ショッピングセンターにおける不動産賃貸借の注意点

第4回 出店交渉を破棄した場合の法的責任

不動産

出店を取りやめた場合にどのような責任を負うか

 今回は、ディベロッパーとテナントがショッピングセンター(以下「SC」)への出店交渉を開始した後、テナントが出店する前に当事者の一方が交渉を破棄し出店を取りやめた場合に当該当事者が負う可能性のある責任について論じたい。
 まず、テナントの出店前に一方当事者が交渉を破棄し出店をとりやめた場合といっても、下記のようにいくつかのパターンがあり得る。

  1. 正式な賃貸借契約が締結されているにもかかわらず、実際の賃貸借開始前に当事者の一方がこれを破棄し出店を取りやめた場合(ケース①)
  2. 賃貸借契約は締結されていないが、予約契約が締結されている段階で、当事者の一方がこれを破棄し出店を取りやめた場合(ケース②)
  3. 当事者間にて基本的条件について合意がなされた段階で当事者の一方が交渉を破棄し出店を取りやめた場合(ケース③)

 以下、それぞれのパターンに分けて論じることとする。

正式な賃貸借契約の締結後に出店を取りやめた場合(ケース①の場合)

 SC出店のための賃貸借契約においては、通常、契約書中に、ディベロッパーによる出店区画の引渡義務およびその具体的な期限が定められている。かつ、その条項には、引渡しに際してディベロッパー側において具備すべき条件(A工事・B工事の完了等)が定められていることも多い。

 一方、賃貸借契約書には、テナントに対しても、かかる引渡しが期限通りになされたことを条件として、特定の期日に出店区画での営業を開始する義務が定められるのが通常である。したがって、ディベロッパーが契約書で定められた引渡義務を履行せず当該区画に他のテナント候補者を出店させた場合や、テナントが定められた期日に当該区画での営業を開始しなかった場合、当該当事者には賃貸借契約違反が成立し、相手方当事者は当該当事者に対し契約違反を理由とする損害賠償を請求できることになる。

 なお、SC出店のための賃貸借契約書においては、出店契約(賃貸借契約)締結後、テナントが契約書で定められた営業開始日前に契約を解約した場合や解除された場合の違約金(営業開始前解約違約金)が定められていることもある。予定通り出店がなされなかった場合は、テナントにおいてそこで営業を行うことによって得られたはずであろう利益の額を証明することは困難であるが、ディベロッパーにおいても予定通り出店がなされた場合にディベロッパーが得られたであろう利益(得られなかった賃料の額)を明らかにすることは困難である(SCの賃貸借において、賃料は売上歩合賃料とされることが多いため)。このため、予約契約書中には、いずれの当事者が解約・解除する場合であるかにかかわらず、出店前に解約・解除がなされた場合の違約金条項を設けておくことが望ましい。

予約契約が締結されている段階で出店を取りやめた場合(ケース②の場合)

予約契約の3つのパターン

 本連載の第2回「契約にあたって出店者が注意すべきことは何か」で述べた通り、ディベロッパー・テナント間において賃貸借契約の予約契約が締結されている場合でも、その内容としては以下の3つのパターンがあり得る。

(A)一定の客観的事実の発生(条件成就)をもって予約契約から賃貸借契約に自動的に移行する旨が予約契約において定められているもの

(B)予約契約において当事者の一方あるいは双方に予約完結権が付与されているもの(この場合も、一定の客観的事実の発生後に予約完結権の行使が可能とされていることが多い)

(C)予約契約において「当事者は、本予約契約記載の条件に基づき、△年△月△日までに、賃貸借契約を締結するものとする。」旨が定められているもの

 (A)のパターンでは、一定の事実の発生によって当事者間に賃貸借契約が成立することとなる(法的には停止条件付賃貸借契約と評価されることになる)。したがって、それにもかかわらずディベロッパーが他テナントの出店を許したり、あるいはテナントが出店を取りやめたような場合には ケース①で述べたことと同じ責任が成立することになる。
 (B)のパターンでも、予約完結権を有する当事者が予約完結権を行使することによって(相手方当事者の意思にかかわらず)賃貸借契約が成立することとなるから、多くの場合はケース①と同じこととなる。

