社長の辞任にまで及んだ電通の過労自殺事件が示唆すること

人事労務
片桐 さつき

 2016年12月28日、過労自殺の問題を受け、電通の石井社長は今年1月に引責辞任する旨を明らかにし、記者会見で深々と頭を下げた。そして今年5日、経団連、経済同友会、日本商工会議所により開催された新年祝賀パーティーで、安倍首相は「働き方改革断行の年にする」と発言し「先頭にたって、働き方の根っこにある文化を変えてほしい」と参加していた経営者に力強く伝え、同時に賃上げに関する取り組み強化についても言及した。いまや企業にとって働き方改革に関する取り組みは急務だ。

 この電通の事件に端を発し、長時間労働についての問題意識は社会的にも格段に上がった。しかし、安倍首相の言う「働き方の根っこにある文化」はそう簡単には変わらない。実際、電通では強制的に残業規制をしても、終わらない業務を自宅に持ち帰る社員が後を絶たないと言う。会社は「早く帰れ」と言い、社員は「それでは終わらないから自宅で仕事をする」という流れだ。これは電通に限らずどこの企業でも散見される風景だが、なぜ人はそこまでして「仕事」をするのだろうか

 これには2つの要因があるのではないか。1つは、畏怖だ。明らかにキャパシティを超える業務であっても、業務が終わらないと上司に叱られる、ダメなヤツだと思われるといったネガティブな動機。もう1つは必要以上の熱意。その仕事にかける情熱に溢れ、仕事をしていないと不安になるという、ワーカホリックとも言える、ある意味企業にとってはポジティブな動機である。前者の場合は電通の事件に当てはまる要因であり、後者の場合、会社内の評価は一時的に高くても長期的に見て体や心にとどまらず、その人の人生そのものを壊してしまう要因になり得るものだ。どちらにしても、その行き過ぎは企業にとってプラスになるものではない。

 それでは、企業はどうすべきなのか。働き方改革は、企業の「制度改革」だけでは成功しないということだ。人事制度や労働管理制度だけを変えても、仕組みが変わるだけで働く人の「根っこ」は何も変わらない。まず重要なのは「働く動機」だ。もちろん賃金も重要だが、自分の業務の社会的意義を腹の底で理解する必要がある。ただ、各々違う職種に就く従業員に対し、企業側がその業務の社会的意義を理解させることは容易なことではない。しかしそれを可能にするものが日本企業には古くから存在する。それが「経営理念」「企業理念」なのではないだろうか。社会の役に立つ企業であるための理想の姿を多くの企業が理念で掲げている。長期的な取り組みになるかもしれないが、活用次第では十分業務の動機づけと繋がるのではないか。こうした社会的意義に気付かせる取り組みと併せて、人生そのものを充実させていくワークライフバランスの正しい捉え方を浸潤させる必要もあろう。制度面の仕組みだけではなく、働く人の精神に響く取り組みがなければ働き方改革は実現しない。

 これは従業員だけではなく、サプライヤーに対しても同じだ。取引先等に対し、業務の社会的意義とは関係なく、自己都合で無茶な「働かせ方」をさせていないだろうか?家族と過ごすべき相手の時間を奪い、強制労働をさせていないだろうか?これは現代奴隷法に関わる重大な問題である。そして、誰もが自分の行動を見つめ直す点は多いはずだ。

 電通の過労自殺事件は「長時間労働の是正」だけを語るべきではない。持続的に利益を上げ、企業価値を向上させながら自社を存続させていくためにも、この問題をもっと広く深く捉えるべきなのではないだろうか。

本記事は、株式会社ディスクロージャー&IR総合研究所が発行している「研究員コラム」の内容を転載したものです。
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