残業時間を削減するための制度設計のポイント

人事労務
山﨑 貴広弁護士

 当社は、現在、労働組合との団体交渉において、残業時間の上限を年720時間に定めるよう求められています。当社としては、政府の定める残業規制を見据え、この要求をのむ意向です。これを機に残業時間の削減を行おうと考えているのですが、残業時間を削減するための制度設計において気を付けるべき点を教えてください。

 残業時間を削減するための制度は多種多様です。制度設計のポイントは、以下の3点です。

  1. 労働時間や休暇に関する人事管理の制度や具体的な取組などの実態を構造的かつ体系的に把握すること
  2. 企業規模、労働者の気質、労使の関係性等を考慮して、自らの企業に適した制度を採用すること
  3. 採用した制度の理解を深めるとともに、その制度に内在する紛争リスクを把握しておくこと

解説

はじめに

 政府は、平成29年3月、働き方改革実行計画を公表し、現在、年720時間の残業規制等を盛り込んだ働き方改革関連法案の成立と平成31年4月の施行を目指しています。

 現在、残業時間に関する規制としては、厚生労働大臣の限度基準告示があります。この告示は、いわゆる36協定で締結できる時間外労働の上限を、原則45時間以内、年360時間以内と定めています。

 参照:厚生労働省「時間外労働の限度に関する基準


 しかし、この告示には罰則等がなく強制力がないばかりか、例外が認められており、限度時間を超えて時間外労働を行わせなければならない特別の事情が生じる場合として労使合意による特別条項を設けることで、実質上、青天井、上限なく時間外労働を行うことが可能となっています(岩出誠『労働法実務大系』248頁〔民事法研究会、2015〕参照)。

 働き方改革関連法案は、現行の限度基準告示を法律に格上げするものであり、年間の時間外労働の上限を720時間とし、かつ、それらの違反には罰則を設ける等、現在の時間外労働に対する規制を刷新するものとなっています。
 このような社会情勢の下、いま、企業にとって、長時間労働の是正は急務となっています。

実態把握

 まず、企業としては、残業時間を削減するための制度設計を検討するために、労働時間や年次有給休暇の取得率のみに目を向けるのではなく、労働時間や休暇に関する人事管理の制度や具体的な取組などの実態を構造的かつ体系的に把握することが大切です。実態を正確に知ることは、下記の図解のように、企業が実施している取組の問題点や課題を発見し、対策を検討することにつながります。

 具低的な手法については、厚生労働省HP掲載の「働き方・休み方改善指標」や、多くの企業の実践例を紹介している「時間外労働削減の好事例集」、業種別の「働き方・休み方改善ハンドブック」などを参照することをお勧めします。

働き方・休み方改善指標

出典:厚生労働省「働き方・休み方改善指標

残業時間を削減するための制度

 上記実態把握を踏まえての残業時間を削減するための制度設計は多種多様です。たとえば、残業事前承認制、ノー残業デーの設置、時間管理が評価される人事制度の導入、時差出勤制、固定残業代制、変形労働時間制、事業場外労働みなし制、フレックスタイム制、裁量労働制、計画年休の利用などがあげられます。

 本稿では、上記の制度のうち、制度設計を誤ると紛争になりかねない、残業事前承認制、固定残業代制、変形労働時間制、事業場外労働みなし制について、その制度設計のポイントを解説していきます。

制度設計のポイント

残業事前承認制

 残業事前承認制とは、多くの企業が採用している制度であり、その名のとおり、残業する場合に上司等に事前に申請をする制度のことをいいます。

 残業事前承認制については、昭和観光事件・大阪地裁平成18年10月6日判決・労判930号43頁とアールエフ事件・長野地裁平成24年12月21日判決・労判1071号26頁に実務上留意をしなければなりません。

 昭和観光事件は、事前に所属長の承認を得て就労した場合の就業のみを時間外勤務として認める内容の規定につき、「規定は不当な時間外手当の支払がされないようにするための工夫を定めたものにすぎず、業務命令に基づいて実際に時間外労働をした場合であっても、事前の承認がないときには時間外手当の請求権が失われる旨を意味するとは解されない。」と判断し、アールエフ事件は、「業務を業務上の必要性に基づいて行っている以上、労働申請とその許可が必要であるとの・・・運用にかかわらず、・・・業務を止め退出するように指導したにもかかわらず、あえてそれに反して・・・労働を継続したという事実がない限り」労働申請が提出され許可を受けていない部分についても残業時間に該当すると判断しました。

 これらの裁判例からわかるように、企業は、残業事前承認制を採用したうえで、労働者からの残業申請を不許可にしていたとしても、労働者が企業の指揮命令下といえる状況で残業を行い、企業がそれを止める等しなかった場合には、その労働時間は残業時間とされてしまいます

