これからのインセンティブプランの形

第2回 有償ストック・オプションにおけるインセンティブについて

コーポレート・M&A
田中 喜博 金岡 将之

 先日の有償ストック・オプションの記事(「第1回 有償ストック・オプションとは」)において、有償ストック・オプションが、権利行使価格を時価以上で設定すること、業績条件の達成を権利行使の条件としていることから、既存株主にとって懸念される希薄化に対し配慮したインセンティブのスキーム(希薄化の発生の前提として、株価の権利行使価格以上の上昇のみならず、業績条件の達成という企業価値の実体の向上を伴っている必要があるスキーム)として、オプションの保有者(役員・従業員)と既存株主の利害を一致させることが理想となると紹介しました。

 しかし、これに対して、有償ストック・オプションにおいて行使価格を時価よりも著しく低い水準にして発行する事例(行使価格を1円とするものもある)が一部で出始めています。
 このようなストック・オプションは、ストック・オプションの発行後に業績や株価が上がらなくとも比較的短期にオプション保有者は一定の利益を得ることができる一方、既存株主は、業績や株価が上がらなくとも、オプション行使による希薄化の影響を受けてしまう可能性があります。

 今回は弁護士、投資家の見解を交え、有償ストック・オプションのインセンティブについて考えます。

弁護士の見解

 現在の株価と比べて行使価格が低かったり、業績条件は定められているものの公表されている業績予想からは容易に達成が可能と思われる等、比較的インセンティブが低いと思われる有償ストック・オプションの発行について、会社法上問題点はないのか、上場会社の情報開示や、金融関連法令や当局対応等を取り扱っている森・濱田松本法律事務所の峯岸 健太郎弁護士に話を伺った。

このような有償ストック・オプションは、会社法上は適法に発行されているという理解でよいのでしょうか?

峯岸氏

 有償ストック・オプションは、会社法上、発行する上場会社の役職員に対し、第三者割当により、新株予約権を有償かつ時価(特に有利な金額でない)で発行することにより付与されます。
 新株予約権を時価で発行する場合、その払込金額は、「特に有利な金額」(いわゆる有利発行)とならないようにするため、一般に、発行会社の依頼を受けた第三者の算定機関により算定された新株予約権の公正価値を下回らない金額とする必要があります。この公正価値の算定においては、新株予約権の行使価格、行使期間のほか、行使条件のうち定量的なもの(例えば、一定の業績条件など)も勘案されることから、公正価値が適切に算定され、それと同額の払込金額が定められていれば、会社法上、新株予約権としては適法に発行されることになります。

では、既存株主にはどのような懸念があるのでしょうか?

峯岸氏

 有償ストック・オプションによる利益は、その付与を受けた役職員が新株予約権の行使により取得した株式を売却することにより実現されます。そうすると、有償ストック・オプションのインセンティブの強弱は、株式を取得するための条件、すなわち、行使価格、行使期間、業績条件等の行使条件(総称して以下「行使条件」といいます)をどのように設定するかにより決まることになるものと思われます。
 そして、新株予約権の行使条件が勘案されて公正価値が適切に算定され、それを下回らない払込金額が定められていれば、先ほどのとおり、会社法上、新株予約権としては適法に発行されることになります。

 ただ、投資家から見ると、発行時の会社の業績や業績予想の内容に照らして、容易に条件を達成できると思われるような行使条件を定めているように見える場合、例えば、現在の株価と比べて行使価格が低かったり、業績条件は定められているものの公表されている業績予想からは容易に達成が可能と思われる場合等もあるかもしれません。このような場合に、投資家の立場としては、業績や株価が向上していないにもかかわらず、インセンティブが実現され、その結果として、株式の希薄化による影響を受けるという懸念が生じるのかもしれません。

投資家の懸念を避けるためにどのようにしたら良いでしょうか?

