ジュピターテレコム株式取得価格決定申立事件の最高裁決定における射程範囲の検討

コーポレート・M&A
豊島 真弁護士 石垣 浩晶 矢野 智彦
 本稿の議論の詳細については、本稿と同じ著者による論考「JCOM事件最高裁決定の考察 ―その問題点と射程範囲および価格の算定方法―」(金融法務事情2017年2月25日号)を参照。

 公開買付を先行させる二段階買収型スクイーズアウトに関して、 2016年7月1日のジュピターテレコム株式取得価格決定申立事件の最高裁決定は、手続きが公正である場合には取引の基礎となった事情に予期しない変動が生じていない限り全部取得条項付種類株式の取得価格は公開買付価格と同額となるとの枠組みを示したうえで、本件においても、手続きは公正であり取得価格は公開買付価格と同額であるとの判断を示しました。

 しかし、今後、手続きの公正性がどのように審査されるべきなのかという点については検討が必要です。本稿では、少数株主側の代理人を務めた豊島および少数株主側提出の専門家意見書を作成した石垣および矢野が、同最高裁決定の問題点の指摘も含め、かかる点についての検討を行います。

JCOM事件の概要

時系列と株価、取得価格の関係

 ジュピターテレコム(以下「JCOM」という)の大株主である住友商事とKDDIが、JCOMの少数株主を、全部取得条項付種類株式を用いてスクイーズアウトした事案であり、取得価格が不当に低いという少数株主の申立により、JCOM株の取得価格が争われました。主な出来事の時系列は以下の図表2の通りです。

【図表1:スキームのイメージ】

時系列と株価、取得価格の関係


【図表2:主な出来事の時系列】

日付 出来事
2012年10月20日 住友商事およびKDDIがJCOMの株式(以下「JCOM株」という)の公開買付(以下「TOB」という)等を計画しているとの報道。
2012年10月24日 住友商事およびKDDIが、TOBの計画を公表。TOB価格は11万円。
2013年2月26日 住友商事およびKDDIは、TOB価格を12万3000円に引き上げる旨公表。
2013年2月27日~4月10日 TOB実施。
2013年6月28日 株主総会。全部取得条項付種類株式を用いたスクイーズアウトを行うことを決議。
2013年8月2日 全部取得条項付種類株式のJCOMによる取得日(スクイーズアウト実行日)。少数株主に払われる対価は、TOB価格と同じ(1株当たり12万3000円)。

 また、この期間におけるJCOM株価の動きと東京地裁・東京高裁および最高裁が決定した取得価格の関係は、以下の図表3の通りです。



【図表3:JCOM株価の動きと裁判所が決定した取得価格】

JCOM株価の動きと裁判所が決定した取得価格

東京地裁、東京高裁の判断

 東京地裁および東京高裁は、取得価格は取得日である2013年8月2日における株式の客観的価値(客観的価値)と買収完了後に増大が期待される株式価値のうち既存株主が享受してしかるべき部分(増加価値分配価格)により定まるとしました。

 そのうえで、2012年10月20日の報道後、JCOM株の市場株価は、公表されたTOB価格に事実上固定されてしまったものの、取得日までに各種株価指数(たとえばJCOMが上場していたジャスダック指数)は著しく上昇しており、本件TOBがなければ、JCOM株の市場株価もかかる市場全体の動向に影響を受けて一定程度上昇したと考えるのが合理的であり、その影響を考慮して補正を行った値を客観的価値とするべきと判断しました。

 このような考え方と整合的な補正の方法であるマーケットモデルの回帰分析により得られた、JCOM株の取得日における客観的価値評価額10万4165円に1 、TOB価格が設定された時のプレミアム率等を考慮のうえ、増加価値分配価格は客観的価値の25%と認め、取得価格は、10万4165円×1.25=13万0206円であるとしました。

