優越的地位濫用を防止するための視点 取引開始時の優越的地位濫用と民事訴訟による執行

競争法・独占禁止法

問題の所在 - 取引開始の際の濫用行為

 「優越的地位濫用1」は、公正取引委員会がタスクフォースを設けるなどして積極的な執行を行っている違反行為類型であるが、最近の違反被疑事件審査において主に念頭に置かれているのは、もっぱら、継続的取引関係などを背景とした濫用行為に対する規制である。

 しかし、企業間取引において濫用行為が問題となり得るのは、継続的取引関係などを背景とした濫用行為のみではないはずだ。取引関係に入る企業間において、たとえば交渉力に格差があり一方当事者に不利な契約条項が設けられた場合に、これが優越的地位濫用に該当する場合もあるのではないか。また、かかる濫用行為の是正が公正取引委員会によって実現される可能性が低いのであれば、民事訴訟による私的執行に注目すべきではないか。これが、今回取り扱う問題である。

取引開始の際の優越的地位濫用

 実際のところ、裁判例においては、取引開始時における優越的地位が認定され、取引契約(の一部条項)の私法上の効力が訴訟手続を通じて否定される事例がすでに現れている。そこで、本稿では、「取引開始の際の優越的地位濫用」について独占禁止法解釈上の論点についてご紹介したい。

「取引開始時における優越的地位」をどう認定するか

「事業経営上大きな支障」基準の再検討

(1)「取引開始時における優越的地位」をどのような基準に基づいて認定すべきか

 まず問題となるのは、「取引開始時における優越的地位」をどのような基準に基づいて認定すべきか、という点である 2

 この点について、「優越的地位の濫用に関する独占禁止法上の考え方」(公正取引委員会・以下「優越的地位濫用ガイドライン」という)は、優越的地位について、「甲が取引先である乙に対して優越した地位にあるとは、乙にとって甲との取引の継続が困難になることが事業経営上大きな支障を来すため、甲が乙にとって著しく不利益な要請等を行っても、乙がこれを受け入れざるを得ないような場合である」としている。

 公正取引委員会はこの定義に基づいて、「新たに継続して取引しようとする相手方との関係」では「相手方との取引継続が困難となることが事業経営上大きな支障を来すこととなる可能性は低い」と説明しているが 3、これは優越的地位濫用規制の適用範囲を不当に狭めるものである旨の指摘がみられる4

 裁判所は公正取引委員会ガイドラインに拘束されるものではないし、ガイドラインも取引開始時における優越的地位が認定される可能性を否定しているものではないので、結局は事案ごとの事実認定によることとなると思われるが、優越的地位濫用ガイドライン公表当時(平成22年)における公正取引委員会の姿勢がこのようなものであったことは認識しておく必要がある。

 劣位にある旨主張する事業者は、裁判所が優越的地位認定に対して消極的姿勢をとることのないよう、優越的地位認定の手法について一応の説明をする必要があるだろう。

(2) 小松・ビサイラス事件

 公正取引委員会は、かつて、取引開始時における優越的地位を比較的積極的に規制していた。その具体例として、小松・ビサイラス事件(昭和54年 (判) 第2号、 昭和56年10月26日審判手続打切決定)がある。この件は、わが国所在の建設機械メーカー(小松製作所)が米国所在の建設機械メーカー(ビサイラス)から技術導入を行うにあたり、改良発明の譲渡義務を定める条項等が合弁契約中に設けられたというものである。

 公正取引委員会は、当該契約条項が優越的地位濫用に該当する国際契約であるとして排除勧告を行い、また審判開始決定をした(その後、当該合弁会社が解散・清算により消滅したことにより、審判手続は打ち切られた)。

審判開始決定書記載の契約締結に至る経緯

 公正取引委員会担当官解説5は、審判開始決定書記載の契約締結に至る経緯が、ビサイラスの小松に対する優越的地位を示すものであると思われる旨説明したうえで、①契約締結当時の日本は、自由化の拡大方針とともに、日本企業が競って技術導入を行い、契約の内容を詳細に検討するより先にまずサインをするという状況であったこと、②小松もこのような状況の中で契約蹄結に至ったこと、③当時は、海外の建設機械の有力メーカーの多くが日本の他の競合メーカーと技術提携を行っていたことをあげ、ビサイラスの小松に対する優越的地位の認定は、単に技術の優越性に止まらず、このような競争事業者全体の状況に基づいて行われた旨指摘している。