峯岸氏

 上場会社は、証券取引所規則や金融商品取引法に基づく情報開示をする必要があり、有償ストック・オプションについても、適時開示などが必要となります。
 証券取引所の適時開示においては、「ストック・オプションとして新株予約権を発行する理由」という項目があります。その中で、東京証券取引所の適時開示ガイドブックの記載上の注意においては、「発行の目的及び理由についてわかりやすく具体的に記載する」、「新株予約権の潜在株式に係る希薄化の規模や新株予約権に付された行使条件等が、発行の理由・目的に照らして合理的であると判断した根拠についても記載することが考えられます」とあります。そのため、これを踏まえて開示を行う必要があろうかと思われます。

 また、コーポレートガバナンス・コードにおいて、報酬に係る意思決定の透明性・公正性を確保する観点から報酬の決定方針と手続の開示が求められており、中長期的な業績と連動する報酬の割合や現金報酬と自社株報酬との割合を適切に設定すべきであるとされています。有償ストック・オプションは、通常、会社法上の「報酬」ではないと整理されていると思いますが、役職員の業務向上に対するインセンティブという意味では、報酬と同様の意味合いを有するものと思われます。そのため、特定譲渡制限付株式(いわゆるRS)、有償ストック・オプション、法人課税信託といった様々な制度を検討の上、自社に合致した適切なインセンティブの体系を構築し、投資家に適切に説明し理解してもらう必要があると思われます。


 このような有償ストック・オプションの発行について、会社法上は問題ないが、コーポレートガバナンス・コードの観点から投資家への適切な説明がより重要になることが分かった。では機関投資家はどのように考えるか。
 あすかアセットマネジメント株式会社が運用するエンゲージメント型ファンド「バリューアップファンド」への投資助言業務を行っている、あすかコーポレイトアドバイザリー株式会社の田中喜博代表取締役COOおよび金岡将之ディレクターに、インセンティブが低いと思われる有償ストック・オプションについて話を伺った。

投資家の見解

まず、はじめにあすかコーポレイトアドバイザリーについてご紹介いただけますか?

田中氏

 あすかバリューアップ戦略は「国内企業の経営者を支援すること」を理念に掲げ、中長期的な視点で投資を行い、経営者と対話しながら企業価値の向上を目指しています。我々は2005年の設立以降、同戦略への投資助言を通じて、中長期的な視点で投資先企業の向上のための取組を行ってきました。我々はその活動を「バリューアップ活動」と称しています。具体的には市場環境・ビジネスの競争力・経済性分析や株価分析などを通じて価値創造の要となるドライバーについての仮説をたて、仮説の実現に向けて、時間を掛けて経営者との対話に取り組んでいます。

最近散見されるこのような有償ストック・オプションについてどのように考えますか?

金岡氏

 中長期的な視点で投資を考えた場合、オプションの付与条件や行使条件に近視眼的な評価基準が導入され、結果的に少数株主の利益が損なわれる事が無いかという点を懸念しています。
 例えば単年度業績をベースとした短い期間での新株予約権付与や付与後の行使期間が近い有償ストック・オプションで、これらに対しては原則的には賛成できないと考えております。理由は経営者が短期利益を追求してしまい、長期利益を犠牲にしてしまう可能性が高いのではと考えているからです。
 もともと、株式価値は原理的に長期的なキャッシュフローの集合体であり、大多数の株主は経営者に長期的なキャッシュフロー拡大や利益拡大を求めているはずです。一方で、経営者はインサイダーであるために短期的な利益やキャッシュフローを操作できるポジションにいるわけです。もちろん、企業のゴーイングコンサーンを前提に長期的な企業価値の最大化を目指し経営している経営者が大半であると信じておりますが、近時散見される比較的短期の業績達成をトリガーとした有償ストック・オプションを株主に提案してくる経営者は、短期的な利益操縦により自分たちの役員報酬を引き上げることを優先していると見られてもおかしくないと思います。

 当然こういった提案は有利発行であることから株主総会決議事項で過半数の同意を経て決定に至る訳ですが、その過程で提案が利益操作しやすい短期利益を条件とした単年度の役員報酬に近いものであり、その後の長期的な価値拡大を条件としたストック・オプションではないことを一般株主がどこまで理解して賛成票を投じているのか疑問に思います。
 例えばですが、そもそもイン・ザ・マネーのオプションが付与され、極めて短期間で付与対象者の役員が億単位の利益を得るケースも過去にはありました。事実上の現金賞与です。では、このようなケースで株主にわかりやすく正々堂々と、現金で役員報酬として同額の現金を払って下さいというような議案がでてきたら賛成する株主はどの程度いるでしょうか?
 このようなスキームは、短期的な利益によってカモフラージュされた株主からの利益搾取と誤解されてもおかしくないとも思っています。そのような誤解を無くすためにも同スキームの提案は避けるべきではないかと考えています。

左から、あすかコーポレイトアドバイザリー株式会社 田中 喜博代表取締役COO、金岡 将之ディレクター

一方で、行使条件をクリアし、株価が上がっていれば他の投資家も文句を言わないと思うのですがどう思いますか?

