これからのインセンティブプランの形

第1回 有償ストック・オプションとは

コーポレート・M&A
山本 修平

 これまでわが国では、有能な人材を確保することを目的に、キャッシュ・アウトのない株式報酬制度としてのストック・オプションが広く導入されてきました。また、近年では、日本版スチュワードシップ・コード導入による機関投資家の議決権行使方針が公表され、従来の固定報酬を中心とする報酬制度の見直しについても議論されることが多くなりストック・オプションがこれまで以上に注目されています。
 一方で、中長期的な業績や株主価値と連動する投資制度としてのインセンティブプランとして「有償ストック・オプション」というスキームを採用する事例が2006年から登場し始め、2010年にソフトバンクが導入して以降導入件数が加速度的に増加しています。

 今回はストック・オプションのなかでも中長期的な業績や株主価値と連動するインセンティブプランとしての有償ストック・オプションについて紹介します。

ストック・オプションとは

 ストック・オプションは、一般的に会社が取締役や従業員に対して、「あらかじめ定められた価額(権利行使価額)で会社の株式を取得することのできる権利」を無償で付与する報酬制度と理解されています。ストック・オプションを付与された取締役や従業員は将来、株価が上昇した時点で権利行使を行い、会社の株式を取得し、売却することにより、株価上昇分のキャピタル・ゲインを得ることができます。
 キャピタル・ゲインは、企業の業績向上による株価の上昇と直接連動することから、権利を付与された取締役や従業員は、株価上昇へのコミットメントを強く持ち始め、結果として、業績向上と株価上昇につながることによって、株主にも利益をもたらす制度ともいえます。

ストック・オプションの導入が増えている背景について

 冒頭に書いたように、これまでわが国では、従業員に対する株価への意識付け、有能な人材の確保等の目的で、キャッシュ・アウトのないインセンティブといった効果もあり、株式報酬制度としてのストック・オプションが導入されてきました。また、上場会社において海外を含めた機関投資家の株式保有比率が高まりつつあることを受けて、日本版スチュワードシップ・コード導入による機関投資家の議決権行使方針が公表され、固定報酬中心の既存の報酬制度についての見直しが求められ、ストック・オプションがこれまで以上に注目されています。

 このようなことから、業績や株価に拘らない固定報酬制度は、株主との利害共有がなされず、経営リスクを取らない志向に陥りかねないとされ、固定報酬に代わる業績連動型の報酬が推奨される傾向にあります。業績連動型報酬は、(1)現金で賞与等を付与する形態と、(2)株式に関連付けたストック・オプションやリストリクテッド・ストックといったストック・インセンティブの形態に大別されますが、一定程度株主とリスクを共有するストック・インセンティブの新規導入または見直しの機運がますます高まってきています。

ストック・オプションの留意点

 これまで普及してきたストック・オプションは、会社が労働サービスという役務を受ける対価、すなわち報酬として整理されています。そのため、法律、会計、税務において、この整理を前提とした取扱いが規定されていますが、これらのストック・オプションに関する現状の取扱いには、以下のデメリットがあります。

法律面

 まず、法律面では、会社法上、役員を付与対象者とする場合には、役員報酬としてのストック・オプションの額(確定していないものについては、その具体的な算定方法)と具体的な内容について、株主総会の決議(会社法第361条、第387条)が必要です。しかしながら、実務上、時間とコストの面から役員を対象にするストック・オプションのみを議案とする臨時株主総会の開催は困難であり機動的に役員を対象にするストック・オプションを発行することができません。

会計面

 次に、会計面では、株式オプション価格算定モデル等の算定技法により算定したストック・オプションの公正価値を企業の人件費とみなして費用計上されるため、ストック・オプションの発行にあたっては、損益に与える影響を考慮する必要があります。ベンチャー企業にとっては、費用計上額を考慮すると、役職員に付与する規模が必要な水準より少なくせざるを得ない場合もあり、インセンティブ効果を期待できないことがあります。
 なお、未公開企業は、公正価値による費用計上に代えて本源的価値(自社の株式の評価額と行使価格との差額)に基づく費用計上が認められているため、ストック・オプション発行時の株価以上に権利行使価額を設定すれば費用計上はありません