 企業としては、残業事前承認制を採用する場合には、徹底した運用を心がけることが肝要です。徹底した運用の例としては、ヒロセ電機事件・東京地裁平成25年5月22日判決・労判1095号63頁が、時間外勤務について、本人からの希望を踏まえて、毎日個別具体的に時間外命令書によって命じていたこと、実際に行われた時間外勤務については、時間外勤務が終わった後に本人が「実時間」として記載し、翌日それを所属長が確認することによって、把握していたこと等を根拠に、時間外労働時間は、時間外勤務命令書によって管理されていたというべきであると判断したことが参考となります(同旨オリエンタルモーター(割増賃金請求)事件・東京高裁平成25年11月21日判決・労判1086号52頁)。

固定残業代制

 固定残業代制とは、厳密に残業時間を算定することなく、実際の残業時間にかかわらず、所定ないし一定の労働時間勤務したものとみなして定額の残業代(以下「みなし割増賃金」といいます)を支払う制度のことをいいます。

 平成29年12月、トヨタ自動車が非管理職を対象に、残業時間に関係なく毎月45時間分の手当に相当する17万円を固定で支給する制度を開始したように、固定残業代制は、近時、残業時間を削減するための制度として注目を浴びています。一方で、固定残業代制は、その制度設計を誤ると、企業は、後になって、残業代として支払ってきた固定残業代とは別に、多額の残業代を支払うことになりかねず、制度設計には特に注意が必要です。

 従前の判例(リーディングケースとして高知県観光事件・最高裁平成6年6月13日判決・労判653号12頁、テックジャパン事件・最高裁平成24年3月8日判決・労判1060号5頁)、裁判例、労働法学説から、固定残業代制が有効に認められるためには、以下の要件・要素を満たす必要があります(岩出・前掲体系175頁~279頁)。

  1. みなし割増賃金としての性格を明示すること
  2. 通常の労働時間の賃金にあたる部分と時間外の割増賃金に当たる部分とが判別できること
  3. みなし割増賃金としての算定が可能であること
    (④みなし超過分の支払合意ないしその確実な支払実績)

 勤務医の高額年俸に残業代が含まれるかが争われた、医療社団法人康心会事件・最高裁平成29年7月7日判決・労判1168号49頁は、上記④の要件を固定残業代制の要件としてあげていません(要件性を否定した裁判例として、泉レストラン事件・東京地裁平成29年9月26日判決・労経速2333号23頁)。

 しかし、従来の判例の補足意見や多くの下級審裁判例には、この要件に言及したものもあり、また、労働基準法15条の明示義務、労働契約法4条1項の趣旨や、平成30年1月1日から施行されている「職業紹介事業者、労働者の募集を行う者、募集受託者、労働者供給事業者等が均等待遇、労働条件等の明示、求職者等の個人情報の取扱い、職業紹介事業者の責務、募集内容の的確な表示等に関して適切に対処するための指針」(平成11年労働省告示第141号、最終改正平成29年7月7日厚生労働象告示247号)が、募集時の労働条件明示義務について以下のとおり示していること等からも、企業としては、リスク回避の観点から、上記④の要件・要素をも満たした固定残業代制を設計すべきです。

 「一定時間分の時間外労働、休日労働及び深夜労働に対する割増賃金を定額で支払うこととする労働契約を締結する仕組みを採用する場合は、名称のいかんにかかわらず、一定時間分の時間外労働、休日労働及び深夜労働に対して定額で支払われる割増賃金(以下「固定残業代」 という。)に係る計算方法(固定残業代の算定の基礎として設定する労働時間数(以下「固定残業時間」という。)及び金額を明らかにするものに限る。)、固定残業代を除外した基本給の額、固定残業時間を超える時間外労働、休日労働及び 深夜労働分についての割増賃金を追加で支払うこと等を明示すること」

 なお、みなし割増賃金としてカバーされる時間外労働時間数の限界について、ザ・ウィンザー・ホテルズインターナショナル事件・札幌地裁平成23年5月20日判決・労判1031号81頁が、手当の受給を95時間分とすることを、時間外労働の限度基準や労災の過重労働に関する通達等に照らし、公序良俗に反し無効と判断しました(最近のビーエムホールディングスほか1社事件・東京地裁平成29年5月31日判決・労判1167号64頁も80時間超えを無効としました)。

 今後、上記働き方改革関連法案の先取りとして、この判断を踏まえた行政の動きもあり得るところであり、企業としては、この点にも留意すべきです(法理論上の疑問については、岩出・前掲体系279頁。この疑問を踏まえた裁判例として、コロワイドMD(旧コロワイド東日本)事件・東京高裁平成28年1月27日判決・労判1171号76頁は特別条項の締結のある中でみなし時間70時間の定めを適法としています)。

変形労働時間制

 変形労働時間制とは、単位となる期間内において所定労働時間を平均して週法定労働時間をこえなければ、期間内の一部の日または週において所定労働時間が1日または1週の法定労働時間をこえても、所定労働時間の限度で、法定労働時間をこえたとの取扱いをしないという制度です。

 この制度の下では、企業は労働時間が長い日・週と短い日・週を設定し、変形期間の平均で週40時間以内に収めることによって、本来支払対象となる労働時間を抑制でき、割増賃金の支払を免れることから、日または週によって繁閑の差がある事業に効果的な制度といえます。

