企業法務担当者のための英文翻訳レベルアップ勉強法

第3回 法律事務所に翻訳を依頼する際の留意点は何か

取引・契約・債権回収
山本 志織

第2回 英米法の知識をもとにどう適切な翻訳を当てるか」では、企業法務担当者も参考にできる英米法・英文契約の学習方法と、そのうえで行う法律翻訳のコツと留意点について述べました。今回は、企業法務担当者が法律事務所に翻訳を依頼する際の留意点について、法律事務所の翻訳者の視点から、以下のとおり述べます。
なお、本稿は、筆者個人の見解であり、筆者の所属する法律事務所の公式の見解ではありません。

法律事務所に翻訳を依頼する際の事前準備

社内・業界の特殊な用語を伝える

翻訳者は、企業内の特殊な用語を知らないことが多いです。また、仮に業界における特殊な用語を多用する文書であれば、その分野について用語を確認しなければならないこともあります。
①企業で使用しているけれども外部の人には把握しにくい特殊な用語、省略用語、固有名称等、②当該文書のみに関わる特殊な用語がある場合には、事前に翻訳依頼者から法律事務所や翻訳者へ伝えておくと、翻訳作業がスムーズに進みやすいです

法律事務所に送付するファイルの形式に気をつける

翻訳を依頼する企業が、法律事務所に翻訳対象文書を送付する際、PDFまたはワード版のいずれを送付すべきでしょうか。法律事務所が、字数・ワード数に基づいて金額を請求したり、作業に要する時間や労力を事前に見積もったりする際、ワード版には字数計算機能があるため、そちらのほうが便利です。企業がPDFを送っても、後で法律事務所からワード版を送付するようお願いすることがあります。

また、法律事務所でもPDFをワードに変換するソフトを導入していることがありますが、変換過程で文字化けすることも多いです。その場合には、秘書が文字化け箇所を修正するなど、作業・時間・労力がかかります。

そのため、もしもワード版が存在するのであれば、ワード版を送付するほうが法律事務所としては手間をかけることなく、スムーズに仕事を進めることができる場合が多いです

法律翻訳の依頼にかかる費用

請求方法には、時間ベースと分量ベースがある

法律事務所の翻訳作業は、①時間に基づいて請求する場合と、②字数・ワード数(分量)に基づいて請求する場合があります

時間に基づく請求の企業側から見たメリットとしては、翻訳者が短時間で翻訳できれば請求額が少なくて済みます。デメリットとしては、経験年数が浅く比較的作業に時間のかかる翻訳者であったり、慣れない分野・業界に関する文書で用語を逐一確認する必要があったり、項目の多い表を作成しなければならない文書であったりする場合には、時間がかかり、請求額も増えてしまいます。

字数・ワード数(分量)に基づいて請求する場合には、個々の翻訳者の作業時間や効率性に関わらず、当該翻訳文書の分量に相応の金額が請求されるというメリットがあります。なお、字数・ワード数(分量)に基づいて請求する場合には、翻訳対象文書の字数・ワード数を基準とする場合と、翻訳成果物(結果としてできあがる翻訳)の字数・ワード数を基準とする場合があります。

請求方法 メリット デメリット
時間 翻訳者が短時間で翻訳できれば、少ない金額で済む 下記の場合には、時間がかかり請求額も増える
  • 経験年数が浅く比較的作業に時間のかかる翻訳者
  • 慣れない分野・業界に関する文書で用語を逐一確認する必要がある
  • 項目の多い表を作成しなければならない文書
字数・ワード数(分量) 個々の翻訳者の作業時間や効率性に関わらず、当該翻訳文書の分量に相応の金額が請求される -

いずれにせよ、どのような請求方法を採用しているかは、法律事務所により方針が異なります。

法律事務所に依頼する翻訳は、弁護士によりレビューされる

法律事務所に翻訳を依頼する場合には、通常、弁護士が翻訳をレビューするため、翻訳会社やフリーランスの翻訳者に依頼するよりも、高品質で法的にも正確な翻訳を期待することができる場合が多いです。レビューする弁護士は、日本の資格者である場合もありますし、米国ロースクールに留学していた弁護士、米国弁護士資格も保有している弁護士である場合もあります。また、米国人弁護士がレビューすることもあります。

請求額は、弁護士の作業も加算するため、その分高くなる可能性があります。法律事務所に翻訳依頼する場合には、弁護士レベルの非常に高い正確性を期待できますが、そのような高品質のサービスのために、少なくとも一定の(レベルに見合うだけの相場の)金額は見込んでおく必要があります
4に後述するとおり、法律文書の翻訳は企業の事業や宿命にも大きな影響を与えうる重要な作業のため、金額を抑えるために相場から見ても安すぎる(評判のよく分からない)翻訳者に依頼することは、おすすめできません。

