特許権侵害訴訟に企業はどう向き合うか

第2回 特許権侵害訴訟の事前準備・交渉の実務

知的財産権・エンタメ

事前準備の重要性

 特許権侵害訴訟は、侵害行為を発見してもすぐに提起できるものではなく、事前に入念な準備が必要です。さらに、事前準備で検討した結果、訴訟前の交渉を行った方がよいと判断される場合には、特許権者から相手方への警告や交渉を経ることになります。実務的には、多くの場合に訴訟前の交渉が行われています。

 特許権者側は、十分な準備をせずに交渉を開始したり、訴訟を提起すると、相手方製品が特許権を侵害していると認められないだけでなく、自社の特許権が無効と判断され、特許権を失うおそれもあります。
 相手方側も、訴訟前の対応が不適切だと、訴訟で不利になり、差止が認められて製品の販売ができなくなったり、損害賠償義務を負うおそれがあります。
 そのため、事前準備は特に重要です。

 本稿では、筆者が無効審判の代理人として関与した案件をモチーフに作成した仮想事案を例に解説します。


仮想事例

 A社は、調理器具製造メーカーであり、フライパンの中央部でだし巻き卵を焼きながら、周辺部でつけ合わせを調理できる電磁調理器用卵焼き器を発明し、以下の特許を取得しました。

(特許請求の範囲)
【請求項1】
 電磁調理器に使用される柄付きの卵焼き器であって、電磁誘導加熱による加熱調理部が円形に形成されており、その円形調理部の中央に卵焼きのための長方形の部分が設けられると共に、その両側部につけ合わせなどを調理できる部分が設けられていることを特徴とする電磁調理器用卵焼き器。

(出典:特許第4260813号の図をもとに作成)

 その後、A社の同業他社であるB社は、取っ手付の2本の仕切りがあるフッ素樹脂加工を施したフライパンを開発しました。同フライパンは、B社が製造し、B社から卸売業者に、卸売業者から小売店(スーパー等)に、小売店から日本全国の一般消費者に販売されています。

(筆者作成)

 A社は、B社による上記フライパンの販売を差し止めることができないか検討しています。


特許権者側の準備

 交渉前に、特許権者側で準備すべき点は、主に以下のような点です。

  1. 相手方製品が特許権を侵害しているかどうかの検討
  2. 特許が有効かどうかの検討
  3. 相手方の売上規模等の検討
  4. 事前交渉の是非(警告書送付等)および進め方の検討(不正競争防止法2条1項15号の検討を含む)

相手方製品が特許権を侵害しているかどうかの検討

 まず、特許権者は、相手方製品が特許権を侵害しているかどうか、特許発明と相手方製品を対比して、検討する必要があります。
 対比にあたっては、特許発明の内容(特許明細書の特許請求の範囲に記載された内容)を構成要件ごとに分説し、他方で、相手方製品の構成も分析して特定し、相手方製品の各構成要件が特許発明の構成要件を充足するかどうかを検討します。

 たとえば、仮想事例では、A社の特許発明とB社の製品とは、「柄付き」か「取っ手付き」か、加熱調理部にフッ素樹脂加工が施されているか、中央に「長方形の部分」があるのか「平行な2本の直線で仕切られた部分」があるのか、卵焼き器かフライパンか、といった点に違いがあるようにも見えます。これらの違いが、侵害(文言侵害・均等侵害)の成否にどのように影響するのか、検討することになります(詳しくは、本連載の「訴訟・充足論」の回で取り上げます)。

 なお、仮想事例では見た目の形状から製品の構成を特定しやすい例を取り上げましたが、実際には、特許権侵害が疑われても、相手方製品の入手自体が難しい場合もありますし、分析に労力のかかる案件も多くあります。
 そのため、知的財産案件に精通した弁護士のほか、その技術分野を専門とする弁理士、技術の中身を熟知した会社の技術者、知的財産部担当者等をメンバーとする案件に適したチームを編成することも必要になります。