 一方で、SCの賃貸借において締結される予約契約の多くは、(C)のパターンと思われるし、実際に紛争になるケースも(C)のパターンが多い。つまり、予約契約では、今後当事者が協議をして賃貸借契約を締結することが定められているにもかかわらず、これに反して当事者の一方が賃貸借契約を締結しない場合である。
 このような場合、賃貸借契約を締結しなかった当事者には、予約契約違反が成立するため、当該当事者には賃貸借契約違反が成立し、相手方当事者は当該当事者に対し予約契約違反を理由とする損害賠償を請求できることになる。

参考となる裁判例

 この点に関しては、SCの事例ではないが、店舗を開店するための賃貸借予約契約に関する裁判例が2件ある。いずれも賃貸人が、予約契約の相手方であったテナント候補者に賃貸せずに、他のテナントに物件を賃貸してしまったケースである。

東京地裁平成15年9月26日判決

 新築建物にスーパーを開業することを予定していたXが、建物竣工前に、建物所有者となる予定のYとの間で賃貸借予約契約を締結した。その後、Yが、予約契約で予定されていた建物の設計案の変更をXに対して申し入れたがXはこれを拒否し、原設計案のとおりでなければ建物を賃借しない旨をYに通知した。そこでYは、別のスーパーAとの間で賃貸借予約契約を締結し、最終的にAが出店した。

東京地裁平成15年9月26日判決

 裁判所は、予約契約において確定された設計案は法的拘束力を有し、賃貸人がこれを一方的に変更することはできないとして、Yの予約契約違反(債務不履行)を認め、これによる損害賠償として当該店舗でXが開店した場合に見込まれる営業利益の半年分に相当する額等の支払を命じた。

東京地裁平成17年1月27日判決

 某総合病院での調剤が近々院外処方となることが見込まれていたため、薬局事業を営むXが、病院近くの建物にて薬局を開業すべく、建物所有者Yとの間で賃貸借予約契約を締結した。しかし、Yはその後、やはり薬局を経営するAからより有利な条件を提示されたため、Aとの間で賃貸借契約を締結し、Aに建物を引き渡した。

東京地裁平成17年1月27日判決

 裁判所は、東京地裁平成15年9月26日判決と同様、Yの予約契約違反(債務不履行)を認め、これによる損害賠償として、予約契約に定められていた違約金の支払を認めた。

 両裁判例において判示されたところによれば、予約契約を締結した当事者は、原則として賃貸借契約を締結する義務が生じるということである。したがって、この義務に反して賃貸借契約を締結させなかった当事者には、原則として予約契約違反が認められ、相手方当事者に対する損害賠償責任を負うこととなる。
 もっとも、損害賠償の範囲については、履行利益の賠償までは認められない可能性があるため、予約契約を締結する場合には、契約中に予約契約違反の場合の違約金を定めた条項を設けることが望ましい

基本的条件について合意がなされた段階で出店を取りやめたケース(③の場合)

基本的条件についての合意が成立した場合の義務

 最後に問題となるのが、当事者間で出店交渉がもたれ、基本的条件について合致したにもかかわらず、その後に一方当事者が交渉を破棄したような場合である。

 この点、SCをはじめとする商業施設への出店の場合、当事者間で出店交渉を開始した当初の段階では、テナントも単なる見込テナントに過ぎないが、その後交渉が進み出店条件に関する基本的条件について合致を見た場合には、ディベロッパーの要求によりテナント候補者からかかる条件を記載した出店申込書が提出されたり、あるいはディベロッパー・テナント候補者間で出店合意書や基本協定書が締結されたりすることが多い。このような書面では、賃貸借の基本的条件のみを定め、その他詳細については今後の協議事項とすることが多いが、その後諸条件について当事者間にて協議が整わず、最終的に賃貸借契約の締結に至らないケースも見受けられる。また、特にテナント候補者が外資系のショップであった場合、外国の本社から出店について最終承認を得られなかったとの理由で出店申込みが撤回されることもある。

