弁護士から人事へ - 異色の経歴を持つアドビ人事部長

人事労務

 近年、日本において「女性活躍」という言葉をよく耳にするようになりましたが、数年前から外資系企業などを中心に「ダイバーシティ」という概念が発信されてきました。ダイバーシティという考え方の1つに、女性の管理職への登用など「女性活躍」の考え方が含まれているわけですが、先進企業では、一体どのようにダイバーシティを実践しているのでしょうか。

 今回は米国ニューヨーク州の弁護士資格を保有しながらも、アドビ日本オフィスで人事部長を務めるキム・ブロンスタイン氏にお話を聞きました。現在は法務の領域ではなく、人事という領域で仕事に臨むキム氏に、キャリアの考え方や現在の仕事内容について取材する中で、ダイバーシティに対する考え方が見えてきました。

(写真:アドビ システムズ 株式会社 人事部 人事部長 キム・ブロンスタイン氏と法務部メンバーの皆さま)

「男女」と「思考」における多様性

人事部の体制や業務内容について教えてください。

 アドビは人事の組織が年々変化を遂げています。昨年はグローバルで革新的な組織編成を行いました。カスタマーサポート部と人事部の2つの部門を統合し、1つの部門としたのです。社内の従業員の環境を考える人事部だけでなく、お客さまの満足度の向上を考えていくカスタマーサポート部が人事の組織の一環となっている企業はほとんどありませんので、先進的な例と言えるのではないでしょうか。

 私はこの日本の人事部を統括しています。私の部署には、社内の各部署と密接に連携する人事ビジネスパートナーと、いわゆる通常の人事業務を担当する人事ゼネラリスト、そのほかに採用担当者がいます。

どうしてカスタマーサポート部と人事部の2つの部門を統合したのでしょうか。

 アドビは、お客さまに「アドビを使って素晴らしい体験をしてもらうこと」を常に考えています。これまでの人事部では、「素晴らしい仕事環境で、素晴らしい体験をした従業員の経験は、お客さまの満足度を高めることにつながるであろう」という考えに基づいて、従業員が仕事において素晴らしい体験ができるよう取り組んできました。

 また、アドビのビジネスの変化はとても速く、数年前までは箱売りのパッケージソフトウェアでしたが、現在はソフトウェアをサービスとして提供するビジネスモデルに変革しています。その結果、全ての製品に対してリアルタイムで更新を続けていく環境となりました。人事部門としても、変化し続けて拡大していかないと、人事のビジネスが会社のビジネスに置いていかれてしまうと考えています。

 このような理由から、人事部はアドビにとって真のビジネスパートナーであるためにも、積極的かつ革新的な組織体制とすべく、人事部だけでなく、カスタマーサポート部も統合することによって、包括的な視点でお客さまの満足度を高めていきたいと考えています。

御社では、ダイバーシティという観点を重視されているように思いますが、人事部の立場として、どのようにダイバーシティを実践しているのでしょうか。

 グローバルな視点から捉えても、社内の環境をより多様化させていくことは重要です。私は日本の人事部長として、まずは女性が増えるとともに多様な人材を呼び込むような採用計画を考えています。具体的には、採用面接の際には多様なメンバーで面接し、さらには福利厚生を充実させ、多様性に富む職場を築いていくことへのコミットメントを示すことでアドビのブランドを高め、より多様な人材からの応募が来るようにする必要があると考えています。

女性の雇用以外にダイバーシティを考えていく中で取り組まれていることはなんでしょうか。

 アドビでは、多様な人材の開発と、開放的な職場環境の構築を重視していますが、主に2つの観点で注力しています。1つは、男女という意味での多様性、もう1つは思考における多様性です。異なる背景や異なる視点の人々を抱擁する職場を構築しようと心がけています。現在、グローバルで「偏見を打破しよう」というトレーニングを実施しており、従業員が職場でどのようにして偏見を特定し解消していくのか、サポートしています。

