出光興産の新株発行差止仮処分事件が実務に与える影響

コーポレート・M&A
金井 俊樹弁護士

(TK Kurikawa / Shutterstock.com)

出光経営陣と創業家の争い

 出光興産株式会社(以下「出光興産」といいます)が公募増資による4,800万株の新株発行の決議をしたことに対して創業家らが申し立てた新株発行差止めの仮処分について、平成29年7月18日、東京地方裁判所は創業家らの申立てを却下する決定をしました。創業家らはこれを不服として即時抗告をしましたが、翌19日、東京高等裁判所も同様の判断を示し、即時抗告の申立てを棄却する決定をしました。

 この事件は、合併を前提とする経営統合に関して現経営陣と対立していた創業家らが、会社が決議した新株発行は、創業家らの持株比率を希釈化することを目的として行われた著しく不公正なものである旨主張して、当該新株発行を差し止める旨の仮処分を申し立てたというものです(以下「本事件」といいます)。

出光経営陣と創業家の争い

 これまでも、会社が行う新株発行が、特定の株主の持株比率を低下させ、会社の現経営陣の支配権を維持・確保することを目的とするものであるとして、新株発行の差止めが争われた例が複数あります。そこで、本稿では、いかなる場合に新株発行の差止めが認められるかについて簡単に解説したうえで、過去の主要な裁判例も紹介しつつ、本事件について検討を加えたいと思います。

株式の不公正発行 - 主要目的ルール

 会社法上、株式発行の差止めが認められる場合の1つに、「当該株式の発行又は自己株式の処分が著しく不公正な方法により行われる場合」というのがあります(会社法210条2号)。会社の支配権に争いがある状況の下で行われた新株発行は、この要件との関係で、当該発行が「著しく不公正な方法」によって行われたものかという形で問題になります。

 裁判所は、支配権をめぐる争いが生じている中で行われた新株発行が「著しく不公正な方法」によるものか否かを判断する際、「主要目的ルール」といわれる判断基準を用いています。主要目的ルールとは、資金調達等の正当な目的と現経営陣の支配権維持目的とを比較衡量し、支配権維持目的が優越すると判断される場合には、当該発行は「著しく不公正な方法」によるものとして、発行の差止めを認めるという基準です。

【主要目的ルールのイメージ】

株式の不公正発行の主要目的ルールのイメージ

 このような判断基準の根拠については、おおむね「取締役の選任および解任は株主総会の専決事項であるから、選ばれる立場にある取締役が選ぶ立場にある株主の構成を変更し、自らの支配権を維持することを主な目的として株式の発行を行うことは、会社法が想定する権限分配秩序に反することになるため許されない」という考え方がベースにあると考えられます。

裁判例ではどのように判断されてきたか

 次に、主要目的ルールの適用が問題になった主要な裁判例を見ていきましょう。主な裁判例としては、以下のものがあげられます。なお、③と④は、新株予約権(第三者割当て・無償割当て)の事案ですが、基本的な考え方は株式発行の場合とおおむね同様です。  

①東京地裁平成元年7月25日決定・判時1317号28頁(忠実屋・いなげや事件)

 この事件は、秀和株式会社に合併を持ちかけられた株式会社忠実屋および株式会社いなげやが、両社の間で業務提携および資本提携をすることに合意し、相互に新株を発行し合う第三者割当増資を行うことを決議したという事件です。

 裁判所は「新株発行が特定の株主の持株比率を低下させ現経営者の支配権を維持することを主要な目的としてされたものであるときは、その新株発行は不公正発行にあたる」という主要目的ルールの一般論を述べた後、業務提携は合併の要求に対抗するべく具体化したこと、多量の株式を割り当てることが業務提携上必要不可欠であるとは認められないこと、新株発行によって得た資金は実質的にはそのまま相手方の株式取得のための払込資金に充てられたこと等を指摘して、不公正発行(「著しく不公正な方法による」発行)にあたると認定しました。

②東京高裁平成16年8月4日決定・金商1201号4頁(ベル・システム24事件)

 この事件は、現経営陣に対立する筆頭株主から取締役の変更を求める議案の提案があった後に、会社が業務提携のために資金調達が必要であることを理由に、総資産の2倍に匹敵する大規模な新株発行(第三者割当増資)を決議したという事件です。

 裁判所は、会社の現経営陣の一部が自らの支配権を維持する意図を有していたことは否定できないとしながらも、資金調達の必要性に関して詳細な事実認定を行い、事業計画の遂行のために新株発行による資金調達を行う必要性や事業計画自体の合理性を認め、支配権維持が唯一の動機であったとも、会社の発展や業績向上という正当な目的に優越するとも認められないと判断し、不公正発行にあたらないと認定しました。

③東京高裁平成17年3月23日決定・判タ1173号125頁(ニッポン放送事件)

 この事件は、いわゆる敵対的買収に対して、その防衛策として新株予約権の第三者割当てが行われた事件です。

 裁判所は、新株予約権の発行が敵対的買収者による株式の買付け後に決定されたものであることや、新株予約権の全部が行使された場合には買収者の持株比率が大きく低下すること、資金調達の必要性も疑わしいこと等を指摘し、(株主全体の利益保護の観点から新株予約権発行を正当化する特段の事情も認められないとして)不公正発行にあたると認定しました。

