特許権侵害訴訟に企業はどう向き合うか

第4回 裁判所の選択・管轄と訴訟にあたって必要な費用

知的財産権・エンタメ

裁判所の選択と管轄

裁判所の選択

 国内における特許権に関する紛争のうち、訴額が140万円を超える事件については、地方裁判所が管轄を有します。そして、これらの地方裁判所に係属する特許権に関する紛争については、知財紛争の専門部を擁する東京地方裁判所(民事第29部、第40部、第46部および第47部の4か部)および大阪地方裁判所(第21民事部および第26民事部の2か部)が専属管轄を有しています(民事訴訟法6条1項)。

 裁判所の選択に際しては、費用の観点からなるべく自社のホームグラウンドを選択するのが通常ですが、プレッシャーをかける目的で被告の所在地から離れた裁判所を選択することもありますし、両裁判所で見解の異なる争点が含まれている場合など、上級審の見解が明らかになるまでは、有利な見解を有するフォーラムを選択することもあります(「第1回 特許権侵害を巡る紛争の全体像」参照)。

専属管轄の振り分け

 もっとも、請求の内容によっては、東京あるいは大阪のいずれか1つの裁判所のみが専属管轄を有し、そのため、そもそも選択の余地が無いという場合もあり得なくはありません。
 東京、大阪の各地方裁判所への専属管轄の振り分けは、大まかにいえば、管轄権を有する裁判所の所在地によって定まります。具体的には以下のとおりです(民事訴訟法6条1項)。

  • 東日本(東京高等裁判所、名古屋高等裁判所、仙台高等裁判所または札幌高等裁判所の管轄区域内)の地方裁判所が管轄権を有する事件:東京地方裁判所
  • 西日本(大阪高等裁判所、広島高等裁判所、福岡高等裁判所または高松高等裁判所の管轄区域内)の地方裁判所が管轄権を有する事件:大阪地方裁判所

 それでは、東日本あるいは西日本の裁判所が管轄権を有しているかはどのようにして判断するのでしょうか。
 結論としては、以下に説明する、土地管轄、すなわち、①普通裁判籍(民事訴訟法4条)の所在地に加えて、特別裁判籍としての②義務履行地(民事訴訟法5条1号)および③不法行為地(民事訴訟法5条9号)により判断されます。ただし、②義務履行地については、損害賠償と差止請求の場合で規律が異なるため注意が必要です。

土地管轄

(1)普通裁判籍の所在地

 個人が被告の場合、その普通裁判籍は、原則として、日本国内の住所によりますが、日本国内に住所を有しない者等については、その日本国内の居所を、そして、このような居所すら知れない場合には国内の最後の住所を管轄する裁判所が管轄を有します(民事訴訟法4条2項)。
 他方、法人その他の社団または財団の普通裁判籍は、その主たる事務所または営業所により、事務所または営業所がないときは代表者その他の主たる業務担当者の住所により定まります(民事訴訟法4条4項)。
 ただし、外国の社団または財団の普通裁判籍は、上記基準に従い、その日本における主たる事務所もしくは営業所または日本における代表者その他の主たる業務担当者の住所により定まります(民事訴訟法4条5項)。

(2)義務履行地

 普通裁判籍に加えて、民事訴訟法は、「財産権上の訴え」について、「義務履行地」を特別裁判籍として認めています(民事訴訟法5条1号)。
 損害賠償請求については、金銭債務であることから、持参債務の原則により、原告の住所地が義務履行地です(民法484条)。
 他方、差止請求は、被告の不作為を求めるものであることから、その義務履行地は被告の普通裁判籍の所在地、すなわち被告の住所や事務所所在地等です。

(3)不法行為地

 また、民事訴訟法は、「不法行為に関する訴え」について「不法行為があった地」(不法行為地)を特別裁判籍として認めています(民事訴訟法5条9号)。特許権侵害訴訟であれば、被告製品が販売された地等が不法行為地に該当するでしょう。
 損害賠償請求については、特許権侵害が不法行為の特殊類型であることから、当然に「不法行為に関する訴え」に該当するものと解されています。
 他方、差止請求についても、不正競争防止法違反の事案であるものの、最高裁平成16年4月8日決定・民集58巻4号825頁において、不正競争防止法3条1項等に基づく差止請求の訴えが「不法行為に関する訴え」に該当することが認められています。そのため、特許法の下においても、不法行為地を管轄する裁判所に対して、差止請求の訴え提起が可能であると一般的には考えられています。

