加熱する中国イノベーション競争 グローバル・ニッチトップ企業は注意を

国際取引・海外進出
道下 理恵子弁護士

イノベーションのどこにフォーカスを置くべきか

ハイテク分野では中国企業同士の訴訟が始まった

10月、中国共産党大会がありましたが。

今回の中国共産党大会を標石に、習近平国家主席は最近、自らの業績として国民にわかってもらいやすい政策ばかりをとってきた感がありますが、イノベーション推進については「中国製造2025」をはじめ、国家主席就任以来ずっと言い続けてきた政策です。

自らイノベーションを起こせる力がないと国にも力はつかない。もっと質が良く、もっと技術が高いものを作り出せる国になるというポリシーを強く打ち出していて、各方面でイノベーション競争が過熱しています。

一方、北京、上海、広州、南京などの都市に知識産権法院 1 が設立される数が増えていて、知財保護の強化がより図られつつあります。STEM教育 2 に重点を置く大学の世界ランキングにおいて中国の大学をトップ校にしようとしていて、人材育成の面からも発破をかけているようです。

大きな流れは変わらないということでしょうか。

今後は国としてイノベーションのどこにフォーカスを置くのか、そこが知財に関係してくると考えています。今まで中国が弱かったハイテク分野には、もっと力を入れていくと予想されます。今、中国ではドローン技術が騒がれていますが、特許出願件数も急増し、世界をリードできるレベルに達したといわれています。

中国国民にとってはデジタライゼーションが身近になりました。フリーWi-Fi、WeChatの決済機能などが社会へ普及し、乗り捨て自転車などのシェアリングエコノミーも拡大しつつあります。関連企業の出願、権利意識も高まり、ハイテク分野では中国企業同士の訴訟が始まっています。また、訴訟の増加は、中国内の法的環境を変える契機となる可能性があると思います。

ドローン

欧米に提携先を求め始めた中国大手法律事務所

いずれ海外企業も訴訟のターゲットとなる時が来るでしょうか。

海外進出しようとしている中国企業はクロスボーダーの訴訟戦略を常に考えています。中国企業が米国などの先進国で知財侵害訴訟を提起された場合、中国で独禁法訴訟を反撃として提訴することは当たり前に行われています。

中国のドローン会社のような企業はディフェンスだけでなくオフェンスを考えていて、すでに海外での訴訟準備をしているといわれています。また、デジタライゼーション関連はもともと国境を超える分野で、欧米市場を常にうかがっています。それを裏付けるように、現在水面下では中国の法律事務所から欧米の法律事務所への提携話が殺到しているのが現状です。中国の法律事務所が、中国企業に対して海外の法務サービスを提供できる環境の整備を急いでいるということです。今まで欧米の大手法律事務所は主に欧米企業のために中国へ進出してきましたが、逆の現象が起きつつあります。

ハイテク分野は日本でも進んでいますが、何が違うのでしょうか。

参入する企業の数とスピードはもちろんですが、根本的な考え方が違うと思います。たとえば、ディスラプティブインダストリー 3 として注目されているテスラですが、欧州市場では伝統や品質の信頼性を重んじているため、売上げが伸び悩んでいるようです。

しかし中国市場はまったく違います。少し前まで中国には何もなかったので、伝統や品質の信頼性がないのが当たり前で、新しいもの、直感的に良いと思ったものに何億人という人民が飛びつくのでビジネスになります。市場を育てていくというスタンスでは失敗します。中国の特許出願はもちろんのこと、知財紛争や訴訟についても、また人材獲得についても同様のことが言えるでしょう。

ニッチトップのコア技術が奪われてしまう

日本の技術力には まだまだ追いつけない?