 上記のように基本的条件についての合意が成立した場合に当事者にどのような義務が生じるかについては、具体的な事実関係や、締結された合意書の内容に左右されることが多いが、一般論として、当事者は、書面作成以後は、賃貸借契約の成立に向け誠実に交渉する義務を負うこととなる東京地裁平成8年5月15日判決)。そしてその結果、当事者は合意された事項については特段の事情がない限りこれを覆すことができず、また合意された事項以外の事項を相手方が提案したとしても、かかる提案が合理的なものである限りはかかる事項について協議を行う必要があると考えられる。

参考となる裁判例

 SCの事案ではないが、以下に参考裁判例を紹介したい。

静岡地裁平成8年6月17日判決

 賃借人Xが、賃貸人Yから既存建物を賃借してスーパーマーケットを経営していたが、Yにおいて既存建物を取り壊して新築建物を建築することとなり、このためXY間において新築建物を目的とする賃貸借についての基本的条件を定めた協定書が締結された。
 しかしその後、Xから、敷金の保全を目的とする条項など協定書には定めのなかった新たな提案がなされたため、Xに不信感を抱いたYが、協定書の破棄をXに通告し、新築建物の建築を取りやめた。

 裁判所は、Xにおいて敷金の保全を目的とした提案を行うこともそれなりの合理的な根拠を有するから、Yにおいてかかる提案に不審があっても、その旨をXに告げさらに協議を尽くすべきであったと判示し、Yが新賃貸借契約の締結を拒否したことについて正当な理由はないとして協定書上の債務不履行による損害賠償責任を認めた。なお、この事案において裁判所は、建物を新築するために当事者が既存賃貸借契約を解消させたという事情があったことを理由に、履行利益(既存店舗の経常利益の2年分)の賠償を認めている。

東京地裁平成26年9月16日判決

 焼き菓子専門店の出店を意図するXが、Y所有の物件について出店交渉を開始した。交渉の過程で、当事者間で賃料、期間、敷金や解約予告期間などの条件について合意がなされた後、YからXに対して当該条件を記載した貸渡承諾書が交付された(当事者間では、X店舗のファサードデザイン等、未決定事項が残っていた)。ところがYに対して第三者からより高額な賃料での賃借の打診があったことから、YはXに対し、賃料の条件変更(増額)を申し入れた。Xはこの申入れを拒否して他の物件を探すこととし、結局、XY間にて賃貸借契約は成立しなかった。

 裁判所は、この段階に至ってはXにおいてファサードデザインを譲歩すれば賃貸借契約が成立するとの強い信頼が生じており、Yは信義則上この信頼を保護する義務があるとして、Yに不法行為に基づく損害賠償責任を認めた。なお損害の範囲は信頼利益の賠償にとどめている。

東京地裁平成8年5月15日判決

 一方、東京地裁平成8年5月15日判決は、JRの2つの駅ビルにおける出店交渉について駅ビル側が交渉を破棄した事案であるが、2つの駅ビルの出店交渉のうち1つの駅ビルに関してはテナント候補者から出店申込書の提出がなされ、駅ビル側より入居決定通知もなされていたものの、もう1つの駅ビルについては出店申込書の提出はなされていなかった。
 裁判所は、テナント候補者から出店申込書の提出がなされていない駅ビルに関しては、両当事者において契約締結の準備段階にまで至っていないとして、駅ビル側による交渉破棄について法的責任は成立しないとした。


 上記のとおり、裁判例の傾向としては、出店交渉において当事者間で基本的条件を定めた書面が作成された後は、当事者は契約準備段階に至ったものとされることが多く、以後当事者の一方が正当な理由がないのに交渉を破棄した場合には損害賠償責任を負う可能性が高い。したがって、相手方が交渉から不当に離脱することを防ぐためには基本的事項について合意が成立した段階で基本合意書等の書面を交わしておく必要がある。その一方で、将来何らかの理由で契約締結に至らない場合に備え、基本合意書においては、爾後交渉を破棄できるケースを明確に定めておくことが望ましいといえる。

 また、契約交渉を破棄した当事者に法的責任が認められる場合でも、損害賠償の範囲は、多くのケースにおいて信頼利益の賠償に限られるであろうから、基本合意書においても、予約契約と同様、交渉を不当破棄した場合の違約金条項を定めておくべきである。

コンテンツの更新情報、法改正、重要判例をもう見逃さない!メールマガジン配信中!無料会員登録はこちらから
  • facebook
  • Twitter

関連する特集