(4)まとめ

 特許権侵害訴訟における土地管轄の関係を簡単にまとめると次のとおりです。

特許権侵害訴訟における土地管轄の関係

競合管轄

(1)差止請求の訴えのみを提起する場合に生じうる問題

 以上の土地管轄に関する定めに従えば、損害賠償請求を提起する場合には、原告の住所・本店所在地を管轄裁判所とすることができる点で、差止請求を提起する場合よりも、原告(多くの場合には特許権者)にとって、選択肢が広いことがわかります。

 逆に、差止請求のみを提起する場合には、被告製品の販売地等によっては、原告の住所・本店所在地には提起できないという事態が生じえます。たとえば、特許権者が原告である場合に、その本店所在地が東京で、被告の本店所在地が大阪、そして、被告が侵害品を販売している場所が福岡である場合、特許権者はその本店所在地が東京であるにもかかわらず、大阪地方裁判所にしか訴えを提起することができません。

(2)損害賠償請求と差止請求の併合請求

 もっとも、差止請求に併せて損害賠償請求も提起する場合には、併合請求管轄に関する定め(民事訴訟法7条)の適用を受けることができます。併合請求管轄は、1つの訴えで数個の請求を行う場合には、そのうちの1つの請求について、管轄権を有する裁判所に対して訴えを提起できるとするものです。つまり、損害賠償請求を併合請求することで、原告の本店所在地を管轄する裁判所にも、差止請求の訴えを提起することができるのです。上記の例では、原告は、東京地方裁判所にも訴えの提起が可能となりますので、大阪地方裁判所への提起のいずれがより有利であるかを検討して、具体的なフォーラムを選択することになるでしょう。

 もちろん、管轄を得るためだけの形式的な損害賠償請求については問題がありますが、相応の根拠があるのであれば、訴え提起の主たる目的が差止請求にある場合であっても、損害賠償請求の併合請求を行うことが望ましい場合もあると思います。

仮処分命令申立事件の管轄

 特許権侵害訴訟を本案事件とする、仮処分命令申立事件の管轄も、東京地方裁判所または大阪地方裁判所の専属管轄です。具体的には、①本案の管轄裁判所または②仮に差し押さえるべき物または係争物の所在地を管轄する地方裁判所が、管轄を有します(民事保全法12条2項)。
 たとえば、特許権侵害訴訟が東京地方裁判所に提起される場合、①本案の管轄裁判所は東京地方裁判所になりますが、②もしも仮に押さえるべき物が福岡にある場合には、大阪地方裁判所も管轄を有することになります。
 ただし、実際には、本案と仮処分事件をあえて別々の裁判所に係属させる実益がない事件も少なくないと思います。

訴訟費用

訴訟提起にあたり必要となる費用

 訴訟提起にあたり必要となる費用としては、①法定の訴訟費用と、②弁護士費用が考えられます。

法定の訴訟費用

(1)訴訟費用の種類

 特許権侵害訴訟で必要となる訴訟費用は、通常の訴訟と特に変わりはありません。訴訟費用には、申立手数料余納郵券(裁判所により額が異なります)、証人・鑑定人の日当等があります。もっとも、特許権侵害訴訟では、証人尋問が行われることはあまりありません。また、訴訟費用は敗訴者負担が原則とされていますが(民事訴訟法61条)、実務上は、勝訴者が敗訴者に対して、これを請求しないことはよくあります。

(2)訴訟提起手数料の算定根拠としての訴額

 特許権侵害訴訟の申立手数料は、通常は、訴状に印紙を貼り付けることにより納付します。必要な貼用印紙代の額は法定されており、具体的には、訴額、すなわち、訴えで主張する利益によって算定されます。訴額は、最終的には裁判所が決定するものではありますが、損害賠償請求および差止請求については、以下の各基準があります。

(3)損害賠償請求

 損害賠償請求を含む金銭支払請求については、原告の請求額が基準額となります。訴額が多くなればなるほど、必要な印紙代も大きくなります。具体的な額は法定されています(民事訴訟費用等に関する法律3条1項、別表第1の1項)。