税務面

 さらに、税務面では、ストック・オプションが付与された役職員にとっては、ストック・オプションは、原則として、報酬として受け取るものとみなされ給与所得として課税されます。
 この場合の課税のタイミングと計算方法が問題となります。

 課税のタイミングは、「権利行使時」、すなわち、株式を取得した時点であり、株式を売却しなくとも課税されます。役員または一定以上のポジションの従業員は、株式の長期保有を求められることや、上場会社であれば付与対象者はインサイダー情報を持っていることも多いため、権利行使により株式を取得してもすぐに売却できないこともあります。
 このような場合には、株式売却によるキャッシュ・インのない段階での権利行使時に課税されるため、権利行使によるキャッシュ・アウトに加えて、納税によるキャッシュ・アウトが生じ資金負担が大きくなります。

 また、税額計算については、権利行使時の株価と行使価格の差額が課税所得(給与所得)となり、住民税も考慮すると最大約55%の累進税率が適用されます。株価が権利行使価格の数十倍になっていると、権利行使による払込み金額の数十倍の多額な納税が生じ、資金負担が数千万円、数億円となる場合もあります。
 このような場合、税負担が障害になり権利行使を諦めざるを得ない可能性もでてきます。

 上記の問題点を解消する措置として、一定の要件(※)を満たしたストック・オプションを、権利行使時に課税せず、行使により取得した株式の売却時点で課税がなされるという、課税時期を先送りできる制度があります。この要件を満たしたストック・オプションを、一般的に税制適格ストック・オプションと呼称し、我が国において発行されているストック・オプションの4割程度はこのタイプに該当します。
※税制適格要件については本章下段を参照。

 税制適格ストック・オプションであれば、上記の課税タイミングが株式売却よりも先行する「キャッシュ・インなき課税」に関するデメリットを解消することができます。また、課税される所得税の計算においても、株式の売却価格とストック・オプションの行使価格の差額を譲渡所得として約20%の分離課税となります。
 このように、税制適格ストック・オプションには大きなメリットがある反面、その前提となる税制適格要件を満たすことができない付与対象者については、原則通り権利行使時の給与所得課税がなされてしまいます。そのため、税制適格ストック・オプションの導入を検討される場合には、想定される付与対象者が税制適格要件を満たすことができるのかを確認する必要があります。

税制適格要件(租税特別措置法第29条の2並びに施行令第19条の3)

    <発行内容の要件>
  1. 新株予約権の発行価格は金銭等の払い込みがないこと。
  2. 新株予約権の権利行使価額は、ストック・オプション付与契約時の株式時価以上であること。
  3. 当該新株予約権に譲渡禁止規定が付されていること。
  4. 新株予約権の行使期間は、付与決議日後2年を経過した日から10年経過日までであること。
  5. 新株予約権の権利行使による新株発行または移転が、会社法238条2項の決議(同法239条1項の決議による委任に基づく同項に規定する募集事項の決定および同法240条1項の規定による取締役会の決議を含む。)に基づき金銭の払い込みをさせないで発行された新株予約権または旧商法280条の21第1項の株主総会決議に基づき無償で発行された同項に規定する新株予約権であること。
  6. 権利行使価格により取得した株式が証券会社等に保管委託されること。

