武田薬品のシャイアー買収、そのねらいと今後の動向をアナリストに聞く

コーポレート・M&A

今年5月、武田薬品工業(以下、武田)が、アイルランドの製薬企業大手シャイアーを買収することで合意したと発表した。買収額は総額約460億ポンド(約6兆8000億円)。実現すれば、日本企業による過去最大のM&Aとなる。巨額買収による財務悪化の不安から、武田の株価は下落傾向が続いており、既存株主からは戸惑いの声も上がっている。今回のM&Aにおける武田のねらいと今後の動向について、大和証券株式会社のシニアアナリスト橋口 和明氏に聞いた。

巨額買収、武田のねらいは

今回は約6兆8000億円の巨額買収ということで話題になっていますが、武田のねらいと製薬業界におけるインパクトについてどのように見ていますか。

武田は現状、売上規模が世界で20位前後となる中堅の製薬会社ですが、今回の買収が実現すれば、世界での存在感は飛躍的に高まります。製薬会社の生命線は研究開発投資です。武田の研究開発投資額は、企業規模に対してやや高めの水準となっています。企業規模を大きくすることによって、研究開発投資が無理なくできるようになるという側面も今回の買収にはあると考えています。

また、医薬品の販売・開発においては、その領域の専門ドクターとの関係をしっかり構築していくことが非常に重要です。武田は現在、消化器系疾患・ニューロサイエンス(神経精神疾患)・オンコロジー(がん)領域にフォーカスしていますが、特に消化器・神経系は、シャイアーも一定の基盤を持っている領域ですので、今回の買収により、この領域でのプレゼンスを一段と高めていくことができると思います。

シャイアーの買収を検討していることが明らかになって以降、株価の下落傾向が続いていました。このようなマーケットの反応についてはどのように見ていますか。

違和感のない反応です。これまでの武田は、非常に安定性の高い会社でした。特定の品目に収益を大きく依存しておらず、近いうちに特許切れとなる主力品もないためです。また、売上が伸び始めたばかりの既存品が多いため、しばらくは右肩上がりの業績になるだろうと評価されていました。

これは一方で、投資チャンスを見出しにくい会社であるともいえます。不透明感が強かったり、リスク要因が多かったりするほど、そこに投資チャンスがあるわけですから。ただし、投資家にも様々なニーズがあり、安定している銘柄を好む方もいらっしゃいます。また、武田の配当利回りは比較的高く、配当金を期待している投資家の方も一定数いらっしゃいました。武田の株はこうした投資家の方に保有されている傾向があったと思います。

これまでは武田の「安定感」が支持されていたということですね。

ところが、シャイアーの買収が実現すれば、会社の有り様がガラッと変わります。シャイアーには、新たな競合品が出てきている品目や売上の見通しが不確実になってきている品目がいくつかあり、また数年以内に特許切れとなる主力品もあります。こうした状況は現在申請中の新薬で補うとされていますが、業績見通しの不確実性は飛躍的に高まります。日本の投資家にとってシャイアーはあまりなじみのない会社ということもあり、借り入れをきちんと返済できるか、投資家の方に多くの不安を抱かせてしまう買収案件であるといえます。これまでの武田に対して投資家が期待していた状況とは、大きく異なります。

安定を求めていた投資家の方からすると「話が違うぞ」ということになりますね。

一方で、武田の株を買いたいという投資家の方が出てきてもおかしくはないのですが、日本の投資家はシャイアーのことをよく知らないですし、海外の投資家からは、日本の他の製薬会社と比べてそれほど興味を持たれていませんでした。つまり両社のことをよく知っていて、これがポジティブな案件であると捉える投資家が少なかったということです。こうした背景から、売りたい人が買いたい人を上回ったため、株価が下落したものと理解しています。

買収額は約6兆8000億円で、日本企業による過去最大のM&Aとなります。金額についてはどのようにお考えでしょうか。

金額の評価は、基本的には業績見通しをどう見ているかということに依存すると思っています。現状のシャイアーの利益水準やキャッシュの創出力を中長期的に維持できるのであれば、買収対価は決して高くありません。ただ先ほど申し上げたとおり、事業を取り巻く環境は今後どんどん変わっていきます。どんな薬にも基本的には特許切れの問題が付きまといますので、新薬を連続的に出していく必要があるわけです。次の新薬がどれだけ出てくるのかということによって状況は変わってきます。今の利益水準やキャッシュ創出力を維持できるかどうかということ自体がまだあまりはっきりしていない状況です。ただ、シナリオによっては、十分安いという可能性も大いにあると思います。

