企業価値向上と毀損防止に向けて企業は何をすべきか

第4回 発覚の端緒と会社資産の不正流用

コーポレート・M&A
渡辺 樹一 市川 佐知子

第3回 企業不祥事事例の分類と分析、不正ではない不祥事とコンプライアンス経営の重要性」では、上場企業によって公開された調査報告書の中から不正ではない不祥事に焦点をあて、対応策として、コンプライアンス経営の重要性についてお話しさせていただきました。

第4回では、発覚の端緒と会社資産の不正流用について見ていきます。

本稿では、「不正行為の自己申告と社内リニエンシー制度」「中途採用者のバックグラウンドチェックはどこまでできるか」について、田辺総合法律事務所の市川 佐知子弁護士との対談形式のコラムを掲載しています。

発覚の端緒

会社資産の不正流用の話に入る前に、誰が不祥事を発見したのかについては、上場企業の不祥事事例145件(2014年1月〜2017年12月)を分析したところ、下記の図のような状況となっておりました。

発覚の端緒(上場企業の不祥事事例145件(2014年1月〜2017年12月)の分析から)

  これにより以下のことが言えるものと思います。

  1. 全体の約4分の1が、経理財務業務(決算業務、決算分析、債権管理等)の過程で発見されており、経理財務業務の実効性の向上は、不正会計のみならず企業不祥事全般の防止や早期発見に繋がる。
  2. 監査法人からの指摘による発覚は意外に少ない(不祥事の全体で17%、不正会計で27%)。監査法人による監査の視点はあくまで財務報告の適切性であること、また、調査報告書の分析から、不祥事を起こす企業は会社側から監査法人への連携姿勢が低いことが原因としてあげられる。
  3. 三様監査はやはり不祥事の早期発見に寄与しているが、内部監査による発覚は5%と意外に少ない。(公認不正検査士協会によれば(※)、米国を中心とした世界平均では発覚の端緒の約17%が内部監査である。内部監査の活用度については企業間で異なるが、調査報告書の分析から、不祥事を起こす企業は概ね内部監査の脆弱性が大きいことが分かる。)
  4. 日本の企業では、内部通報制度による発見は端緒のわずか7%であり、いまだに機能していない。(公認不正検査士協会によれば(※)、米国を中心とした世界平均では発覚の端緒の約39%が内部通報となっている。)
  5. 企業として、外部からのコミュニケーションに対しては敏感に、早期に対応することが肝要である。

(※)参照:一般社団法人日本公認不正検査士協会「2016年度版 Report to the Nations on Occupational Fraud and Abuse(職業上の不正と濫用に関する国民への報告書)


コラム「不正行為の自己申告と社内リニエンシー制度」

渡辺
不正行為をどう発見するか、多くの企業が腐心しています。早期発見の究極は、不正行為をした社員自身に自己申告させることだと思います。独占禁止法にはリニエンシー制度がありますが、企業の懲戒処分にリニエンシー制度を導入することは考えられますか。

市川
リニエンシー制度は不正行為が複数人間で行われる、ないし組織的に行われる場合に有効な制度です。 課徴金の減免を定める独占禁止法7条の2は、カルテル実施企業に自己申告させるインセンティブを与え、密室で行われるため一般的には難しいカルテル行為の発見を容易にしたものです。しかし、カルテル実施企業内でも、カルテル行為の発見は容易ではありません。そこで社内でもリニエンシー制度を作り、実行者・関係者に申告を促す企業もあります。

また、消費者庁が公表する「公益通報者保護法を踏まえた内部通報制度の整備・運用に関する民間事業者向けガイドライン」の中には、次の記載があります。

「法令違反等に係る情報を可及的速やかに把握し、コンプライアンス経営の推進を図るため、法令違反等に関与した者が、自主的な通報や調査協力をする等、問題の早期発見・解決に協力した場合には、例えば、その状況に応じて、当該者に対する懲戒処分等を減免することができる仕組みを整備することも考えられる。」

