グローバルリスクマネジメント

第4回 国際商事仲裁を利用するときのポイント

国際取引・海外進出

 近年、クロスボーダー取引においては、裁判外の紛争解決機関としての国際商事仲裁が注目されるようになりました。今回は、その「国際商事仲裁」とはどのようなものか、そのメリットやこれを利用する際の留意事項について検討したいと思います。

国際商事仲裁とはどのようなものか

 国際商事仲裁とは、国際的なビジネス紛争を、当事者の合意により、特定国の裁判所以外の機関で自律的に解決するための仕組みのことをいいます。各国には日本の「仲裁法」に相当する法令があり、仲裁における仲裁人の選任方法、審問手続、仲裁判断の効力、その取消しや執行の手続等が定められています。これらの法令の多くは、日本の仲裁法もそうであるように、国際連合国際商取引法委員会(UNCITRAL)の策定した「UNCITRAL国際商事仲裁モデル法」に依拠して作られているため、多くの国で主要な部分は共通の内容となっています。

 他方で、国際商事仲裁の手続については当事者が自由に決めることができますが、現実的には、既存の仲裁機関があらかじめ用意した手続やインフラを用いるのが通例です。

 そこで、紛争解決手段として仲裁を選択する当事者は、契約書に仲裁合意条項を入れてあらかじめ仲裁合意を結ぶことが多いと思われますが、この仲裁合意条項では、仲裁機関(さらに、依拠する仲裁規則)を明確に定めておく必要があります。仲裁機関として有名なものとして、国際商業会議所(ICC:International Chamber of Commerce)、日本商事仲裁協会(JCAA:Japan Commercial Arbitration Association)ロンドン国際仲裁裁判所(LCIA:London Court of International Arbitration)、米国仲裁協会(AAA:American Arbitration Association)、シンガポール国際仲裁センター(SIAC:Singapore International Arbitration Centre)等があります。一般的には、国際的に知名度の高い仲裁機関を選択するのが無難でしょう。

国際商事仲裁のメリット

 国際商事仲裁は、日本企業と外国企業間の紛争解決、とりわけ特に新興国との取引においては、外国での裁判所での手続に比べて、以下のようなメリットがあります。

手続を柔軟かつ戦略的に設計できること

 国際商事仲裁の場合は、裁判手続において当事者が裁判官を選べないのとは異なり、当事者が仲裁人を選任することができます。また、手続自体を仲裁合意条項や実際の仲裁手続の中で当事者が選択・調整できる部分が大きいといえます。

 その意味で、契約において仲裁合意条項をドラフティングする段階から、将来発生し得る紛争の実体と手続のほか、その場合に想定される相手方の戦略も見越したうえで、仲裁機関や仲裁地の選択に始まり、戦略的に有利な仲裁合意を締結することが重要です。この仲裁合意条項は、各仲裁機関がモデル条項を公表しているため、これを使用するという方法も考えられますが、上記のように効果的な戦略を考えるという観点からは、国際仲裁実務に精通した弁護士の助言を得るのが望ましいといえるでしょう。また、当事者が契約書中に仲裁合意条項を設けたつもりでも、それが法的には仲裁合意として不完全な文言であった結果、せっかく合意したはずの仲裁を利用できなくなるという残念なケースも時折見受けられますので、注意が必要です。

 これに加えて、いざ仲裁が行われる場合に備え、仲裁人の選択について事前にシミュレーションするのも有益です。とりわけ、契約や取引慣行の理解に業界の特殊な専門知識を要する場合には、その分野に精通した適切な専門家を仲裁人に選任することが必要であり、それができるのは仲裁の大きな利点です。

新興国での偏頗で遅延しがちな裁判を回避できること

 もし、異なる国に所在する当事者が紛争解決の手段として仲裁を選択しなければ、いずれかの当事者の所在国の裁判所で紛争解決がなされるのが通例でしょう。そうだとすれば、一方当事者は、法制度や言語の異なる相手国において、移動のコストをかけながら訴訟追行を強いられることになり、きわめて煩雑で不公平な結果を招くことがあります。

 この問題は、新興国の企業と紛争が生じた場合には、特に顕在化します。日本企業が新興国の企業と取引を行う場合、新興国側の企業の多くは政府系のものであるため、合意裁判管轄については新興国側の裁判所でなければ相手方が受け入れないことも多いでしょう。しかしながら、多くの新興国では裁判制度が未成熟であり、裁判官の腐敗等の問題も相俟って、新興国側の企業に不当に偏った裁判がなされ、または著しく手続が遅延することが常態化しています。そうだとすれば、日本企業は法的に正しい行動をとっていたとしても、現地の裁判所では不覚の敗訴をして権利を失い、または権利救済として意味をなさないほどの時間を裁判に費やすことになりかねません。

 このような場面で、国際商事仲裁のような当事者主導の手続によって紛争を解決することができれば、新興国における偏頗な裁判を受けるのを回避することができます。

手続が非公開であるため、守秘が保たれること

 裁判所での手続は、大多数の国において原則として大衆に公開されており、紛争が発生した事実のほか、係争の対象となった企業秘密が外部に漏れるリスクが避けられません。

 これに対し、仲裁の場合には、手続自体が非公開であるのに加え、仲裁判断の内容も秘密にすることができます。さらに、当事者、仲裁人その他の関係者に守秘義務を課することによって、当事者は紛争の存在すら外部には知られることなくその解決に至ることができます。

