ベンチャーファイナンス・ベンチャー企業の立場からみる投資契約交渉

第2回 規定ごとに考える、合理的な条件を獲得するための戦略

ベンチャー

 ベンチャー企業が優先株式による資金調達を初めて行ういわゆる「シリーズA」の投資を題材として、投資家との間の投資契約交渉上のポイントを2回にわたって解説しています。
 「第1回 投資契約の概要とタームシートにおける交渉」では投資契約の大枠と、タームシートにおける交渉のポイントに触れました。今回は投資契約の規定の中で重要と思われる点を解説します。

規定ごとにみる投資契約交渉上の留意点

 投資契約上の論点は多岐にわたりますが、個人的には以下の論点が特に交渉上の争点になりやすいという意味で比較的重要と捉えています。

  1. M&A時の優先分配(残余財産の優先分配権+みなし清算条項)
  2. 表明保証
  3. 事前同意事項
  4. 経営株主の株式譲渡制限
  5. 投資家による株式譲渡
  6. 投資家のドラッグ・アロング・ライト
  7. 投資家のプット・オプション

M&A時の優先分配(残余財産の優先分配権+みなし清算条項)

 優先株式による出資の最も大きな意味は、大要以下のような枠組みの残余財産の優先分配権とみなし清算条項の組み合わせによって、株式譲渡などのM&AによるEXITの際に、投資家がM&Aの対価から優先的に分配を受けることにあります。

【M&A時の優先分配の枠組みの例(要旨)】
  • 発行要項における残余財産分配時の優先分配
  1. 当会社が残余財産を分配するときは、A種優先株主に対し、普通株主に先立ち、A種優先株式1株につき、●円を支払う。
  2. 上記①による分配の後なお残余財産がある場合、当会社は、A種優先株主に対して普通株主と同順位で分配を行う。
    • 株主間契約におけるみなし清算条項
  3. 発行会社について買収(発行会社の発行済株式の過半数を第三者が取得する場合など、支配権が第三者に移転する場合をさす。)が行われる場合、その買収の対価は、買収に応じた株主の間で、買収の対価の合計額を残余財産とし、買収に応じた株主のみが発行会社の株主である前提で発行会社を清算したと仮定した場合に、上記①および②に基づき分配を受けられる金額に基づいて、各株主が分配を受けられる金額を算出し、その金額と同額の現金を買収の対価の分配として各株主の間で分配する。

 このように、会社の支配権の売却をもって会社が清算されたものと「みなして」、A種優先株式の内容として定める会社清算時における残余財産分配の条件を、株主間での売却対価の分配に適用するという方法をとります。これには、A種優先株式の内容において残余財産の優先分配について定めるだけでなく、既存株主全員が株主間契約でみなし清算について合意することが必要です。よって、A種優先株式の優先分配が実現できるかどうかは、従前からの投資家を含めて株主全員の合意が得られるかに関わってきます。

 この優先分配の枠組みは、想定よりも低いバリュエーションでのEXITでも投下資本を回収できるという投資家側のメリットだけでなく、ベンチャー企業側としても、優先分配の仕組みを含む優先株式を発行することによって(普通株式での発行よりも)バリュエーションを高め、創業者の持分(議決権割合)の希薄化を防ぐというメリットがあると言われています。

 たとえば、第1回で示したタームシートの条件と同様、優先分配権は出資価額の1倍かつ参加型で、株式譲渡によるEXITがなされた場合を想定します。なお、日本のベンチャーファイナンスではこのような優先分配権1倍かつ参加型が多いようです(500 Startups「調査レポート: 186社の登記簿から分かったスタートアップの資金調達の「相場」」)。

 この場合、買収者から支払いを受けたベンチャー企業株式の売却対価総額の中から、まず先にA種優先株主が自己の出資額(1株あたり払込金額に持株数を乗じた額)を優先的に回収して、残った金額を、優先株主を含む株主間で保有株式数に応じて対価を配分することになります。

