契約書をリスクマネジメントにどう活用するべきか

第1回 契約書作成の意義

取引・契約・債権回収
河村 寛治

「契約」とは何か、「契約」と「合意」の違い

 現代社会の経済活動においては、「契約」が非常に重要な役割を果たしています。身近な日常生活を含め企業活動のほとんどはすべて「契約」により行われているといっても過言ではありません。このように日常生活から企業活動一般において、お互いの権利や義務などを確認し、また財産の移転などを確認するために「契約」が利用されることになります。「契約」を締結する、つまり契約関係に入るということは、当事者間において新たな法律関係を創りだすことを意味します。

 この「契約」とは、本来は当事者による自由意思によって結ばれるものであり、このような自由意思に基づく「合意」が「契約」であるといわれています。なかには、電力やガスなど一定のサービスの提供を受けるために、なかば強制的に契約関係に入る場合もありますが、それはどちらかというと例外的なものであるといえるでしょう。

合意とは

 通常、自由意思に基づく「合意」が「契約」であるといわれていますが、果たして単なる「合意」だけが「契約」と考えてよいのでしょうか。

 「合意」とは、当事者が交わした「約束」であり、この「約束」とは、自らそれを守ることが前提となっていて、自分を拘束します。自分を拘束するということは、約束を違えないということによって成立しているのです。

 現実には、約束違反ということはよくあることであり、このような約束違反に対して、すべて法的に損害賠償請求を認めるべきであるとは考えられていません。友人との間の約束など個人的な約束関係の場合には、その約束違反に対して、損害賠償などという法的制裁を課すことは稀でしょう。このような個人的な約束違反の場合には、制裁が課されるとしても、それは相手方の信用を失うという一種の社会的制裁です。しかし、このような社会的制裁が、逆に約束を守らせるということにもなります。

契約とは

 一方、一般的な企業活動における契約関係においては、社会的制裁があるので、契約が必ず守られると断定することもできません。通常、契約は遵守されることが期待されていますが、現実には契約を遵守することができないような状況が発生することもあります。そのような場合には、契約違反に対する損害賠償など、一定の制裁が法的に認められており、これを「法的拘束力」といいます。「契約」としての法的な拘束力を認めるということは、それに違反した場合には、一定の制裁や権利が発生し、その行使が保証されることを意味します。

 つまり、「契約」とは、単なる「合意」以上のものであり、その履行を強制したり、損害賠償請求が認められたりするなど一定の法的拘束力を有するものになります。

 法的拘束力を認める「約束」、つまり「合意」が「契約」であり、法的保護が必要な「約束」が「契約」であるともいえます。この契約を書面で確認するものが「契約書」なのです。つぎに「契約書」について考えてみましょう。

契約書が果たす役割とは

 ここでは契約書を作成する意味から、契約書の作成、チェックにどのような能力が期待されているのかという視点で考えてみます。

契約書の作成、チェックに求められる能力

 「契約」が法的拘束力を有するものであり、その「契約」を書面で確認するものが「契約書」である、という点から考えると、契約書は法律文書であり、お互いの「合意」が達成されるための内容である必要があります。他方で、契約書の目的が達成されない可能性もあるので、その場合のリスクを回避するために、取引に関して的確にリスクの分析がなされ、法的問題を含むリスクや問題が指摘されたうえで、解決策が表現されていることが重要になります。

 このような分析や解決策の提示が必要なので、契約書という法律文書を作成するには、単なる文書作成の技術を養成するだけでは足りず、法的分析力を養成することが非常に重要なのです。

ひな形を利用するだけではNG

 最近は、企業内でもほとんどの契約に関して、そのひな形が存在しており、それをそのまま利用することも多いようですが、それでは本来の意味での契約書の作成とはいえません。ひな形は、あくまでも取引に一般的に必要な事項は盛込まれてはいるものの、当事者間における取引は、さまざまな事情や状況が考慮されているため、すべてのケースに適用されるとはいえないからです。

 もちろん、契約書の中にはあらかじめその書式が定められているものや、一定の様式に基づき、十分な交渉もなされないまま、また、交渉という過程を経ないで締結する契約というものが多く存在しています。このように十分な交渉がなされなかったとしても、合意して、いったん契約書に署名・押印すれば、それは単なる合意に留まらず、法的には契約であり、当事者がその内容にそれぞれ拘束される取決めとなるのです。

 しかし、契約書を作成するということは、取引に関して当事者間で各当事者の権利義務、およびリスクの分担や回避を取り決めることであり、当事者間で発生する可能性のある紛争を予防するといった役割を果たすことです。そのために、取引当事者間で、十分に協議することが必要であり、契約書の作成とは、その協議の結果、合意した事項を当事者間で確認するという非常に重要な役割を果たすこととなります。

