退職した社員の不祥事が発覚した場合

人事労務
中村 仁恒弁護士

 退職した社員が経費を横領していたことが発覚しました。社員からの退職願を受理して退職としたのですが、これを撤回して懲戒解雇にできますか。また、社員が横領した経費の損害賠償請求はもちろんですが、支払った退職金の返還請求もできないでしょうか。

 懲戒解雇は現に労働契約が存続していることが前提となるので、すでに退職している場合には懲戒解雇することはできません。横領によって会社に生じた損害については、賠償請求が可能です。退職金の全額不支給・減額については、退職金規程等に全額不支給・減額条項が明記されていれば、全額不支給・減額(支払済みの場合は返還請求)が可能になる場合があります。ただし、退職金の全額不支給は相当重大な背信行為がなければ認められません。

解説

懲戒解雇について

 懲戒解雇は、企業秩序・規律違反に対する制裁としての解雇と整理されます。そして、解雇は使用者による労働契約の一方的な解約であるため、現に労働契約が存在していることが前提となります。よって、すでに退職願を受理して退職となっている以上は、懲戒解雇とすることはできません

損害賠償請求について

 労働者が横領や詐欺等の行為により、会社の経費等を使い込み、会社に損害を与えた場合には、会社に対する不法行為が成立します(民法709条)。そこで、会社は、損害額について労働者に損害賠償請求できます

退職金の全額不支給・減額について

全額不支給・減額規定の必要性およびその内容

 退職金請求権の有無、内容は個々の労働契約の解釈によって決定されます。そのため、退職金を全額不支給・減額(支払済みの場合の返還請求を含みます。以下同様)するためには退職金規程等に全額不支給・減額条項の明記が必要になります。


 実務では、「懲戒解雇した場合には退職金の全部または一部を不支給とする」という定めが置かれていることがありますが、この規定の仕方には問題があります。不祥事が明るみに出た場合、会社は事実の調査や懲戒処分のために必要な手続きをとりますが、それなりの時間を要します。そして会社による調査、手続きが始まると、労働者が辞職の意思表示をすることがままあります。

 労働者が使用者に対して辞職の意思表示をした場合には、期間の定めのない労働契約であれば、年俸制や完全月給制(遅刻、欠勤による賃金控除なし)の場合を除いて、2週間の予告期間を置けばいつでも退職できるとされています(民法627条1項。菅野和夫『労働法(第11版補正版)』704頁以下(弘文堂、2017))。

 他方で、懲戒処分には手続的な相当性が必要であり、就業規則や労働協約において懲戒処分のための手続(組合との協議、懲戒委員会に諮ること)が定められている場合には、その遵守が求められます。また、そうした定めがなくとも、最低限、弁明の機会の付与が必要であるとする見解が有力であり(前掲菅野675頁)、原則としてそうした手続きを経る必要があります。

 そこで、本問のように、退職後に不祥事が判明した場合だけでなく、在職中に不祥事が発覚した場合であっても、必要な事実調査、手続きが完了する前に、労働者が退職してしまうことがあります。そのような場合、上記の規定ぶりでは、退職金の全額不支給・減額に文言上の支障が生じます。これを回避するためには、「懲戒解雇相当の事由がある場合には退職金の全部または一部を不支給とする」のように定める必要があるのです。

 なお、すでに退職金を満額支給した場合であっても、退職金全額不支給・減額条項が存在し、退職金全額不支給・減額を相当とする事情があれば、退職金返還条項がなくとも退職金返還請求が可能と解されます(佐々木宗啓ほか編著『類型別労働関係訴訟の実務』390 頁〔鷹野旭〕(青林書院、2017))。

【退職金の全額不支給・減額をするための退職金規程】

×「懲戒解雇した場合には退職金の全部または一部を不支給とする」
→必要な事実調査、手続きが完了する前に、労働者が退職してしまうことがある

◯「懲戒解雇相当の事由がある場合には退職金の全部または一部を不支給とする」

全額不支給・減額規定に該当する背信行為の程度

 一般に、懲戒解雇を相当とする事情があれば、企業に対する一定の背信行為になりますが、その場合であっても退職金の全額不支給・減額はなお慎重に検討しなければなりません。退職金は、賃金の後払い的性格と功労報償的な性格を併せ持つと言われ(三晃社事件・最高裁昭和52年8月9日判決・労経速958号25頁等)、労働者の永年の功労を抹消または減殺したと評価するに足りるほどの背信行為があった場合に限って退職金の全額不支給・減額が認められると解されているからです。

 実際にも、後述の裁判例のように、懲戒解雇を有効と認めつつも、なお退職金の一部については支払いを要すると判示したものが多数ありますので、慎重な判断を要します。

 たとえば、企業に対する横領、背任その他の直接の背信行為であれば、退職金の全額不支給も有効となる可能性が高くなります。(日音退職金請求事件・東京地裁平成18年1月25日判決・判タ1234号125頁)は、会社に損害を与えることを認識しつつ、複数の従業員が一斉退職し、後任者への引継ぎを行わず、顧客データの持ち出し、データの消去などをして会社を混乱させ損害を与えた場合に退職金全額不支給を認めました。

 他方で、就業時間外の行為については、会社の信用を大きく毀損しかねない行為でも、退職金の全額不支給はなかなか認められません。(小田急電鉄会社(退職金請求)控訴事件・東京高裁平成15年12月11日判決・労判867号5頁) は、電鉄会社の社員が業務時間外に電車内で行った痴漢行為により複数回の刑事処罰を受けた事案において、懲戒解雇を有効としつつも、退職金については3割の支給が必要としました。

 また、ヤマト運輸事件・東京地裁平成19年8月27日判決・労経速1985号3頁は、運送会社の社員が業務時間外に行った酒気帯び運転で検挙された事案において、懲戒解雇を有効としつつも、退職金については3分の1の支給が必要としました。

おわりに

 労働者がすでに退職している場合には、懲戒解雇はできません。損害賠償請求および退職金全額不支給・減額(すでに退職金を支給済みの場合には退職金返還請求)を検討することになります。労働者の永年の功労を抹消または減殺したと評価するに足りるほどの背信行為があれば、退職金の全額不支給・減額が認められる場合がありますが、あらかじめ退職金全額不支給・減額条項を給与規程等に明記しておく必要があります。具体的な文言については、上記3-1をご参照ください。

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