保全処分の利用の検討

訴訟・争訟

 お恥ずかしい話ですが、当社は詐欺的商法に引っかかったようで、多額の資金を相手方の業者に支払ってしまいました。相手方の振込先口座はわかっており、相手方は他の会社からも同様の手口でその口座に資金を振り込ませているようですので、今のところは、当社に返金できる程度の預金残高がその口座にあるものと思われ、当社は相手方に対して返金を求める訴訟を提起すべく準備中です。しかし、悪質な業者ですので、いつ預金を全額引き出してどこかに隠してしまわないとも限りません。このような場合、どうすればよいでしょうか。

 返金を求めることができる法的権利の存在等を疎明することができそうであれば、可及的速やかに、相手方業者の預金債権に対する仮差押えを申し立てるべきです。

解説

保全処分とは

 私人間において紛争が生じ、権利者に対して義務を負う者がその義務を任意に履行しない場合などは、権利者は、訴えを提起し、勝訴判決を得て、これを債務名義として強制執行を行うなどして、自らの権利を強制的に実現することができます。しかしながら、訴えの提起から判決に至るまでの一連の訴訟手続には相応の期間を要し、1年以上かかることもままあるところ、たとえば、この間に義務者が、強制執行の対象となり得る自らの財産を隠匿するなどして、権利者による将来の権利行使を妨害した場合、訴訟手続を介する権利実現は、有名無実のものとなってしまいます。

 そこで、民事保全法は、訴訟手続に時間がかかることから生じる上記のような不都合を回避するために、裁判所が暫定的に、義務者の財産を差し押さえたり、義務者に一定の行為を命じることを認めており、このような裁判所が行う暫定的な措置のことを保全処分といいます。

保全処分の種類

 保全処分には、大別すれば、仮差押え仮処分とがあり、後者はさらに、係争物に関する仮処分仮の地位を定める仮処分とに分けられます(民事保全法1条)。

保全処分の種類

仮差押え

 仮差押えとは、権利者が金銭債権を有する場合で、将来その金銭債権に基づく強制執行をすることができなくなるおそれがあるとき、または強制執行をするのに著しい困難を生ずるおそれがあるときに、裁判所が義務者の財産(不動産、動産、債権等)を暫定的に差し押さえることにより、その財産の義務者による処分等を禁止する手続をいいます(民事保全法20条1項)。

 たとえば、売掛債権を有する売主が、買主の所有する不動産に対する仮差押えを申し立て、裁判所から仮差押決定が出されたときは、買主は、その不動産の第三者への譲渡等ができなくなります。同様に、買主の第三者に対する債権の仮差押決定が出されたときは、買主はその債権の第三者への譲渡等ができなくなるとともに、第三者はその債権につき買主に対する弁済ができなくなります。

仮処分

(1)係争物に関する仮処分

 係争物に関する仮処分とは、係争中の特定物について、その現状の変更により、権利者が将来、権利を実行することができなくなるおそれがあるとき、または権利を実行するのに著しい困難を生ずるおそれがあるときに、裁判所がその係争物の現状を維持するために必要な暫定措置を行う手続をいいます(民事保全法23条1項)。仮差押えと同様に、将来の強制執行を確保するための手続ですが、金銭債権ではなく特定物の引渡請求権等を保全の目的とするものです。

 係争物に関する仮処分の代表的なものとしては、不動産について、将来の所有権移転登記請求権を保全すべくその登記名義を現状のまま固定する処分禁止の仮処分、および将来の明渡請求権を保全するためにその占有状態を固定する占有移転禁止の仮処分があります。

(2)仮の地位を定める仮処分

 仮の地位を定める仮処分とは、争いのある権利関係について、現在権利者に生じる著しい損害または急迫の危険を避けるため、一定の権利関係を暫定的に形成する手続をいいます(民事保全法23条2項)。

 仮の地位を定める仮処分の例には、金員仮払いの仮処分(たとえば、労働者が使用者による解雇の効力を訴訟で争う場合に、訴訟手続が行われている間、暫定的に給与の支払いの継続を使用者に命じる等)、建築工事禁止の仮処分、出版差止めの仮処分、取締役の職務執行停止の仮処分等があります。

保全処分の手続

 以下では、保全処分の手続の流れについて、実務上最も多く利用されると思われる仮差押えを例に、その概要を説明します。

申立て

 仮差押えの申立ては、書面により行います(民事保全法2条1項、民事保全規則1条1号)。申立書の提出先となる裁判所は、本案訴訟(保全の目的たる金銭債権に基づく訴え)の管轄裁判所か、仮差押えの対象物の所在地を管轄する地方裁判所です(民事保全法12条1項)。