 このように十分に協議をして契約書を作成することによって、結果として紛争を未然に防止するという目的が達せられます。もし万一不幸にも紛争が生じ、当事者間での話合いなどでは解決できず、訴訟等となってしまった場合でも、契約書の交渉過程あるいは作成過程において、すでにリスク分析や基本的な法理論や法的問題の分析が済んでいると、このような紛争に対して、迅速に、また比較的容易に対応することが可能となるのです。これが契約書を締結する意義でもあり、また、契約書を作成することによる効果ともいえます。そのためにも、ひな形はあくまでも参考程度としておくべきでしょう。

契約書によるリスクマネジメント

予防法務としての契約実務

 法律実務は、紛争解決を目的とした訴訟や裁判外紛争処理手続などの訴訟実務と紛争予防のための予防法務に大別されますが、契約実務の世界では、紛争が発生した後の紛争処理のためにというよりは、どちらかというと紛争を未然に防ぐという、予防法務がそのほとんどを占めているともいえます。一方、訴訟実務の世界では、現実に紛争となった事案に関して、如何に紛争を解決するかという点に重きをおきながら、紛争処理のための訴訟技術や紛争処理を前提とした法的知識をもって、訴訟相手と戦うことが中心となっています。

 そのため、法曹実務家や法曹実務家になるための法理論は、どちらかというと訴訟実務に関するものが多いといえるのですが、予防法務が中心となる契約実務においては、訴訟を前提とした法理論だけでなく、紛争予防という目的を達成するための法理論も必要となります。

 契約書作成のプロセスの中で、将来発生することが予想されるクレームや紛争などをあらかじめ想定し、その対応策をあらかじめ考えておくということは、リスクの想定、リスク分析とリスク回避というリスクマネジメントを行なっていることになります。リスクマネジメントは紛争の未然防止ということだけでなく、取引の円滑な遂行のためにも重要なことです。また、リスクマネジメントを実践することは、最近のように企業経営にとって重要な課題となっているコンプライアンスにも繋がり、さらには適正な企業経営のための内部統制システムの構築と実践にも資することとなるでしょう。

 リスクの想定、分析などという対応策を考えておくことは、その後に紛争処理という事態になった際にも、様々な法的な分析がすでに行われていることから、迅速な紛争処理につながるというメリットがあるといえます。

 具体的な例をあげるとすると、危険負担の問題などであり、契約当事者間で、いずれの当事者の責めに帰することが困難な場合には、契約の目的物に関する滅失毀損などの危険に関する責任の移転時期を明確にしておけば、このような事態に遭遇した際に、裁判所の判断を仰ぐまでもなく、当事者間における合意により、その損害賠償責任の帰属が決まるというメリットがあります。

 このように、契約実務においては、取引上発生する可能性のある利益などの金銭的なものだけでなく、法の解釈などの法的リスクも含めた、あらゆるリスクを想定して、それぞれに対応した回避策など、紛争を予防することを目的とする必要があります。

 その中でも、それぞれの分析リスクに関して、訴訟に至った場合の立証責任の負担も含め、責任の取り方を明確にしておけば、法律や法律解釈に頼るのではなく、それを契約書に取り決めておくことで、当事者間で紛争が起きた場合でも、訴訟に至るリスクも減少することとなり、また、必要な証拠書類を用意しておくことにつながり、万一の場合に対応がしやすくなるというメリットがあるのです。

契約書に取り決めがなかった場合

 ただし、契約書において規定した立証責任を含むリスクの分担などは、当然のことながら、契約の当事者間においてのみ効力を有することとなり、もし当事者間に取り決めがなければ、法律の定めによることとなります。法律の定めによるということは、法の解釈の問題が発生し、最終的には裁判所等の判断に従うこととなります。したがって、当事者間であらかじめこれらを取り決めておくことにより、リスクの回避や紛争の解決が図られることとなり、これが契約実務のリスク管理の一面であるということです。

 実際には、このような契約書の作成ステップを、想定したすべてのリスクに適用することは現実的ではないでしょう。つまり、実際の契約交渉では当然に相手方がいるので、すべての事項に関して、自分に都合の良い契約書や有利な契約書を作成することはできませんが、想定リスクの重要度に応じて優先的に対応していくことで、リスクの負担責任は、その軽減、さらには紛争を未然に防ぐという「予防法務」を目的とした、契約書作成という契約実務の主要目的を達成することができるでしょう。

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