新たに年俸制を導入する場合の留意点

人事労務
結城 優弁護士

 当社ではこれまで年功序列型の賃金制度を採用してきましたが、昨今の能力主義・成果主義の流れのなかで、年俸制の導入を検討しています。新たに年俸制を導入する場合の留意点について教えてください。たとえば、年俸制を導入した場合であっても、残業代は支払わなければならないのでしょうか。

 まず、年俸制を導入する場合には、制度の具体的な内容について検討・策定し、その内容を明確に規程化しておくことが重要です。また、年俸制の導入によって賃金等の労働条件に不利益が発生する場合、就業規則の不利益変更の問題が生じることに留意すべきです。なお、残業代抑制の方法として年俸制の導入を検討する企業は多いですが、年俸制それ自体には時間外労働の割増賃金を免れさせる効果はないことにも注意が必要です。

解説

年俸制とは

 まず、年俸制とは、「賃金の全部または相当部分を労働者の業績等に関する目標の達成度を評価して年単位に設定する制度」(菅野和夫「労働法」(第11版補正版)419頁(弘文堂、2017))などと定義される賃金制度で、大企業の上級管理職者を中心に相当程度広まっています。

 年俸制を導入した場合であっても、賃金は毎月1回以上一定期日払い原則(労働基準法24条2項)が妥当することから、12等分したうえで毎月支払われる例が多いですが、賞与部分を設ける例もあります。すなわち、年俸額を13以上に分割したうえで、そのうち12を各月の給与とし、残りを賞与という名目で支給することがあります。

 年俸制を導入する場合の最も基本的な留意点としては、対象者や年俸の構成、年俸の決定方法・手続、人事評価の基準、時間外労働等の取り扱いといった基本的事項について、「年俸制規程」や「賃金規程」などに明確に定めておくことが重要です。

 なお、年俸額が具体的に合意された後、当該年度途中に使用者がこれを一方的に引き下げることは許されないと解されています(シーエーアイ事件(東京地裁平成12年2月8日判決・労判787号58頁)。  

就業規則の不利益変更について

 次に、年俸制の導入により賃金等の労働条件に不利益が発生する場合、就業規則の不利益変更の問題が生じます。この場合、労働者の個別同意が得られなければ、就業規則の変更の合理性が求められることに留意すべきです(労働契約法9条、10条)。なお、変更の合理性については、労働契約法10条に列挙されている以下の諸要素に照らして判断されます。

  • 労働者の受ける不利益の程度
  • 労働条件の変更の必要性
  • 変更後の就業規則の内容の相当性
  • 労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情

 したがって、年俸制を導入することで賃金額が大幅に低下する労働者がいるような場合には、変更の合理性を満たすべく、適切な経過措置を設ける等の対応が必要となるケースもあります。

年俸制と割増賃金について

 年俸制を導入する企業に少なくない誤解として、「年俸制を導入した場合には時間外割増賃金は支払う必要がない」というものがありますが、これは誤りです。年俸制それ自体には時間外労働の割増賃金を免れさせる効果はありません

 このような誤解が広まっている背景としては、年俸制は仕事の成果に応じた賃金支払をしようとする制度であることから、割増賃金の支払いの必要がない管理監督者(労働基準法41条2号)や裁量労働者(労働基準法38条の3、38条の4)に適合しやすいといわれていることがあげられます。
 ただし、裁判所で管理監督者性が認められるためのハードルは、一般の企業が認識しているレベルよりも相当程度高いことには注意が必要でしょう。

 また、年俸制を導入する場合には、一般的な年俸制の場合、割増賃金や平均賃金の算定基礎に賞与部分も含まれることに留意すべきです。というのも、除外賃金(労働基準法37条5項、労働基準法施行規則21条)として認められる賞与は、定期または臨時に、原則として労働者の勤務成績に応じて支給されるものであって、その支給額があらかじめ確定されていないものであるとされているところ、あらかじめ年俸額が確定している年俸制の場合、これに当たらないからです(平成12年3月8日基収78号、裁判例としては中山書店事件(東京地裁平成19年3月26日判決・労判943号41頁)ロア・アドバタイジング事件(東京地裁平成24年7月27日判決・労判1059号26頁))。

 なお、当初から、年俸のうち時間外労働手当等に充当する部分を年俸制規程や賃金規程等で明確に定めておけば、その部分は割増賃金の算定基礎にならず、時間外労働手当等の定額払いとして扱うことはできます。ただし、この場合であっても、実際の時間外労働等が手当額に満たない場合には、使用者には差額支払い義務があります。

おわりに

 以上のとおり、年俸制の導入には様々な留意点があります。単に昨今の能力主義・成果主義の流れに合わせるという目的で安易に年俸制を導入することは危険です。各企業においては、現在の自社の賃金制度や企業風土等を踏まえた事前の十分な検討、制度設計が重要です。

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