公取による異例の注意 キヤノンによる東芝メディカルシステムズの株式取得は一体何が問題だったのか?

競争法・独占禁止法
金田 繁弁護士

(Ken Wolter / Shutterstock.com)

 6月30日、公正取引委員会は、キヤノン株式会社による東芝メディカルシステムズ(以下「TMS」という)の株式取得のスキームに対し、事前届出制度の趣旨を逸脱していると注意を行い、スキームに関与した株式会社東芝に対しても今後の再発防止に関して申入れを行った。
 キヤノンは、TMSの株式取得について、事前に公正取引委員会に届出を行ってその審査を受けており、同委員会の審査が終了した。
 しかし、東芝は、事前届出の前に、TMSの株式を議決権のあるA種種類株式、議決権のないB種種類株式、そしてTMSの新株予約権に変換しており、B種種類株式と新株予約権をキヤノンに譲渡し、A種種類株式をペーパーカンパニーであるMSホールディングに譲渡していた。
 この一連の行為は、MSホールディングを通じてキヤノンとTMSとの間に一定の結合関係が形成されるおそれを生じさせるとして問題視された。

取引のイメージ

東芝株式会社、キヤノン株式会社の報道発表資料、東芝メディカルシステムズ株式会社、MSホールディング株式会社の法人登記簿を基に編集部作成

 では、一体どのような点が問題だったのだろうか。また、今後の企業実務にはどのような影響を及ぼすのか。独占禁止法の実務に詳しい、瓜生・糸賀法律事務所の金田繁弁護士に聞いた。

スキームの問題点は

株式の取得について公正取引委員会へはどのような届出が必要なのでしょうか。

 ある会社(「株式取得会社」といいます)が、他の会社(「株式発行会社」といいます)の株式を取得する場合において、( i ) 株式取得会社の企業結合集団(=最終親会社と、その子会社や兄弟会社、孫会社等からなる企業集団)に属する会社等の国内売上高合計額が200億円超であり、かつ、( ii ) 株式発行会社およびその子会社の国内売上高合計額が50億円超であって、( iii ) 取得後に株式取得会社の企業結合集団の保有する議決権の割合が新たに20%または50%を超える場合には、公正取引委員会に対する事前の届出が必要となります(独占禁止法独占禁止法10条2項)。
 そして、届出受理の日から30日間は株式の取得ができません(禁止期間;同法10条8項)。

この事前届出義務に違反した場合に罰則などはあるのでしょうか。

 事前届出義務に違反すると、刑事罰(200万円以下の罰金)を課されます(同法91条の2第3号)。
 また、義務違反が取引の効力にも影響を及ぼすと思われます。通常、実務上は企業結合に関する最終契約等において企業結合審査のクリアランスを得ることがクロージングの前提条件とされるなど、何らかの条項が置かれています。

では、なぜこのようなスキームが用いられたのでしょうか。

 東芝は、本年3月末までに何としてもTMSの株式売却を完了して、売却益を3月末決算期に計上したかったため、禁止期間の経過を待たずして売却を実現できるよう編み出されたのが、上記のスキームということになります。

 つまり、国内売上高のないMSホールディングがTMSの議決権付株式(A種種類株式20株)を100%保有しても、ペーパーカンパニーであるMSホールディングには売上が存在せず、上記届出要件の( iii )に該当しないため、事前届出制度の適用を受けません。
 また、要件の( iii )があくまで、議決権保有割合をメルクマールとしていることから、本件においてキヤノンがTMSの「新株予約権」や「無議決権株式(B種種類株式)」を取得すること自体も、法令の文言上は、事前届出制度の適用を受けません(※キヤノンにとって、MSホールディングは「独立した第三者」とされており、両社が同一の企業結合集団に属していないという前提です)。
 この「新株予約権」や「無議決権株式(B種種類株式)」は、議決権がないものである以上、議決権保有割合の要件を満たすことはないためです。