 アドビは去年、「アドビ女性サミット」をカリフォルニア州でスタートさせ、世界中から多くの従業員たちが集まって、ダイバーシティやリーダーシップについて学びました。今年も9月に2回目のサミットを開催する予定です。日本でも、女性たちのグループやワーキングマザーの従業員たちのグループがあり、お互いに情報共有しながら学び合い、交流しています。

 また、グローバルの取り組みとして、若い世代の女性技術者を育成するために、若い女性たちがプログラミングや技術を学ぶための組織を支援しています。日本では、女子高生たちがプログラミング技術を習得するイベントを支援しています。

教育制度は何か用意されているのでしょうか。

 ダイバーシティの面では、営業職および技術職の女性については、リーダーシップ研修プログラムをグローバルで用意しています。強力な潜在能力を持った従業員を特定して、1年間のリーダーシッププログラムを受けてもらいます。そのほかにも、リーダーシップスキルを学べる全従業員向けトレーニングや、管理職向け、上級管理職向けのトレーニングもあります。こちらは男性も女性も対象となっています。

 従業員のサポートについては、より良いワークライフバランスを取りやすいように、就業規則を常に改正しています。昨年、女性の産前産後休暇と男性の出生休暇について大幅に拡充しました。女性は産前産後休暇中の26週間は基本給を100%支給することにし、男性は10就業日の有給の出生休暇を設けることにしました。これは、日本の法定基準 1 よりも長い期間となっています。これは社内からも非常に評判がよかったです。現在アドビでは、米国を含めた14か国で、産前産後休暇と男性の出生休暇の制度を拡充させています。

素晴らしい取り組みですね。

 手前味噌ですが、アドビは働く上でよい環境だと思います。従業員の様々な体験を拡充し、満足してもらうことは、お客さまの満足度向上にも、貢献してくれることだと思います。ですから、アドビにおける従業員のエクスペリエンス(体験)をどのようにしたら良くしていけるのかを、包括的な視点から考えています。

アドビ システムズ 株式会社 人事部 人事部長 キム・ブロンスタイン氏

弁護士だから考えられたキャリアの選択肢

キムさんのこれまでのご経歴について教えてください。

 私は2006年に大学卒業後、ニューヨーク州のロースクールへ入学しました。2009年に卒業し、3年間、訴訟弁護士として勤めていました。すばらしい経験ではありましたが、私には訴訟があまりにも理屈っぽく思われました。私が弁護士になったのは、人々の状況を改善し、対立を解決するのを助けるためでしたが、解決に向けた仕事よりも相手方弁護士と法廷で論じることに自分の時間の多くを費やしていると感じました。その環境が私の個性と合っていなかったのです。

 法律分野で働くことは楽しかった一方、ものすごく競争的で議論第一の訴訟の本質を満喫してはいませんでした。数年たってから、自分のキャリアについて真剣に考え始めました。自分は何が好きで、どういうことがしたくて、今の仕事にハッピーなのか、満足しているのかなど、自分に問いかけました。そこで気づいたのは、「この先も訴訟を続けていくことが自分のやりたいことなのか」という疑問でした。そこで、では弁護士としてほかにどのような働き方があるのか、ロースクールで学び、訴訟弁護士として働いた知識や経験をもっていかに価値をもたらせることができるのかということを、さらに追求していきました。

 私は、弁護士が従事する伝統的な職種ではないものを探し始めました。そうして見えてきたのが、コンプライアンスは弁護士が貢献できる大きな分野の1つなのではないかということでした。私は、このチャンスをつかんで、伝統的な弁護士実務から離れてみることに決めました。自分の人脈を駆使して、どのようなビジネスチャンスがあるのかを検討し、最初に選択した企業は、企業の人事業務を委託される会社でした。これが、人事業務へ関与するファーストステップとなりました。

どのような業務を行っていたのでしょうか。

 私は、労務関係を専門にしました。これは、私がそれまで弁護士として取り組んできたことに似た仕事だったからです。従業員からの申し立てやコンプライアンス懸念事項を調査する仕事は、従業員や関係者に質問をしたり、書類や証拠を精査したり、問題を分析したりして、レポートを書いてクライアントの企業に今後の対応についてガイダンスを提供するなど、尋問・分析・書類精査・顧客管理といった弁護士として今まで培ってきた能力を発揮することができる場面が多くありました。そのほか、クライアント企業の就業規則に対して労働法規を遵守させるといった仕事や職場で対立した従業員たちの調停もありました。