渡辺
リニエンシー制度を設けることで、不正発見の実効性向上に繋がるのでしょうか。

市川
「リニエンシー」や「減免」制度を設けたとしても、不正発見の実効性があるかどうかは、制度の具体的内容次第であると思います。多くの企業の就業規則では、懲戒処分の対象行為とそれに対応する処分内容とが、罪刑法定主義の精神から明示され、しかし場合によっては軽い処分にできるような定めになっているでしょう。今でも減免制度はあるとも言えるわけです。

しかし、自己申告したらどの程度処分が軽くなるのか、必ずなるのか、わかりません。すべては企業が裁量によりその都度決定するため見通しを立てることはできない、というのでは大きなインセンティブは期待できないでしょう。独占禁止法の課徴金減免の計算式と対比してみればその差は明らかです。

企業には不正行為関与者の責任を不問に付すことへの抵抗感が強いと聞きます。しかし、リニエンシー制度は司法取引とパラレルに捉えると合理性が理解できると思います。関与者の協力がなければ、不正行為は発見できず、より処分の必要性が高い者の処分もできないのです。高次の企業利益を守るために、個人レベルでの正義は犠牲にせざるを得ません。冷徹に割り切らなければ、企業の内部統制の実効性は上がらないということだと思います。

アメリカは、2010年に制定されたドッド・フランク法(金融規制改革法)で、いくつかの法律を改正し、法執行に協力して成功に導いた申告者に、課徴金等の1割から3割の報奨金が支払われるようにしました。
反キックバック法もそのように改正された法律のひとつで、これにより日本企業のアメリカ子会社で、元チーフコンプライアンスオフィサーである申告者が巨額の報奨金を受け取りました。この事件は不正行為の関与者による自己申告とは異なりますが、個人が得る金銭と、会社が受ける打撃とのコントラストから、耳目を集めました。

不正は長期間温存されがちで、組織に染み付き、表面化しないことは、最近の製造品質不正の例からも分かります。何もしなければ隙間に入り込んだ不正は表には出てこないのです。それをこじ開け、企業価値毀損を最小限に食い止めるためには、それだけの対価が必要であるということではないでしょうか。


会社資産の不正流用の内容

第3回 企業不祥事事例の分類と分析、不正ではない不祥事とコンプライアンス経営の重要性」で、過去4年間の企業不祥事145件のうち、会社資産の不正流用が39件あったと述べました。
下記の図は、どのような「会社資産の不正流用」が行われたのかについて、それを誰が監視しているのかという視点から、左側に親会社経営者不正を、右側に子会社経営者不正および(親会社、子会社の)従業員不正を置いてまとめたものです。

会社資産の不正流用

「会社資産の不正流用」は、役職員が企業に対して行う不正行為であると捉えることができます。図の左側の「親会社経営者不正」を監視するのは親会社の「取締役会」であり、右側の「子会社経営者不正・従業員不正」を防止するのは、親会社経営者の責任であり、親会社の取締役会は、それらの不祥事を防ぐための親会社経営者による「子会社ガバナンスや内部統制の構築、運用状況」を監視するという構図となります。

こちらの図の全体に目をむけますと、企業の対策として、親会社経営者の不正については「利益相反取引」を、また、経営者不正、従業員不正の双方につき、購買不正の防止が重要ということとなります。ただし、親会社経営者の利益相反取引の事例は、すべて元同族企業やオーナー企業で起こっており、東証1部上場企業では1件も発生していないことから、親会社経営者に果敢な行動を執り得る独立社外役員が機能しさえすれば防止できるでしょう。したがって、企業の重点施策としては、強い立場を利用した購買不正(仕入先・外注先を活用した不正)への対策が重要になるかと思います。

「会社資産の不正流用」の防止策

『「動機・プレッシャー」、「機会」、「正当化」の三つの要素がすべて揃った時に不正は発生する』という、米国の組織犯罪研究者ドナルド・R・クレッシーが体系化した不正のトライアングルは、会社資産の不正流用の防止策を考える上で非常に有用なものです。このうちの「機会」は内部統制の脆弱性の問題であり、「動機・プレッシャー」と「正当化」は人の(心の)問題で、それぞれについての対策が必要となります。