 この事件におけるように、取引を開始しなければ同業他社による事業展開の動きに乗り遅れてしまう、という状況のもとにおいて交渉が行われ締結に至る契約は少なくないだろう。このような事案を競争事業者全体の状況に基づいて検討すれば、契約を締結して取引を開始しないことが「事業経営上大きな支障を来す」場合もあるように思われる。

「取引依存度」基準の再検討

(1)「取引依存度」基準と取引開始時の優越的地位濫用

 優越的地位濫用ガイドライン(および役務の委託取引における優越的地位の濫用に関する独占禁止法上の指針、以下「委託取引優越的地位濫用ガイドライン」という)は、優越的地位の「判断に当たっては、乙の甲に対する取引依存度、甲の市場における地位、乙にとっての取引先変更の可能性、その他甲と取引することの必要性を示す具体的事実を総合的に考慮する」としているところ、公正取引委員会排除措置命令・課徴金納付命令に対する審判事件においては、「取引依存度」の解釈が重要争点の一つとされることがある。

 公正取引委員会実務においては、納入業者の被疑優越事業者向け売上を(全社または支店の)総売上で除することによって取引依存度が算出されているが(たとえば3%)、優越的地位濫用ガイドラインには、優越的地位を認定するための客観的・定量的な数値基準は示されていない。

 取引開始時の優越的地位濫用事案においては、被疑優越事業者向けの売上が存在しない(取引開始後にはじめて売上が計上される)ので、取引依存度を上記の方法で計算すれば常に「0%」となりそうである。

(2)事業者の経験、取引実績等を考慮した裁判例

 この点に関して、高裁裁判例(知財高裁平成18年4月12日判決)〔SCEソフトウェア委託〕)は、プログラマーが業務委託を受けて制作したソフトウェアに係る著作権がプログラマーから委託者へ譲渡される旨を規定した複数の契約について、委託取引優越的地位濫用ガイドラインを参照しながら、取引依存度については、本件プログラマーが豊富な経験を有し、本件委託者以外の者からの業務委託も数多く受けてきたという事実をあげて、取引依存度が高いとはいえないと判断し、本件プログラマーは本件委託者との取引がなくなることをおそれて著しく不利な条件であっても受け入れざるを得ないような状況にはなかったと判示して、優越的地位の存在を否定した。

 この判決は、公正取引委員会実務においてみられるような計算が行われることなく、むしろ、劣位にあると主張している事業者の経験や既存取引先との間の取引実績に関する定性的事実が重視されている点において興味深い。

 本判決にみられるような、劣位にあると主張している事業者の経験、取引実績等を重視するという判断手法は、公正取引委員会が小松・ビサイラス事件において技術力の格差を考慮したことと相通じるものがある。これを「取引依存度」の問題として取り扱うかはさておき、これが優越的地位認定における考慮要素とされるという点において、裁判所と公正取引委の考え方には特段の相違はないとみることができるだろう。

 このように、取引の一方当事者が取引開始時において優越的地位にあると評価されることは実際にあるので、優越事業者となり得る当事者は、将来の民事訴訟により契約条項の効力を否定されるという想定外の事態を招かないよう留意することが重要である。

「取引開始時の濫用行為」をどのように認定するか

取引開始時の濫用行為と契約審査

 契約はその規定どおり履行されることが当然のことであるのに、その効力を事後的に覆滅させられてしまっては、ビジネスへの影響は甚大なものとなりかねない。契約締結の時点における法務・総務部の契約審査が重要である。

 濫用行為は取引当事者の一方に不利益な行為をいい、①あらかじめ計算できない不利益と②不当(過大)な不利益の2つの類型がある。

 契約の規定上、相手方にあらかじめ計算できない不利益を与える契約は、そもそも相手方が内容を充分に理解して合意したか否かについて疑いを生じかねないから、濫用行為性を否定することに困難を伴う可能性が比較的高いように感じられる。