  7. <取得者の身分要件>
  8. 付与対象者は、会社およびその子会社の取締役・使用人または執行役である個人であること。
  9. 子会社とは、会社によって直接・間接的に議決権のある発行済株式または出資の50%超を所有されている会社であること。
  10. 新株予約権付与決議時に大口株主に該当しないこと。ここに大口株主とは、
    イ)上場会社の場合は、発行済株式の10分の1超を保有する株主。
    ロ)非上場株式の場合は、発行済株式の3分の1超を保有する株主。
  11. 新株予約権付与決議時に大口株主の特別利害関係者に該当しないこと。大口株主の利害関係とは、
    イ)大口株主の親族。
    ロ)大口株主の事実上の婚姻関係にあるものおよびその者の直系血族。
    ハ)ロ)の直系血族と事実上の婚姻関係にある者。
    二)大口株主からの金銭などで生計を維持している者およびその者の直系血族。
    ホ)大口株主の直系血族からの金銭などで生計を維持している者。
  12. 権利承継相続人であること。
    ここにいう権利承継相続人とは、新株予約権を付与された取締役または使用人たる個人が新株予約権の権利行使期間に死亡した場合、付与決議に基づき新株予約権を権利行使できる相続人をいいます。

  13. <権利行使要件>
  14. 権利行使において、新株予約権を付与された者が、付与時において大口株主および大口株主の特別利害関係者でないことの宣誓書を発行会社に提出すること。
  15. 権利行使者の権利行使金額の年間合計額が、1,200万円を超えないこと。
  16. 新株予約権者は、権利行使日に属する年の他の新株予約権の有無を記載した財務省令に定める書面を発行会社に提出すること。

有償ストック・オプションについて

 上述の通り、報酬として無償で付与される一般的なストック・オプションは、法律、会計および税務といった点で制度上のデメリットがありました。このような中、近年では、コーポレートガバナンス・コードを踏まえて、中長期的な業績や株主価値と連動する投資制度としてのインセンティブプランとして「有償ストック・オプション」というスキームを採用する事例が2006年に登場しました。さらに、前述の通り、2010年にソフトバンクが導入して以降導入件数が加速度的に増加しています。

 有償ストック・オプションとは、従来型のストック・オプションのように職務執行の対価(報酬)として付与されるものではなく、公正価値による新株予約権の発行価格を金銭で払い込むことにより新株予約権を購入するもので、付与対象者が発行会社の新株予約権に対して投資を行うスキームです。付与対象者は、発行される新株予約権に投資するか否かについて、新株予約権の行使価格や行使期間、設定された業績目標や株価目標などを吟味することによって購入の意思決定し新株予約権を取得するため、従来の無償ストック・オプションのように会社から付与されたものを受動的に受け取るのではなく、付与対象者が自らの判断で能動的に投資することになります。新株予約権を取得した役職員は、設定された業績や株価に関する目標を達成すると、株価上昇分の利益を得ることができるため、業績・株価に関する意識づけおよびその目標達成への動機づけ(インセンティブ)に対する効果は、通常の無償型ストック・オプションよりも高いものが期待でき、このような点が経営者および投資家に好感されて導入件数が増加しているものと考えられます。

有償ストック・オプションの発行推移

有償ストック・オプションのメリット

 有償ストック・オプションについて、法律、会計および税務といった点でのメリットは下記の通りです。

法律面

 まず、法律面では、有償ストック・オプションは、公正価値による新株予約権の発行価格を金銭で払い込むことにより新株予約権を取得する投資スキームであり、報酬として発行するストック・オプションではないため、会社法上の取締役が付与対象者となる場合でも株主総会による報酬決議は不要です。すなわち、有償ストック・オプションは、取締役会決議のみで機動的に発行することができます。
 なお、株式の譲渡が制限されている非公開会社では、新株予約権の発行は株主総会決議が必要となります。しかしながら、非公開会社の株主数は少ないことが多く、臨時株主総会の開催が比較的、容易であることから、株主総会決議を必要とする点は問題にはならないケースが多いと考えられます。

