グローバルリスクマネジメント

第5回 危機的状況下で企業をどのように防衛するべきか

国際取引・海外進出

 海外事業を展開する企業が直面する問題は多岐にわたります。今回はその中でも、法的リスクとレピュテーション・リスクに焦点を当て、被害を最小限にとどめるための危機的状況下における企業の防衛策について、検討したいと思います。

企業が直面する法的リスクとレピュテーション・リスク

 海外事業を展開する企業が、異なる国・地域で直面する問題は多岐にわたります。たとえば、自社の役職員が贈収賄事件やカルテル等の違法行為で当事者となってしまった場合のほか、自社が販売・提供する製品やサービスの欠陥等により、不幸にも人の死傷事故を招いた場合等があげられます。
 いずれの場合でも、その関係者および法人(場合によっては不祥事の生じた国以外にある本社)が法的に刑事罰や損害賠償責任を課せられるおそれがあるため、企業としてはその対応を迫られることになります。これは法的リスクの問題ですが、企業が直面するリスクはそれだけではありません。いかなる企業でも、自社の商号を世間に売り出して商売を行っていますので、それが有名な企業であればあるほど、マスコミ報道等により甚大なレピュテーション・リスクを負うことになります。

 これらの不祥事については、企業はコンプライアンスおよびその啓発という仕組みによって事前の予防に注力すべきであることは言うまでもありませんが、過ちは人の常であって、その構成員である個々人の不行跡を完全に予防できるわけではありません。また、特に日本のビジネスの常識が通用しないことが多い新興国では、通常は想定しえないような紛争や事件・事故に巻き込まれる場合もあります。
 そうであるからこそ、いざ有事の際にその被害(法的な制裁に加え、レピュテーション・リスク等の社会的制裁を含みます)をどのように最小限にとどめるか、というのが重要な危機管理の項目に上がってきます。

 このような問題は、国内・海外を問わず生じうるものですが、海外では、国・地域によって法制のほか、文化的背景の相違等も作用して、同一の事件に対して同一の対応を採ったとしても全く異なる効果が発生するため、特別な考慮が必要となる場合があります。また、通常の予防法務とは異なり、不祥事が発生した場合の事後処置の場面では非常に迅速な対処が必要となり、特に咄嗟の初動対応が決め手になることも少なくない(何かが起きてから弁護士等に相談して一から対策を練る十分な時間がない)ため、各国ごとの潜在的なリスクや典型的なリスクシーンへの対処方法(現地の司法官憲やマスコミとの接し方等)について、ある程度は事前に心得ておくことが有用です。

法的な制裁からの防御について

海外事業で問題となる法的リスクの特徴

 まず、海外に進出する日本企業が法的リスクを踏まえた危機管理を行うにあたっては、その業態に応じて、どの国のいかなる法令が自社に適用されうるのか、かかる適用の結果としてどのような効果が発生するのかを正しく知る必要があります。その法的リスクの内容は、その国・地域はもちろん、原因となった事実や適用される法令・手続の性質(刑事罰、行政罰、民事法・契約上の規定に基づく民事紛争等)によって、その重大さの程度や採るべき対応はまちまちです

 海外事業で特に問題となりうるのは、1つの行為に対し、その行為がなされた国だけではなく、複数の国の法令(とりわけ刑罰法令)が適用されうる場面も往々にしてみられるという点です。これは、いわゆる法令の域外適用とよばれる現象であって、特に米国法〔典型例として、FCPA(Foreign Corrupt Practices Act:外国公務員贈賄防止法)や競争法等〕は、米国と何らかの接点のある米国外企業が米国外で行った行為にも広く適用されうることで有名です。また、日本企業や日本人の国外での行為に対しては、日本法の国外犯処罰規定(例:刑法2条、3条等)が適用される場合もあります。

 このように、日本企業が海外事業におけるコンプライアンスを考える場合には、適用されうる法令が、刑罰法令だけでも三重構造(①現地法、②日本法、③第三国法)になっているという点を忘れてはなりません。

適用法の多重構造イメージ

英米法系のコンプライアンス法令は何を重視するか

 この中でも、③第三国法として代表的なものは上記のとおり米国法であり、法令の域外適用という考え方を盛んに推し進めているのは英米法系の国が多いように思われます。また、具体的にどのような行為が犯罪として処罰されうるのかも一見したところわかりにくい場合があります。
 これに対し、日本や欧州大陸のような成文法の国においては、法令の条文において明確に義務や禁止の内容が定められていることが多く、何をすべきか、何をしてはいけないかを比較的容易に知ることができます。
 そのような日本法の考え方に慣れた日本企業からすれば、上記のようなわかりにくい英米法系の法令の域外適用により処罰されるといった事態は、予測も困難で由々しき問題かと思われます。