「機会」への対策

まずは、「機会」、内部統制の脆弱性の問題については、以下、不正行為の3つの特徴に呼応する施策を行うことが肝要です。

(1)不正行為者は発覚を恐れる

外部の弁護士事務所を含む(社員が通報しやすい)複数の窓口を設定する、「相談」レベルも受け付ける窓口とするなど、利用度が高い内部通報制度が必要です。

(2)不正の証拠は隠蔽されることが多い

不正の証拠が保全されやすいIT環境、情報管理体制の整備やパソコンの監視が有効となります。

(3)不正は内部統制が弱いところで起きる

J-SOX制度の形骸化防止や「不祥事・不正リスクが高い領域」(下記図)の把握(これは「会社資産の不正流用」以外の不正についても当てはまります。)と内部監査の実施が対策となります。

不正リスクが高い領域

「動機・プレッシャー」と「正当化」への対策

次に「動機・プレッシャー」と「正当化」への対策ですが、以下の5つが考えられます。

(1)会社の健全な企業風土の醸成と行動規範研修、全グループ企業への浸透

(2)公正な人事評価

人事評価は経営者の価値観を役職員に与える手段です。公正な人事評価のためには、下記の2つが重要です。

①過度な成果主義としないこと

過度な成果主義は、従業員が敢えてリスクの高い行動を選択、あるいはコンプライアンスに違背する等の行動を誘発するリスク、並びに、従業員の行動を監視すべき立場にある管理者が、自らも成果主義の影響を受けることによって、その監督機能を喪失するという2つのリスクがあるからです。

②倫理的な行動と部下への教育・指導を評価対象へ含めること

(3)公正な給与制度

「成果は出せ。でも残業制限は守れ」はもう過去のものです。調査報告書から読み取れるのは、「私はこれだけ会社に貢献しているのだから、会社は私に借りがある」といった正当化に基づいて「組織での地位を利用して個人の利得をうまく捻出したい」という心理で起きた不正行為です。そのような不正などはもってのほかですが、企業側が、敢えて「従業員の合理的な不満」を生じさせるような不公正な給与制度とする理由はありません。長時間労働やサービス残業、雇用差別など「従業員の合理的な不満」を生じさせるような給与制度としないことが基本中の基本となります。

(4)不正を起こさない人の採用

後記のコラム「中途採用者のバックグラウンドチェックはどこまでできるか」をご参照ください。

(5)不正行為者に対する厳正な処分

処分とその周知はそれ自体が牽制であり、不正予防策となります。「会社は不正を許さない」ということを全役職員に周知することが肝要であり、企業は、①処罰の方針は明確か(就業規則など)、②イントラネット等にて、事案(名前は出さない)、理由、懲罰を社内公表しているかについて確認する必要があります。

発生率が高かった購買不正への効果の高い具体的な施策

なお、発生率が高かった購買不正への効果の高い具体的な施策については、下記図にまとめましたのでご参考としてください。購買不正に頭を悩ます企業は、特に、図の中の2と3の施策は収益向上の面からも非常に有効な施策となりますが、採用している企業が少ないものと思われます。

購買不正対策

「会社資産の不正流用」とその開示

ひとつ、企業として気を付けなければならないことは、「調査報告書における資産の不正流用」の9割が不適切な会計処理を伴っていることです
下記の図は、前記1の「発覚の端緒」の図のうち、過去4年間の会社資産の不正流用39事例の状況を表したものです。

会社資産の不正流用と決算修正

この事実は2つのことを意味します。

  • 親会社経営者による会社資産の不正流用は、そもそも、利益相反を適切に管理するのは、会社法でもガバナンスコードでも取締役会の役目であることから、それは、「取締役会の機能不全を伴う企業不祥事」として市場に開示されることとなってしまう。
  • 子会社経営者や従業員による会社資産の不正流用は、企業にとっては会社の恥というべきものであり、投資家に積極的に開示するインセンティブは何もないが、早期発見が遅れたり、長時間放置されたりすると、金額も多くなり、決算修正が必要となって市場に開示せざるを得なくなる。