法律翻訳に要する時間と依頼の工夫

十分な作業時間を見込む

企業法務担当者が法律事務所に翻訳を依頼する際には、窓口となっている法律事務所の弁護士と打ち合わせのうえ、可能であれば早急な期限ではなく、十分な作業時間を見込むことをおすすめします

法律事務所で実際に翻訳を担当するのは、パラリーガル、翻訳スタッフ、弁護士とさまざまですが、翻訳という作業自体が、正確に行う必要のあるものである以上、一定の時間がかかります。翻訳文書のもつ取引上の重要性や潜在的な影響を考えると、翻訳は非常に注意深く行わなければならない重要な作業です。

法律翻訳に関する翻訳文書は、何十ページにもわたることもありますが、一言一句が完璧に正確に訳されていないと、翻訳依頼者である企業が紛争に巻き込まれたり、損失を被ったりする可能性もあります。たった一つの用語を見逃したり、省いたり、誤訳してしまっただけでも、契約の効力が異なってくるため、当事者間の取引に大きな影響やトラブルを発生させかねません。

翻訳を正確に行うには、可能であれば複数の者により、全体を複数回レビューすべきであり、一定の時間を要します。
たとえば、何十、何百ページもの分量のある長い契約書や目論見書などの翻訳作業の場合には、法律事務所の業務状況も考慮したうえで、場合によっては数週間や一か月単位で時間を見込んでいただけると、作業がしやすい場合もあります。

また、翻訳スタッフやパラリーガルが翻訳ドラフトを完成させるまでには一定の時間がかかりますが、弁護士が全体をレビューするための時間をも見込む必要があります。スタッフレベルで作成した翻訳がきちんとしたものであれば、弁護士によるレビューの時間や手間と加算される請求額も少なくて済みますから、スタッフレベルの翻訳者が優秀であることが、単価云々に関わらず、結果的に翻訳依頼者である企業にとっても大きなメリットになります。

先行提出やサマリーを依頼する方法もある

翻訳を依頼する際には、企業も時間との戦いである以上、急ぎの場合もあると思います。そういう場合には、たとえば翻訳対象文書の最重要の条項を先に翻訳してほしいとか、場合によっては何十、何百ページもある法律文書全部ではなく、一部分や特定部分のサマリーを作成してほしいと依頼する方法もあります

サマリーを作成する場合も、結局は英文を和文化するのであれば翻訳の作業を伴う以上、弁護士が担当するとしても、パラリーガルが担当するとしても、あるいは弁護士とパラリーガルとの共同作業で行うとしても(たとえば、パラリーガルが一部分翻訳ドラフトを作成したうえで弁護士が最終的にそれをアレンジするなど)、当該作業は、その法律事務所における、翻訳実務に精通した担当者が行う必要があります。

法律翻訳の重要性の認識

翻訳を依頼する企業法務担当者においては、高品質で正確な翻訳がいかに重要であるか、十分に認識していただけましたら幸いです

たとえば、日本企業が海外の会社と取引する際に、まず和文契約を作成し、それを英文翻訳して、英文契約を締結するに至った場合、外国の会社が英文契約に依拠して、下手に翻訳された箇所(たとえば、曖昧に英訳された英文契約の条項)を取りあげ、たとえ日本人から見たら言いがかりだと思われるような主張であっても、日本企業に不利であって自社に有利な解釈を主張してくることがあります。

英文契約に完全合意条項があり、外部証拠を解釈に利用することのできない場合もそうですが、書面を重視し、客観主義を採用する英米法の下では、英文契約の文言は当該用語が通常使用されている意味に従って解釈するといったルール(plain meaning rule)もあるため、たとえ単に翻訳が不適切であっただけだとしても、紛争解決機関(特に紛争解決機関が外国の裁判所や仲裁機関であり、判断するのが日本人でなく英語ネイティブの外国人である場合)が、当該英訳(書面)どおりに解釈し、最終的には日本企業が不利益や損失を被る可能性すらありえます。日本企業にとっても、当該紛争にかかる費用や敗訴した場合の賠償金として、何千万円、何億円といった規模の支払いを強いられ、それ以上に将来的に事業や経営にも影響が生じることもあるかもしれません。

そのため、重要な文書の翻訳については、正確できちんとした翻訳ができる優秀な翻訳者(パラリーガル、翻訳スタッフ、弁護士)のいる法律事務所に依頼することが、結果的に、ビジネスにとって最適の判断となると思います。


いままで、この連載では、筆者の法律事務所における翻訳者としての経験をベースとしつつ、「企業法務担当者のための英文翻訳レベルアップ勉強法」というタイトルのもとで、「第1回 法律事務所の翻訳者はどんな業務をしているか」「第2回 英米法の知識をもとにどう適切な翻訳を当てるか」「第3回 法律事務所の翻訳を依頼する際の留意点は何か」というテーマを取り扱ってきました。これらの記事が、企業法務担当者にとって、英文翻訳・英米法の勉強方法や、法律事務所への翻訳の依頼方法などについて、何かしらのヒントになり、お役に立てましたら、大変幸いです。

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