ヤマハがJASRACを提訴 - 音楽教室での演奏は聞かせる目的?教育目的?

知的財産権・エンタメ
橋本 阿友子弁護士

 日本音楽著作権協会(JASRAC)が音楽教室から著作権使用料を徴収する方針を打ち出したことを受け、音楽教室を展開するヤマハ音楽振興会がJASRACへの支払い義務がないことの確認を求める訴訟を東京地裁に起こす方針を固めたと報道があった。

 JASRACは2018年1月から使用料の徴収スタートを目指しており、すでに音楽教室の運営側に対して使用料を年間受講料収入の2.5%とする規定案を提示し、7月にも文化庁に使用料規定を提出する予定としている。一方、ヤマハや河合楽器製作所などは「音楽教育を守る会」を結成し、JASRACに対して「演奏権は及ばない」と主張。

 今回の争点はどこになるのだろうか。知的財産にくわしい弁護士であり、直近では日本香港国際コンクールでの受賞歴を持つピアニストの橋本阿友子弁護士に見解を伺った。

裁判の争点はどこか

JASRACが音楽教室から著作権料を徴収する方針を決めたことに対し、ヤマハ音楽振興会が訴訟を起こす方針を固めたと発表がありました。今回「演奏権」に焦点が当てられていますが、そもそも「演奏権」とはどのような権利なのでしょうか。

 演奏権とは、著作者が専有する権利の一つで、公衆に直接聞かせることを目的として演奏する権利と定められています(著作権法22条)。著作権法上の「演奏」には「歌唱」も含まれ、通常の意味より広いものと考えられています。

 「専有する」とは、排他的に保有するという意味なので、演奏権を「専有する」著作者以外の者による演奏は、著作者から許諾を得るか、法律上許される使用(後述の非営利演奏や引用等)でない限り、演奏権の侵害となります。

今回の事案について、今後どのような点が裁判の争点になると思われますか。

 音楽教室の教師による演奏の問題に焦点をあてると、今回の事案の主な論点は、(1)音楽教室の生徒が「公衆」にあたるか(2)レッスンで教えるための演奏が「直接聞かせることを目的」とした演奏にあたるか、の2点だと考えています。

 (1)については、おそらく多くの音楽教室では教師と一人もしくは少人数で行うレッスンが想定されているため、生徒は「公衆」とはいえないのではないかという素朴な疑問があると思います。著作権法上、「公衆」は特定かつ多数を含むと定義されており、「特定かつ少数」以外のすべての場合を含み、公衆の一般的な意味より広い概念となっています。確かに音楽教室では一人もしくは少人数の生徒相手に教授することが想定されていますが、運営者は特別な人的関係をもたない生徒を随時募集し迎え入れていることから、生徒は「公衆」といえるというのが従来の裁判所の理解です。

 (2)については、音楽教室における楽曲演奏が、「教育」目的、「演奏技術の習得」目的であるから、「聞かせる」目的ではなく、演奏権の侵害にはならないのではないかという問題提起です。ここは見解がわかれるところだと思います。音楽教室での教師の演奏は、楽曲の一部分を断片的に演奏することがほとんどではないかと思われます。そのような演奏が果たして「聞かせる」目的にあたるといっていいのかについては、慎重に判断されなければならないと思います。もっとも、少なくとも生徒が聞くことを前提に教師が演奏するのは事実ですので、「聞かせる」目的であるとの判断がなされることもあり得ると思います。

「非営利の演奏」としては認められないのでしょうか。

 著作権法は、非営利目的で、かつ聴衆から料金を受けず、演奏者に報酬も支払われない場合には(非営利演奏)、楽曲の著作者から許諾を得ずに無償で楽曲を演奏することができると定めています(著作権法38条1項)。

 参考:「チャリティコンサートでも著作権使用料を支払う必要があるか

 今回の事案において、ヤマハ側からは、生徒が音楽教室に支払う対価は、生徒に対する指導にかかる対価であって教師の演奏に対する対価ではないから、非営利の演奏となり、無許諾かつ無償で楽曲を演奏できるのではないかという主張も考えられるところです。しかし、音楽教室は営利目的で運営されており、生徒からはレッスン料を徴収しているため、非営利かつ無料の演奏とはいえないでしょう。社交ダンス教室でCDを再生したことが演奏権侵害にあたるかについて判断した裁判例(名古屋高裁平成16年3月4日判決・判時1870号123頁)でも、「料金は技術指導の対価に過ぎない」というダンス教室側の主張は認められていません。

JASRACの方針が正しいと認められた場合

JASRACの方針が正しいと認められた場合、考えられる問題や影響はどのようなものでしょうか。

 裁判でJASRACの主張が認められると、音楽教室での使用に対しても、楽曲の著作者の演奏権が及ぶと認められたことになります。

 JASRACは音楽著作権の集中管理を行っている団体の一つであり、楽曲の中にはJASRAC以外の団体(NexTone等)に管理されているものや、著作者自らが管理しているものもあります。

 参考:「テレビ番組の映像や歌をCMに利用するときの権利処理

 ゲーム音楽は後者の主な例で、JASRAC管理率が低いとされています。そのため、たとえば音楽教室で教師が生徒にゲーム音楽を弾いて聞かせたい場合に、逐一権利者個人に許諾をとって使用料を支払わなければならないということになります。実際に著作者個人にアクセスしてその許諾を得るには相当の時間的・経済的コストを要する上、許諾料の金額の予測がつかない点で使用リスクが上がり、音楽教室で学ぶことのできる楽曲にこれらの楽曲が含まれなくなるおそれがあります(福井健策弁護士のコラム「JASRAC音楽教室問題から1週間。 取材等で話したことをざっくりまとめてみる」も参照ください)。

