牛島信弁護士はなぜコーポレート・ガバナンスに取り組むか

コーポレート・M&A

 M&Aの守護神、人は彼のことをそう呼ぶ。数々の買収・合併案件に企業の代理人として助言をし、成功裏に導いてきた。牛島弁護士は、特定非営利活動法人日本コーポレート・ガバナンス・ネットワークの理事長でもあり、日本のコーポレート・ガバナンスを作り上げてきたと言っても過言ではない。
 では、なぜ牛島弁護士はコーポレート・ガバナンスに取り組むのか、そして日本企業はどのような形のガバナンスを目指すべきのだろうか。たっぷりとお話を伺った。

北越製紙と王子製紙の案件で感じたコーポレート・ガバナンスの意義

先生がコーポレート・ガバナンスに取り組まれるようになったきっかけがあれば教えてください。

 2006年の王子製紙による北越製紙(当時)の敵対的買収(TOB)の案件で、防衛側である北越製紙の代理人となったことがきっかけです。

※編注:王子製紙による北越製紙の敵対的買収案件
2006年、当時製紙業界1位の王子製紙が5位の北越製紙に対して仕掛けた敵対的買収案件。王子製紙から経営統合の申し入れを受けた北越製紙はそれを拒否。王子製紙がTOBを仕掛けるも、第三者割当増資によって既に北越製紙の株主となっていた三菱商事を含めた多くの株主の賛同が得られなかったことなどによって、王子製紙による敵対的TOBは不成立となった。

どのような経緯だったのでしょうか。

 北越製紙は王子製紙の敵対的TOBの開始よりも前に三菱商事への第三者割当増資を公表しており、三菱商事も引き受けを公表していたのですが、王子製紙側から第三者割当増資の差止請求を出されて法廷闘争になるかもしれないと予想していました。
 結果は法廷での争いにはなりませんでしたが、当時、資本市場においては、業界最大手である王子製紙と合併した方が経営も安定し、シナジー効果も出て株価も上がるのだから株主にとってそのほうが良いことなのだ、と言う意見が強かったのではないかと思います。確かに、単純に売上や営業利益、株価といった指標だけでみれば、それも一理あったわけです。

 それでも、北越製紙は裁判闘争になったとしても勝たなければならない、北越製紙の代理人は裁判所を説得しなければならない。では、なぜ北越製紙が勝たなければならないと裁判官に考えてもらえるのか。これを徹底的に考えた先に、会社における雇用の重要さが見えてきたのです。

確かに、株価という観点から見れば経営統合も有効な選択肢に感じます。雇用の重要さという観点についてはどのように考えたのでしょうか。

 王子製紙と経営統合すれば、北越製紙の首脳陣はそれなりの地位につけたはずなのです。元々同じ業界でお互いをよく知っていますしね。ですが、北越製紙の首脳陣は独立した経営への強い思いを持っていました。1964年に、死者26名、全半壊した家屋8,600棟という激しい被害を起こした新潟地震によって大きな打撃を受けて以降、弛まぬ自助努力により高い営業利益率を維持する経営基盤を確立していたことが理由です。

 会社が永続し、顧客、取引先、従業員、地域社会、株主のためになる会社であるためには、まず自らが独立していなければならないと、経営トップ以下全員がそう信じて、文字通り一致団結していました。独立路線を貫くことに人生を賭けていた彼らの姿勢によって、一緒に取り組んだ私も感化され、私の人生観は変わりました。

 会社は株主のためにのみあるのではない、雇用を維持・発展させるためにある優れた仕組みなのだと、身を持って感じた出来事です。

コーポレート・ガバナンスのあるべき姿とは

会社は何のためにあるか、という話につながっていきますね

 これは私の持論なのですが、個々の人間が自らの価値を高め、最終的には幸せになるためのものが職業です。
 人が会社に雇われお金をもらう、これは自分が世の中にとって役に立つ存在であると社会が認めている事に他なりません。そうすることで、人は自尊心を感じることができますよね。

 個人商店ばかりでは株式会社のように雇用は増やせないし、安定した雇用は確保できない。社会全体の幸福を増大させるためには株式会社が必要となります。そして、この会社制度を支え、成長させるものがコーポレート・ガバナンスなのです。

どのようなコーポレート・ガバナンスが望ましいと考えますか

 私が考えるガバナンス論はリーダーシップ至上主義です。今で言えばソフトバンクの孫さん、昔で言えば織田信長、こういう人たちは止めろと言ってもリーダーシップを発揮するんですよね(笑)。
 一方で、リーダーシップを自分で発揮することはできないが、とにかく何とかして生きていかなければいけない、と懸命な人たちがいます。
 そういう人たちが、強いリーダーシップを持った人から、「自分のところに来て働くか」と言われれば、やります。その結果、自らの存在が承認され、充実感を得られるのです。

 働くことを通じて生涯を振り返った時に、自分の人生は結構面白かったな、家族も養えたし、年老いた親の面倒もみることができた、これで本当によかったなと、そのように思えます。こうして、リーダーシップを持たない人たち、フォロワーも働くことを通じて自尊心を持つことができるわけです。それが株式会社制度の意義だと私は考えています。

素晴らしい人生を生きることにつながるコーポレート・ガバナンス

巷には様々なガバナンス論が見られます。

 今は非常に軽薄なガバナンス論が一部に溢れています。コーポレート・ガバナンスがうまくいけばなぜいいのでしょうか?会社が儲かり、投資家が儲かり国の富が増える。なぜそれがいいと思いますか?

豊かになれば皆が幸せになれるからでしょうか。

 豊かになっても人は幸せになりませんよ。15,000ドル以上の金は人に幸せをもたらしません。これは上位中所得国における購買力平価ベースの1人あたり実質GDPの額ですが、経済学者、社会学者にとっても常識です。

 ガバナンスがうまくいき、国の富が増えるといいのはなぜか、私の目線で読み解くと、その結果は雇用の維持・増大です。そうなれば、より多くの働いている人が「自分は社会で生きている」という強い実感を得られるから、それがその人々の幸福感につながるからなのです。

「自分が社会で生きている」という実感とは広義的な意味では自己承認欲求なのでしょうか

 アダム・スミス的に言えば他者の好意的評価ということ、他者に肯定されるということです。
 アダム・スミスは「道徳感情論」の中で、人びとが富や地位へ野心を持つのは、便宜性だけでなく、他人からの同感、称賛を得るためと述べています。
 この考えが全員に当てはまるとは思わないですが、今のサラリーマンたちに、今のままで自分は素晴らしい人生を生きていると改めて自覚してほしいのです。

おわりに

 コーポレート・ガバナンスの根底にあるものは人間にとって働くとは何か、幸福とは何かという問題に向き合うことと牛島弁護士は語ってくれた。ともすれば形骸化してしまうコーポレート・ガバナンスも、自らの人生をどう生きるか、ということにつながると考えれば今までとは違う考え方ができるのではないだろうか。

 牛島弁護士は著作を通して、組織と個人の関係による働く意義についてメッセージを発信し続けている。関心を持たれた方は、小説「あの男の正体(ハラワタ)」、エッセイ集「現代の正体」を一読されてはいかがだろうか。

(取材、構成:BUSINESS LAWYERS編集部)

コンテンツの更新情報、法改正、重要判例をもう見逃さない!メールマガジン配信中!無料会員登録はこちらから
  • facebook
  • Twitter

関連する特集