インサイダー取引規制における「知る前契約・計画」の要件と活用方法

コーポレート・M&A

はじめに

 インサイダー取引規制に関し、①未公表の重要事実を知る前に締結・決定された契約・計画が存在し、②株式等の売買の具体的な内容(期日および期日における売買の総額または数)があらかじめ特定されている、または定められた計算式等で機械的に決定され、③その契約・計画に従って売買等が執行される場合には、契約・計画の締結・策定後に未公表の重要事実を知った場合でも、インサイダー取引規制は適用されない(いわゆる、「知る前契約・計画」の適用除外)。
 この適用除外は、平成27年9月16日の有価証券の取引等の規制に関する内閣府令の改正により設けられ、近時、特定譲渡制限付株式(いわゆるRestricted Stock)の売却等に関して用いられていることから概説する。
 なお、本稿中の意見にわたる部分はすべて筆者の個人的見解であり、筆者が所属する法律事務所の見解ではない。

「知る前契約」「知る前計画」に係る包括的な適用除外規定

適用除外の要件

 インサイダー取引規制(金商法166条1項・3項)の適用除外となる「知る前契約・計画」につき、大要、以下の(1)から(3)をすべて満たす場合に適用除外が認められる(取引規制府令59条1項14号)。

(1) 「重要事実」を知る前に締結(決定)された有価証券の売買等に関する書面による契約(計画)の履行(実行)として売買等を行うこと
(2) 「重要事実」を知る前に、次に掲げるいずれかの措置が講じられたこと
当該契約(計画)の写しが、証券会社(※)に対して提出され、当該提出の日付について当該証券会社による確認を受けたこと(当該証券会社が、当該契約の相手方や当該計画を共同して決定した者である場合を除く)
当該契約(計画)に確定日付が付されたこと(証券会社が当該契約を締結した者、または当該計画を決定した者である場合に限る)
当該契約(計画)が、インサイダー取引規制における公表措置に準じ公衆の縦覧に供されたこと
(3) 当該契約(計画)の履行(実行)として行う売買等につき、売買等の別、銘柄および期日並びに当該期日における売買等の総額または数(デリバティブ取引にあっては、これらに相当する事項)が、当該契約(計画)において特定されていること、または、当該契約(計画)においてあらかじめ定められた裁量の余地がない方式により決定されること
(※)取引規制府令59条1項14号口(1)および63条1項14号口(1)を満たす金融商品取引業者は、証券会社となるため、本稿では、証券会社と記載している。

 また、公開買付け等に係るインサイダー取引規制(金商法167条1項・3項)についても、同様の規定が設けられている(取引規制府令63条1項14号)が、基本的な考え方は、上場会社等に係るインサイダー取引規制の場合と同じであることから、本稿では、これについて解説する。

各要件の解釈

(1)「重要事実」を知る前に締結(決定)された有価証券の売買等に関する書面による契約(計画)の履行(実行)として売買等を行うこと

「締結・決定」された「契約・計画」の意義

 「締結」された契約に該当するためには、契約当事者による契約を履行する旨の意思表示が必要と解されている。
 また、「計画」の「決定」とは、実行する意思のもとで計画を決定する必要がある。法人が「知る前計画」を決定する場合には、基本的には、当該法人における権限分掌規程等に基づき決定していれば足り、取締役会における決定に限定されるものではないとの解釈が示されている(平成27年9月2日付金融庁公表「コメン卜の概要及びそれに対する金融庁の考え方」(以下「パブコメ結果」という)1頁1番)。
 また、個人の場合には計画を実行する意思のもと、書面により作成すれば、通常、計画を「決定」したと考えられる(パブコメ結果1頁2番)。

契約の締結または計画の決定時において未公表の重要事実を知っている者は、包括的な「知る前契約・計画」を利用することはできないか

 重要事実を知ったことと無関係に行われる売買等であればインサイダー取引規制を適用する必要はない
 そのため、契約の締結または計画の決定時点において知っている未公表の重要事実Aが売買等を行う前にすべて公表または中止され、また、当該契約の締結または計画の決定の後に知った重要事実Bが公表される前(契約の締結または計画の決定から売買等までの間に、AとB以外には知っている重要事実はないことを前提とする)であっても、契約の締結または計画の決定は、重要事実Bを知る前に行われていることから、他の要件を満たす限り、包括的な「知る前契約・計画」の規定を利用することは可能である。

