技術情報漏えいの有事に企業が行うべき対応

第2回 技術情報を権利化するか秘匿するかはどのように選択するのか

知的財産権・エンタメ

 「第1回 技術情報にはどのような権利や法律関係が成立するのか」では、技術情報の法的性質と保護手段の関係を理解するために、盗まれた場合のインパクトという観点から見たときの情報と媒体の関係に触れ、情報の非排他性という特質から、保護の手段としては、権利化または秘匿から選択すべきこととなることを説明しました。

 今回は、これを前提に、前提知識編の第2回として、具体的にどのように保護手段を選択するのか、そして、秘匿を選択する場合において、秘密保持契約などの契約による保護と、不正競争防止法などの不法行為法制による保護とはどのような関係に立つのかを整理しておきたいと思います。

権利化と秘匿の関係

 情報には非排他性という特質があるため、技術情報の保護手段には、基本的に、権利化と秘匿しかありません
 具体的に、どの情報をいずれの手段で保護するかについては、各社各様の指針があります。たとえば、製品に化体される技術は権利化し、製法などのプロセスは秘匿するなどのルールを原則としつつ、他社による権利化を阻止するためのプロセスの出願や、さらに高度な戦略として、市場拡大のための技術の開放などが行われることもあります。こういった戦略は、開放技術によって市場を形成しつつ、独占技術によって利益を確保するもので、オープン・クローズ戦略などと呼ばれ、権利化と秘匿との関係に多彩なバリエーションを生みます。

 しかし、情報漏えいの局面では、現に技術情報の保護に穴が開いた状態になってしまっており、体系的に保護手段を考えている時間的余裕がありません。この段階では、まずは漏えいした情報の本質を迅速に見極め、本来的に、その情報がどのような保護に適するものかを端的に判断した上で、方針決定をする必要があります。

 そこで、ここでは、特許権と営業秘密の対比を軸に、純粋に法律的観点から、保護手段選択における判断指針を示すこととします。

公開の代償としての特許権

 特許権は、発明者が新規の技術を世の中に公開することへの代償ないしインセンティブとして付与される権利と解されています。このインセンティブが与えられる期間、すなわち特許期間には、特許権者によって技術が独占されるが、期間経過後は、誰もが利用できる公開技術となるため、広く国民がその利益を享受でき、産業が発展する、という考え方です。

 つまり、権利化の本質は公開であって、秘匿された情報には、不正競争防止法等による一定の保護は与えられても、何らかの法的権利が付与されることはありません

特許権と分析コストのトレードオフ

 法的権利の本質が公開であることは、権利取得が分析コストの引受けであることを意味します。

 他人の技術を模倣しようと思えば、その技術を分析しなければなりません。すなわち、技術の保有者と模倣者が存在するとき、デフォルトの状態では、模倣者が技術の分析コストを負担しているのです。
 ところが、技術の保有者が特許権を取得すると、対象となる技術情報は公開公報や特許公報として、インターネットを通じて世界中に公開されるため、模倣者の分析コストはゼロになります。
 この状態で模倣者が現に模倣をしたとき、権利者が権利行使をしようとすれば、権利者は、模倣者の製品が特許権を侵害するものであることを証明するために、製品を取得するなどして、技術を分析しなければならなくなります

 いわば、特許権を取得したがゆえに、模倣者の分析コストが権利者に移転したことになるのです。

保護手段の選択

 特許権の取得が分析コストの引受けを意味するなら、特許権による保護を選択するかどうかは、分析コストの引受けに見合うかどうか、という観点から決定すべきこととなります。

 分析が困難な技術は、特許化しなくとも容易に模倣されることはなく、また、模倣された場合の権利行使は容易でないため、特許化にはなじまないこととなります。一般に工場内で用いられる製法はその典型とされますが、組立手順やシステムの処理手順など、分析が不可能ではないプロセスもあり得るでしょう。

 他方、分析が容易な技術は、分析コストを引き受けたとしても、模倣された場合には比較的容易に権利行使できますから、特許化になじみやすいといえます。市場を流通する工業製品は多くの場合これに該当し、分解で解析できる機械的構造などは典型例といえますが、市場で入手可能であっても、組成や特性などには分析が困難な場合もあるでしょう。

特許法に基づく対策の重要性

 実際に何らかの製品を開発するにあたって必要となる技術には、特許化すべき要素と秘匿すべき要素の両方が含まれているのが通常であり、両方の保護手段が組み合わされて用いられます。
 しかし、両者を比較すると、対象製品によるものの、技術的・経済的価値の中核をなしているのは、特許化すべき技術であることが多いのではないかと思われます。
 また、後に詳細に説明するとおり、一般に、技術情報の漏えい事故の現場で、より緊急性の高い対応が求められるのは、特許化すべき技術といえます。