次回は「被買収会社の粉飾決算」に焦点をあて、子会社ガバナンスの強化策についても触れたいと思います。


コラム「中途採用者のバックグラウンドチェックはどこまでできるか」

渡辺
不正をする人にも目を向けたいと思います。企業は不正を起こさない「良い」人を採用する必要があります。会社財産の不法領得をする可能性の高い人、その最たる例は同種前科のある人でしょうが、そのような人を採用しないために、どのような方法がありますか。

市川
企業が中途採用をする際、前職の会社で横領行為をした人は、採用したくないと思うのが普通でしょう。しかし、知らずに採用してしまって、横領の被害に遭う企業の例を仄聞します。そのような労働者派遣を受けてしまう例も聞きます。
他方で、企業間の業務委託が盛んに行われており、委託企業から受託企業に対し、委託業務に従事する社員に前科がないことの確認を求める契約条項が挿入されることがあります。これは委託企業が金融機関である場合によく見受けられます。採用企業として、受託企業として、前科情報確認の必要性を感じる場面が多くなってきているように思います。

渡辺
しかし、そもそも確認すること自体が問題だという見方があります。

市川
それには国の政策が関係しています。犯罪を犯し有罪判決を受けても、刑の執行を受けて罪を償った人が社会復帰しやすい国づくりをするのは、国としては当然です。「人権教育及び人権啓発の推進に関する法律」に基づき定められている「人権教育・啓発に関する基本計画」の中では「刑を終えて出所した人」に対する差別解消に向けた取組みが必要であるとされています。これを受けて、たとえば東京都産業労働局は、パンフレット「採用と人権 明るい職場を目指して2018」の中で、「刑を終えて出所した人」を排除しないよう求めています。

しかし、前科者が更生しやすい社会を作ることと、企業が前科者と知らずに、不適合な業務に従事させて被害に遭うのを避けることは、排他的ではないように思います。窃盗の累犯前科がある人を採用して現金取扱業務に就けるのは適当ではないでしょうし、児童ポルノ所持で前科のある人を採用して学校のバスの運転手をさせるのは問題視され得ます。そのような事態を避けるための企業の手立ては許されてしかるべきではないでしょうか。

この点、職業安定法5条の4第1項は、企業に対して、業務の目的達成に必要な範囲を超えて求職者の個人情報を収集しないよう義務付けています。厚生労働省の発行するパンフレット「公正な採用選考をめざして(平成29年版)」の中には「刑を終えて出所した人」に関する記載はありません。これは業務の目的達成に必要な範囲で前科情報を収集する必要がある場合を否定できないためではないでしょうか。

渡辺
そうだとしても、どう収集できるでしょうか。アメリカではバックグラウンドチェックはごく一般的になされますが、日本で前科を調べる方法はあるのですか。

市川
応募書類の中で、最近数年間に受けた確定有罪判決について記載を求める企業が存在します。現行のJIS規格履歴書は、前述した国の政策を反映して、かつては存在した「賞罰」欄を含んでいません。しかし、前科情報が業務目的上必要な情報であると判断した企業は、独自の書式の中で単刀直入に聞いています。正面から本人に尋ねれば、嫌なら答えなければ良いのであり、個人情報やプライバシー侵害の問題はごく小さくなります。

他方で、本人の同意なしに情報収集することには限界と問題があります。まず、日本の場合、前科情報には警察等ごく限られた機関しかアクセスできません。市町村が持つこのような情報を、必要性の根拠が薄弱な弁護士会照会に応じ、漫然と開示したことが公権力の違法な行使に当たるとされ、自治体に損害賠償判決が下った事件は、弁護士の間では有名です(最高裁昭和56年4月14日判決民集35巻3号620頁)。

日本でもバックグラウンドチェックサービスを提供する企業が一部ありますが、マスメディアによる報道を集積してデータベース化し、氏名による突合を行うのが一般的のようです。近隣の人に聞込みを行うという方法は、プライバシー侵害の問題を生じさせるのと同時に、かなりの費用がかかりますから、実施できる状況は限られるでしょう。

渡辺
近隣者ではなく前職の会社に聞く方法はどうでしょうか。

市川
聞かれた場合には在籍期間しか答えない方針をとる企業が実は多いのです。名誉毀損等のトラブルに巻き込まれるのを防ぐためです。したがって頼りにできる方法とは言えなさそうです。

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