最高裁の判断

 これに対し、最高裁は、多数株主がTOBとそれに続く全部取得条項付種類株式の取得により株式全部を取得する取引においては、意思決定過程が恣意的になることを排除するための措置が講じられ、一般に公正と認められる手続によりTOBが行われた場合には、TOB価格は取得日までに生ずべき市場の一般的な価格変動についても織り込んだうえで定められているということができるとしました。その後TOB価格と同額で会社が全部取得条項付種類株式を取得した場合には、取引の基礎となった事情に予期しない変動が生じたと認めるに足りる特段の事情がない限り、株式の取得価格をTOB価格と同額とするのが相当であるとの判断の枠組みを示しました。

 そのうえで、JCOM事件においては、一連の取引においてその基礎となった事情に予期しない変動が生じたとは認められないことから、上記判断枠組みに従い、取得価格はTOB価格と同額の12万3000円であるとしました。

【図表4:裁判所の判断】

裁判所の判断

最高裁決定の射程範囲と検討

最高裁決定の影響

 この最高裁決定は、企業再編の実務に大きな影響をもたらしました。というのも、この決定は、手続きが公正である場合には、取引の基礎となった事情に予期しない変動が生じていない限り裁判所は少数株主に払われる対価をTOB価格から修正することを認めない(行わない)ことを意味するからです。

 JCOM事件最高裁決定前は、TOB時よりも株価が上昇したと見込まれる場面において個人投資家や海外ファンド等が取得価格の見直しを求める申立てを行う傾向がありましたが、本最高裁決定によって、TOB価格からの事後的な変更が困難になり、買収を考える企業が株式の取得費用を見込みやすくなったとも言われています(2016年7月5日 日本経済新聞記事)。

手続きの公正性はどのように審査されるのか

 問題は、手続きが公正であることについて、何をどのように審査するかという点です。仮に、手続きの公正性の審査が形式的にしか行われない(たとえば、第三者委員会の設置の有無などの外形的事実の確認はするが、第三者委員会が何を検討したかは不問に付す)とすれば、スクイーズアウトの正当性を担保するために設けられた価格決定制度が骨抜きになってしまいます。

 裁判所による価格決定制度は、その名が示すとおり、本来は、裁判所がその合理的な裁量に基づき「価格を形成」する制度であって、単に手続きの適正性を審査するだけの制度ではありません。スクイーズアウト制度は、少数株主の株式を大株主側の決定で強制的に奪う制度であり、株主の平等を原則とする株式会社制度においては極めて例外的なものです。

 本最高裁決定に従えば、手続きの公正性が認められれば多くの場合TOB価格がそのまま裁判所の決定価格となるでしょう。そのような状況で、手続きの公正性の審査が形式的なものにとどまってしまっては、価格の公正さが審理される場面が実質的になくなってしまいます。

米国でおこなわれている審査の内容

 この点、米国では、田中亘教授(東京大学社会科学研究所)も指摘されるとおり2、手続き面の審査であっても、形式的審査に留まらず相当に立ち入った審査がおこなわれています。

 米国の裁判例においては、支配株主は独立委員会に対して、会社資産の一見明らかでない価値に関する情報や、今後の法的規制の変化をも踏まえた資産価値に関する情報等を含めた十分な情報開示を行う必要があるとされ、実際にそのような情報開示が行われたかについて審理がなされています。また、価値算定機関がDCF法を用いて算出した値をそのまま鵜呑みにするのではなく、算定の根拠として適切なキャッシュフローの予測が用いられているか、用いられるべきディスカウント率はいくらか、実際の市場株価はどの程度重視されるべきか、等といった点につき、非常に詳細な検討が行われています3

 日本においても、同様に、第三者委員会に対し十分な情報が与えられたかという点や、買収者や第三者委員会が依拠する価値評価機関による評価が適切になされたかという点について、実質的な検討が行われることが望ましいと考えられます。

価値評価機関による評価の公正性や客観性についての検証

 手続きの公正性の実質的な検討を行ううえで避けて通れないのは、価値評価機関による評価の公正性や客観性についての検証です。これは一見、価格決定の「手続き」からは外れるように見えるかもしれませんが、そうではなく、「手続き」の重要な一部です。