 また、レッスン中、教師は模範演奏をせずに生徒に弾かせるだけならばより権利侵害とは認められにくいと考えられますが、社会実態として同じといえる行為にも関わらず、権利侵害にあたるかの結論に差異が生じてしまう不都合もありそうです。

ヤマハ音楽振興会側の申し立てが認められた場合

一方で、ヤマハ音楽振興会側の申し立てが正しいと認められた場合、どのような影響が考えられるでしょうか。

 個人教室は、JASRACの方針として当面徴収対象から除外されているにすぎず、ヤマハのような音楽教室に対して演奏権が及ぶと判断された場合には、将来徴収対象に含まれるおそれをはらんでいます。よって、ヤマハの主張が認められた場合、個人教室の徴収されない地位は安泰のものとなるでしょう。

 また、音楽教室が、ある特定の著作者の楽曲を教授することを前面に押し出して生徒を募集する等、楽曲を宣伝目的(教育目的を超えた営利目的)で利用する場合にも徴収されないことになり、音楽教室は当該楽曲で利益を得るにもかかわらず作曲家・作詞家には利益が還元されないという問題が生じ得ます。

 なお、JASRACはこれまでフィットネスクラブ、カルチャーセンター、ダンス教室、カラオケ教室と、徐々に徴収対象を広げてきました。音楽教室での楽曲使用に演奏権が及ばないとなると、これらの団体を徴収対象としていることとの不公平感が生まれるかもしれません。ただ、ダンス教室等はそもそもCD等により音楽を再生しており、生徒たちはより著作物の演奏を享受している度合いは強いと言えそうですから、今回の音楽教室の事案と全く同じ論理があてはまるものではないと思われます。

ピアニストとしての見解は

今回の事案について、ピアニストでもある橋本先生の見解を教えてください。

 音楽業界ではJASRACの徴収に反対の立場が極めて多いと聞いています。今回の事案でも、「音楽教育を守る会」が立ち上がり、音楽教育に取り組む約300の企業、団体がJASRACからの徴収に反対しています。同会は、音楽文化を守るために徴収に反対するという立場をとり、今回の事案が次世代の音楽家輩出にも大きな影響を与えると主張していますが、ここではその主張の意味をもう少し掘り下げて考えてみたいと思います。

教育目的であれば無償で使えるべきでは?

 守る会に賛同している立場でも、コンサートホールで第三者が著作権を有する楽曲を演奏する際にJASRACに使用料を支払うことには抵抗を感じない方が多いのではないかと思います。それは、舞台での演奏は、楽曲の提示そのものにより利益を得る構造が明白であるからです(聴衆も、まさに楽曲を聞くためにホールに足を運んでいます)。他方、音楽教室の利益は、教師が曲の解釈や表現法を通して生徒の演奏能力を上げることによって得られるもので、楽曲の提示によるものではないといえそうです。レッスン中に教師が模範演奏をすることがあっても、それはあくまで教授行為に付随する行為にすぎません(生徒は模範演奏を聞くためではなく、演奏方法の習得のために教室に通っています)。このような点で、コンサートホールによる演奏とは根本的に異なるのではないかという問題意識が、守る会の主張の根底にあるのではないかと思われます。

 また、守る会支持者の間では、教育目的では無償で使えるべきであるという価値判断も共有されているように感じます。著作権法上は、学校をはじめとする営利を目的としない教育機関での教育目的利用は無許諾かつ無償で許されていますが(著作権法33~36条)、上記以外の教育機関での利用は認められておりません。この点は法律解釈的にはJASRACに分がありそうですが、他方、自分の楽曲について、学校法人では利用してもらっていいが、音楽教室では利用されたくないと思う作曲家・作詞家が大勢を占めるのかどうかも気になる点です。

音楽教室は著作者にフリーライドしている?

 逆に、ヤマハ側の主張が認められたときに生ずる問題点としては、前述のように、特定の楽曲の教授を宣伝文句にして運営されている教室については、著作者に利益が還元されない一方で、音楽教室が著作者にフリーライドして利益を得ているのではないかという不合理があります。ただ、この場合も、音楽教室での利用を通して楽曲が有名になり、ひいては著作者の利益になることも充分に考えられます。他方、音楽教室にて自己の楽曲が教授されることで、著作者のマーケットが侵食されるという事態は想定し難いでしょう。これらの点からすれば、音楽教室の著作者に対するフリーライドがあり得たとしても、是正が求められるほどの過度のフリーライドとはいえないのではないでしょうか。


 このように考えると、仮にJASRACの主張が認められた場合にも、課題は残されるように感じられます。徴収が認められる場合でも、音楽教室での教師の演奏は、生徒の演奏技術が不足している箇所の手本の提示というレベルのほんの一部の演奏がほとんどだと思われますので、JASRACには、想定される音楽教室での具体的な演奏方法や、活動全体における管理曲の演奏割合や寄与度を検証した上で使用料を決定してもらいたいと思います。私見ですが、教師の演奏はレッスンの主目的ではないので、使用料率は相当程度低い金額であるべきように思えます。

 司法の判断が待たれます。

ピアノ演奏中の橋本 阿友子弁護士
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