リード投資家が中心となって、合意できる全ての投資家、ベンチャー企業、経営者株主との間で「株主間契約」を締結することがありますが、以下では便宜上、株主間契約も含めて「投資契約」と呼びます。 ↩︎

  6. 実際には、M&Aを主導する経営者株主またはリード投資家が他の投資家株主に売却を働きかけることが多いのではないかと思われます。 ↩︎

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