管轄裁判所とその選択

訴訟・争訟

 当社は、東京に本社を有する産業用機械のメーカーです。X県に本社を有するA社との間で当社製造機械の売買契約を締結し、A社の工場に機械を納入したのですが、A社は、機械の性能が著しく低いなどと主張して、代金を支払おうとしません。どうも資金繰りが怪しくなっており、難癖をつけて代金を減額させようとしているようです。当社としては、機械の性能には何ら問題がないと考えていますので、代金の全額の支払いを求めて裁判を起こしたいと考えています。

 ところで、裁判は相手方の住所地の裁判所で行うと聞いたことがあるのですが、当社はX県の裁判所で裁判を起こさなければならないのでしょうか。当社の知っている弁護士は皆東京の弁護士で、X県の裁判所に出張してもらうとなるとコストの負担も大きいので、できれば東京で裁判を行いたいのですが、可能でしょうか。

 A社との間で基本契約書等の契約書面が取り交わされており、その中で管轄裁判所の合意がなされている場合は、合意に係る裁判所に訴えを提起することができます。かかる管轄の合意がない場合、まずはA社の本社の所在地であるX県の裁判所に管轄権が認められますが、売買代金の支払いを求める訴えであれば、代金債務が債権者の住所にて支払うべき債務(持参債務)であることから、義務履行地である東京の裁判所にも管轄権が認められますので、東京の裁判所に訴えを提起することも可能であると解されます。

解説

管轄とは

 わが国の裁判所には、最高裁判所を頂点に、下級裁判所として高等裁判所、地方裁判所、簡易裁判所および家庭裁判所があり、また、下級裁判所は、同種の裁判所が多数併存しています(たとえば、地方裁判所であれば、本庁だけでも全国各地に50か所、支部は200か所以上あります)。そして、ある裁判をこれら多種多数の裁判所のうちのいずれの裁判所が担当するかについての定めのことを管轄といいます

 管轄については、民事訴訟法等に種々の規定が設けられており、これら法律が直接定める管轄のことを法定管轄といいますが、法定管轄は、さらに職分管轄、事物管轄、土地管轄の3種類に分けられます。もっとも、法定管轄のうち、事物管轄および土地管轄については、当事者の合意等によって、法律上の定めとは異なる裁判所を管轄裁判所とすることも可能です。

法定管轄

職分管轄

 職分管轄とは、裁判所には性質の異なる各種の役割(司法作用)が与えられているところ、これらを、機能を異にする裁判所に配分する定めのことをいいます。言い換えれば、どの種類の手続を、どの種の裁判所に担当させるかの定めということです。

 たとえば、わが国は三審制を採用しているところ、第一審は簡易裁判所または地方裁判所、これに対応して第二審は地方裁判所または高等裁判所、同様に第三審は高等裁判所または最高裁判所とする管轄の定め(審級管轄)は、職分管轄の一種です。また、人事訴訟(婚姻や親子関係についての訴訟)を家庭裁判所が担当することや、判決裁判所と執行裁判所とが区別されていることも、職分管轄の例であるといえます。

事物管轄

 事物管轄とは、第一審の訴訟手続を、同じ管轄区域内の簡易裁判所と地方裁判所とで、どちらに担当させるかの定めのことをいいます。

 事物管轄については、簡易裁判所は訴訟の目的の価額(訴額)が140万円を超えない請求につき管轄権を有し、地方裁判所は訴額が140万円以上の請求につき管轄権を有するのを原則としますが、不動産に関する訴訟については、訴額が140万円を超えない場合であっても、簡易裁判所および地方裁判所の双方が管轄権を有するものとされています(裁判所法24条1号、33条1項1号)。

土地管轄

 土地管轄とは、全国各地に同種類の第一審裁判所(簡易裁判所または地方裁判所)があるところ、特定の区域に関係する事件をどこの裁判所が担当するかについての定めのことをいいます。

(1)普通裁判籍

 土地管轄については、被告の普通裁判籍の所在地を管轄する裁判所が管轄権を有するのを原則とします(民事訴訟法4条1項)。自然人の普通裁判籍は、原則として住所地であり(民事訴訟法4条2項)、法人の普通裁判籍は、原則として主たる事務所・営業所の所在地です(民事訴訟法4条4項)。これは、一方的に訴えを提起されることとなる被告の応訴・防御上の利益を保護する趣旨によるものです。

(2)特別裁判籍

 上記の普通裁判籍は、事件の種類・内容を問わず認められるものですが、このほかに、ある限定された種類・内容の事件についてのみ認められる特別裁判籍というものもあり、これが普通裁判籍と異なる場合には、複数の管轄裁判所が競合することとなります。
 特別裁判籍には様々なものがありますが、代表的なものは以下のとおりです。

①義務履行地

 財産権上の訴えについては、義務履行地が特別裁判籍となります(民事訴訟法5条1号)。財産権上の訴えとは、経済的利益に係る権利や法律関係についての訴えのことをいい、たとえば売買契約に基づく代金請求権や目的物引渡請求権、金銭消費貸借契約に基づく貸金返還請求権、不法行為に基づく損害賠償請求権等、きわめて広い範囲の権利等についての訴えがこれに該当することとなります。企業がその営業に関して提起する訴えは、基本的にはすべて財産権上の訴えに該当することになるでしょう。