会計面

 次に、会計面を見ると、有償ストック・オプションは、役職員が投資として現金を払い込むことにより新株予約権を取得するので、発行会社にとっては現金を対価として新株予約権を発行する取引となります。そのため、基本的に労働サービスを対価とする報酬の支払いではないため、労働サービスを人件費として計上する必要はないと取り扱われています。
 ただし、近年、企業会計基準委員会(ASBJ)において、有償ストック・オプションについても、(無償ストック・オプションと同様に)ストック・オプション会計基準の適用範囲に含まれるものとして報酬費用を認識する方向にて審議がなされています。今後、有償ストック・オプションの導入を検討している企業においては、当該審議の動向について留意する必要があります。

税務面

 最後に、税務面では、役職員が現金を払い込むことにより新株予約権を取得するスキームであり、何ら経済的利益を受けていないため、新株予約権の取得時と株式を取得する権利行使時のいずれにおいても課税されず、取得した株式を売却した時に課税されるのみです。
 したがって、有償ストック・オプションを発行する場合には、税制適格要件の検討は必要ありませんが、新株予約権の公正価値より低い額で取得すれば、経済的利益が発生し取得時に課税されるので、有利発行にならないように、オプション評価の専門家から新株予約権の公正価値評価を取得することが重要です。

 さらに有償ストック・オプションは、上記の法律、会計および税務といった点でのメリットに加えて、既存株主の理解を得やすいというメリットがあります。すなわち、有償ストック・オプションは、業績条件の達成と株価上昇した場合にのみ行使されるため、既存株主にとって業績向上により企業価値も向上するスキームであると理解され得るのであり、既存株主の利益に配慮しているインセンティブスキームと言えます。

有償ストック・オプションの留意点

 「5 有償ストック・オプションのメリット 5-3 税務面」で説明したとおり、有償ストック・オプションは、公正価値に基づいて発行されなければ税務面の問題が生じますが、さらに会社法上の有利発行性の論点(仮に有利発行に該当した場合には、株主総会の特別決議が必要となる)も生じ、株主から差止め請求(会社法第247条)を受ける可能性があります。
 したがって、有償ストック・オプションの公正価値評価は、金融工学の高度な知識、またはデリバティブに関する商品知識、会社法の知識等などが必要となるため、導入企業は新株予約権の公正価値についての対外的な説明責任を果たせるよう、オプション評価の専門家に事前に十分に相談することが必要です。

最後に

 有償ストック・オプションは、①有償であること、②業績条件や株価条件が付されること、③行使価格が市場株価以上に設定されることといった特徴があります。これは、報酬として無償で付与されるいわゆる税制適格ストック・オプションが実務上、動機付け(インセンティブ)の効果が弱いとされていたのに対して、有償ストック・オプションでは、付与対象者に対して、予め付された業績条件や株価条件を吟味させ、現在の市場株価よりも株価が上がるか否かを検討させた上で、有償で任意の投資を行わせることで、動機付けの効果を高めることが企図されています。有償ストック・オプションは、このような特徴から、付された業績や株価のハードルが達成され、かつ、株価が上昇した場合にのみ、その株価上昇分が利得となるため、既存株主からみても受け入れ易い制度と言えます。

 なお、2015年12月以降、有償ストック・オプションの枠組み(すなわち、投資制度の枠組み)の中で行使価格を時価よりも著しく低い水準にして発行する事例(行使価格を1円とするものもある。)が数件程度出始めています(以下、「行使価格低廉型有償ストック・オプション」)。
 行使価格低廉型有償ストック・オプションは、業績条件等が付されてはいるものの、発行時から含み益のある新株予約権であるため、行使価格低廉型有償ストック・オプションの保有者は、業績条件が達成できたならば、低廉な行使価格を負担するだけで、本来株価向上に貢献していた訳でない部分も含め、多額のキャピタル・ゲインを得ることが可能となることから、株主に対して合理的な説明ができず、株主の理解を得られるものではないと考えられます。


 以上から、企業の報酬制度の見直しに伴い、中長期的な業績や株主価値と連動する投資制度として増加している「有償ストック・オプション」ですが、導入に際してはインセンティブプランとしての適切性や既存株主への配慮について経営陣で十分に検討するべきでしょう。

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