大和証券株式会社 シニアアナリスト橋口 和明氏

大和証券株式会社 シニアアナリスト 橋口 和明氏

買収実現に向けた今後の動き

6月の定時株主総会では、反対提案をしている株主の方もいました。

企業経営のあり方ということに対して、さまざまな意見が出てくるのは当たり前のことだと思います。武田は特に歴史のある会社ですから、さまざまな立場や世代、思い入れのある方が当然いらっしゃいます。誰もが見て正しい経営判断・経営戦略はありえませんので、反対という意見が出てくること自体は自然なことだと思います。

武田のCEO クリストフ・ウェバー氏は、Bloombergの取材に対して「彼ら(株主)はグローバル化を好まず、武田がドメスティックな企業であってほしいと望んでいる」と発言しています。

確かにウェバー氏はそう感じているかもしれませんね。株主総会でも、海外、特にアメリカにプレゼンスを置くことの重要性を懸命に説明されていました。さらなるグローバル化によって株主価値を増大させるのだ、と。ただ私の理解では、株主の主張は必ずしもドメスティックな企業であることを望んでいるわけではないと思います。単に、先行きの不透明感が強まること自体に不安を覚えているという投資家の方が多いのではないでしょうか。株主提案されていた方も、買収によって財務状況が悪化するという分析をされていましたね。既存株主の権利を毀損するので、買収には反対であるという主張をされていました。

 参照:Bloomberg「武田薬CEO、シャイアー買収株主同意に自信-OB株主グループ反発」(2018年6月6日)

武田側としてはどのように主張しているのですか。

シャイアーは英国・ロンドンの証券取引所に上場していますので、今回の案件は英国の規制のもとで進めなければなりません。英国の規制上、買収による定量的な効果を言い表すことはできません。したがって現時点で武田としては、今回の案件は武田の株主にとって価値を増大させるポジティブな案件であると確信しているが、それを数字では説明できないと言うほかありません。ディールが終わった後にきちんと説明して、理解してもらえれば株価は戻るだろうと主張されていました。いたって一般的な議論がなされていたと理解しています。

買収実現のためには新株発行が必要となり、特別決議を行う来年の株主総会がポイントになると思います。今後、武田として重要になってくる点はどこだと思いますか。

シャイアーと武田それぞれの株主総会で株主の承認を得るということが何よりも重要な課題になると思います。現状は先ほど申し上げたように、不安を覚えている株主の方も少なくないと思いますので、武田としては制約もありますが、粘り強く株主と対話をしていくことが非常に重要なのではないでしょうか。

日本国内の他の製薬企業でも、今後大型のM&A案件が出てくる可能性はありますか。

「今回の案件が製薬会社再編の引き金になるのでは」という声を聞くことがありますが、それは少し違うと私は考えています。M&Aによるシナジー効果が出やすい業界ではあるので、動く会社があるかもしれませんが、武田の買収を受けてM&Aをしなければならないという発想をしている経営者はいないと思います。

たとえば、プレイヤーが数社しかいないような業界であれば、買収によって企業規模が飛躍的に大きくなり、競争環境も大きく変わってくるので影響は大きいと思いますが、医薬品業界は1社ごとのシェアが非常に小さく、また会社規模の大小によってビジネスのあり方が変わるわけではありません。それぞれの領域や薬の種類ごとに競争があるのです。ある領域においては競合となる会社でも、別の領域においては提携しているようなケースが非常に多い業界です。会社対会社で勝負しているわけではありません。こうした製薬業界の環境は、今回の買収で特に変わるわけではないと考えています。

大和証券株式会社 シニアアナリスト橋口 和明氏

プロフィール
橋口 和明(はしぐち・かずあき)
大和証券株式会社
エクイティ調査部
シニアアナリスト (医薬品担当)
2008年、獣医師免許を取得し、いちよし証券入社。日興コーディアル証券(現:SMBC日興証券)を経て、2014年より現職。公益社団法人日本証券アナリスト協会検定会員。
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