 申立書には、申立ての趣旨(いかなる財産に対する仮差押えを求めるか)を記載するとともに、申立ての理由として、被保全権利(保全の目的たる金銭債権)および保全の必要性(現時点で仮差押えをしておかなければ、将来の強制執行が不可能または著しく困難になるおそれがあること)を記載します(民事保全法13条1項)。また、被保全権利および保全の必要性は、「疎明」(一応確からしいという推測を裁判所が得ること。「証明」よりも確実性の程度が低い)しなければならないため(民事保全法13条2項)、申立書には疎明書類を添付することになります。そのほか、法人が申し立てる場合の資格証明書等の一般的な添付書類に加え、仮差押えの対象財産の種類に応じて民事保全規則20条各号に定める書面の添付も必要です。

 申立ての手数料は、1件につき2,000円です(民事訴訟費用等に関する法律3条、別表第一・11の2ロ)。なお、仮差押えの対象財産の種類が異なるとき(たとえば、不動産および債権の仮差押えを申し立てるとき)は、一括での仮差押えの申立てを行うことはできません。

審理

 裁判所による仮差押事件の審理は、書面審理か、申立人(債権者)のみの審尋(裁判所に出頭させ、意見を聴取すること)によるのが一般的です。これは、相手方(債務者)の審尋等まで行ってしまうと、相手方に申立ての内容が知れ、財産隠匿等の機会を与えることになりかねないためです。

 なお、東京地方裁判所の場合、仮差押事件は、その全件につき申立人の審尋(「債権者面接」と呼ばれます)が行われています。この債権者面接は、仮差押えの申立ての当日の午前11時~午後4時30分(ただし、正午~午後2時を除く)に行われるのが原則ですが、裁判所と申立人との予定が合わないときは、翌開庁日または翌々開庁日に限り、午前10時または午後1時30分の面接を予約することができるとの運用がなされています。

担保

 審理の結果、仮差押決定を行うのが相当と判断したときは、裁判所は、申立人に担保の提供を求めるのが一般的です(民事保全法14条1項)。前記のとおり、仮差押えの申立てに際して申立ての理由は疎明するのみで足りることから、申立人が違法・不当な手段で仮差押決定を得る可能性も否定はできないところ、この場合の相手方の損害を担保する目的で、上記担保提供が求められています。

 担保額は、仮差押えの対象財産の価額の10~30%とされることが多いですが、被保全権利の性質や相手方の資力、疎明書類の信用性の程度等も考慮のうえ、裁判所がその裁量で決定することから、予想以上に高額となる場合もあります。

 担保の提供は、供託か、銀行等との間の支払保証委託契約の締結によって行うのが実務上多いと思われます(民事保全法4条1項、民事保全規則2条)。また、担保提供期間は3~5日と短く設定される場合が多いことにも注意が必要です。

発令・執行

 申立人が担保を提供したことを確認し次第、裁判所は、仮差押決定を行います。
 そして、たとえば不動産の仮差押決定であれば、裁判所書記官が仮差押登記の嘱託を行い、登記がなされることで民事保全法47条3項)、また、債権の仮差押決定であれば、第三債務者に仮差押決定書が送達されることで民事保全法50条5項、民事執行法145条3項)、その執行がなされます。

保全処分申立時の留意点

 前記のとおり、保全処分の申立ては、義務者が権利者による将来の権利行使を妨害するおそれがあるときに、これを防ぐために行うものですから、義務者に対して秘密裏に、かつ、極めて迅速に行う必要があります。

 また、保全処分(特に仮差押え)の申立ては、将来の訴え提起・勝訴判決の獲得・強制執行による債権回収を見据えて行うものですから(なお、保全処分を受けた相手方は、申立人に対し、訴えを提起するよう求めることもできます。民事保全法37条1項)、当然のことながら、相当程度の回収が見込める経済的価値を有する財産を対象として行うべきであり、費用対効果を考えずにやみくもに申立てを行うことは、あまり望ましくはありません。もっとも、実務においては、いわば「ダメもと」で、相手方の所在地近傍の金融機関支店の預貯金の仮差押えを試みることもあります(債権の仮差押えにおいて、仮差押えの対象となる債権の存在については、疎明することも特に求められていませんので、預貯金口座の存在が定かでないままにこのような仮差押えの申立てを行うことも一応可能です)。

 他方、債権回収という観点からは、保全処分の申立てを行うことによって、かえって回収面でマイナスとなる場合もあることに注意する必要があります。たとえば、相手方の預貯金につき仮差押決定を得た場合に、その預貯金口座のある金融機関が相手方への貸付も行っていたときは、その金融機関は、預貯金の相殺に加え、担保権を実行する等、貸付債権の回収行動に移ることが予想されます。また、相手方の取引先に対する売掛債権につき仮差押決定を得た場合には、相手方の信用不安が取引先に広く知れ渡ることとなります。これらの事態が生じれば、相手方は、早晩倒産に至らざるを得ないでしょう。つまり、保全処分の申立てが、相手方の倒産の引き金となる可能性があるところ、相手方が倒産せずに何とか営業を継続していく方が、結果的には回収額が大きかったであろうということも考えられるわけです。したがって、保全処分の申立てを検討する際には、対象財産の選定等において慎重を期す必要があります。

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