(4)差止請求

 差止請求の訴額については、東京地方裁判所および大阪地方裁判所それぞれの知的財産部が算定の基準を公表しており、具体的には、次のいずれかにより決定されます。

ア 原告の訴え提起時の年間売上減少額×原告の訴え提起時の利益率×権利の残存年数×8分の1

イ 被告の訴え提起時の年間売上推定額×被告の訴え提起時の推定利益率×権利の残存年数×8分の1

ウ (年間実施料相当額×権利の残存年数)-中間利息

 なお、実務上、上記計算式に基づき訴額を算出する場合には、訴額算定書の提出を求められることが一般的です。

(5)仮処分命令申立て

 仮処分命令申立事件については、本案の訴額に関係なく、その申立手数料は一件あたり一律2000円とされています(民事訴訟費用等に関する法律3条1項、別表第1の11の2項のロ)。

弁護士費用

(1)当事者負担の原則

 日本の訴訟手続では、弁護士費用は原則として、各当事者が負担するものと考えられています。この点、弁護士費用を含む訴訟に要した費用の敗訴者負担を認めている英国法系の国とは規律が異なります(たとえば、筆者が駐在していたシンガポールの訴訟や仲裁手続では各当事者が弁護士費用の一覧を提出する光景を良く見ます)。

(2)不法行為に基づく損害賠償請求における敗訴被告負担

 日本の法制度の下においても、不法行為に基づく請求については、弁護士費用も損害の費目として認められることがないわけではありませんが、その額は実費ではなく、他の損害総額の1割程度が妥当な損害金として認定されるのが通例です。

 もっとも、事案によっては、より柔軟な判断が下される余地がないとはいえません。たとえば、「レーザーによって材料を加工する装置」に関する特許権侵害訴訟の控訴審である知財高裁平成24年11月29日判決・判タ1410号158頁は、控訴人(原告)が差止・廃棄請求に加えて、①特許に関連する技術の困難性、②事件経緯の調査の必要性および③控訴人(原告)がスイス法人であり証拠等の提出に翻訳が必要であること等を理由として、弁護士費用相当額500万円の支払いを求めた事案において、その争点や難易度・複雑性、判決に至るまでの係属期間等、そして、同事件に現れた一切の事情を考慮して、弁護士費用相当額として400万円および遅延損害金の支払いを認めているところです。

(3)弁護士費用の決め方

 弁護士費用の決め方には、特にルールはありません。かつては、日本弁護士連合会が報酬基準を設けていましたが、2004年に撤廃されています。また、外国には、紛争案件について、報酬金制を禁じている国(たとえばシンガポール)もありますが、日本ではそのような法規制もありません。

 そのため、実務上は、①着手金・報酬金制(通常、訴額に連動します)、②タイムチャージ制あるいは③これらの混合型が用いられています。弁護士費用の決定に際しては、事件の種類や、難易度、訴額、弁護士のキャリアや担当人数等、種々の要素を考慮する必要があるため、これらのいずれの方式により算出を行うべきかについては、一概に論じることができず、正にケースバイケースです。

 もっとも、どのような事件であっても、適正な弁護士費用の支払いは、弁護士との信頼関係を維持するうえで非常に重要であることは間違いなく、また、後のトラブルを避ける観点からも、訴訟を委任する際には、弁護士費用についてきちんと話し合いを行っておくことが肝要です。

 特に訴訟経験の少ない企業の場合には、弁護士との間のみならず、社内でも、経営陣と法務担当者との間で費用に関する相場観が共有できていないこともままあります。このような場合には、法律事務所から事前に見積もりを取得し、特許無効審判や、反訴の可能性、さらには、控訴した場合を含め、紛争解決に要する費用のイメージを持ったうえで、経営陣とこれをしっかり共有しておくことが望ましいでしょう。

プレス・リリース等

 訴訟提起の事実については、株主等のステークホルダーに対する説明責任を果たす観点から、プレス・リリース等、特許権者による対外公表が必要となる場合は少なくありません。

 公表内容が単に特許権侵害訴訟等を提起したという事実に留まるのであれば問題ありませんが、他方で、被告が特許権を侵害している等と記載した場合にはリスクが伴います。後に判決で原告の請求が棄却された場合、不正競争防止法上の虚偽事実を告知・流布(不正競争防止法2条1項15号)した行為に該当すると判断され、差止や損害賠償請求の対象となる可能性があるからです。そのため、交渉段階における警告書送付の場合と同様(「第2回 特許権侵害訴訟の事前準備・交渉の実務」参照)、プレス・リリース等の記載内容については、虚偽事実の告知・流布に該当しないように注意する必要があります。

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