東芝の半導体メモリ事業売却で採用された、入札による事業売却の特色と注意点

コーポレート・M&A
小坂 光矢弁護士

(Alexander Tolstykh / Shutterstock.com)

 東芝による半導体メモリ事業の売却に関する入札手続が佳境を迎えている。

 東芝は、2015年に発覚した不適切会計や米国原子力事業に起因する巨額損失からの経営再建策として、2015年12月に子会社の東芝メディカルシステムズの売却を公表し、2016年3月には二度の入札手続を経てキヤノンとの間で約6655億円での売却の合意に至った。また、中核事業である半導体メモリ事業についても2017年3月から同事業を分社化した子会社である東芝メモリ株式の入札手続が開始されており、近く優先交渉先の決定が見込まれている。

 入札による事業売却にはどのような特色があり、どのような点に気をつけなくてはならないのか。
 M&Aの実務に詳しい、牛島総合法律事務所の渡邉 弘志弁護士、小坂 光矢弁護士に聞いた。  

入札による事業売却の特色

入札による事業売却と、他の手法による事業売却にはどのような違いがありますか。

 事業売却の手法は事業売却先の選択方法という観点から大きく2つに分けることができます。 1つ目の方式は「相対方式」であり、最初から特定の買主候補に目星をつけて、その買主候補との間で売却条件を交渉するという方式です。相対方式は、事業規模が小さい中小企業による事業売却において採用されることが多いと言えます。

 これに対して、東芝が採用している事業売却のもう1つの方式が「入札方式」です。これは、売主が複数の買主候補から売却に関する条件を募り、売主が最も良い条件と考える条件を提示した候補を最終的な買主とする方式です。入札方式は、売主(対象会社)や売却対象事業が赤字であり、相対方式では高い売却価格がつかないと予想される場合など、対象会社において対象事業を高値で売却したいという意向を有している場合に多く採用されています。  

入札による事業売却には、どのようなメリットがありますか。

 入札による事業売却のメリットとして最も大きいのは、買主候補間に競争原理が働くため、対象会社にとって有利な条件での売却が期待できることです。東芝も、半導体メモリ事業の価値を2兆円程度と算定して、応札企業に売却条件を提示していたところ、複数の企業から2兆円を超える買収条件が提示されています。したがって、入札方式によって事業を売却することを考えている会社は、他の買主候補との交渉状況に関する情報管理を厳格に行う等して、候補者間の競争が失われないようにすることが重要となります。

 また、競争が行われることにより、買主選定プロセスの公正性を一定程度確保することもできるというメリットも存在します。これは、株主に対する説明責任を負っている上場企業において特に重要な要素となります。  

一方で、入札による事業売却にはどのようなデメリットがあるのでしょうか。

 デメリットとしては、買主候補を絞り込むために数次の入札を経ることが通常であるなど、実際の売却までに時間を要する点があげられます。とりわけ、入札プロセスに不必要に時間を要するような場合には、対象事業の劣化や買主候補によるデューディリジェンス(Due Diligence。以下「DD」といいます)結果の陳腐化などが生じ、買主候補の購入意欲が損なわれてしまうおそれもあります。

 また、対象会社は複数の買主候補によるDDに対応しなければならず、対象会社の費用的・労力的負担は相対方式よりも大きなものとなりますし、加えて、多数の買主候補に対して自社の情報を開示することに起因する情報漏えいにも配慮する必要があります。

過去に入札による事業売却が行われたケースを教えてください。

 入札による事業売却の最近の成功事例としては、2014年にパナソニックが、ヘルスケア事業を米大手投資ファンドKKRへ売却した案件があげられます。パナソニックは、2013年3月期まで2期連続で7500億円を超える巨額の赤字を計上していましたが、中核事業ではないヘルスケア事業を売却し、成長分野とする住宅・自動車関連事業に資金を注力することでその後の業績回復を達成しました。パナソニックにおけるヘルスケア事業の直前期の売上高は約1340億円程度でしたが、KKRによる買収額は約1650億円にのぼり、翌期には約750億円の営業外収益を計上することとなりました。

 また、近時では、まさに現在半導体メモリ事業の売却に向けた入札手続が進行している東芝の他、富士通が、約200億円規模の価値が見込まれていた子会社ニフティのコンシューマ向け事業部門を応札企業の中で最高値となる250億円を提示したノジマへ売却した案件も存在します。  

