民法改正(債権法改正)と不動産取引への影響

第9回 賃貸借契約に関する民法改正の概要と留意点(その3) 賃貸人たる地位の移転・敷金の移転等

取引・契約・債権回収
猿倉 健司弁護士

はじめに

 2017年5月26日に、民法(債権法)の改正法案(以下「改正民法」といいます)が成立し、2020年4月に施行されることになりました。

 不動産賃貸借契約やその他の不動産取引において用いられている契約書は、現行の民法を前提に作成されていますが、改正民法には、現行民法とは大きく異なる規定が多数存在しています。そのため、今後は、現在使用している契約書の各条項について、改正民法でどのように変わるのかを確認したうえで適切に見直すことが必要不可欠となります。

不動産賃貸借における主な改正事項(順不同)

  1. 賃貸借の存続期間の伸長
  2. 不動産賃貸借の対抗力
  3. 賃借人による妨害停止等の請求権
  4. 【上記1~3が第7回「賃貸借契約に関する民法改正の概要と留意点(その1)」】
  5. 敷金・権利金(敷金等の承継を含む)
  6. 転貸借・サブリース(賃借人による民泊経営も含む)
  7. 損害賠償請求権・費用償還請求権の行使期間制限
  8. 【上記4~6が第8回「賃貸借契約に関する民法改正の概要と留意点(その2)」】
  9. 賃貸人たる地位の移転
  10. 賃貸人の修繕義務、賃借人による修繕権
  11. 賃借不動産の一部滅失等による賃料の減額
  12. 賃借人の減収による賃料減額請求権
  13. 賃借不動産の全部滅失等による賃貸借の終了
  14. 賃貸借終了後の原状回復義務・収去義務
  15. 貸借保証(極度額の設定、情報提供義務等)
  16. 不動産投資ローン保証(公正証書作成義務等)

 前回から、不動産賃貸借契約に関する民法改正の概要および実務への影響・留意点について解説しています。

 本稿においても、引き続き、不動産賃貸借契約に関する民法改正の概要および実務への影響・留意点について解説いたします。

 なお、本稿においては、改正の概要および実務上の問題点について網羅的に詳細を解説するものではなく、その概要とポイントについて述べることといたします。

不動産賃貸借契約に関する民法改正の概要(前回の続き)

賃貸不動産の譲渡に伴う賃貸人たる地位の移転(改正民法605条の2第1項)

改正民法605条の2(不動産の賃貸人たる地位の移転)
  1. 前条(注:不動産賃貸借の対抗力)、借地借家法第10条又は第31条その他の法令の規定による賃貸借の対抗要件を備えた場合において、その不動産が譲渡されたときは、その不動産の賃貸人たる地位は、その譲受人に移転する。
  2. (略)【後記参照】
  3. 第1項又は前項後段の規定による賃貸人たる地位の移転は、賃貸物である不動産について所有権の移転の登記をしなければ、賃借人に対抗することができない。

 賃貸不動産の所有権が移転した場合に、当該不動産の所有権が移転するほか、賃貸人たる地位にどのような影響があるのでしょうか。

 判例では、対抗要件を備えた賃貸不動産の所有権が移転した場合、特段の事情のある場合を除き、旧所有者(譲渡人)と新所有者(譲受人)との間で賃貸人たる地位を移転する合意がなくても、賃借人と旧所有者(譲渡人)との間の賃貸借関係は新所有者(譲受人)に当然に承継されるものとしています(大審院大正10年5月30日判決・民録27輯1013頁)。この、「特段の事情のある場合」の意味、その他同判例の内容については、2-2(2)で後述します。

 改正民法605条の2第1項は、このような判例を明文化したものです。

賃貸不動産の所有権

 なお、不動産の地上権者が賃貸人である場合における地上権の譲渡についても、同様に、改正民法605条の2の規定が適用(あるいは類推適用)されることが指摘されています(法制審議会民法(債権関係)部会 部会資料69A「民法(債権関係)の改正に関する要綱案のたたき台(4)」46頁、法務省民事局参事官室「民法(債権関係)の改正に関する中間試案の補足説明」451頁)。

【法務省民事局参事官室「民法(債権関係)の改正に関する中間試案の補足説明」451頁(法制審議会民法(債権関係)部会 部会資料69A「民法(債権関係)の改正に関する要綱案のたたき台(4)」46頁も同旨)】
  • 所有者が賃貸人である場合が典型例であると見て、その場合における当該所有権の譲受人に関する規律を定めたものであるが、地上権者が賃貸人である場合における当該地上権の譲受人についても同様の規律が妥当すると考えられる。

