法務キャリアの登り方

第9回 6度の転職でどこでも通用する企業法務パーソンに - 好奇心を大切に新たなキャリアへ挑み続ける サイネオス・ヘルス合同会社 アジア太平洋地域法務責任者 登島 和弘氏

法務部

昨今、企業法務におけるキャリアは多岐にわたります。企業内弁護士も年々増加し、法務部門での採用は新卒採用、中途採用、弁護士採用、修習生採用など、募集する対象は様々です。そうした環境下、以前に比べて自身のキャリアを考える人が増えているのではないでしょうか。

今回は、サイネオス・ヘルス合同会社(Syneos Health G.K.)でアジア太平洋地域法務責任者を務める登島 和弘氏にお話を伺いました。
登島氏は、スタンレー電気株式会社の総務部庶務課法務担当としてキャリアをスタートした後、日本AT&T株式会社の契約課長、松下冷機株式会社の法務室主事、セジデム株式会社(当時デンドライト・ジャパン株式会社)のコーポレートサービス部統括部長兼法務部長など、幅広い業界の法務部門を経験されています。

終身雇用の世代で、転職する人が周囲にほとんどいない中、「今までしてこなかった新たな仕事に挑戦していきたい」という好奇心を持ち続け、30年近く法務に携わってきた登島氏。彼はどういった視点で会社や所属を選択してきたのでしょうか。自身のキャリア観や、これからの企業法務パーソンにとって必要なマインドセットについて語ってくれました。

自身の頭で考え抜いた新人法務時代

新入社員時代、初めて法務の業務に接する中で大変だったことはありますか。

私が大学卒業後に最初に入った企業はスタンレー電気でした。当時(1987年)といえば、法務部門は日本の社会の中でも今ほど認知されていない時代です。

最も大変だったのは株主総会で、総務部と経理財務部と合同で半年ほどかけて対策をしていました。総会屋がまだ元気な頃で、実際に会社にいろいろな話をしに来るような状況でした。当時は庶務課長が対応していましたが、総務部として非常に神経を使い対応していた時期です。
株主総会のために収集すべき情報の中には、ポジティブなものも当然ありますが、ネガティブな情報はさらに大事です。私は、過去1年間の事故やクレームの有無等の情報収集をして対応を検討し、想定問答集や社長のシナリオ等を作成していました。そのようなことは、学生時代には当然行なった経験がないので大変でしたが、楽しさもあり、週末の出勤も厭わず自分的には喜んでやっていた感じです。

また、私が駆け出しの頃に、横浜に土地を購入し新社屋を建てようというプロジェクトが立ち上がりました。目的やプランニングについて検討した上で、資金調達先や返済スケジュールを計画しなければならず、まずは現地視察とばかりに、社長車だった三菱のデボネアを運転し社長と購入候補地を見て回ったこと等を、昨日のことのように覚えています。それらの業務を20代半ばの若造に担当させる会社はすごいなと思いながら取り組んでいました。
しかし考え様によっては、机上で書面と一生懸命向き合うだけではなく、身体を動かして主体的に情報を取りに行き、プロジェクト全体を見通すような仕事から法務のキャリアをスタートできたのは、非常に恵まれていました。

その後、どういった企業で働かれてきたのでしょうか。

新卒で入社したスタンレー電気では、国際法務に接する機会がほとんどありませんでした。そこで英語で契約書を書く仕事を経験したいと考え、次に入ったのが日本ディジタルイクイップメント(日本DEC)です。当時世界第2位のコンピュータメーカーで、初めて外資系企業で働く中、米国のボストンの郊外で行われたリーガル・トレーニングに参加し、各国のロイヤーたちと数週間ともに勉強したことは貴重な経験でした。けれども残念ながら、ダウンサイジングの流れで同社が大規模なリストラを行なったため、転職することになりました。通信自由化の波が来ている通信業界に興味を抱き、外資系企業での経験も活かせるということで、アメリカのAT&Tという巨大企業に移りました。