 なお、重要事実Aとの関係では、売買等を行う前に公表または中止されていることから、インサイダー取引規制上の問題は生じないこととなる(金融庁「インサイダー取引規制に関するQ&A」問5の答)。
 もっとも、この場合、重要事実Aの公表または中止を事後的にチェックする必要が生じることから、契約の締結または計画の決定時においてインサイダー情報を有しないことを確認することも多い。

「書面」の形式と電磁的記録の可否

 「書面」の形式については限定されていないが、「電磁的記録」は含まれない(パブコメ結果2頁6番、7番)ため、電子的な記録のみでは要件を満たさないこととなる。

(2)「重要事実」を知る前に、次に掲げるいずれかの措置が講じられたこと

  1. 当該契約(計画)の写しの証券会社に対する提出と提出日の当該証券会社による確認(当該証券会社が、当該契約の相手方や当該計画を共同して決定した者である場合を除く)
  2. 当該契約(計画)に確定日付が付されたこと(証券会社が当該契約を締結した者、または当該計画を決定した者である場合に限る)
  3. 当該契約(計画)が、インサイダー取引規制の公表措置に準じ公衆縦覧に供されたこと
「金融商品取引業者」による「確認」

 提出先の証券会社は、法令上、売買注文を行う相手方となる証券会社以外の証券会社であってもよい(パブコメ結果2頁8番)ものの、「知る前契約・計画」の確認のみを行う証券会社はないようである。
 「確認」の方法について法令上定めはないが、証券会社は、日本証券業協会のモデル規程等を踏まえて、提出を受けた契約・計画の写しの提出日付の確認および当該写しの保存等が行われている
 「確認」の対象は、「提出の日付」であって、契約の締結日や計画の決定日ではなく、証券会社は、提出された契約(計画)の内容やその真正性の確認義務を負うものではない(パブコメ結果2頁10番から14番まで)。
 

「契約を締結した相手方または共同して決定した者」

 証券会社が「知る前契約」を締結した相手方または「知る前計画」の共同決定者である場合を意昧し、証券会社が「知る前契約・計画」の履行または実行として行う売買等の委託契約を締結した相手方である場合は含まれない(パブコメ結果3頁15番)。
 また、「計画を共同して決定した者」には、「契約を締結した相手方」と同等の当事者性が必要であり、単に計画の作成や実行に関与したり協力したことをもって、「計画を共同して決定した者」に該当するものではない。たとえば、証券会社が一定の銘柄について勧誘したり、売買執行方法の決定等に関与したり、証券会社が従業員持株会規約のモデルを提供したり、顧客等から知る前計画の実行のための取引一任勘定取引の委託を受けたことをもって、「共同して決定」に該当するものではない(パブコメ結果3頁16番)。

確定日付を用いる場合

 確定日付を用いる場合規制の潜脱を防ぐため、証券会社が「知る前契約」を締結した相手方または「知る前計画」の共同決定者である場合が要件とされている。
 なお、あらかじめ複数の契約または計画を準備したうえで、有利な契約または計画のみを履行または実行し、不利な契約または計画を雇行または実行せず、かかる実行しない契約または計画を隠ぺいすることにより規制をすり抜けようとする場合については、全体としてみれば売買等の別や期日等について特定されまたは裁量の余地がない方式により決定されているとはいえず、取引規制府令59条1項14号ハの要件(下記2-2(3))を満たさず、また、複数の期日に分けて売買等を行う契約または計画を準備して有利な期日の売買等を行うような場合、全体としてみれば「知る前契約・計画」の実行として売買等を行っているとは見られず、取引規制府令59条1項14号イの要件(上記2-2(1))を満たさない(パブコメ結果4頁19番)。

「公表」の方法

 インサイダー取引規制上の公表措置に準じ公衆縦覧に供されたことに限られ、報道機関に対して公開する措置およびホームページ上に公開する措置は、「知る前契約・計画」の公表措置として認められない(パブコメ結果5頁21番、22番)。したがって、「知る前契約・計画」の公表措置としては、基本的には、金融商品取引所へ通知し、金融商品取引所において日本語で公衆縦覧されること(いわゆるTDnetにおける適時開示)や有価証券届出書等の金商法25条1項に規定する書類が公衆縦覧に供されること(具体的にはEDINETにおける登録)が必要となる。
 なお、大量保有報告書の公衆縦覧は、インサイダー取引規制上の公表措置に含まれないため、「知る前契約・計画」を大量保有報告書の担保等の重要な契約に記載して開示したとしても、「知る前契約・計画」の公表とは認められない(パブコメ結果5頁23番)。