日本企業に対してはどうでしょうか。

以前の中国企業は、たとえば日本企業の特許を侵害しないという契約書を交わしても、ほとんど無視するような形でどんどん真似をして製品やサービスを作っては市場を獲得してきました。しかし最近では、中国企業も規模が大きくなり、コンプライアンス問題への意識も高まりつつあります。

一方、日本企業は知財担当者を中国内の法律事務所や裁判所、税関などへ視察に行かせて研修をするなど何らかのアクションは行っているものの、そのことが実務面を見直していくということに直結していない場合が多く見受けられます。わたくしどもも日本企業に合ったサポートを行うように心がけていますが、危機感を強くもった日本企業が増えているかというと、この1年ほどで日本企業のスタンスにまだ大きな変化は見られません。

先ほど習近平国家主席のイノベーション推進の話が出ましたが、日本企業に何か影響は出ているでしょうか。

今、中国企業が国家戦略であるイノベーションを非常に意識しているのに対し、「どうせ中国は、日本の技術力にはまだまだ追いつけないはずだ」と心のどこかでひそかに思っている日本企業も多いのではないでしょうか。これが大きな落とし穴を生む可能性があります。

たとえば、日本にはニッチ分野における独自技術によってグローバル・ニッチトップを確立している企業が多く存在します。ですがその技術が先端的で高度であればあるほど、日本企業がイノベーション競争の相手として意識しているのは基本的に欧米企業で、当然、知財権の獲得と防衛に関しても欧米をけん制していますが、中国企業のことはあまり視野に入っていない傾向があります。

知財防衛にも取引先調査は必要

現在の中国が持つイノベーションの力をいまだに甘く見ているということですね。

そういう企業がまだまだ多くいるといえます。その結果、先端的で高度な技術を持つ日本企業が中国の企業から技術を買いたいという申し出があった際に、その申し出を無防備に受け入れてしまうことがあります。

過去の例をあげると、ある中国の中小企業が日本のグローバル・ニッチトップ企業の高額な製品をどんどん買い続けました。その日本企業は売上げが増えて喜んでいたのですが、いつの間にか多くの特許をその中国の中小企業に出願されてしまっていたことがわかりました。実は、この企業には中国政府関係の研究機関出身の技術者がいて、技術が解析され吸収され続けていたのです。その日本企業は、名前も聞いたことがないような中小企業にそんなレベルの高い技術者がいて、国営の数々の研究機関とつながっているなどと予想もしていなかったのですが、もう後の祭りでした。

中小企業を隠れ蓑にしていたということですか。

そうとは言えません。なぜかというと、その技術者は民間の SNSやブログで自らの経歴を公表していましたし、中国企業の会社登記基本情報は現在オンラインで公開されており、日本からでも簡単にサーチすることができるんです。調べようと思えば、ある程度基本的なことは調べられます。

第一の問題は、日本企業が中国での取引先をきちんと調査しなかったことにあります。経営者や技術者がどういう経歴を持った人物なのか、高額な製品を買う資金や経営資本はどこから来ているのかなど、きちんと調査せずに契約していたのです。

第二の問題は、ニッチ市場の製品なので、技術もノウハウで保護できていると考えていたとしても、中国で何らかの知財権の手当はしておくべきだったという点です。こういうミスは自社に自信のある企業に多く、知財部を持つ大手企業にも多いので気をつける必要があります。最大の問題は、我が社はニッチトップだと過信している間に、イノベーションのコアとなっている技術を奪われてしまったことです。それが中国のイノベーション技術として利用されてしまうわけです。

調査費用がかかるのを惜しんだのでしょうか。

実は費用はそんなにかかりません。わたくしどもが行うデューデリジェンスサービスでも、企業調査の基本的な部分はUS$1,000ほどです。国の研究所出身者や政府関係者が入っているかなどの情報だけではなく、できたばかりの企業なのに特許件数がすごく多いとか、個人名での出願が多いとか、特許の譲渡や他社から大規模なポートフォリオを買っているとか、そういったイレギュラーな動きからリスクの可能性は見えてくるので、そういった背景についても調査を行います。

調査の必要性に気が付かなかったということが問題だったといえます。対策としては、知財部門だけでなく、経営部門や事業部門も一緒に考え、早め早めに対応していくことが大事です。事業部門が営業契約をする段階でも、知財の専門家が関与していかないと、知財戦略を中国で進めることは大変難しいでしょう。

※Fuji Sankei Business i誌の中岡浩記者との対談記事より抜粋

  1. 知的財産権専門の裁判所。中国は四級二審制で、下から2番目の中級人民法院に相当する ↩︎

  2. Science, Technology, Engineering and Mathematics の頭文字を取り、科学・技術・工学・数学の教育分野を総称する語 ↩︎

  3. 既存の産業を根本から覆してしまうような革命的な産業を意味する ↩︎

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