特許が有効かどうかの検討

(1)よく問題となる無効理由

 次に、特許権者は、自己の特許が無効にならないかどうかについても、事前に検討しておく必要があります。
 よく問題となる無効理由は、以下のものです。

①新規性・進歩性(発明の中身の問題)

 特許は、新しい技術に付与されるものですので、出願前に公知だった発明や、公然と実施されていた発明は、特許を受けることができません(新規性、特許法29条1項)。
 また、従来技術と全く同じ発明でなくても、その発明の属する技術分野における通常の知識を有する者(当業者)が従来技術から容易に想到できた発明は、特許を受けることができません(進歩性、特許法29条2項)。

②サポート要件・明確性要件・実施可能要件(記載の問題)

 特許請求の範囲の記載は、明細書の発明の詳細な説明でサポートされていなければならず(サポート要件、特許法36条6項1号)、また、明確でなければなりません(明確性要件、特許法36条6項2号)。
 加えて、明細書の発明の詳細な説明は、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものでなければなりません(実施可能要件、特許法36条4項1号)。

 これらに反して特許になったものは、無効審判で無効とされるおそれがあります(特許法123条1項2号、4号)。
 そこで、特許権者側は、警告をする前に、無効とされるおそれがないかを検討します。

(2)無効理由の検討例(先行文献が発見された場合の例)

 たとえば、仮想事例において、A社が調査した結果、仕切りのある調理器具に関し、下記の先行文献が発見されたものとします。

出典:米国特許第3007595号公報

 もし、先行文献の構成と特許発明の構成が、すべて一致するのであれば、特許発明は、新規性を欠くことになります。また、相違点があっても、その相違点の構成が当業者にとって容易に想到できたものであれば、進歩性を欠くことになります。

 そのため、A社は、先行文献の構成と特許発明の構成に相違点があるのかどうか、相違点がある場合には、その相違点の構成が、他の技術文献等から当業者が容易に想到することができたといえるかどうかを検討します(詳しくは、本連載の「訴訟・無効論」の回で取り上げます)。
 さらに、無効理由が発見された場合には、それを訂正審判と呼ばれる特許庁の手続で事前に治癒しておくかも検討課題となります(詳しくは、本連載の「訴え提起」の回で取り上げます)。

 なお、2-1の充足論と、2-2の無効論は、併せて検討する必要があります。充足論で権利範囲を広く主張すると、無効論では無効になりやすくなるためです。

相手方の売上規模等の分析

 相手方側にとってどの程度大事な技術なのか、訴訟で勝訴した場合に、どの程度の損害賠償が見込めるのか、相手方側がライセンスを希望した場合にどのような条件が有り得るのか、といった点を検討するために、警告前の段階で、相手方製品の売上規模をある程度分析しておく場合もあります。

事前交渉(警告書送付等)の是非および進め方の検討(不正競争防止法2条1項15号の検討を含む)

(1)訴訟前に警告を行うかどうかの検討

 以上の検討の結果、侵害かつ無効理由がないといえそうであれば、訴訟提起前に警告を行うのか、警告は行わずに訴訟を提起するかを検討します。
 警告書の送付により、相手方が製造販売を自主的にやめる可能性がある場合や、訴訟提起前に相手方のスタンスを把握しておいた方がよい場合には、警告を行うことが有用です(実務的には、多くの場合警告を行います)。

(2)警告書を送る場合の注意点

 警告を行うという方針になれば、警告書を相手方側に送ります(表題は「通知書」や「◯◯の件」などにする場合もあります)。

 警告書・通知書には、特許権者の特許権と、相手方製品を特定し、相手方製品が特許権者の特許権を侵害していることを理由に、製造販売中止、在庫廃棄、売上等の情報開示を求める旨記載をする場合もありますし、少し控えめな形で、侵害しているとまでは書かずに、相手方の見解を問う形にする場合もあります。
 どのような内容が適するかは、事案の内容や、ビジネスの状況等にもよります。