 そのため、技術漏えい発生時には、不正競争防止法と並んで、あるいはそれ以上に、特許法上の制度に基づく対策の要否、可否を検討することが重要になるのです。

契約上の保護と不正競争防止法による保護とのリンケージ

契約による技術情報の保護の必要性

 特許権と分析コストのトレードオフ(前記1-2)という観点から権利化に適さない情報は秘匿するのが原則ですが、現在のイノベーション環境では、権利化しない情報のすべてを自社内に秘匿しておくことが必ずしも現実的とはいえません。オープン・クローズ戦略のような戦略的開放はもちろん、一定の情報を提供して外部からの協力を得ることにより、開発におけるリードタイム獲得や生産の効率化を図るのは当然の企業行動といえます。

 この場合に、技術情報保護という観点から重要になるのが契約です。秘密情報が何らの拘束もなく公開されると、非公知性が失われ、もはや法的保護の対象とならなくなります。これを回避するためには、契約による対応が重要になるのです。

契約の類型

 外部に提供する秘密情報を保護する目的で締結される契約の典型は秘密保持契約/NDA(Non-Disclosure Agreement)といえるでしょう。しかし、形式は共同開発契約であれ、ライセンス契約であれ、製造委託契約であれ、秘密情報の提供と、その保護に関する規定を有する契約は、秘密情報の保護という観点では、すべて本質的に同じであるといえます。

 したがって、技術情報保護のための契約には、様々な類型があるものの、その形式いかんにかかわらず、実体的な契約関係において秘密情報の提供があり、また、契約書においていわゆる秘密保持条項など、その保護に関する合意があるのであれば、ここでの議論が適用されることとなります。

契約上の保護と不正競争防止法上の保護の法体系上の位置付け

 日本の民法体系では、2者間の法律関係を大きく、意思表示に基づくものと基づかないものに分類しています。

 前者の代表格は、契約に基づく法律関係で、秘密保持契約に基づく秘密情報の保護も、これに属します
 他方、意思表示に基づかない法律関係の代表は不法行為で、日常生活では、交通事故に基づく損害賠償請求権はこれに属します。知的財産法の世界では、特許権侵害も、契約などの意思表示に基づく関係とは別に生じる事象ですので、不法行為に該当します。

 不正競争防止法は、一般に、不法行為を類型化し、特別の救済を与えるものと考えられていますので、同法に基づく営業秘密の保護も、不法行為に基づく法律関係といえます。

両者の関係とリンケージ

 このように、同じく秘密情報の保護を目的とするものではあっても、契約による保護と不正競争防止法による保護とは、法体系上の位置づけを異にする別個独立の制度といえます。

 実際、契約による保護は、合意により、保護の範囲を不正競争防止法にいう「営業秘密」に該当しない情報まで拡張できる点、不正競争防止法による保護は、契約がなくても享受できるという点に、利点があります。そのため、両者はそれぞれ独自の存在意義を持ち、相互に補完関係にあると説かれることがあります。もちろん、このこと自体は間違いではありません。

 しかし、実務的にみれば、契約で広い保護範囲を定めたからといって、訴訟の現場で文字通りの保護を受けられるとは限らず、解釈によって、実質的に不正競争防止法にいう営業秘密と同等またはそれに近い範囲の情報に限定される可能性があります。最近の判決でも、東京地裁平成29年10月25日判決・平成28年(ワ)第7143号は、退職者の秘密保持義務の範囲につき、「業務上知り得た機密事項」といった抽象的な規定があったとしても、不正競争防止法上の営業秘密と同等の範囲に限定した解釈をしています。

 他方、契約なくして第三者に技術情報を開示した場合に、その情報が、非公知性や、秘密管理性といった営業秘密の保護要件を充足するかというと、その立証には困難を伴う場合があり得ます。すなわち、第三者に提供した場合に、その情報がなお非公知といえるためには、情報の受領者が秘密保持義務を負っている必要がありますが、企業間取引において、情報を受領する企業が秘密保持義務を負うとすれば、その根拠は通常契約です。そのため、秘密保持契約などの契約がないと、非公知性の立証に困難が伴うことが考えられます。
 また、技術取引を行うような企業が、秘密保持契約もなしに秘密情報を提供しているとなると、社内に秘密管理体制が構築されているか、あるいは、体制があるとしても、当該情報が秘密管理の対象となっていたか、という観点で疑義が生じることもあるでしょう。
 こういった問題を回避し、第三者に提供する技術情報について確実に不正競争防止法の保護を受けられるようにするためには、契約による手当が重要になるといえます。

 以上からすると、通常の企業間取引で社外に技術情報が提供される場合の保護については、契約上の保護と、不正競争防止法に基づく保護は、実質的に一体のものと捉えるべきものといえます。


 今回整理した権利化と秘匿の関係をもとに、次回は、情報漏えい時における対応手段のメニューを概観したいと思います。

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