家族手当を不正受給していた社員への対応

人事労務
山本 一貴弁護士

 ある社員について、実際には給与規程に定める家族手当の支給要件を満たしていないにもかかわらず、虚偽の申告により家族手当を受給し続けていた事実が発覚しました。支給要件を満たしていない過払分については返金を行ってもらうことを考えており、会社として、しかるべき対応が必要と考えています。当該社員へどのような措置を採ることが妥当でしょうか。

 家族手当に限らず、諸手当の不正受給については、不正受給の有無、行為の悪質性、期間、不正受給額等の調査を講じます。不正受給の事実が確認できれば通常懲戒処分を課することが可能と思われますが、いかなる処分を課すか、特に懲戒解雇処分等重大な処分を課す場合には、その有効性や妥当性を慎重に検討する必要があります。不正受給額の回収方法について安易に給与との相殺を行うのではなく、当該社員との合意を取得することや現金での返金を求めるなど柔軟に対応することが求められます。

解説

不正受給に対する調査

 「家族手当」といっても、その支給条件や内容は会社によって様々です。たとえば、配偶者の年収制限や、同居の要件が設けられていたり、年齢制限がある場合もあるかもしれません。一般的には、かかる一定の条件が設けられ、配偶者や子どもがいる社員に対して、基本給とは別に、使用者が一定額・一定率で支給する手当といえますので、これを前提に説明したいと思います。

 後述する当該社員に対する懲戒処分の前提として、会社としてまず不正受給にかかる事実の調査を行う必要があります。つまり、不正受給の有無のみならず、不正受給の行為態様、時期、不正受給額など事実の確認を要します

 具体的には、当該社員から家族手当支給に関して提出されている申告書やその他の記録の間に実際との齟齬がないか、また、当該社員からヒアリングにより説明を求めることになりますが、当該社員の主観的な意図や動機、利欲性に関する事実の調査、関連する証拠収集、社員の反省の態度の確認などが重要となってきます。仮に客観的資料により不正受給の事実が認められる場合、大きく分けて①懲戒処分を課すことができるか、②過払分の返還をどのように行うか、という2点が問題となります。  

懲戒解雇処分を課することができるか

懲戒処分の有効性

 不正受給を行った社員へ懲戒処分を有効に課するためには、以下の3点がそれぞれ必要となります。

  1. あらかじめ就業規則において懲戒の種類および事由を定め、その内容が適用を受ける事業場の社員へ周知されていること(労働契約法7条)
  2. 当該社員の行為が就業規則上の懲戒事由に該当すること
  3. 懲戒権の濫用とならないこと(労働契約法15条)

 通常、会社には就業規則が設けられ、手当の不正受給は服務規律違反に該当することになるでしょうから、現実的には③の点が問題になるケースが多くなります。

 会社の金銭にかかる社員の不正行為は、行為態様によって、詐欺罪(刑法246条)や業務上横領罪(刑法253条)にも該当しうる重大な非違行為と言えますし、一般に経費等の不正受給については、懲戒解雇処分が比較的有効とされる傾向にあると思われます。他方で、家族手当や通勤手当の不正受給は画一的にそれが故意か過失か区別することが容易ではなく、安易に懲戒解雇処分を選択すると、懲戒権の濫用と評価されるリスクがあります。

処分の有効性に関して参考となる事例

(1)懲戒解雇を有効とした裁判例

 類似の通勤手当に関する裁判例では、実際に居住していない住所の住民票を会社に提出し、約4年5か月で約231万円を不正受給していたことを一つの理由として、懲戒解雇を有効としたものがあります(かどや製油事件・東京地裁平成11年11月30日判決・労判777号36頁)。

 家族手当の故意の虚偽申告に関して、懲戒解雇の判断が正当である旨言及している裁判例として、(岐阜相互銀行事件(名古屋高裁昭和45年10月29日判決・判時621号91頁)もあります。当該事件は、収入ある妻が扶養家族になり得なかったにもかかわらず、従業員が当該妻を扶養家族として家族手当受給承認書を提出し、使用者である銀行より合計金9200円の家族手当を不正受給し、かつ所得税の一部につき源泉徴収を免れたというものです。裁判所は、①当該従業員は同居の妻に一定の所得があったことを当然に認識していたこと、②返還すべき超過受給分を返還しないのみか翌年分および翌々年分の扶養家族申告書にも妻を扶養者として申告したこと、③従業員が管理職に地位にあること、④不正受給発覚後にも反省の態度を示していなかったことなどをあげ、懲戒解雇に処すべしとした判断は不当ということはできないと判示しました。