 これに対して、不利益の内容が契約に明確に規定されている場合(たとえば、違約金の額が明記されており、違約金発生事由も明確である場合)には、取引相手方は不利益の内容を認識したうえで契約を締結しているはずであるから、当該不利益が不当(過大)である場合にのみ濫用行為該当性が肯定される。

取引開始時の濫用行為と交渉経緯

 公正取引委員会の優越的地位濫用ガイドラインは、過大な不利益の判断において交渉経緯を重視する姿勢を明らかにしており、たとえば対価の一方的設定について「対価の決定に当たり取引の相手方と十分な協議が行われたかどうか等の対価の決定方法」を考慮するとしている。この考え方によると、契約条項の文言のみからは濫用行為の有無の判断がつかない場合があり得ることとなる。

 たとえば、不利益条項について多数の相手方との間で同一内容の契約が締結されようとしている場合には、なぜ不利益条項について相手方ごとの修正が行われていないのか、その経緯が重要であり、具体的には、一方的な押し付けがなかったか否かが濫用行為認定のポイントとなる可能性がある。

 さらに、署名押印済・製本済の契約書を一方的に相手方に送付するなど押し付けとみられ得る経緯がなかったか、契約条件について相手方から変更の求めがなかったか(これに対してどのような返答をしたか)等の事実関係も考慮要素とされるだろう。

まとめ

 「取引開始時の優越的地位とその濫用」については、高裁判決を含む下級審裁判例によってすでに裁判所の判断が蓄積しており、本文においてご紹介したとおり、いくつかの重要な論点に関してそれなりの準則を抽出することが可能な状況が近づいてきている。

 しかし、公正取引委員会・優越的地位濫用ガイドライン(平成24年)の存在が目立つこともあってか、とりわけ最近では、優越的地位濫用該当性を検討する際における実務家の目がもっぱらガイドライン記載の解釈へと向かってしまっていたようにも感じられる。

 もとより裁判所は公正取引委員会ガイドラインに拘束されるものではなく、しかも裁判例がある程度蓄積しているのであるから、裁判例を十分に分析して訴訟戦略を構築すべきことは当然であるし、これが被害回復の新たな道を拓くことにつながるように感じられる。また、独禁法研究者による研究の蓄積も進んでおり、その知見に基づいて実際の案件について検討することも可能となってきている。

 「取引開始時の優越的地位とその濫用」という事案について意識的に議論されることは必ずしも多くないが、公正取引委員会による是正を実際上あまり期待できなくとも、裁判所による救済であれば期待し得る事案であるという点において、訴訟・差止仮処分の活用という戦略が効果を発揮し得る興味深い分野である。


  1. 優越的地位濫用とは、①取引の一方の当事者が自己の取引上の地位が相手方に優越していること(優越的地位)を利用して、②正常な商慣習に照らして不当に、不利益を与える行為(濫用行為)を行うことをいい(独占禁止法2条9項5号)、独占禁止法は、これを不公正な取引方法の一類型として禁止している(独占禁止法19条)。 ↩︎

  2. この問題を具体的に論じた論稿として、舟田正之「取引開始の際に行われる優越的地位の濫用」がある。また、業界の特性などを念頭において問題提起や議論が行われることもあり、その一例として、コンビニエンスストアなどフランチャイズチェーン加盟店契約について、フランチャイズ・システムの構造や契約自体に加盟店本部の優越的地位が内在している旨論じる見解がみられる。参照、長谷河亜希子「フランチャイズ・システムと優越的地位の濫用(1)」公正取引721号12頁以下(平成22年・公正取引協会)。 ↩︎

  3. 公正取引委員会「『優越的地位の濫用に関する独占禁止法上の考え方』(原案) に対する意見の概要とこれに対する考え方」7頁。 ↩︎

  4. 岡田外司博「優越的地位の濫用規制の最近の展開」日本経済法学会年報35号5頁以下(有斐閣、2014)。 ↩︎

  5. 石田英遠「建設機械の技術導入にかかる国際契約違反事件」公正取引376号20頁(昭和57年)。 ↩︎

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