日本版司法取引制度(協議・合意制度)が企業実務に与える影響

危機管理・コンプライアンス

 日本版司法取引制度(協議・合意制度)が導入された場合、企業の実務にはどのような影響がありますか。

 協議・合意制度の対象となる特定犯罪には企業関連犯罪の多くが含まれます。制度を適切に利用できなければ、処分の減免を受けられないことに加え、厳しい捜査への対応や社会的信用の失墜に陥るリスクが生じます。他方、この制度には、自分の刑罰を軽くしたいためにあえて虚偽供述(引っ張り込み)を行う危険性があるという指摘もあります。特定犯罪が判明した場合の適切な危機対応をするうえでも、制度を理解し、的確に対応していくべきでしょう。

解説

想定される影響

どのような場合に適用されるのか

(1)「他人」が自社またはその役職員の場合

  • 典型例
     協議・合意制度とは、被疑者や被告人(以下「被疑者等」)が、組織的な犯罪において中心的な役割を担った第三者(法文では「他人」という表現)の犯罪を明らかにするため、検察官等に対し、真実に合致する供述をしたり証拠を提出するという協力行為の見返りに、自分の起訴を見送ってもらったり(不起訴処分)、起訴された場合でも軽い求刑をしてもらったりできるようにする仕組みのことです。

     協議・合意制度が典型的に想定しているのは「他人」が自社内の上位者という場合です。なお、この制度の対象となる犯罪の中には、実行犯である役職員を罰するとともに、法人にも刑罰(罰金)を科すという「両罰規定」が設けられているものがあり、その場合には、法人である企業も「他人」として、この制度の対象となる可能性があります。

  • 適用の可能性が低い例
      逆に、「他人」が被疑者等より組織内で立場が下(下位者)である場合は、制度の趣旨に必ずしも合致しませんので、一般的には、適用の可能性は低いと考えられます。ただし、たとえば、会社が被疑者等として、「他人」である役員等による犯罪行為を捜査機関に申告し、会社自身は協議・合意制度により訴追を免れるということは、一見、制度の趣旨にそぐわないようにも思えますが、前経営陣による不正行為(犯罪)の責任追及の一環として会社がその捜査等に協力するという例を想定すると十分あり得ます 。首謀者である前経営陣を適正に処罰するという点では制度目的に合致し、株主始め多くのステークホルダーの利益にも沿うからです。

(2)他社またはその役職員の場合

 「他人」が他社またはその役職員である場合は、組織上の上下関係はありませんが、検察官が、当該「他人」を処罰することが組織的に行われた財政経済犯罪の解明につながると考えれば、協議・合意制度が適用される可能性は十分あります。たとえば、「日本版司法取引制度(協議・合意制度)の概要」でも紹介したリニア談合事件のようなケースをイメージしてもらうとよいでしょう。   

虚偽供述(引っ張り込み)の危険性

 協議・合意制度では、被疑者等が、捜査機関に協力行為を行う動機は自分の処分の減免を受けることにありますので、自分が助かりたいために嘘をついて他人を引っ張り込む危険性も否定できません。その危険を防止するために、改正法では、虚偽供述等処罰罪の新設など制度上の手当てがなされていますが、それで十分安心できるということにはなりません(国会における法案審議の過程でも種々の懸念が示されました)。したがって、社内調査では、特定犯罪を実行した従業員による上位者等の関与を示す供述には、こういう引っ張り込みの危険性があることを十分考慮に入れ、その信用性を慎重に吟味しなければなりません。具体的で詳しい供述があることに加え、それが客観的証拠・資料に裏付けられているかどうかがポイントになります

制度を適切に利用できないことによるリスク

 自社の役職員が、業務に関連し、特定犯罪に何らかの関与をした場合、前述のとおり、①共犯者である「他人」が社内(あるいはグループ内)だけのケースと、②社外(たとえば同業他社の役職員)にもいるケースが考えられます。

 まず、いずれのケースも、会社としては、できる限り迅速かつ的確に対応していく必要があります。適切に利用できないことにより種々のリスクが想定されるからです。

(1)共犯者である「他人」が社内(あるいはグループ内)だけのケース

 ①のケースにおいて、仮に、実行者である部下が犯行を認めながらも、組織のしがらみや上位者をかばいたいといった動機から協議・合意制度の利用に応じない場合、実行者自身が協力しようとしないことで会社としての捜査協力にも支障が生じるため、会社自体が、捜査機関の本格的な捜査対象となり、時として大々的かつ長期間の強制処分(逮捕・勾留、捜索・差押え等)にさらされるおそれがあります。また、部下が協議・合意制度の利用に応じた場合であっても、それが、個人の判断に基づき、会社が知らないうちに手続が進められた場合、会社としての対応が後手に回り、捜査機関へ的確な対応ができず、世間からも捜査協力の姿勢が後ろ向きと取られ、場合によって責任逃れ、隠蔽といった厳しい批判を浴びる可能性もあります。