 とりわけ日本企業は、裁判沙汰に巻き込まれること自体が企業の社会的評価を下げると考える場合が多いでしょうから、このような手続の機密性は大きなメリットといえます。

仲裁判断の承認・執行が容易であること

 裁判所の判決であれば、ある国で得た判決を他国で執行しようとしても、相互承認の問題等で困難をきたすことが少なくありません。

 これに対し、国際商事仲裁の場合は、世界中の大多数の国が「外国仲裁判断の承認及び執行に関する条約」(いわゆるニューヨーク条約)を批准しているため、その批准国の国内裁判所において、他国で得た仲裁判断を容易に承認・執行することができます。また、仲裁判断は当事者が自主的に選択した紛争解決制度であって、これに抵抗する者は国際商取引におけるレピュテーションを失うため、仲裁判断の場合には裁判所の判決に比べて敗訴当事者が争うことなく任意に従う場合が多いように思われます。

国際商事仲裁の限界と現実

 上記のとおり、国際商事仲裁には数多くのメリットがありますが、両当事者が合意して初めて利用できる手続であるため、相手方がどうしても仲裁を選択したくない場合には、仲裁手続による紛争解決はできません。その場合には、紛争解決の手段として仲裁を選択するメリットを、どうやって契約の相手方に説得するかが腕の見せ所でしょう。

 また、訴訟費用のかなりの部分を公費で賄う裁判所と比べ、当事者が自主的に仲裁人や手続の場所を選択する仲裁においては、その費用が高額に上る場合があります。確かに、国内の小規模な訴訟案件と比べればそうかもしれません。しかしながら、たとえば米国の大型訴訟でディスカバリーに巻き込まれた場合や、裁判所での訴訟において上訴が繰り返されて紛争が長期化した場合にも、当事者はかなり高額の訴訟費用を要することになりますので、一審限りかつ短期間で紛争解決が可能な仲裁の費用は、相対的にみれば必ずしも不当に高額ではないともいえます。

 その他、仲裁の場合は、仲裁人の当たりが悪く偏った仲裁判断がなされれば一発勝負で負けてしまうのではないか、という懸念が呈されることがあります。確かに、行き当たりばったりで仲裁人を選任すればそうかもしれません。しかしながら、仲裁は当事者が仲裁人を自由に選択することができるのであって、仲裁人の選任段階から、また仲裁人が3名の場合には第三仲裁人がどのように選任されるかまで 戦略的に考えて仲裁人を選任すれば、当事者が担当裁判官を選べない訴訟に比べて、はるかに判断権者をコントロールしやすい制度ともいえるのです。この点は、仲裁実務に長けた弁護士を紛争の初期段階から起用し、戦略的なアドバイスを求めることが肝要です。

準拠法と仲裁機関の関係

「紛争解決条項」と「準拠法」の組み合わせ

 国際取引の契約においては、紛争解決条項(仲裁合意条項)とともに、準拠法が定められるのが通例です。紛争解決条項は、どこの裁判所(ないしは仲裁機関)で紛争を解決するかの問題であるのに対し、準拠法は、どこの国・地域の法令に従って紛争の内容となった権利義務について判断するか、という問題です。野球にたとえれば、紛争解決条項は試合が行われる「グラウンド」の選択、準拠法はプレイの「ルール」に関する決め事です。

 この「紛争解決条項」と「準拠法」は法的には別概念なのですが、契約書をドラフティングする際には、その組合せに加え、係争になりがちな実体上の法律関係を、総合的かつ戦略的に考える必要があります。

 まず、準拠法として、日本企業にとって最も馴染みがあるのは日本法でしょう。そして、仲裁判断の前提となる法律問題は、その準拠法国の法律家でなければ判断が困難な場合が多いと思われます。そうだとすれば、仲裁機関によっては、日本の法律家を仲裁人に選任する傾向が強いかもしれません。他方で、仲裁機関によっては、逆に中立性を重視して準拠法国から仲裁人を選任することを避ける傾向にあるということも考えられます。

 この場合、準拠法と仲裁機関の選択によって、仲裁人にどこの国の法律家が選択される可能性が高いかをある程度は予測できる場合もあります。

準拠法はお馴染みの「日本法」がよいとも限らない

 次に、今ドラフティングしようとしている契約に関連して現に紛争が生じるケースをシミュレーションした場合に、本当に日本法を準拠法にすることが得策なのか、または他の国・地域の法令のほうがむしろ得策なのか、という観点からも考える必要があります。

 たとえば、サプライヤーたる日本企業が、初見の海外販売代理店との間で販売代理店契約に基づいて継続的に製品売買取引を行う事案であれば、日本企業側が何らかの理由で同契約を解除した場合に、販売代理店がそれを承服しないという紛争が生じる可能性が高いでしょう。これは、国際商事取引における紛争の1つの典型例ともいえる、代理店契約解除をめぐる問題です。

 このシナリオの下で、日本企業にとっては、相対的に継続的契約の解除がしやすい法令を準拠法として選択するほうが有利だということになります。その場合、いわゆる継続的契約の解除の法理のように、信義則等を根拠に契約に書かれざる解除予告期間や相手方への補償義務を解除者に要求する日本法よりむしろ、契約で合意した条件どおりの解除が相対的に認められやすい英米法系の法令(例:シンガポール法)を準拠法にしたほうがよいという考え方もできるでしょう。

 その他、取引の分野によっては、日本法より他国の法において知見や先例の集積があり、法を適用した結果の予測可能性が高いということもあります。たとえば、海事や保険の業界では、歴史的経緯から考えても英国で法令や判例の集積がみられるため、英国法が準拠法として選択されることが多く、かつこれらの分野における紛争では妥当な解決の手がかりが得られることが多いでしょう。

関連する特集

無料会員登録で
リサーチ業務を効率化

90秒で登録完了

無料で会員登録する