 本条項が適用される(すなわち、賃貸不動産が譲渡されたときに賃貸人たる地位も移転する)には賃貸借の対抗要件を備えることが必要となります。この対抗要件には、改正法605条に定める賃借権の登記のほか、借地借家法10条、31条その他の法令の規定による賃貸借の対抗要件が含まれることが明示されています。ここでいう「その他の法令の規定」としては、たとえば、農地法16条などが挙げられています。

農地法16条(農地又は採草放牧地の賃貸借の対抗力)
  1. 農地又は採草放牧地の賃貸借は、その登記がなくても、農地又は採草放牧地の引渡があったときは、これをもってその後その農地又は採草放牧地について物権を取得した第三者に対抗することができる。
  2. (以下、略)

賃貸人たる地位の移転の留保(改正民法605条の2第2項)

改正民法605条の2(不動産の賃貸人たる地位の移転)
  1. (略)【前記参照】
  2. 前項の規定にかかわらず、不動産の譲渡人及び譲受人が、賃貸人たる地位を譲渡人に留保する旨及びその不動産を譲受人が譲渡人に賃貸する旨の合意をしたときは、賃貸人たる地位は、譲受人に移転しない。この場合において、譲渡人と譲受人又はその承継人との間の賃貸借が終了したときは、譲渡人に留保されていた賃貸人たる地位は、譲受人又はその承継人に移転する。
  3. 第1項又は前項後段の規定による賃貸人たる地位の移転は、賃貸物である不動産について所有権の移転の登記をしなければ、賃借人に対抗することができない。

(1)賃貸人たる地位の移転を留保する実務上の必要性

 不動産の流動化事業等において、所有不動産を信託銀行等に信託譲渡し、当該不動産から発生する経済的利益(賃料収入等)を受け取る権利(信託受益権)を売買する取引がみられます。

 このような場合に、賃貸人たる地位を譲渡人に留保しておくという一定のニーズがあると言われています(ただし、賃貸人たる地位を譲渡人に留保する手法は、譲渡人の倒産リスクを隔離する、会計上、真正売買であることが否定されないようにする等の観点からはマイナスの面があるため、賃貸人たる地位を譲渡人に留保するニーズは限定的なものとなるのではないかとの指摘もあります)(望月治彦『賃貸借に関する民法改正審議の過程をめぐる備忘録的なメモ』(土地総合研究2015年秋)52頁参照)。

 たとえば、譲受人(信託の受託者)が賃貸人としての義務(修繕義務や費用償還義務等)を負わないことを前提とするスキームを構築する必要がある場合、譲受人(信託の受託者)が委託者(譲渡人)等に対して賃貸管理を委託するだけでは足りず、賃貸人たる地位を譲渡人に留保しておく必要がある旨指摘されています(法制審議会民法(債権関係)部会 部会資料69A「民法(債権関係)の改正に関する要綱案のたたき台(4)」46頁、法務省民事局参事官室「民法(債権関係)の改正に関する中間試案の補足説明」451頁・452~453頁)。  

【法制審議会民法(債権関係)部会 部会資料69A「民法(債権関係)の改正に関する要綱案のたたき台(4)」46頁(法務省民事局参事官室「民法(債権関係)の改正に関する中間試案の補足説明」451頁も同旨)】
  • 実務では、例えば賃貸不動産の信託による譲渡等の場面において賃貸人の地位を旧所有者に留保するニーズがあり、そのニーズは賃貸人の地位を承継した新所有者の旧所有者に対する賃貸管理委託契約等がされたという構成によっては賄いきれない。すなわち、例えば賃貸管理のノウハウを持たない新所有者が旧所有者にそれを委託するのみであれば、賃貸人の地位自体は新所有者に承継させた上で、賃貸人である新所有者が旧所有者との間で賃貸管理委託契約等を締結すれば足りるが、賃貸不動産の信託による譲渡等の場面においては、新所有者(信託の受託者)が修繕義務や費用償還義務等賃貸人としての義務を負わないことを前提とするスキームを構築するニーズがあり、賃貸管理委託契約等を締結することではそのニーズに応えることができず、賃貸人の地位自体を旧所有者に留保する必要がある。