優先分配権は出資価額の1倍かつ参加型で、株式譲渡によるEXITがなされた場合

 M&AによるEXITの場合、EXIT時点でのベンチャー企業のバリュエーションが低く、譲渡対価が小さいほど経営株主をはじめとする普通株主の取り分が小さくなり、逆に譲渡対価が大きくなればなるほど優先株主と普通株主との差は小さくなります。

 よって、譲渡対価が少額のためにA種優先株主にばかり分配され、経営株主には分配がなされないとなると、経営株主の企業価値向上へのインセンティブが損なわれるおそれがあります。また、次回資金調達(シリーズB以降)では、そのときの投資家にシリーズAよりも優先的な内容の優先株式を発行せざるをえない可能性が相当程度ありますので(まずB種優先株主が優先分配を受けてからその次にA種優先株主が分配を受け、残余を優先株主を含む全株主間にてプロラタで分配するなど)、シリーズAで投資家に極めて有利な優先分配を付与すると、次回資金調達に悪影響を及ぼしかねません。

 そこで、ベンチャー企業側としては、優先分配の条件についてたとえば以下のようなカウンターを提案することが考えられます。

  1. 優先分配額を減額する(2倍以上であれば1倍に、1倍であれば出資金額から一定のディスカウントした金額にするなど)。
  2. 非参加型とする(つまり、A種優先株主はM&A時には自己の出資金額以上の優先分配は受けられない。優先分配額よりも普通株式による分配の方が大きい場合、優先株主としては、株式対価の取得請求権を行使して普通株式に転換することとなる)。
  3. 参加型にするにしても、一定の参加上限を設けるなど、無制限の分配に制約を設ける。

表明保証

表明保証条項の内容

 株式引受契約では、一般に以下のような表明保証条項が設けられています。

第●条(発行会社及び経営株主による表明・保証)
発行会社及び経営株主は、投資家に対し、本契約締結日及び払込期日において、別紙●に定める事項が真実かつ正確であることを表明し、保証する。

 この例では「別紙●」に具体的な表明保証内容が記載されることになります。本稿では詳細な表明保証事項の紹介は省略しますが、大要、以下のような表明保証事項が見受けられます。

【表明保証事項の要旨】
  • 発行会社が有効に設立され、存続していること
  • 投資契約締結能力・権限があること
  • 投資契約が有効であり、執行可能であること
  • 倒産手続が存在しないこと
  • 発行手続に法令・定款等の違反がないこと
  • 反社会的勢力でないこと、反社会的勢力との関係がないこと
  • 発行可能株式および発行済株式の数が正しいこと
  • 計算書類関連:計算書類の正確かつ完全な写しを交付していること/計算書類を公正なる会計慣行に従って作成していること/計算書類は発行会社の財産と経営成績を正確に反映していること
  • 計算書類作成後の重大な後発事象は存在しないこと
  • 重大な潜在債務が存在しないこと
  • 知的財産権関連:知的財産を有効に保有していること/第三者の知的財産権への侵害、第三者からの侵害いずれも存在しないこと/登録無効等の手続が存在しないこと
  • 法令を遵守して経営していること
  • 訴訟・紛争が存在しないこと
  • 情報開示:重要事項を完全に開示したこと/開示情報は重要な点において正確であり、虚偽は存在しないこと

表明保証に違反した場合

 ベンチャー企業と経営株主がこのような表明保証に違反した場合、何が起きるのでしょうか。株式引受契約では、表明保証違反の効果として、以下の2つが定められます。

①前提条件不充足による投資実行の回避(投資実行前)

 投資実行の前提条件には「発行会社及び経営株主による表明保証が(重要な点において)真実かつ正確であること」という項目が設けられています。もし投資実行までに表明保証に重大な違反が認められた場合、投資家は投資実行を中止することができます。

②発行会社又は経営株主に対する補償請求(投資実行後)