ちょうどその折、1995年に阪神淡路大震災が発生し、被災した神戸の実家をサポートするため関西に戻ることを決意しました。関西での転職先探しにあたっては、当時はこの先そうそう転職はできないだろうという考えもあったので、かなり悩みました。いくつかの候補先の中から最終的に松下冷機を選んだ決め手は、一番仕事は大変だろうけれども、最も企業法務パーソンとして学ぶことが多い会社だろうという直感に近いものがあったかもしれません。

松下冷機の上場廃止を機に同社を辞め、米国の新興ソフトウェア会社の日本法人であるデンドライト・ジャパンで法務部門を立ち上げたのは、とにかく組織の責任者として一法務部員ではできない幅広い仕事に関わってみたかったのが理由です。そこからエンゼルプレイングカードで知財部門の責任者を経て、現在サイネオス・ヘルスでアジア太平洋地域法務責任者に就いています。

これまでのご経験で、印象に残った出来事はありますか。

法務部員として10年経験を積んでから入社した、松下冷機の頃の出来事が最も印象に残っています。従業員が日本だけで5,000人、海外の子会社を入れると1万人の規模の企業のすべての法務案件を、基本的に法務室長と私を含めて3名で回していました。毎日始発から終電まで、土日もないような状況で4年勤めましたが、とにかく一番きつかったです。
上司は非常に厳しく、ひとつの契約書を作るのに平気で10〜20回程度差し戻されていました。しかも、理由を告げられたとしても1個ずつで、いっぺんには言ってくれませんでした。要するに、自分で考えろということです。

今、私がこの立場になったからこそ思いますが、部下に任せるよりも、絶対に自分で仕事をしたほうが早いのです。しかし当時の上司は、私を成長させるために一生懸命我慢して仕事を振ってくれ、国内契約書の起案や審査にとどまらず、英国企業との新型自販機の共同開発契約、中国での鋳物製造合弁会社の設立や、税関の反面調査への対応、機関法務等を一通り経験させてもらいました。その時は上司の思いなど考える余裕もなく、目の前にある業務に必死で対応する感じでしたが、厳しい上司に当たったのは幸運だったと思います。かといって、もう一度経験したいかと聞かれれば、答えは「NO」ですけどね(笑)。

サイネオス・ヘルス合同会社 アジア太平洋地域法務責任者 登島 和弘氏

サイネオス・ヘルス合同会社 アジア太平洋地域法務責任者 登島 和弘氏

外資の子会社でグローバルな法務に携わる

現在所属されているサイネオス・ヘルスでは、どのような業務を担当されていますか。

2017年8月に、親会社であるインヴェンティヴ・ヘルス(現Syneos Health)とINCリサーチが合併し、日本でも2018年7月1日付けで、会社分割により新たに3社体制へと事業再編されました。主としてMR等の派遣(CSO)を行なうサイネオス・ヘルス・コマーシャル株式会社と、治験(臨床試験)等のサポート(CRO)をするサイネオス・ヘルス・クリニカル株式会社という2つの事業会社のホールディングカンパニーとして、経理・財務・法務・人事のシェアードサービスを提供し、かつ、アジア太平洋地域のすべての事業のハブとしての機能を担っているのがサイネオス・ヘルス合同会社です。

最もメインとなるのは契約業務です。MR等の派遣に関する労働者派遣基本契約書や、医療機関・製薬企業・CRO事業者の3者間で締結する治験契約書をはじめとして、製薬にまつわるブランディング、ファーマ・コビジランス 1 、そしてリアル・ワールド・エビデンス 2 など、多様なサービスに関する契約書も作成・チェックしています。

