賃金の非常時払いとは

人事労務
西中 宇紘弁護士

 当社では、毎月の給与の支払については「20日締めの25日払い」と定めており、毎月25日に前月21日~当月20日分の給与を支給しています。2018年2月2日に、当社の従業員から、「大雪のため自宅の屋根が抜けてしまい屋根の修理に多額の修理費用がかかるので、2月25日に支払われる給与1か月分を前借りさせて欲しい」との申し入れがされました。当社として、この申し入れにどう対応するべきでしょうか。

 従業員の「給与1か月を前借りさせて欲しい」という申し入れの趣旨を確認し、賃金の非常時払いを請求する趣旨であれば、1月21日~非常時払いをする日までの給与を支払う必要があります。他方、会社から1か月分の給与に相当する金銭を借り入れて2月25日に返済するという趣旨であれば、必ずしも申し入れに応じる必要はなく、会社において貸し付けるか否か判断することになります。

 従業員からの申し入れの趣旨を確認する際は、従業員自身が賃金の非常時払いを請求できることを認識していない可能性があるため、賃金の非常時払いを請求できることについて簡単に説明したうえで確認することが望ましいものと思います。

解説

賃金の非常時払いとは

賃金の非常時払いの概要

 労働基準法上、使用者は、労働者が出産、疾病、災害その他厚生労働省が定める非常の場合の費用に充てるために請求する場合においては、支払期日前であっても、既往の労働に対する賃金を支払わなければならないとされています(労働基準法25条)。このことを、賃金の「非常時払い」と呼びます。

 労働基準法24条2項において、使用者は、労働者に対し、賃金を毎月一回以上、一定の期日を定めて支払わなければならないとされているところ(いわゆる「定期払の原則」)、賃金の非常時払いの規制は、給与の支払期日前であっても、労働者に非常の出費を必要とする事態が生じた場合(非常の場合)には、労働者の請求により、例外的に賃金を繰り上げて支払うことを使用者に義務付けるものです。

非常時払い請求が認められる「非常の場合」

 労働者が非常時払いを請求することができる「非常の場合」として、労働基準法25条および労働基準法施行規則9条各号が、具体的に以下のような場合を規定しています。

労働者自身または労働者の収入によって生計を維持する者が、
ア 出産した場合
イ 疾病にかかった場合
ウ 災害を受けた場合
エ 結婚した場合
オ 死亡した場合
カ やむを得ない事由により一週間以上にわたって帰郷する場合

 「労働者の収入によって生計を維持する者」とは、事実上労働者の収入によって生計を維持するものであれば、親族関係にない同居人であってもこれにあたり、他方で、労働者の子であっても労働者とは独立して生計を営んでいるものはこれにあたらないと解されています。

 「疾病」には、業務上の疾病や負傷のみならず、業務外のいわゆる私傷病も含まれ、「災害」には、地震・大雪等の自然災害の場合も含まれると解されています。

非常時払いの対象となる「既往の労働に対する賃金」

 労働者が非常時払いとして、支払期日前に請求出来るのは、あくまですでに労務を提供した部分の賃金に限定されます。したがって、たとえば、設例にある2月2日の時点で2月5日の分の賃金を請求することはできないことになります。
 具体的な支払額については、対象部分について日割計算することになります。

支払日

 労働者が賃金の非常時払いを請求した場合に、使用者がいつまでに支払わなければならないかについては規定がなく、明らかではありません。もっとも、次に到来する給与の支払期日には支給を受けることができるのは当然であることから、使用者が次の給与支給日まで支払を待ってほしいということはできません。

 労働者としては、非常の事態により緊急の必要が生じたが故に非常時払いを請求していることから、請求を受けた使用者は、可能な限り速やかに支払うべきことになります。

非常時払いに応じない使用者に対するペナルティ

 労働者が非常時払いを請求したにもかかわらず、使用者がこれに応じない場合は、使用者は30万円以下の罰金刑に処されることになります(労働基準法120条1号)。

 また、使用者が非常時払いの請求に応じなかったために、労働者が損害を被った場合には、労働者は使用者に対して、民事上の損害賠償請求を行う余地があります。

設例について

 設例において、労働者は、「大雪のため自宅の屋根が抜けてしまい屋根の修理に多額の修理費用がかかる」ことを理由に、給与の前借りを申し入れており、労働者自身が大雪により災害を受けた場合であるため、非常時払い請求の要件である「非常の場合」(労働基準法25条)にあたります。

 他方で、「2月25日に支払われる給与1か月分を前借りさせて欲しい」との労働者の発言からは、単に前借りを申し入れる趣旨か、一部については賃金の非常時払いを請求する趣旨か、必ずしも明らかではありません。

 一般に、給与の前借りとは、給与の支払期日前に会社から給与相当額を借り入れるものであり、法的には会社との間で金銭消費貸借をすることを指します。前借りは、労務提供の有無を問わない点で賃金の非常時払いとは異なり、労働者からの前借りに応じるかどうかは当然ながら会社の自由な判断に委ねられます。

 したがって、設例においては、1月21日~2月1日までの分の給与については、労働者が非常時払いの請求をしている可能性があることから、会社としては労働者に申し入れの趣旨を慎重に確認して対応する必要があります。労働者は、賃金の非常時払いという制度そのものを認識していない可能性があり、会社が前借りと決めつけて申し入れを拒否した場合、後になって制度を理解した労働者との間で紛争となるリスクがあります。そのため、このリスクを回避するために、会社としては、申し入れの趣旨を確認するにあたり、労働者に対して賃金の非常時払いの制度を簡単に説明することが望ましいものと思います。

 他方、2月2日~2月20日までの分の給与については前借りを求めていることは明らかであるため、これに応じるか否かは会社が自由に判断できることになります。

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