 補償条項において、発行会社及び経営株主は、表明保証事項が真実又は正確でなかったことにより投資家が損害を被ったときは、投資家に対し、かかる損害を補償するものと定めています。

表明保証の限定

 このように表明保証条項は、前提条件、補償条項を組み合わせることで、想定していなかった投資家のリスクを回避する仕組みです。他方でベンチャー企業の立場からは、軽微な表明保証違反を理由として、投資家から、前提条件不充足として投資実行を拒否されたり、投資を受けた後も補償請求を受けたりするのは避けたいところです。

 そこで、たとえば以下のような表明保証の限定を行うことにより、表明保証違反を問われるリスクを軽減することが考えられます。

① 表明保証内容そのものの削除・限定(たとえば、網羅性の高い偶発債務の不存在に関する表明保証については削除を求めるなど)

② ベンチャー企業側ですでに認識している表明保証違反事項を別紙(「ディスクロージャー・スケジュール」と呼ばれる)で特定し、表明保証の対象から除外する(例:「●に関する訴訟を除いて、訴訟は存在しない」)

③ 「知る限り」、「知り得る限り」の限定(例:「経営株主の知る限り偶発債務は存在しない」)

④ 重要性による限定(例:「重大な法令違反はない」)

 また、表明保証の内容だけでなく、表明保証違反時の補償の条件に制限を設けることも考えられます。

⑤ 表明保証違反の場合の補償請求金額に一定の上限を設ける(例:投資総額の●%を上限とする)

⑥ 重大な表明保証違反のみを補償の対象とする

 なお、筆者の個人的な肌感覚としては、M&A契約における表明保証と比較すると、現在の日本の投資契約実務における表明保証条項に関する条件交渉は、簡易に行われている印象を受けます。たとえば、投資家が提示するファーストドラフトでの表明保証の範囲はM&Aの契約に比較すると網羅的なものではないですし、また、ベンチャー企業側も、上記のようなカウンター案を粘り強く求めることはあまり多くないように見受けられます。これは、支配権を取得するため容易に売却できるわけではないという点でリスクの高いM&Aと異なり、将来の流動性を残したマイノリティ出資であることや、リスクマネーの拠出であることから、投資家サイドが実際に表明保証違反を追求することはあまり期待していない点にその理由があるのではないかと想像します。

事前同意条項

 下記のように、株主間契約において、ベンチャー企業の一定の重要事項の決定について投資家による事前同意の取得を義務付けることによって、投資家に拒否権を付与している例が多く見られます。このような規定に基づき、投資家は事前同意を行うかどうかの検討を通じて、投資家の立場からベンチャー企業のモニタリングを行います。

【事前同意条項の例】
発行会社は、その業務執行を決定する機関が発行会社につき以下の各号に定める事項について決定をする場合、事前に投資家の書面による承諾を得なければならない。
(1) 定款及び取締役会規程の変更
(2) 事業計画及び年次予算の策定又は変更
(3) 合併、会社分割、株式交換、株式移転その他の組織再編
(4) 事業の全部若しくは重要な一部の譲渡又は譲受け
(5) 経営の委任その他これらに準ずる行為
(6) 既存事業の全部若しくは重要な一部の中止又は終了
(7) 株式、潜在株式等の発行、付与又は割当てその他保有比率に影響を与えうる行為
(8) 他の会社の株式又は持分の過半数の取得又は譲渡
(9) 重要な契約の締結、変更、解除又は終了
(10)●円を超える借入れ、債務保証その他一切の債務負担行為

 他方で、ベンチャー企業の立場からすれば、投資家に事前同意を拒否されたり、遅延されたりすることで意図していた計画が予定どおりに実行できなくなることは避けたいところですので、事前同意を含む投資家の経営への介入は合理的な範囲に限定する必要があります。具体的には、ベンチャー企業の立場からは以下のような対案(またはこれらの組み合わせ)が考えられます。