登島さんはアジア太平洋地域法務責任者を務められていますね。

国内企業で海外展開をしていれば、海外との取引が出てくるので、法務担当者はグローバルなビジネスに関与することができます。逆に、外資系企業では海外に本社があることが通常ですので、日本子会社の所掌範囲は国内ビジネスがほとんどで、その法務部門の業務は国内法務が中心となります。
つまり外資系企業では、本社とのやりとり等で日常的に英語を使う頻度は多いですが、グローバルなビジネスに関われるかというと実は必ずしもそうではありません。

今の私のポジションは、アジア太平洋地域全般を見ていますので、幸いながら海外での取引のサポートも含めてグローバルなビジネスに関与することが可能であり、スケールの大きな仕事ができています。
たとえば、中国やその他アジアの契約関係やビジネスモデルの構築といった事業支援にも、リーガルの切り口から携わっています。現在は、昨年の米国本社の合併を受けて、アジア太平洋地域でのインテグレーションを進めている状況で、社内の法務リソースに加えて、現地の弁護士等と共同でプロジェクトを進めています。また競合他社より抜きん出ていくために、事業規模を拡大するようなM&Aは、国を問わず常に念頭に置いて仕事をしています。

上司から学んだ、形から入らない情報収集術

今まで法務として多くの業務に関わる中で、現在に活きるような気づきがあれば教えてください。

これまでの企業法務人生の中で、形から入らないで分からないことは遠慮なく聞き、理解をしていく姿勢を徹底的に学びました。私も部下にいつも同じことを言っていますが、契約とは「ビジネスに線路を敷く仕事」であり、事業の中身が分かっていない人に契約書は作れるわけがないということを、事あるたびに繰り返し話しています。

法務部門の従業員の机には、六法全書以外何もありません。無からは何も生み出すことはできません。
ですから事業の現場で、とにかく自分の目と耳で情報を収集し、事実や問題を確認し、適用されるルールを特定して、それらをはっきりと見極めた上で当てはめをして結論を出すという、いわゆるIRAC 3 を適切に回していく必要があります。


そこで、部下が契約書を持ってきた時には、いきなりチェックするのではなく、まず誰からどのような情報収集をしてきたのかを聞くところから入るようにしています。情報収集や分析から得たものをいかに契約書に組み立てるかが考えられていないのに、どこかの書式集から引用してきたワーディングを使って、見た目だけ体裁よく仕上げたのでは何の役にも立ちません。「形から入らない」とはそういうことです。
これは頭では分かっていてもなかなか難しいものであり、何回も練習して研鑽を積むしかないと思います。

サイネオス・ヘルス合同会社 アジア太平洋地域法務責任者 登島 和弘氏

法務部員は社長をめざそう

情報収集術のほかに、企業の法務担当にはどんなスキルが必須でしょうか。

企業法務と聞くと、法律的に非常に詳しくなければいけないのではないか、弁護士と同等かそれ以上のスキルが無ければ務まらないのではないかと思われるかもしれません。当然、知識や弁護士資格はあるに越したことはありませんが、企業法務の中の仕事は弁護士資格が無くてもできます。

法律の基礎的な知識や論理的思考力、コミュニケーション能力は、天性のものではなく、学んで身につけることができるスキルだと思います。語学力は入社後にいくらでもキャッチアップが可能ですし、たとえ米国との取引があったとしても、日本法の知識があれば応用は効きます。

一番大切なのは、自分にアサインされている仕事のベースとなるビジネスと真摯に向き合って理解し、問題に対処することです。 ビジネスの最前線で稼いでくれている事業部門に対して、自分の法務の知識を活かしながら、しっかりと支援し貢献するというマインドセットを持っているかどうかを重視しています。

近年、法務人材が不足しているという話も聞きます。

人材紹介会社の方からもそのようなお話を伺っています。私は優秀な法務人材を企業間で取り合うのではなく、企業法務人材の裾野を広げるべきだと考えています。人材のパイを拡大するためには、法学部生やロースクール生に企業法務の魅力をもっと力強く伝えるとともに、企業内の別部門に所属しながら法務への興味を持っている人をも育てていく必要があります。