④最高裁平成19年8月7日決定・判タ1252号125頁(ブルドックソース事件)

 この事件は、ある買収者が全株式取得目的の公開買付けを実施することを決定したのに対し、会社が新株予約権の株主無償割当てを行うことを決議したという事件です。当該新株予約権無償割当てについては、買収者とその関係者についてのみ、他の一般株主と比較して不利な差別的行使条件・取得条件が付されていました。

 裁判所は、差別的条件付新株予約権の無償割当てが「専ら経営を担当している取締役等又はこれを支持する特定の株主の経営支配権を維持するものである場合には、その新株予約権無償割当ては原則として著しく不公正な方法によるものと解すべきである」旨を述べ、本件新株予約権の無償割当てが、株主総会で既存株主の大多数によって、買収者による経営支配権の取得に伴う企業価値の毀損を防ぎ、会社の利益ひいては株主の共同の利益の侵害を防ぐために必要な措置として是認されたものであること等を考慮して、専ら支配権を維持する目的があったとはいえない旨判示し、不公正発行に該当しないと認定しました。

⑤東京地裁平成20年6月23日決定・金商1296号10頁(クオンツ事件)

 この事件は、取締役会内部で会社支配権をめぐって争いが生じている状況の下で、反対派取締役の解任議案を株主総会に提出することを取締役会で決議した後、当該株主総会前に、当該解任議案に賛成を表明している者に対して、当該株主総会における議決権を付与することを予定して第三者割当増資を行おうとした事件です。

 裁判所は、主要目的ルールに言及し、新株発行が株主総会の直前に行われ、しかも株主総会で解任議案に賛成している割当先に議決権を付与することを予定してなされている状況の下では、他にこれを合理化できる特段の事情がない限り、新株発行は現経営陣の支配権を維持することを主要な目的としてなされたものと推認できると判示しました。そのうえで、会社側が主張する社債返還のために資金調達が必要であるという主張について、新株発行を決議した取締役会で特に議論された形跡がなく、具体的な償還計画があったとは言い難いこと等を指摘して、合理化できる特段の事情がないと判断し、結論として不公正発行にあたると認定しました。

本事件の検討

事件の概要

 それでは最後に、本事件について検討 1していきましょう。

 出光興産の会社内部では、昭和シェル石油株式会社(以下「昭和シェル」といいます)との合併を前提とする経営統合に関して、現経営陣と創業家らとの間で激しい意見の対立がありました。そのような状況の中、出光興産は平成29年7月3日付の取締役会で公募増資による4,800万株の新株発行を決議しました。

 もともと創業家らの合計保有株式数は発行済株式総数の約33.92%で、創業家らだけで株主総会で議決権の3分の2以上の賛成を要する昭和シェルとの合併決議を否決できる状況にありましたが、公募増資による新株発行が行われれば、創業家らの合計持株比率は最大約26.09%まで低下することになり、創業家らだけでは合併決議を否決できない状況になります。

 これに対して、創業家らは、当該公募増資による新株発行は、創業家らの持株比率を希釈化することを目的として行われた著しく不公正なものであると主張して、当該新株発行を差し止める仮処分を裁判所に申し立てたというのが、事件の経過です。

裁判所の判断(東京地裁平成29年7月18日決定)

(1)主要目的ルールの採用

 裁判所は、まず、「著しく不公正な方法」に該当するかという判断にあたり、主要目的ルールを採用する旨を判示しました。

  • 会社の支配権につき争いがあり、現経営陣が、支配権を争う特定の株主の持株比率を低下させ、もって自らの支配権を維持・確保することなどを主要な目的として新株発行をするときは、不公正発行にあたる

(2)支配権維持目的の検討

 次に、裁判所は創業家らと現経営陣とが実質的に会社の支配権を争う関係にあったと認定したうえで、支配権維持目的について、おおむね次のように判断しました。

  • 創業家らは、一体となって議決権を行使すれば、それだけで昭和シェルとの合併議案を否決できる立場にあった。
  • 新株発行によって、創業家らの合計持株比率は最大約26.09%まで低下する。
  • 創業家らが持株比率を維持するためには、最大で約470億円の払込みが必要であるが、その資金を準備することは通常困難または不可能であって、当該払込みをしなければ、少なくとも新株発行直後において創業家らの合計持株比率は相当程度低下する。
  • 経営陣は、すでに多額の出捐をして市場価格より高額で昭和シェル株式を取得しており、合併が実現しなかった場合には取得を決議した取締役らが責任追及される可能性もある。
  • 上記の事情を総合すれば、経営陣には、合併に反対する創業家らの持株比率を相当程度減少させ、支配権をめぐる実質的な争いにおいて自らを有利な立場に置くとの目的が存在したと一応推認できる