①事前同意事項の範囲を限定

 事案によって問題になる事項は様々ですが、特に、新株発行(上記例の(7))と重要契約の締結等(上記例の(9))は議論になりやすいように感じます。前者については、(本来、新株発行に会社法上必要な特別決議(議決権の3分の2以上)を経れば足りるはずにも関わらず、)少数株主である個々の投資家に単独の拒否権まで付与してよいか、後者については、「重要な」契約の範囲が明確にならない中で、個別の商取引の実施という事業判断について投資家に介入させてよいか、慎重に検討する必要があります。

 新株発行を事前同意事項とすることに対する代替案としては、ベンチャー企業が投資家の同意なく新株を発行できる代わりに、既存投資家に対して新株引受権(自己の持株比率を維持するために優先的に新株の割当を受けることができる権利)を付与することが考えられます。

②事前同意するか否かを投資家の資本多数決で決する

 個々の投資家に単独の拒否権を付与するのではなく、たとえば、一定の重要事項についてすべての投資家株主の議決権の過半数の同意または3分の2以上の同意を要するとする方法があります。これによって、ごく一部の投資家だけが事前同意しないために事業がストップしてしまう事態を避けることが期待できます。

③事前協議事項や事前通知事項にする

 投資家に拒否されることを特に認めたくない事項については、事前同意事項ではなく、事前協議事項(投資家と協議を尽くしさえすればよく、投資家の同意までは不要)としたり、事前通知(投資家に事前に通知すれば足りる)とすることにより、投資家による介入の程度を下げる方法もあります。

経営株主の株式譲渡制限

 多くの株主間契約において、以下の例のように、経営株主が保有するベンチャー企業株式の譲渡は原則として禁止されています。

【譲渡制限規定の例】
経営株主は、投資家の事前の書面による承諾なくして、第三者に対して、自己の保有する発行会社株式等(注:「等」がついているのは新株予約権も含む趣旨)の一部又は全部を譲渡、担保権の設定その他一切の処分を行ってはならない。

 ベンチャー企業ではほとんどの場合において、創業者である経営株主がオーナーシップをもって経営にコミットすることに競争力の源泉や企業価値向上の基礎がありますし、また、基本的には(M&Aではなく)一定期間内での上場に向けた努力をすることが求められています。そこで、投資家としては抜け駆け的に経営株主に第三者に持株を譲渡されてしまうと投資した意味を失ってしまうため、通常は保有株式の譲渡制限を求めます。

 他方で、経営株主の立場からすると、譲渡制限が課せられると、良い譲渡先が見つかったときに、これまでどおりIPOを目指すよりは、その譲渡先に適切な対価で売却した方が合理的であると考えたとしても、まだIPOを諦めるべきでない、または譲渡対価の目線が合わない、などの理由で、投資家から反対されることがあり、その場合にはEXITができないことになります。

 譲渡制限規定を完全に削除することまでは交渉上難しい場合が多いと思いますが、経営株主としては、たとえば以下のような一定の譲歩案を提案することも考えられます。

  1. 譲渡制限の解除について個々の投資家に単独の同意権を付与するのではなく、同意するか否かを投資家の資本多数決で決する(前記4②の事前同意規定の限定と同様)。
  2. 譲渡制限に代えて、投資家にタグ・アロング・ライト(便乗売却請求権。経営株主が第三者に株式を譲渡するときは、投資家も同条件で当該第三者に保有株式を売却できる権利)を付与する。
  3. 譲渡制限に代えて、投資家のファースト・リフューザル・ライト(先買権。経営株主が第三者に株式を譲渡するときは、投資家が優先的に同条件で購入できる権利)を付与する。
  4. 投資家がEXIT金額として満足する一定の金額未満の譲渡に限り譲渡制限に服する。

投資家による株式譲渡

 上記5のとおり経営株主の保有株式には譲渡制限が設けられているのに対して、通常、投資家はその保有株式を第三者に譲渡することについて制約されません。これはキャピタルゲインによる投下資本の回収を図るベンチャーファイナンスにおいては当然であり、投資家に対して保有株式の譲渡制限を求めることは一般に困難であるといえます。