(3)当該契約(計画)の雇行(実行)として行う売買等につき、売買等の別、銘柄および期日並びに当該期日における売買等の総額または数(デリバティブ取引にあっては、これらに相当する事項)が、当該契約(計画)において特定されていること、または、当該契約(計画)においてあらかじめ定められた裁量の余地がない方式により決定されること

「期日」の特定または裁量の余地がない方式による決定

 「期日」とは、1日のことをいい、期間や期限を定めるのみでは期日が特定されまたは裁量の余地がない方式による決定とは言えないが(パブコメ結果5頁24番)、「期日」として特定された日の定めであれば、将来の期日でも構わない。たとえば、10年後の日でも特定されていればよい(パブコメ結果5頁25番)。
 また、「裁量の余地がない方式による決定」とは、売買等を行う本人の裁量によらずに期日が定まればよく、本人の裁量によらない条件の成就により自動的に期日が定まるようにする方法や証券会社等に売買等の期日を一任することにより本人の裁量によらずに期日が定まるようにすることが考えられる。

 したがって、実行条件の成就の期日に関して裁量を有する場合には、売買等の「期日」に関しても裁量を有することとなるため、売買等の「期日」が特定されまたは裁量の余地がない方式により決定されているとは言えないが(たとえば、ストック・オプションとしての新株予約権について行使日の3取引日後に売却するという条件を付したとしても、新株予約権の行使の時期については裁量性を有することとなる)、実行条件の成就の期日に関して裁量を有しない場合には、売買等の実行条件を設けるときでも、基本的に、売買等の「期日」が裁量の余地がない方式により決定されていると考えられる(パブコメ結果5頁26番)。

 また、ある事実の公表の期日と売買等の期日が関連付けられている場合、公表の期日の決定について裁量を有する者は、売買等の期日に関しても裁量を有することとなるため、売買等の「期日」が特定されまたは裁量の余地がない方式により決定されているとは言えないと考えられる(パブコメ結果5頁27番)。

「当該期日における売買等の総額又は数」の特定

 「価格」の特定は要件とされておらず、「期日における売買等の総額又は数」が特定または裁量の余地がない方式により決定されることが必要とされている。したがって、期日単位で売買等の総額または数を定める必要があり(たとえば、●日における売買等の総数は、●株等)、その上限または下限を定めるのみでは要件を満たさない(パブコメ結果8頁31番)。
 なお、外部的な事情により、やむを得ずに予定に満たない取引しか行えなかったことは、売買等が「契約の履行・計画の実行として」行われたことを否定するものではない(パブコメ結果7頁30番)。たとえば、当日における出来高数が少なく、当初想定数量の売買ができなかった場合等はこれに該当するものと考えられよう。

契約または計画の事後的な変更

 契約または計画を修正することは可能であるが、その場合には、新たに契約または計画を締結または決定する場合と同様、当該修正の時点で改めて全ての要件を満たす必要がある(パブコメ結果9頁38番)。
 もっとも、実際、修正する場合には、契約または計画自体の信頼性にも影響することから慎重な対応が必要であろう。

実務上の活用方法や社内規程への影響

 役職員の個人については、ストック・オプションとしての新株予約権の行使により取得した自社株の売却の条件を包括的な「知る前契約・計画」として定めることにより、売却時のインサイダー取引規制の適用を回避することが可能となる。また、ストック・オプションに限らず、役職員の自社株の売却や特定譲渡制限付株式(Restricted Stock)として取得した株式の売却等でも「知る前計画」が活用されている。役職員の個人についての「知る前契約・計画」の導入に際しては、各上場会社が定めているインサイダー取引防止に関する社内規程に、「知る前契約・計画」が提出された場合の取扱い等を定めるとともに、役職員への周知徹底のため、制度に関する説明等を記載した書類やQ&Aを作る場合もある
 また、上場会社等の法人においても、一定の条件を付したうえでの自己株式取得や処分等が活用方法として考えられる。

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