田中氏

 重要なのは、オプションが行使される事で発生する希薄化が付与対象者である経営陣によって作り出された企業価値に対する正当な対価と評価できるかどうか?という事かと思います。
 先ほどのコメントでも触れてはおりますが、我々は長期投資を基本としていますし、株価は長期的にはゴーイングコンサーンに基づき算出される将来のキャッシュフローを表象すると考えています。したがって一義的には行使条件がクリアされ、株価が上昇したとしても、それが長期的に見た企業価値上昇を伴うものではなく、目先の利益水準の変化による株価変動なのであれば、株主にとっての重要な権利である投資持分の希薄化を認める事は出来ないはずです。
 例えば短期の利益を行使条件に設定した場合、経営者側には長期の利益を犠牲にしても短期の利益条件達成を実現させようというインセンティブが働きかねません。株価は短期の利益改善に反応して上昇するかもしれませんが、これは企業価値の上昇ではなく、長期的には株価が下落するリスクを含んでいると言えます。

 行使条件の前提となる財務数値などの達成目標の時間軸が短ければ短いほど、経営陣と株主の間には情報の非対称性が生まれますし、そのような非対称性が存在する中で株式の希薄化を報酬の対象とする事は、結果的に株価の上昇があったとしても好ましい事ではないと考えます。

投資先もしくは投資検討先がこのような資本政策を実施した場合、投資家としてどのようなアクションをとられますか?

金岡氏

 まず、我々は投資先企業の経営者と資本政策に関しても定期的に対話をしており、このような株主価値を棄損するような資本政策を実施するような事の無いようコミュニケーションを続けております。また、仮にこのような資本政策を株主総会議案として提案してきた場合は早急に会社側と対話を行い、会社側の真意について理解を進めます。その上で、これらの資本政策が本当に株主の利益を損ねるものであると確信した場合は、議案の取り下げをお願いし、それが難しい場合には反対票を投じるべく投資助言を行います。

貴社が賛同できるもしくは応援したい報酬体系について教えてください。

田中氏

 上でのコメントはオプションの行使に対してやや否定的な印象を与えたかもしれませんが、我々は経営陣の真摯な努力により本当に企業価値の向上がみられるならば、その対価として株主が持分の一部を経営陣に提供する事は両社にとっての利益のアライメントの見地からも望ましい事であると考えます。
 ただし上記に述べさせて頂いたように、経営陣と株主の間には情報の非対称性が存在する事から、誤解を避け、お互いの真意を理解するための努力が必要であると考えます。
 そのためには透明性が高く長期的な企業価値向上とリンクした報酬体系が望ましいと思っています。具体的には単年度の報酬は過去の実績と連動した現金での報酬体系とすべきであり、有償ストック・オプションであれば、少なくとも今後3年程度の中期的な業績目標などのハードル条件を付したものにすべきではないかと思います。なおハードル条件設定に当たっては、既存株主にとっての希薄化が十分正当化され、経営陣の経営努力が明確に評価出来る高い目標であるべきですし、さらに大切なのは行使された結果得られる株式についても短期に売り抜けるのではなく、株主利益とのアライメントが成立するよう一定期間は売却制限を付けるべきではないかと考えます。

 また、最近ではストック・オプション付与する対象者を今後の貢献度に応じてフレキシブルに選択できる法人課税信託というスキームは付与者が当初から決まっている有償ストック・オプションと比べるとより良い報酬体系ではないかと思っております。実際、我々の投資先の経営者には中期的な業績目標をベースとした有償ストック・オプションや法人課税信託のスキームを提案しており、採用して頂いた会社も数社あります。


 以上のように、本件における有償ストック・オプションの発行は会社法上適法ではあるが、コーポレートガバナンス・コードや中長期的な視点で投資する機関投資家の投資方針を踏まえると、実施に際しては慎重に検討する必要があることがわかった。
 企業は、短期的な利益ではなく中長期的な企業価値向上と連動した適切な報酬体系を設計し、投資家への説明責任を果たしていくことがますます重要になるだろう。

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