 加えて、対象製品のメーカーではなく、その取引先や小売業者に対する警告行為(仮想事例でいえば、A社がB社のフライパンを扱う卸売業者や小売業者に警告する行為)は、後に特許権侵害であると認められなかった場合には、メーカーに関する虚偽事実の告知にあたるとして、不正競争防止法2条1項15号(旧14号)の不正競争行為となり、差止や損害賠償の対象となる場合があります。また、ウェブサイトにおいて、当該製品が特許権侵害であると公表する行為も同様です。その時々で判決の傾向も異なるため、送付先を検討し、また、虚偽事実告知に該当しないような表現を検討することも必要です。

 上記の検討に際し、特に社内での知財紛争経験の蓄積が十分でない場合には、知的財産を専門に扱う弁護士に相談しながら進めるべきといえます(第1回「特許権侵害を巡る紛争の全体像」参照)。

相手方側の準備

 相手方が警告書を受け取った場合に準備すべき点は、主に以下の点です。

  1. 相手方製品が特許権を侵害しているかどうかの検討
  2. 特許が有効かどうかの検討
  3. 売上規模等特許発明を利用したビジネスの状況の確認
  4. 対応方針の決定と警告書への回答

相手方製品が特許権を侵害しているかどうかの検討、特許が有効かどうかの検討

 検討の手順は特許権者側と同じです。

売上規模等特許発明を利用したビジネスの状況の確認

 警告書を受け取った相手方にとって、売上規模が小さい事業であれば、訴訟で争うよりも、販売を中止したり、訴訟に至る前に和解する方がコストを抑えて短期間で解決できることもあります。また、特許権者側と違って、相手方側の自社の情報であるため、売上に関する情報を容易に収集できます。そのため、どの程度の売上規模がある事業なのか、事業自体の将来性等を把握したうえで、対策を検討します。

対応方針の決定と警告書への回答

 以上を踏まえた相手方側の対応としては、概ね以下のものがあげられます。

1)非侵害または無効を主張する
2)製品の製造販売を自主的に中止する
3)製品の構成を一部変更して特許回避する

 非侵害または無効の決定的な根拠があれば、それを主張するのが効果的ですが、実際には、反論が難しい場合や、結論を予測しきれない場合、特許権者側が納得しない場合などもあります。

 また、訴訟に移行すると相当の費用が必要となるため、しばしば、1)の非侵害または無効の主張と平行して、2)製品の製造販売を自主的に中止することや、3)製品の構成を一部変更して特許回避する可能性も検討されます。
 特に、売上が少なく、事業自体に将来性がない場合等には、2)製品の製造販売の自主的な中止を選択した方が紛争を続けるより経済的にメリットがあるかもしれません。

 さらに、構成を一部変更することで、特許の権利範囲外とすることができるのであれば、将来の製造販売について差止請求を受けるリスクを低減できます(過去分の損害賠償義務は残りますが、設計変更によって特許権者も訴訟提起のメリットが減り、訴訟を回避できる場合もあります)。特に大きな負担なく設計変更可能な事案では、侵害・無効の検討と併せて、設計変更を検討するのが多くの場合有用です。

 方針を決めたら、特許権者側に対し、文書で回答書を送付します。
 回答内容が、後に訴訟になった場合に不利に働くことがありますので、どの方針を採る場合にも専門家と相談し、文章の内容に十分留意する必要があります。
 加えて、特許権者側が指定した期限までに回答できない場合、すぐに訴訟を提起されないよう、回答が遅れる旨と提出時期の見込みについて、特許権者側に知らせておくことも考えられます。

回答後のやり取り

 相手方側からの回答の後、特許権者側としては、相手方の主張に反論する、訴訟提起、(製造販売中止・設計変更の回答の場合に)過去分について損害賠償を請求する、または差止の目的が達成できたことにより矛を収める等々、状況により、様々な対応がありえます。
 和解としてライセンス契約が締結されることもあります。

 いずれの場合も、交渉が決裂すれば訴訟に至る可能性があるため、慎重な対応が必要となります。

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