(3)資金調達目的の検討

 裁判所は、続いて、資金調達目的(資金調達の必要性・合理性)に関して判断しました。その判断の骨子はおおむね次の通りです。

  • 支配権維持目的が存在したと一応認められるから、会社(経営陣)は新株発行計画の策定の経緯やその合理性について十分な説明をする責務を負う。
  • 一般的な財務体質の改善の必要性や外的要因の存在のみによって、資金調達の必要性・合理性があったということはできない
  • 会社(経営陣)が主張する資金使途ごとに詳細にその必要性・合理性を検討すると、ブリッジローン契約に基づく借入金の借換資金のために資金調達を行う必要性・合理性は認められるが、その余の資金調達目的(戦略投資を理由とする資金調達)については必要性・合理性が認められない

(4)主要目的の判断

 最後に、裁判所は、これまでに認定した支配権維持目的と資金調達目的とのいずれが主要な目的であるかの検討を行い、本件の新株発行が第三者割当増資ではなく公募増資であったという特殊性を考慮して、結論として、支配権維持目的が主要な目的ではないと判断し、不公正発行にあたらないと認定しました。

  • 本件新株発行は公募増資の方法によって行われるものであるところ、以下の①~③からすると、一般論として、公募増資の場合は、第三者割当増資の場合に比して、取締役に反対する株主の支配権を減弱させる確実性は弱い
    1. 割当先が取締役の意思とは無関係に決定され、割当先が取締役の意向に沿って議決権を行使する保証はない。
    2. 取締役に反対する株主や第三者も割当てを受ける可能性がある。
    3. 取締役に反対する株主が、公募増資後に、株式市場に売りに出された株式を取得する可能性も否定できない。
  • 新株発行後、ただちに株主総会が開催され、昭和シェルとの合併が特別決議事項として議題となることを窺わせる証拠はない。経営陣が、昭和シェルとの合併を前提とする経営統合の当否に関する株主の意向の確認ができるまで、創業家らの反対を押し切って、昭和シェルとの合併承認議案を目的とする臨時株主総会を招集するなどの行動に出る可能性が高いとは認められない。
  • 他方、ブリッジローン契約に基づく借入金の弁済期が数か月後に控えており、それまでに返済資金を用意する必要性が高いことは、客観的に明らかである。
  • 以上からすると、新株発行の主要な目的が、客観的な資金調達の目的ではなく、支配権をめぐる実質的な争いにおいて自らを有利な立場に置くとの目的であるとまで断ずるに足りる証拠はない

 なお、東京高等裁判所(平成29年7月19日決定)もおおむね上記判断と同様の判断を示し、不公正発行にあたらないとしました。

裁判所の判断にはどのような意義があるか

 本事件の特殊性は、3.にあげたようなこれまでの事案と異なり、新株発行が第三者割当増資ではなく公募増資の方法により行われているにあります。

 本事件で、裁判所は公募増資の場合でも、第三者割当ての場合と同様に主要目的ルールを採用して不公正発行を判断することを明らかにしました。そして、そのうえで、裁判所は主要目的の判断にあたって、公募増資という特殊性に大きく着目して結論を導いており、この点に本事件の重要な意義があるといえます。すなわち、裁判所は、公募増資の場合は、割当先が経営陣の意思とは無関係に決定され、経営陣に反対する者が割当てを受ける可能性がある等、第三者割当増資の場合に比して、経営陣に反対する株主の支配権を減弱させる確実性は弱いことを指摘しており、それを、支配権維持目的が主要な目的ではないとの結論を導くうえでの大きな理由の1つとしています。公募増資の場合、一般的に裁判所が指摘するような特徴があるのは事実ですから、第三者割当増資の場合よりも公募増資の場合の方が不公正発行にあたるリスクは小さいと考えられそうです。

 しかし、近年の裁判例においては、資金調達の必要性・合理性を詳細に検討する傾向にあります。本事件の裁判所も、支配権維持目的の存在が認められる状況の下では、会社(経営陣)は新株発行計画の策定の経緯やその合理性について十分な説明をする責務を負う旨を指摘し、一般的な財務体質の改善の必要性や外的要因の存在だけでは、資金調達の必要性・合理性があったということはできない旨を述べたうえで、会社が主張する複数の資金調達目的をそれぞれ詳細に検討し、資金調達目的の大部分(戦略投資を理由とする資金調達)について必要性・合理性を否定しています。

 こうした裁判所の傾向からすれば、公募増資の場合であっても、会社が主張する資金調達目的が一般論・抽象論にとどまっており、資金調達の具体的な必要性・合理性が認められない、あるいは乏しいというような場合には、支配権維持目的が主要な目的(あるいは唯一の目的)と判断され、不公正発行にあたると判断されるものと考えられます。公募増資であるからといって、不公正発行にあたらないとは限らないということに留意する必要があるでしょう。


  1. 現時点で、裁判所の決定の全文は公表されておらず、本稿の「事件の概要」および「裁判所の判断」はいずれも、出光興産株式会社のプレスリリース、各報道機関の報道の内容、決定要旨などの情報をもとに作成したものである点に、ご留意ください。 ↩︎

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