(2)賃貸人たる地位の移転を留保するための要件(判例)

 判例は、対抗要件を備えた賃貸不動産の所有権が移転した場合であっても、“特段の事情がある場合”には、賃貸人たる地位が譲渡人から譲受人に移転しない(賃貸人たる地位は留保される)ことがあるとしています。

 しかし、旧所有者と新所有者の“賃貸人たる地位を旧所有者に留保する旨の合意”があったとしても、それがただちには“特段の事情”には当たらないと判断されました(最高裁平成11年3月25日判決・判タ1001号77頁)。

【最高裁平成11年3月25日判決・判タ1001号77頁】
  • 本件は、建物所有者から建物を賃借していた被上告人が、賃貸借契約を解除し右建物から退去したとして、右建物の信託による譲渡を受けた上告人に対し、保証金の名称で右建物所有者に交付していた敷金の返還を求めるものである。
  • 自己の所有建物を他に賃貸して引き渡した者が右建物を第三者に譲渡して所有権を移転した場合には、特段の事情のない限り、賃貸人の地位もこれに伴って当然に右第三者に移転し、賃借人から交付されていた敷金に関する権利義務関係も右第三者に承継されると解すべきであり(略)、右の場合に、新旧所有者間において、従前からの賃貸借契約における賃貸人の地位を旧所有者に留保する旨を合意したとしても、これをもって直ちに前記特段の事情があるものということはできない。

 その背景としては、新所有者・旧所有者間の合意のみで賃貸人たる地位を旧所有者に留保できることとしてしまうと、賃借人の関与しないところで賃借人は所有権を失った旧所有者との間で転貸借の関係に立つことになり、新所有者・旧所有者間の契約関係が債務不履行解除等によって消滅すると、賃借人が明渡しを強いられるという不合理な状況が発生する可能性があるという問題がありました(法制審議会民法(債権関係)部会 部会資料69A「民法(債権関係)の改正に関する要綱案のたたき台(4)」47頁、法務省民事局参事官室「民法(債権関係)の改正に関する中間試案の補足説明」453頁)。

【法制審議会民法(債権関係)部会 部会資料69A「民法(債権関係)の改正に関する要綱案のたたき台(4)」47頁(法務省民事局参事官室「民法(債権関係)の改正に関する中間試案の補足説明」453頁も同旨)】
  • 現行法の規定では、賃貸人の地位を留保したまま賃貸不動産の所有権のみを移転させると、賃借人は所有権を失った旧所有者との間で転貸借の関係に立つこととなり、その後に新所有者と旧所有者との間の法律関係が債務不履行解除等によって消滅すると、賃借人は新所有者からの明渡請求等に応じなければならないことになってしまう(上記判例もこれを理由として、旧所有者と新所有者の合意だけでは「特段の事情」に当たらないとしている。)。そこで、賃貸人の地位の留保を認めるに当たっては、自らの意思とは無関係に転借人と同様の地位に立たされることとなる賃借人の不利益に配慮する必要がある。

(3)賃貸人たる地位の移転を留保するための要件(改正民法605条の2第2項前段)

 改正民法605条の2第2項前段(新設)は、上記のような判例を踏まえて、旧所有者に賃貸人たる地位を留保するためには、

  1. 新・旧所有権者間(譲渡人・譲受人間)の賃貸人たる地位を留保する旨の合意
    に加え、
  2. 新・旧所有者間で新所有者を賃貸人、旧所有者を賃借人とする賃貸借契約の締結

が必要であるとしました(法務省民事局参事官室「民法(債権関係)の改正に関する中間試案の補足説明」451頁)。

【法務省民事局参事官室「民法(債権関係)の改正に関する中間試案の補足説明」451頁】
  • 賃貸人たる地位の留保の要件について、判例(最判平成11年3月25日判時1674号61頁)は、留保する旨の合意があるだけでは足りないとしているので、その趣旨を踏まえ、留保する旨の合意に加えて、新所有者を賃貸人、旧所有者を賃借人とする賃貸借契約の締結を要件とし、その賃貸借契約が終了したときは改めて賃貸人たる地位が旧所有者から新所有者又はその承継人に当然に移転するというルールを用意することとしている。

 そのため、改正民法においては、賃借人から賃貸人の地位の留保の承諾を取得することが不要となり、承諾を取得するための手続を省力化できることになります。

(4)賃貸人たる地位の移転を留保した場合の権利関係(改正民法605条の2第2項後段)