公正取引委員会は何を問題視したのでしょうか。

 公正取引委員会は、このスキームを、「独占禁止法に基づく企業結合審査において承認を得ることを条件として最終的にキヤノンがTMSの株式を取得することとなることを前提としたスキームの一部を構成し、MSホールディングという第三者を通じてキヤノンとTMSとの間に一定の結合関係が形成されるおそれを生じさせるもの」と断じ、届出を行わずにスキームの一部を実行したことが問題だったとしています。
 ここからは、MSホールディングの独立性について強い疑義を持っている様子が窺われます。

脱法行為ではないかという意見も見られます。

 確かに、本件について、巷では「脱法スキーム」のように揶揄する向きもあるようですが、キヤノンが、新株予約権の行使によってTMSを子会社化するに際し、一連のスキームの一部実行後とはいえ企業結合審査を受けている点には、一応留意すべきです。

 すなわち、キヤノンが、企業結合審査のプロセス自体を潜脱したわけではないため、クリアランスが最終的に得られないリスクも踏まえた上で取引に踏み切った、というのが正しい見方だと思います。これまでの報道によると、今回のスキームを提案したのもキヤノン側であったようです。
 ちなみに、TMSの会社謄本によれば、無議決権株式(B種種類株式)には重要事項に対する「拒否権」が付与されています。キヤノンは、このB種種類株式により、TMSを子会社化できなかった万一の場合に備えて一定程度のリスクヘッジを図ったようにも読み取れます。
 また、東芝側も全くのノーリスクとは言えず、仮にもし、キヤノンが事前届出義務違反を問われた場合には、3月末期の売却益計上にも悪影響を及ぼしたものと思われます。

他の道はなかったのか

(testing / Shutterstock.com)

非常に複雑なスキームを用いていましたが、他の選択肢は採れなかったのでしょうか。

 本年3月9日にキヤノンが独占交渉権を付与された時点から、どのようにしてクリアランスを得るのか、実務では注目されていました。
 もっとも、3月末までの株式売却を真正面から試みたとしても、以下の諸制度の利用は難しいため、今回のようなスキームの活用もやむを得ないという判断に至ったのだと思われます。

選択肢① 事前届出が困難な場合

 株式取得の事前届出が困難として以下に該当する場合は、事前届出が不要となります(独占禁止法10条2項但書、関係規則2条の7)。

  • 株式発行会社の行為によって株式を取得させられる場合(1~4号;株式分割・併合による取得ほか)
  • 取得の判断を届出会社自身が行わない場合(5~7号;投資事業有限責任組合の有限責任組合員が、当該組合の組合財産として取得する場合ほか)

 もっとも、本件のような、「事前届出を経ていたのでは、希望するスケジュールに間に合わない」という事情だけでは、事前届出が困難である場合とは言えません。

選択肢② 禁止期間の短縮

 公正取引委員会は、必要があると認めるときは、禁止期間を短縮することができ(独占禁止法10条8項但書)、届出会社から株式取得禁止期間の短縮の申出があった場合、以下の2つの要件を満たすときは、株式取得禁止期間を短縮するという運用が採られています。
 また、特に禁止期間の短縮が必要な理由があれば、書面に記載することも可能です。

参考:公正取引委員会のウェブサイト

  1. 当該事案が独占禁止法上問題がないことが明らかな場合
  2. 株式取得禁止期間を短縮することについて届出会社が書面で申し出た場合

 もっとも、キヤノンは医療機器部門を有しており、企業結合審査のプロセスが不可欠であったため、禁止期間を3月末までに終わらせることは事実上不可能という判断があったものと推察されます。

 なお、今回のTMSの株式取得においては、キヤノンの競合相手であった富士フイルムも名乗りを上げていました。もっとも、富士フイルムにも「富士フイルムメディカル株式会社」という医療機器部門のグループ会社がありますので、企業結合審査のプロセスが不可欠であったと想定されます。
 ですから、東芝が富士フイルムを売却先に選んだと仮定しても、3月末までの売却実現にとって「禁止期間」がネックになり得る状況は変わらず、東芝側との間で、スキームについての折り合いがつかなかったのだと思われます。