 株式の買取条件に関わる協議においては、利害関係者の交渉によって買取価格が定められます。その際に参照されるのが、利害関係者が第三者機関に依頼し取得する企業・株式価値の価値評価です。第三者機関による評価方法の選択や採用した前提の違いにより、評価額に一定の幅が生じる可能性があります。

 最終的な買取価格は、そのような評価額の範囲内で利害関係者間の協議によって決定されるのが通常ですから、第三者機関による価値評価は、最終的な買取価格に対して一定の影響を与えます。

 図表5に示すように、評価の公正性・客観性が満たされていない場合、利害関係者の協議が一見公正に行われたとしても、最終的に決定される買取価格は公正性・客観性を欠く可能性があります。この意味において、第三者機関による評価の公正性・客観性は、「公正性」を審査されるべき重要な手続きの一部です。


【図表5:公正な方法に基づかない価値評価は交渉を通じて決定する買取価格に影響し得る】

価値評価機関による評価の公正性や客観性についての検証

 審査にあたっては、第三者機関によって行われた価値評価を精査する必要があります。評価者が著名な価値評価会社であるか、相応の経歴と実績を有しているかといった形式的な評価にとどまらず、当該評価者が採用した評価方法や前提が公正かつ客観的なものであるかを精査する必要があります。その精査を裁判所が実施しようと思えば、裁判所が第三者機関と同等かそれ以上の専門性を有することが求められますが、これは現実的ではありません。

裁判所に求められる実質的な審査

 しかし、たとえば、本件のように回帰分析を用いて客観的価値を算定する場合であれば、第三者機関により実施された分析や採用した前提が、関連する学術分野(ここではファイナンス、計量経済学、機械学習等)の知見から裏付けることのできる方法であること(具体的には、標準的な教科書ないし査読付の論文雑誌等に掲載されている方法であったり、優れた研究業績を有する研究者によって支持される方法であること)を詳細に評価するなど、専門家が他の専門家の成果物を評価する方法を部分的に踏襲することによって、裁判所は第三者機関ほどの専門性を有することなく、限定的ではあるものの実質的な審査を実施することが可能であると考えられます。

 この点、JCOM事件において手続きの公正性につき事実認定を行った東京地裁は、たとえば第三者委員会の中立性の認定以上に、第三者委員会がどのような検討を行ったかという点や、価値評価機関による評価方法の内容については踏み込まずに手続きの公正性を認定していますが、本最高裁決定の判断枠組みに従うことを前提とすると、審理は不十分であったと思われます。

 なお、手続きは公正であったとしつつも、そこで決定された価格においてシナジー効果の考慮が不十分であったとされた事案として、カルチュア・コンビニエンス・クラブ事件(大阪地裁平成24年4月13日決定・金判1391号52頁)とIHI事件(大阪高裁平成24年1月31日決定・金判1390号32頁)がありますが、これらの事件については、買取価格の評価そのものが公正ではなかったという意味で、手続きの公正性も満たされないというように整理することが可能です。この意味において、日本の裁判所は、手続きの公正性に関する実質的な審査を行っている場合もあると評価することもできるでしょう。

まとめ

 以上の通り、JCOM事件最高裁決定の下では、取得価格の決定にあたっての手続の公正性の審査はより実質的なものであることが求められることになりますが、その手続きの公正性の評価においては、買取価格の評価そのものの公正性や客観性も対象になるというべきであると考えられます。


  1. マーケットモデルの回帰分析については、本稿の著者(石垣・矢野)による以下の論考に詳しく書いてあります。
    石垣浩晶・矢野智彦・吉峯耕平「株式取得価格決定におけるマーケットモデルを用いた回帰分析の具体的な方法論-レックス事件を題材に-」(商事法務 No.2071、2015年) ↩︎

  2. 田中亘『ジュピターテレコム事件最高裁決定が残した課題』(金判1500号1頁) ↩︎

  3. In re Dole Food Co., Inc. S’holder Litig., 2015 Del. Ch. LEXIS 223やIn re Emerging Communications, Inc. S’holders Litig., 2004 Del. Ch. LEXIS 70。 ↩︎

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