入札方式による事業売却の流れ

入札方式による事業売却の流れはどのようになっていますか。

 M&Aを含む事業売却の一般的なプロセスは、①取引相手の選定プロセス、②契約交渉プロセス、③契約実行プロセスの3段階に分けることができます。相対方式と入札方式では、主として①取引相手の選定プロセスにおいて違いが出てきます。

 入札方式による事業売却の場合、上記①〜③のプロセスは概ね下表のような経過をたどります。  

①取引相手の選定プロセス
  • 買主候補への打診および買主候補による検討

    ティーザーの送付
    秘密保持契約の締結
    プロセスレター、インフォメーションパッケージの提供

  • 一次入札および選定

    買主候補による意向表明書の提出
    対象会社による買主候補の絞込み

  • 基本合意書の締結
②契約交渉プロセス
  • デューディリジェンス
  • 二次入札と選定

    買主候補による意向表明書の提出
    対象会社による買主候補の絞込み
    最終契約の条件交渉

  • 最終契約の締結
③契約実行プロセス
  • クロージング

入札の手続きの中では、どういった書面を取り交わすことになるのでしょうか。

 取引相手の選定プロセスは、対象会社が自社や対象事業の概要を特定できない程度に記載したティーザー(Teaser。ノンネームシートともいいます)を配布し、買主候補を募るところから始まります。対象会社は、ティーザーを見て対象事業の買収に興味を持った買主候補との間で秘密保持契約(Confidential Agreement(CA)、Non-disclosure Agreement(NDA))を締結し、その後、買主候補に対して、プロセスレター(対象会社の想定する基本条件、交渉相手の選定方法や今後の入札スケジュール等が記載された書面)や、インフォメーションパッケージ(対象会社や対象事業に関する比較的詳細な情報が記載された資料)を交付します。このとき、単なる情報入手目的で入札に参加してくる同業他社が存在することも否定できないことから、これらの書面に盛り込むべき内容等は十分に検討しておく必要があります。

 買主候補は、インフォメーションパッケージ等に記載された事業内容等を検討のうえ、プロセスレター記載の指示に従って、自らの提案する買収条件を記載した意向表明書を作成して対象会社に提示します。意向表明書の提出を受けた対象会社は、提示された買収条件を比較検討のうえ、今後も交渉を継続する買主候補を2~3社程度に絞り込み、その時点までの了解事項を確認するために基本合意書(Memorandum of Understanding (MOU)、Letter of Intent (LOI))を締結し、契約交渉プロセスへと入るのです。  

価格や条件が折り合わない場合、対象会社が期限を引き伸ばす事もあると思いますが、その時期や回数に制限はありますか。

 上記のような入札プロセスは特定の法律で定められているものではないので、対象会社が応札期限等を延長したりすることは自由です。プロセスレターにおいても、入札プロセスについて対象会社の裁量で変更することができる旨の記載がなされていることが多くあります。

 取締役の善管注意義務という観点からしても、対象会社が上場企業である場合には、対象会社の取締役は、最も高い価格で売却を行う義務を株主に対して負っていると考えられ、より良い売却条件を引き出すために慎重かつ念入りな交渉を行うことが求められます。とりわけ、入札方式の場合には、相対方式の場合と比べて、応札価格の高低が売却先の決定において重要な判断要素となることから、対象会社の取締役が他により高値での応札があるにもかかわらずそちらを選ばなかったような場合、取引先選定に関する意思決定が不合理であるとして取締役の善管注意義務違反が問題となり得る点に注意が必要です。  

入札そのものを中止する事もできるのでしょうか。

 期限の延長と同様に、入札の中止や打ち切りについても、プロセスレターの中で対象会社が中止や打ち切りによる責任を負わないことが示されている場合が多く見られます。他方で、意向表明書の提出後においては、買主候補は、DDの結果としてそれまで認識していなかった事実が明らかとなったなどの合理的な理由がない限り買収条件の変更や提案の撤回等を行うことができないとされるのが通常です。したがって、買主候補としては、意向表明書において提案する買収条件は、受領したインフォメーションパッケージの内容が正しいことや、買主が十分なDDを行うことができたことなどを前提とするものである旨の留保の記載などをしておくことも考えられます。

 また、対象会社においても、基本合意書の締結後であっても最終契約の締結義務はないとする裁判例も存在します(東京地裁平成18年2月13日判決・判時1928号3頁(住友信託銀行対旧UFJホールディングス事件))が、基本合意書の締結後に事業売却を中止することは原則として契約締結上の過失等により責任を問われ得るため注意が必要です。

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