 さらに、両罰規定のある犯罪では、実行者自身が協議・合意制度の利用に応じなければ、会社として被疑者等の立場で同制度の適用を望んだとしても事実上難しく、不起訴処分等のメリットを受ける機会を失うおそれがあります。そうなると、会社はある程度高額の罰金刑を覚悟しなければなりませんが、それ以上に、波及的影響として、各種業法上の許認可欠格事由に該当してこれを取り消されたり、競争参加資格の停止や取引停止等の措置を受けたり等、業務上の不利益や、刑事手続そのものに伴う負担、犯罪や前科といった負のイメージがもたらす信用・ブランドの低下といったダメージの方がより深刻です。加えて、協議・合意制度を適切に利用できなかったことにより会社に損害が発生した場合には、代表訴訟リスクもつきまといます。

(2)社外(たとえば同業他社の役職員)にもいるケース

 他方、②のケースでは、当該犯罪に関与した同業他社ないしはその役職員との、捜査協力ないし合意の獲得に向けた「競争」の問題が生じてきます。うかうかしていると同業他社に先を越され、自社やその従業員が協議・合意制度のメリットを享受できないおそれもあります。

企業が直面する犯罪リスク

 企業またはその役職員は、当該企業の経済活動を営む過程で利益追求などの動機に基づき種々の犯罪行為を行うことがあります。こうした企業関連犯罪は、組織ぐるみで行われることが多いことなどから、純粋な個人犯罪と比較すると、態様・手口が巧妙、反復継続性が高い、規模・金額が大きい、罪証隠滅が行われやすいといった特徴があります。また、犯罪行為を行う役職員にとって、私利私欲ではなく会社のためという大義名分が立ちやすいことから、犯罪行為を行うに当たっての心理的ハードルも低くなりがちです。

 企業関連犯罪はまさに企業不祥事の最たるものです。発覚すれば、それ自体、社会に大きなインパクトを与えますし、コンプライアンス経営が重視され、消費者意識の向上が進む昨今、当該企業の社会的信用を著しく失墜させ、その存続さえも重大な危機にさらされることになります。

 企業の業種・業態によって、直面する犯罪リスクは異なります。みなさんの会社がどのような犯罪に直面するおそれがあるのか、あらかじめ、リスクベースで重点的な洗い出し、その発生を未然に防止する手立てを講じておくことが重要です。

 前述のとおり、協議・合意制度の対象となる特定犯罪には企業関連犯罪の多くが含まれますので、特定犯罪が判明した場合の適切な危機対応のためには、制度の理解は欠かせません。

捜査手続に伴う負担(企業関連犯罪に対する捜査手続の特徴)

 最近の企業関連犯罪に対する社会の一般的な受け止め方はどのようなものでしょうか。
 まず、組織ぐるみで行われるという理解のもと、当該犯罪の実行者だけではなく、それを指示・命令した者や支援・協力した者など関与者(共犯者)を広くとらえる傾向にあるといえます。特に、組織上位者に対する責任追及(法的責任はもちろん、道義的責任も含まれます)が強く求められているように思われます。そして、企業みずからが実態解明に協力することと再発防止に向けた最大限の努力をすることは、もはや社会的要請であるといっても過言ではありません。他方、その裏返しとして、組織ぐるみの隠ぺい、責任回避、自己正当化、矮小・歪曲化等に対しては非常に厳しい見方がされます。積極的に犯罪に関わったわけではなく、消極的に見逃しただけであっても、世間は許してくれません。

 こうした見方が企業関連犯罪に対する捜査手続にも少なからず影響することになります。すなわち、この種の犯罪捜査においては、何らかの形で当該犯罪に関与した者だけではなく、社内外を問わず、大なり小なり参考となる事情を知っている関係者(もちろん取引先関係者も含まれます)が広く聴取対象にされ、また証拠資料の提出を求められることになります。また、捜査期間は数か月から場合によっては1年以上の長期に及ぶことも覚悟しなければなりません。さらに、多くの場合、関係する証拠資料は膨大になりますが、それらが広く捜索・押収の対象とされます。捜査機関による捜索・押収の手続は早朝から深夜まで長時間にわたることもしばしばで、連日あるいは複数回実施されることも珍しくありません。業務へ大きな支障が生じるばかりか、報道等によって、こうした強制捜査を受けた事実が世間に知れ渡った場合、信用失墜によるダメージは計り知れません。加えて、企業関連犯罪の場合、多くは規模が大きく、事案も複雑で、事実関係の把握ないし真相解明は容易ではありません。そのため、捜査機関は、事情を知る関係者の取調べの重要性は依然として高いと考え、企業関係者に対し、事と次第によっては、多数回あるいは連日かつ長時間の取調べに応じることを求めてくるでしょう。  

協議・合意制度の位置付け(正しい理解と適切な利用)

 仮に、企業が責任回避あるいは隠ぺいの姿勢に終始すれば、こうした捜査の厳しさは更に増すことになると思われます。しかしながら、たとえ企業関連犯罪が発生しても、適切な事後対応をすれば、こうしたダメージを軽減することも可能なはずです。その事後対応ツールの一つとして、協議・合意制度を適切に利用していくというのが賢い選択ではないでしょうか。

 企業法務関係者のみならず、その他の役員クラスの方々におかれても、この制度の仕組みを理解され、社内での周知とともに、有事を想定し、どのように対応していくかということを、あらかじめ弁護士等の専門家と相談しておかれることを強くお勧めします。

Q&Aでわかる日本版「司法取引」への企業対応 - 新たな協議・合意制度とその対応 -
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