私自身、「法務の仕事は職人技で、一人前になるには10年かかる」と言われてきましたが、正直きちんとしたトレーニングを継続的に受ければ、3年程度で独り立ちできるのではないかと思っています。そこで、自分にもできることを少しずつやっていきたいと考え、自身で新企業法務倶楽部という会を立ち上げて、企業法務実務で要求される論理的思考力やコミュニケーション能力、あるいは実践的スキルを学ぶ場を提供することに取り組んでいます。

あと、現在学生の方々に是非伝えたいことがあるのですが、法学部やロースクールでの学びをベースにしながら生きていくルートは数多くあります。裁判官、検察官、弁護士はもちろん選択肢のひとつですが、企業法務も非常にダイナミックな世界で、一生をかけるに足る仕事です。

そして、企業法務パーソンの「あがり」は、決して法務部長やゼネラル・カウンセルだけではありません。法務部門で得た自分のスキルや経験を活かして、企業内で社長を目指したり、新規事業を立ち上げたりしてもよいのです。その取り組みに所属企業が興味を持ち、お金を出してくれる可能性もゼロではないと考えながら仕事をすると楽しいと思います。

新たなチャレンジができることが転職の魅力

登島さんは新人法務部員として入社した頃から、中堅社員になるまでの間に何社も経験されていますよね。20代の頃はこれほど転職すると思われていましたか。

まったく思っていませんでした(笑)。私が新卒で就職した1980年代当時は、ゼネラリスト一括採用の時代で終身雇用が基本的な考え方でしたから、同世代では自発的に転職している方はほとんどいません。
企業法務は幅が広いので、ひとつの会社ですべてを学ぶのはおそらく難しいと思います。せっかくであれば、様々な経験を積んで、どこでも通用する企業法務パーソンに成長したいという想いがあったので、ある程度その会社で学ぶべきことを身につけたら次の仕事を探し、常に新しいことにチャレンジしてきました。

周りとは違う決断をすることに迷いはありませんでしたか。

転職をすると、一から人間関係を構築したり、仕事の進め方をその会社に合わせていく必要があったりと、もちろん大変な面もあります。同じ会社に留まり続ければ、その場での身の処し方が分かってくるので、そういった意味で比較的仕事はしやすいとは思いますが、平社員、係長、課長、部長と出世していかないと、自分の視野も仕事の幅も広がりません。
しかし、会社を変わればまったく新たな仕事に挑戦できます。自分にとってはそこの魅力のほうが大きかったということだと思います。

今後どうやってキャリアを形成していけばよいか、悩んでいる方々に向けてメッセージをお願いします。

自分の人生設計というと大げさになりますが、どのような生き方をしていきたいかについては若いうちからしっかりと考えたほうがよいと思います。経験がないところで考えるのは難しいことかもしれませんが、多くの本を読んだり、人生の先輩から話を聞くこともできるでしょう。

キャリアとはすなわち人生です。最近、会社としてのコアバリューやポリシーについてよく耳にしますが、これは一個人にとっても非常に重要なことです。果たして自分は何をしたいのか、どのような価値観を重要視して生きていきたいのか。最終的に自分の信条に従って生きていき、自分は人生でやりたいことをやりきったと振り返って最期を迎えることができれば、一番よいと思っています。

サイネオス・ヘルス合同会社 アジア太平洋地域法務責任者 登島 和弘氏

(取材、構成:BUSINESS LAWYERS編集部)


  1. 医薬品の有害な作用または医薬品に関連する諸問題の検出、評価、理解および予防に関する科学と活動 ↩︎

  2. 新薬を開発し実際に承認された後、使用した結果のフィードバックを受け、さらなる開発等に役立てるフェーズ ↩︎

  3. Issue(I)、Rule(R)、Application(A)、Conclusion(C)の略称 ↩︎

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