選択肢③ 届出前相談

 届出会社は、届出書の記載方法等に関して、公正取引委員会に相談することができ、その際、一定の取引分野に関する公正取引委員会の考え方等、届出書に記載すべき内容に関連した相談も可能です。
 「届出前相談」は、従前の「事前相談制度」に代替する制度として平成23年7月から導入されたものです。事前相談制度が、実質的には企業結合審査の前倒しであるにも拘わらず、「届出前の事実上の相談である」という建前から公正取引委員会の判断過程や理由が十分に明らかにされず、スケジュールの見通しが立たない等の問題もあったことから、届出書の記載内容等の相談を受け付ける「届出前相談」が導入されたという経緯があります。

 よって、公正取引委員会が「届出前相談」を通じ、企業結合において重要な点である一定の取引分野(市場)の画定の考え方について見解を示すこともあり得ますが、当該企業結合が「一定の取引分野における競争を実質的に制限することとなる」か否かの判断を行うことはありません。また、「届出前相談」の内容によっても異なりますが、回答には通常2週間から1か月程度掛かります(公正取引委員会のウェブサイトより)。
 このような事情から、「届出前相談」も選択できなかったのだと思われます。

本件のようなスキームが選択されることは稀なのでしょうか。

 平成21年の独占禁止法改正によって、株式取得が事後報告制から事前届出制へ改められたことに伴い、合併・会社分割などの他スキームと比べて、当該制度における株式取得の事例自体は圧倒的に多いものの、今回のようなケースはおそらく前例がないと思われます。

 なお、株式取得の事前届出制を含めた企業結合規制(独占禁止法9条~16条)の脱法行為は、「何らの名義を以てするかを問わず」禁止されています(独占禁止法17条)。
 ただ、この規定が実際に適用された事例は乏しく、公正取引委員会も、少なくとも表立っては、本件に対する同条適用の余地について言及していないようです。

 過去においては、株式取得に事前届出制が導入される前の古い事例ながら、(改正前の)独占禁止法10条違反を問われた事例として、日本楽器事件(勧告審決昭和32.1.30審決集8巻51頁)では、日本楽器が第三者名義で河合楽器の株式を24.5%取得したことが、この17条違反とされました。

実務への影響は

今後、同様のスキームを実行する際には事前の届出が求められるとされていますが、具体的にはどのような届出を行う必要があるのでしょうか。また、その届出を怠った場合、企業にはどのような影響があるのでしょうか。

 本件の事例に即して言えば、スキーム全体が当初から株式取得まで企図されたものであるようなケースにおいては、子会社化するタイミング(=新株予約権の行使時)ではなく、新株予約権を取得する時点で事前の届出が求められることになります。

 理屈の上では、事前・事後の時期を問わず、ある企業結合が「一定の取引分野における競争を実質的に制限することとなる場合」には排除措置命令などを発令すれば良いはずで、あえてスキーム着手前からの事前届出を求めなくとも足りるはずです。

 ただ、これを認め出すと、事前届出制度が有効に機能しなくなり、公正取引委員会の理念とは逆行しますし、すでに一連のスキームが実行済みの場合には、企業結合を前提とした事業活動が行われ、その既成事実を覆す可能性のある判断を公正取引委員会が事実上躊躇するかもしれないのであれば、やはり望ましくない状況なのでしょう。

公正取引委員会の判断についてはどう考えますか。

 新株取得権の取得は、少なからず「当初から株式取得まで企図」されているともいえ、今後は、多種多様なケースの該当性が問題となる可能性もありそうです。このように、今回の公正取引委員会のリアクションも心情的には十分理解できるものの、線引きの曖昧さが残るのは否めません。

 また、これまでの報道によれば、富士フイルムは公正取引委員会に対しても説明を求めているようです。予測可能性という観点からは、明確な基準を設けるよう、むしろ法令自体を改正して、企業結合を検討している企業にとってわかりやすいルールを設定すべきだと思います。

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