 他方で、経営株主としては望ましくない第三者に自社株式を譲渡されることは避けたいところです。そこで、上記5③と同様に、経営株主にも先買権を付与するよう求めることが考えられます。

投資家のドラッグ・アロング・ライト

 上記6で述べたように、投資家によるベンチャー企業株式の譲渡は通常禁止されていませんが、さらに、投資家が第三者に保有株式を売却する場合には、経営株主も投資家と同条件で当該第三者に保有株式を売却するよう求めることができるといういわゆるドラッグ・アロング・ライトの規定を、株主間契約に設けることを投資家から求められることがあります。

投資家のドラッグ・アロング・ライト

 経営株主としては、自己の意図に反するタイミングかつ条件で強制的に保有株式を手放さなければならないドラッグ・アロング・ライトの受け入れはできる限り拒否したいところです。

 投資家との交渉上、やむを得ず受け入れなければならない場合には、ドラッグ・アロング・ライトの行使条件を経営株主にとって合理的な内容にするよう交渉するべきです(なお、投資家が無条件でドラッグ・アロング・ライトを行使できるとする案が提示されることはあまりなく、投資家からの当初提案でもあらかじめ一定の条件が設けられている場合が多いと思います)。考えられる条件としては以下のとおりです。

  1. ドラッグ・アロング・ライトの行使について投資家の単独同意ではなく、投資家の資本多数決で決する(前記4②の事前同意規定の限定と同様)。
  2. 行使開始日を設ける:たとえば上場目標時期を一定期間経過した時期から行使可能とするなど、投資家のEXITを認めてもやむを得ないような時期が到来して初めて行使できるようにすることが考えられます。
  3. 譲渡対価の下限を設ける:不当に低い価額で強制売却されることのないよう、一定の金額以上の対価で売却できる場合のみ、行使できるようにすることが考えられます。特に、譲渡対価が低いために、優先株主への優先分配により普通株主である経営株主にはほとんど分配されないような譲渡のときにドラッグ・アロング・ライトが行使される事態は避けたいところです。

投資家のプット・オプション

 株主間契約では、下記の例のように一定の事項が生じた場合、ベンチャー企業および経営株主に対する投資家の保有株式買取請求権(プット・オプション)が定められています。買取事由としては、通常、①契約の重大な違反(下記例の1項(1)号)、②重大な表明保証違反(表明保証条項は通常、株式引受契約で設けられるので表明保証違反を買取り事由とするプット・オプションも株式引受契約で設けられます)、③上場できるのにあえてしない場合(下記例の1項(2)号)の3つが設けられます。

【投資家の買取請求権に関する規定の要旨】

1.発行会社及び経営株主は、次の各号の事由が発生した場合、投資家の請求により、投資家の保有する発行会社株式の全部又は一部を次項に定める買取価額で自ら買い取るものとする。