 しかしながら、英米法系のコンプライアンス法令の多くは、不祥事を起こした企業に対して騙まし討ちのように結果責任を負わせるものとも限りません。むしろ、不祥事を起こさないための仕組み作りを企業として適切に行っていたか、また不祥事が発生した場合に適切な事後対応をしたか、というプロセスの部分に評価の重点がおかれる場合もあります。
 逆に言えば、何をすべきで何をしてはならないという細かいルールが法文上定められていない反面、企業として不祥事を防止する仕組み(さらに言えば、万が一不祥事が発生した場合でも法人としてこれを防止するための手立てを尽くしたとして免責を主張できるような仕組み)をどのように造るかという問題でもあります。

 その「仕組み」には、企業内でのコンプライアンスを実行するためのあらゆる工夫が評価されます。筆頭に挙がるのは役員・従業員に対する教育・研修でしょうが、その他にも、各部門でコンプライアンス管理・対応の責任者を明確にすることや、コンプライアンス違反やその疑い事案が明るみに出やすいような制度(利用しやすいホットラインや内部通報制度の拡充等)も重視されるでしょう。
 このような不祥事を防止する仕組みが企業内で十分に備わっていれば、いざコンプライアンス違反が発生した場合や、その結果として国内外の当局から調査を受けたような場合にも、企業としては一貫した的確な対応を採りやすくなります。そのような事後対応が適切になされたかも、法的な制裁の減免事由として評価される場合があります。

社会的制裁(レピュテーション・リスク)からの防御

レピュテーション・リスクが訴訟に与える影響

 企業が不祥事を起こしてしまった場合、上記のような法的制裁を受けるのみでなく、マスコミ等の報道によって、さらにレピュテーションに大きな損害が生じる場合があります。
 とりわけ米国の訴訟では、民事事件でも陪審制が広く採用されているため、法律の専門家でない一般市民である陪審員の判断は、マスコミ報道の影響を強く受けやすい傾向にあります。逆に言えば、訴訟の当事者はマスコミ報道を上手にコントロールすることによって、陪審員の判断を有利に導くことができる可能性が高まるのです。これに類することは、特に消費者の集団訴訟等の場面では多く行われています。たとえば、広告会社等を通じて、同種の被害を受けたと主張する人(本当に被害を受けたのか否かは別問題です)を多数集め、それを陪審員にアピールする手段として用いる手法は、弁護士の法廷戦術としても珍しいことではありません。
 そうだとすれば、米国をはじめとして民事訴訟において陪審制を採用する法域では、マスコミやその他の世論をどうやって味方につけるかが、法的な紛争解決すなわち訴訟の帰趨にも直接的に影響しうるのです。

対外的な対応は

 これは、弁護士等の専門家を通じて法令、判例、実務運用等を調査すればある程度は定量的に判断しうる法的リスクと比べ、より難しい問題かもしれません。なぜなら、各国の一般大衆の世論は、その国・地域の価値観、慣習、流儀、歴史、文化、宗教等の社会的要素が複雑に絡み合って形成されるのであって、同じ行動をしたからといって一定の効果が発生するわけではないためです。
 たとえば、ある企業の製品により人の死傷事故が発生し、それが自社製品の欠陥に起因する事故か否かの調査中に、その企業がマスコミの記者会見を受ける場合を想定しましょう。日本の企業であれば、法的な責任の有無を問わず、人が死傷したという結果に着目し、社長やその他の幹部役職員が出てきて深々と謝罪するのが一般的でしょう(そうしなければ、非人道的な企業だとしてパッシングを受ける可能性が高いでしょう)。これに対し、海外でこれと同じことを行えば、謝罪イコール罪の自認という解釈に基づいて大々的にマスコミ等で報道され、その企業は法的な責任まで認めたかのような世論が定着することもあります。

 このようなマスコミの動きは非常に敏速かつ扇動的であるため、突発的な事故が発生してから企業内で対応を検討したのでは手遅れという場合も少なくありません。そのため、社内では突発的な不祥事が発生した場合の対応について、日本の常識が必ずしも通用しない諸外国ではどのような対応を採るべきなのかを、各方面の専門家の意見も聴きつつ、日頃からシミュレーションしておくことが重要です。また、マスコミをはじめとした対外的な対応についても、場当たり的に行うのではなく、その責任者や企業としての意見表明のプロセスについて社内ルールとして決めておくのが望ましいといえます。

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