 また、改正民法605条の2第2項後段は、譲渡人と譲受人(またはその承継人)の間の賃貸借が終了したときは、譲渡人に留保されていた賃貸人たる地位は、譲受人(またはその承継人)に当然に移転することとしました。

 これにより、不動産賃借人は、新・旧所有者間(譲渡人・譲受人間)でどのような取決めがなされようと、譲渡人と譲受人間の原賃貸借契約終了時に賃貸不動産を明け渡す必要がなくなり、従来の内容で賃借人としての地位を保つことができるようになりました。

賃貸人たる地位の移転に伴う敷金等の承継(改正民法605条の2第4項)

 この点については、本連載第8回「賃貸借契約に関連する改正の概要と留意点(その2) 【敷金・保証金、転貸・民泊経営等】」で説明したとおりです。

 改正民法605条の2第4項は、賃貸不動産の譲渡等により賃貸人たる地位が移転した場合に、敷金返還債務および費用償還債務が新所有者に当然に移転することとしました。

 もっとも、賃貸不動産の新所有者に移転する敷金の範囲について、敷金全額が移転するのか、それとも旧所有者の未払賃料等に敷金を充当した残額が移転するのかは、引き続き解釈・運用または個別の合意に委ねることとされました(法制審議会民法(債権関係)部会 部会資料69A「民法(債権関係)の改正に関する要綱案のたたき台(4)」48頁)。

賃貸人たる地位の移転に伴う敷金等の承継

 この点の実務対応については、猿倉健司『不動産業・建築業の債権法改正対応 第5回 不動産賃貸業(その1)』(ビジネス法務2018年6月号)101頁等をご参照ください。

合意による賃貸人たる地位の移転(改正民法605条の3)

改正民法605条の3(合意による不動産の賃貸人たる地位の移転)
不動産の譲渡人が賃貸人であるときは、その賃貸人たる地位は、賃借人の承諾を要しないで、譲渡人と譲受人との合意により、譲受人に移転させることができる。この場合においては、前条第3項及び第4項の規定を準用する。

改正民法605条の2(不動産の賃貸人たる地位の移転)

3 第1項又は前項後段の規定による賃貸人たる地位の移転は、賃貸物である不動産について所有権の移転の登記をしなければ、賃借人に対抗することができない。


4 第1項又は第2項後段の規定により賃貸人たる地位が譲受人又はその承継人に移転したときは、第608条の規定による費用の償還に係る債務及び第622条の2第1項の規定による同項に規定する敷金の返還に係る債務は、譲受人又はその承継人が承継する。

 改正民法605条の3前段(新設)は、賃借人の承諾を要せずに、賃貸不動産の譲渡人と譲受人の合意のみで、賃貸人の地位を譲受人に移転することができるということを規定しました。

 改正民法605条の3後段(605条の2第3項、4項を準用)は、譲受人(新所有者)が賃貸人の地位の移転を賃借人に主張するには、賃貸不動産につき所有権移転登記が必要であること、また、賃貸人の地位の移転とともに費用償還債務、敷金返還債務も譲受人(新所有者)(またはその承継人)に移転することとしています。

 この条項は、改正民法605条の2第1項に規定する「賃貸借の対抗要件を備えた」とはいえない賃貸不動産の所有権を移転する場合でも、賃貸不動産の譲受人と譲渡人の合意のみで、賃借人の承諾を得ることなく、賃貸人たる地位の移転を賃借人に移転できることを明確にしたものです。

 駐車場敷地の賃貸借など、賃借人が通常対抗要件を具備しないような不動産賃貸借契約について、実益があると考えられています。

合意による賃貸人たる地位の移転

おわりに

 次回以降も、引き続き、不動産賃貸借契約に関する民法改正の概要および実務への影響・留意点について解説いたします。
 平成30年3月30日に、国土交通省から、民法改正等を踏まえた『賃貸住宅標準契約書』の改定が公表されていますので、その内容についても確認しておくことが必要となります。その詳細についても、解説いたします。

 参照:国土交通省「民法改正等を踏まえ「賃貸住宅標準契約書」等を改定しました!

 なお、本連載では、不動産売買契約・建築請負契約に関する民法改正の概要および実務への影響・留意点について解説していますので、ご参照ください。

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