 そして、民法484条は、義務履行地(「弁済をすべき場所」)について、原則として債権者の現在の住所(特定物の引渡債務のみ、債権発生時にその物が存在した場所)であるとしています。つまり、金銭債務や不特定物の引渡債務等は、債権者の住所地にて弁済しなければならない債務(いわゆる持参債務)であり、これらに関し、債権者が原告となって訴えを提起する場合は、義務履行地である原告の住所地を管轄する裁判所への訴訟提起が可能ということになります。

②事務所・営業所所在地

 被告に主たる事務所・営業所以外にも事務所・営業所がある場合、特にその事務所・営業所における業務に関する訴えについては、その事務所・営業所の所在地が特別裁判籍となります(民事訴訟法5条5号)。

③不法行為地

 不法行為に関する訴えについては、不法行為があった地が特別裁判籍となります(民事訴訟法5条9号)。なお、この不法行為地には、加害行為が行われた場所のみならず、損害が発生した場所も含まれると解されています。

④不動産所在地

 不動産に関する訴えについては、その不動産の所在地が特別裁判籍となります(民事訴訟法5条12号)。

当事者の合意等による管轄

合意管轄

 上記の法定管轄にかかわらず、第一審に限っては、当事者は合意によって管轄裁判所を定めることができます民事訴訟法11条1項)。この合意は、一定の法律関係に基づく訴えに関し、かつ、書面でしなければなりません民事訴訟法11条2項)。

 法定管轄以外の特定の裁判所を管轄裁判所とする合意には、①特定の裁判所のみを管轄裁判所とする専属的合意と、②法定管轄に加えて特定の裁判所をも管轄裁判所とする付加的合意とがあります。いずれであるかが不明確な場合には、原則として①と解すべきとの見解もありますが、実務においては、たとえば基本契約書に管轄に関する条項を設け、「本基本契約に関連する一切の紛争については、東京地方裁判所を第一審の専属的合意管轄裁判所とする」というように明確に規定するのが一般的です。

応訴管轄

 原告が法定管轄以外の裁判所に訴えを提起した場合に、被告が管轄違いを主張したときは、その裁判所は原則として訴訟を管轄裁判所に移送しますが(民事訴訟法16条1項)、被告が管轄違いを主張せず、答弁書を提出する等して応訴したときは、その裁判所に管轄権が発生します。これを、応訴管轄といいます(民事訴訟法12条)。

 実務では、被告が応訴してくれることを期待して、あえて管轄違いの裁判所に訴えを提起するということもありますが(「応訴管轄狙い」の訴訟提起)、この場合は、訴状を提出する裁判所の受付(事件係)において、上記の理由によりあえてその裁判所に訴えを提起していることを説明して、訴状を受理してもらえるよう要請することになります。

管轄裁判所選択時の留意点

 以上述べてきたとおり、当事者間の紛争が訴訟にまで至る場合に、事件の種類・内容に応じて、管轄裁判所は複数存在し得るものであり、訴えを提起して原告になろうとする者は、いずれの裁判所に訴えを提起するかを選択すべきこととなります。この選択に際し考慮すべき要素として、まずは地理的要素があげられるでしょう。

 すなわち、被告が遠隔地に所在する場合に、土地管轄は原則的には被告の住所地等を管轄する裁判所に認められるわけですが、原告がその裁判所に訴えを提起する場合、近隣に信頼して事件を委任することができる弁護士がいるとは限りませんし、原告の地元の弁護士に出張してもらう場合には、交通費や日当等のコストがかさむことが懸念されます(特に、訴訟の長期化が予想される場合には、これらコストとの兼ね合いで、不本意な譲歩を余儀なくされることもあり得ます)。したがって、原告の地元に特別裁判籍が認められないか等を検討し、できるだけ「ホームグラウンド」の裁判所に訴えを提起するようにすることが、原則的な対応になると思われます。

 他方で、企業間の紛争については、たとえば技術的に高度な製品に係る瑕疵の有無やきわめて詳細にわたる契約の解釈が争点になる等、複雑かつ専門的なものも多いと思われるところ、訴訟にてその解決を図ろうとする場合、その種の事件が比較的多い大都市圏の裁判所に審理してもらう方が適切ということもあり得ます(裁判官については、全国各地の裁判所への異動があるため、地方部の裁判所が複雑・専門的な訴訟を審理するのに適さないというわけでは必ずしもありませんが、実務的な感覚としては、やはり大都市圏の裁判所の方がその種の事件の取扱いに慣れているようには思われます)。したがって、このような場合、原告として、あえて地元ではなく、(管轄が認められるのであれば)大都市圏の裁判所に訴えを提起することも考えられます。

 なお、たとえ訴額が小さくとも複雑・専門的な訴訟(かつ、類似事件が多数ある等の理由から、その帰趨により生じる影響が軽微とはいえないもの)はあり得ますが、事物管轄が簡易裁判所に認められる場合であっても、簡易裁判所が本来的に簡易かつ迅速な手続による紛争解決を志向するものであることから、地方裁判所での慎重な審理を求めた方がよいということも考えられます。このような場合、民事訴訟法16条2項は、ある訴訟が簡易裁判所の管轄に属する場合であっても、地方裁判所が相当と認めるときは自ら審理することができる旨を定めているため、原告として、あえて管轄違いの地方裁判所に訴えを提起するとともに、地方裁判所における審理が相当である旨の上申を行うことも考えられるでしょう。

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