(2) 懲戒解雇・諭旨解雇を無効とした裁判例

 他方で、住所に虚偽はないが通勤経路だけが異なり、約4年8か月で約34万円を不正受給した事案では、懲戒解雇が無効とされました(光輪モータース事件・東京地裁平成18年2月7日判決・労判911号85頁)。懲戒解雇が有効とされた事案では、虚偽の事実を敢えて会社に申告するという行為態様の悪質さや会社から受給した額も多額であったことが評価されたものと思われます。

 また、社員が通勤状況届において申告した経路とは異なる定期券を購入して通勤することにより、不正に差額分の通勤手当を受給していた事案で裁判所は、「…通勤手当が認定された後は、基本的にその支給継続に当たって特段の審査がなされることがなく、本件不正受給のように、認定された通勤手当に係る定期券等を実際には購入していなくても通勤手当を受給し続けることができる状況にあったこと…からすれば、被告基金内においては、本件不正受給当時、通勤のために真に合理的かつ必要な限度でのみ通勤手当を認めた上で、その支給の合理性の維持につきこれを厳守するという企業秩序が十分に形成されていたとは言い難い」(全国建設厚生年金基金事件・東京地裁平成25年1月25日判決・労判1070号72頁)と言及しています。

 不正受給に対して会社としても、真にその支給の合理性を厳守する企業秩序が求められ、手当の支給につき曖昧な処理がなされていたのでは、懲戒解雇等の重い処分が懲戒権の濫用と判断されるリスクが高くなってしまう可能性があると考えられます。

(3)懲戒解雇の有効・無効についての考え方

 以上のとおり、支給要件の勘違いや単なる申告ミス等ではない社員の故意による不正受給については、金額の多寡、不正受給の態様等によっては懲戒解雇が有効となる可能性が高くなりますが、手当の不正受給は許されないという企業秩序が実際に構築されていない場合には、初回の不正受給についてただちに懲戒解雇が相当でないという判断を受けるリスクは相応にあるものと思われます。  

不正受給した金銭の返還

 社員が不正に受給していた家族手当がある場合、実際に受給していた金額と本来受給可能な金額との差額部分は、不当利得(民法703条)として、会社が当該金銭(原則過去10年分まで)の返還を求めることができます(厳密には、当該社員が過払の事実を認識していれば、過払分に法定利息を付して返還させることができます(民法704条))。

 しかし、賃金控除にかかる労使協定が締結され、本件のような過払分の控除規定があらかじめ設けられている場合でなければ、一方的に会社が賃金から天引きを行うことは、賃金全額払の原則(労働基準法24条1項)に違反します。したがって、上記労使協定が整備されていない場合には、書面で金銭の返還合意をしたうえで、会社の金融機関口座への振込み、もしくは現金で支払わせるという対応が望ましいといえます。

 社員の給与等からの相殺について、社員との合意で行うことも可能ですが、当該合意は、社員の自由意思に基づくと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在する必要があります(日新製鋼事件・最高裁平成2年11月26日判決・民集44巻8号1085頁)。この判断は厳格になされますので、社員と合意書を取り交わすだけではなく、合意取得の際の面談やそれまでの経緯を記録に残し、相殺を行う金額についても、法的には給与の4分の1まで可能ですが、社員の生活維持に支障が出ないレベルにとどめることが望ましいといえます。

設問の検討(総括)

 上記のように、家族手当の不正受給が発生した場合には、その事実の有無、当該事実を前提にいかなる懲戒処分を課すか、返金の方法といった点について慎重な検討を要することとなります。

 懲戒解雇等の重い処分を課すことを検討する場合には、特に虚偽の事実をあえて会社に申告するという行為態様の悪質性や故意性、会社から受給した額の事実関係の調査を中心に、当該社員の主観面も考慮して各資料収集を行う必要が出てきます。当該社員について行為態様の悪質性や多額の不正受給が判明したとしても、手当の受給制度や企業秩序との関係で、ただちには懲戒解雇が相当でないという判断を受けるリスクも相応にありますので、この観点からも慎重に検討することが求められます。

 金銭の返還を求める場合には、書面で金銭の返還合意のうえで、会社の金融機関口座へ振り込み、もしくは現金で支払うようにさせるという対応が望ましいといえますので、当該社員との解決に向けた協議を綿密に行って進めることが必要となります。

 最後に、会社としてもトラブル防止の観点から、就業規則へ「扶養家族に異動があった場合は、従業員から遅滞なく文書で届出を行う」旨の明文規定を設けたり、定期的に手当受給にかかる申請内容に誤りが無いかなど確認を行ったりすることが有効と思われます。

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