 リーガルの教育を受けると、様々な視点から捉えるという能力が醸成され、リスクや負債を最小限化することができます。どのように人々と共感し、人々の状況を尊重したら良いのかを学ぶようになります。人事というポジションは従業員と企業の両方の視点で見ることが必要ですので、両方のバランスを探って、問題を解決していくことに活かすことができたと思います。

アドビに入社されてからはどのような経験を積まれてきたのでしょうか。

 アドビでは当初、従業員に対する労務コンサルタントを務めていました。2年間過ごしたところで、上司と次のステップを検討する段階になり、より幅広い視点で物事に携わりたいと思い、人事ビジネスパートナーというポジションに就き、米国とカナダの営業マネージャーたちをサポートしました。人事ビジネスパートナーとして1年ほど務めたところで、日本の人事部長のポストに空きが出て、日本の人事リーダーとなるチャンスが巡ってきました。これは、異なる文化を理解する機会になるかもしれないと思い、自ら手を挙げました。そうして、2016年6月から日本で働いています。

日米での職場環境を比較して、感じる違いは何かありますか。

 日本の従業員は仕事に対してとても献身的だと感じています。常に自分の中で最高だと考えるものをアウトプットするようにしている印象を持っています。日本の従業員は長時間働くことになるとしても、1つの仕事をその日に完成させようとします。米国の従業員も仕事に対して献身的ではありますが、自分の中で限界を設けていて、明日で大丈夫なものは明日と線引きしたりしています。

 献身的な従業員であることは大変すばらしいことです。とは言え、自分自身のウェルネスや家族との時間も大事ですから、自ら優先順位を付け、境界線を設けて、バランスを取っていくことは重要です。

リーガルのバックグラウンドはどのような場面で活きていますか。

 複雑な状況では、中立的な立場になり、すべての観点から問題を見つめることが重要です。リーガルのバックグラウンドのおかげで、直面する問題やチャレンジを分析して戦略的に考えることができ、アドビのリーダーたちにバランスの取れたアドバイスを提供できていると思います。

最後に、人事にキャリアチェンジされてよかったでしょうか。

 キャリアを変えてよかったと思っています。弁護士からのキャリアチェンジを考えた時には、リスクが大きそうに感じましたが、現在は非常に満足しています。

 私は、法学教育を通じて、ビジネスの様々な分野に適用できる重要なスキルと知識の基礎を習得できました。法律の学位を取得すれば、キャリアの選択肢が広がります。法律の学位を取ったら弁護士という道しかキャリアの選択肢がないわけではありません。法曹関係の方々が、何をしたいのか、どのように挑戦したいのか、1つの道に限定されることなく、よりフレキシブルにキャリアを考え、選択していくことを考えていってもらいたいと願っています。

ありがとうございました。

(取材、構成:BUSINESS LAWYERS編集部)

会社概要
アドビ システムズ 株式会社
日本オフィス所在地:東京都品川区大崎1-11-2 ゲートシティ大崎イーストタワー
代表取締役社長:佐分利ユージン
本社CEO(最高経営責任者):Shantanu Narayen(シャンタヌ ナラヤン)
※2017年4月末現在


プロフィール
Kim Bronstein(キム・ブロンスタイン)
アドビ システムズ 株式会社
人事部 人事部長
弁護士(米国ニューヨーク州)

  1. 労働基準法65条1項・2項では、使用者は6週間(多胎妊娠の場合は14週間)以内に出産する予定の女性が休業を請求した場合は、その者を就業させてはいけないと定めています。また使用者は、産後8週間を経過しない女性を就業させてもいけません(ただし、産後6週間を経過した女性が就業を希望した場合は、医師が支障ないと認めた業務に就かせることは、差し支えないとされています)。 ↩︎

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