 変形制には、1か月単位の変形制(労働基準法32条の2)、1年単位の変形制(同法32条の4、32条の4の2)、1週間単位の非定型的変形制(同法32条の5)という3つの種類がありますが、以下では、実務的に多く使われる1か月単位の変形制について解説します。

 1か月単位の変形時間制を採用する場合は、労使協定または就業規則等により、次の①から④について具体的に定めなければなりません。

  1. 変形労働時間制を採用する定め
  2. 労働日、労働時間の特定
  3. 変形期間の所定労働時間
  4. 変形期間の起算日

 上記の要件の中で特に問題となるのは、労働時間の特定の要件です。裁判例では、この要件を欠くとして、変形制の適用を認めず割増賃金の支払を認める例も少なくありません。

 この点、特定の意義につき判断をした、大星ビル管理事件・最高裁平成14年2月28日判決・民集56巻2号361頁が「月別カレンダー・・・に基づいて具体的勤務割である勤務シフトが作成されて・・・、これによって変形労働時間制を適用する要件が具備されていたとみる余地もあり得る。しかし、そのためには、作成される各書面の内容、作成時期や作成手続等に関する就業規則等の定めなどを明らかにした上で、就業規則等による各週、各日の所定労働時間の特定がされていると評価し得るか否かを判断する必要がある」と判断し、行政解釈の遵守を求めていることに実務上留意する必要があります。

 なお、シフト表による変形制につき、各週、各日の所定労働時間の特定がされているとは認め難いとしたセントラル・パーク事件・岡山地裁平成19年3月27日判決・労判941号23頁、半月ごとのシフト表では要件を欠くとした日本レストランシステム事件・東京地裁平成22年4月7日判決・判時2118号142頁、ジャパンレンタカー事件・名古屋高裁平成29年5月18日判決・労判1160号5頁も参考となります(岩出・前掲体系262頁~263頁)。

 変形制を採用する場合は、各日の労働時間を、その長さのほか、始業および終業の時刻も具体的に定め、かつ、これを労働者に周知することが肝要です。

事業場外労働みなし制

 事業場外労働みなし制とは、労働者が労働時間の全部または一部について事業場外で業務に従事した場合で、労働時間を算定し難いときは、所定労働時間を労働したものとみなし(労働基準法38条の2第1項)、また、この場合において事業場の労使協定があれば、その協定に定める時間を当該業務の遂行に通常必要とされる時間とみなす(同条2項)という制度です。

 この制度を用いるうえで特に問題となるのが、事業場外で業務に従事する労働者の労働時間が、「算定し難い」といえるかどうかという点です。

 行政解釈(昭和63年1月1日基発1号)は、「事業場外で業務に従事する場合であっても、使用者の具体的な指揮監督が及んでいる場合については、労働時間の算定が可能である」とし、その例として、以下の3点を例示しています。

  1. 何人かのグループで事業場外労働に従事する場合で、そのメンバーの中に労働時間を管理する者がいる場合
  2. 事業場外で業務に従事するが、無線やポケットベル等によって随時使用者の指示を受けながら労働している場合
  3. 事業場において、訪問先、帰社時刻等の具体的指示を受けたのち、事業場外で指示どおりに業務に従事し、その後事業場にもどる場合

 裁判例も、おおむねこの3類型への該当性を検討し、みなし制の適用の有無を判断していると考えられます(日本インシュアランスサービス(休日労働手当・第1)事件・東京地裁平成21年2月16日判決・労判983号51頁、ロフテム事件・東京地裁平成23年2月23日判決・労経速2013号28頁。所定時間みなしを認めた例として、前掲ヒロセ電機事件)。

 また、旅行会社が企画・催行する国内あるいは海外ツアーのために派遣業者から派遣されたツアー添乗員の添乗業務の遂行について、会社が添乗員との間で、あらかじめ定められた旅行日程に沿った旅程の管理等の業務を行うべきことを具体的に指示したうえで、予定された旅行日程に途中で相応の変更を要する事態が生じた場合にはその時点で個別の指示をするものとし、旅行日程の終了後は内容の正確性を確認し得る添乗日報によって業務の遂行の状況等につき詳細な報告を受けるものとしていたこと等を理由に、「労働時間を算定し難いとき」とはいえないとした阪急トラベルサポート(派遣添乗員・第2)事件・最高裁平成26年1月24日判決・労判1088号5頁等も参考となります。

 企業が事業場外労働みなし制を採用する場合には、上記3類型に該当しないかを慎重に判断すべきです。

まとめ

 以上みてきたように、残業時間を削減するための制度は多種多様です。

 残業時間削減のための制度設計は、設計を誤ると、かえって労働者の長時間労働の原因となります。不当な裁量労働制の適用の結果不動産会社の男性従業員が過労自殺をした悲惨な事件が記憶に新しいように、制度設計の欠陥は、最悪の場合、労働者の過労死等の原因ともなり得ます。

 冒頭でも述べましたが、残業時間を削減するための制度設計のポイントは、第一に、実態の把握、第二に企業規模、労働者の気質、労使の関係性等を考慮して、自らの企業に適した制度を採用することです。そして、第三に、企業は、採用した制度の理解を深めるとともに、その制度に内在する紛争リスクを把握しておくことが必要です。

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