(1)発行会社又は経営株主が本契約に重大な違反をした場合

(2)発行会社が株式公開する要件を充足しているにもかかわらず、発行会社が合理的な理由なく株式公開しない場合

(3)【●年●月末までに、発行会社が投資家の同意する金融商品取引所に株式公開できない場合】

2.前項に定める買取価額は、次の各号に定める金額のうち最も高い金額に前項に基づき買取りの対象となる株式の数量を乗じた金額とする。

(1)投資家が買取対象証券を取得した際の1株当たりの払込金額

(2)発行会社の直近の貸借対照表上の簿価純資産に基づく発行会社の1株当たりの純資産額

(3)発行会社の直近の株式の譲渡事例又は増資事例における1株当たりの譲渡金額又は新株発行価額

(4)投資家が選任した第三者の鑑定による発行会社株式の1株当たりの公正な時価

 もっとも、投資家によっては、上記例の1項(3)号のように、④一定の期限までに上場できないことを買取り事由として求めてくることがあります。①契約の重大な違反、②重大な表明保証違反、③上場できるのにあえてしない場合を買取り事由とすることについては、ベンチャー企業側にも相応の帰責性があるため合理性はあるといえます。これに対して、④はベンチャー企業がIPOできなければ出資価額以上の金額で買い戻す義務を負っているのに等しいので、ベンチャーのエクイティファイナンスにおけるリスクマネーという本質からすると、ベンチャー企業側としては受け入れない(削除する)方向で交渉することが望まれます。近時ではこのような規定を求めてくる機関投資家は減少の傾向にあると理解しています。

 投資家との交渉上、やむをえず④一定の期限までに上場できないことを理由とした買取りを受け入れざるをえない場合には、少なくとも、以下のようなカウンター案を提示することが考えられます。

  • IPOの期限を無理のないものに設定する:ただし、ただし、期限にかかわらず上場自体をコミットしていることには変わらないので本質的な解決にはならないことに注意する必要があります。
  • 買取価額について上記例の2項のように客観的に決まる仕組みを取るのではなく、投資家側とベンチャー企業側との協議により決する額とする:買取価額を別途協議事項としておけば、買取価格の折り合いがつかない限りプット・オプションが事実上行使できないことになるので、カウンター案としては比較的有効ではないかと思います。
  • 経営株主の個人責任は負わないものとする:ベンチャー企業が自社株買いを行うとしても、リスクマネーという性質上、経営株主が買戻しの個人責任を負わないことは少なくとも守りたいところです。

最後に

 以上、第1回では投資契約交渉における一般的な留意事項を、第2回ではベンチャー企業と投資家との間で特に議論になりやすい重要な規定に絞って、投資契約の交渉上のポイントを解説してきました。

 ベンチャー企業・経営株主としては、今回出資を検討している投資家との間で投資契約交渉をしていくことになりますが、交渉にあたっての視点としては、事業運営や将来のEXITが過度に制約されないようにするといった自社・自己の利益にとどまらず、事業が拡大する前からリスクマネーを投入してくれた既存の投資家や、今後資本参加してくれるかもしれない将来の投資家の利益も同時に考えながら交渉していく必要があります。その意味で、投資契約は、ベンチャー企業・経営株主・既存・現在・将来の投資家という複数の当事者の利害調整を行うための仕組みということができます。

 このような複数当事者の複雑な利害関係の存在と、リスクマネーを供給する者と供給を受ける者という、ときとして圧倒的なバーゲニングパワーの違いがあることを前提として、ベンチャー企業が投資契約交渉で合理的な条件を獲得するには、投資契約構造の表層的な理解だけでは十分ではありません。そのためには、ベンチャーファイナンスを取扱っている弁護士によるサポート(もっと言うと、投資契約がEXITの仕組みである以上、ベンチャー企業のM&Aに経験がある弁護士であることがより望ましいといえます)を得ながら、たとえば以下のようなファイナンスに関係するファクターを十分に分析検討したうえで、ケースバイケースで、投資家がどのように考え、行動するのか、将来自社で何が起きるかなど、想像力を巡らせながら、戦略的に交渉していくことが望まれます。

  • 投資家属性(VCやエンジェル投資家などの純投資家か、事業会社か。後者の場合、アライアンス(業務提携)や将来の自社によるベンチャー企業の買収も視野に入れているため、キャピタルゲイン獲得に限られない別の動機で行動する可能性があることに注意)
  • 株主構成(現在および将来予想される株主構成を踏まえて事前同意権の条件設定をどうすべきか)
  • ベンチャー企業の資本政策(今後どのようなスケジュールで資金が必要となるのか)
  • ベンチャー企業の事業構造から見た想定される出口戦略(IPOか、同業他社または隣接事業を行う事業会社への売却か)

 本稿がベンチャー企業と創業者にとって、資金調達を検討するための手がかりとなれば嬉しく思います。

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