有償ストック・オプションは報酬? ASBJ公開草案が投げかける「報酬」の意義

ファイナンス
武藤 雄木弁護士

2017年5月10日、企業会計基準委員会(以下、「ASBJ」という)が実務対応報告公開草案第52号「従業員等に対して権利確定条件付き有償新株予約権を付与する取引に関する取扱い(案)」等を公表。7月10日まで公開草案に対するパブリックコメントが募集された。

公開草案では、権利確定条件付有償新株予約権(以下、「有償ストック・オプション」)を付与する取引が、ストック・オプション会計基準に定める報酬としての性格があると考え、株式報酬として費用処理をすべきとしている。
これに対し、パブリックコメントで集まったコメントは253通にのぼった。

【コメントの募集内容】
質問1 (ストック・オプション会計基準に含まれることに関する質問)
本公開草案では、対象とする権利確定条件付き有償新株予約権を付与する取引が、ストック・オプション会計基準第2項(4)に定める報酬としての性格を持つと考えられるため(実務対応報告公開草案第17項から第23項を参照)、当該権利確定条件付き有償新株予約権は、企業が従業員等から払い込まれる金銭の対価及び従業員等から受ける労働や業務執行等のサービスの対価として付与するものと整理し、ストック・オプション会計基準第2項(2)に定めるストック・オプションに該当するものと提案しています。この提案に同意しますか。同意しない場合は、その理由をご記載ください。

質問2 (会計処理に関する質問)
本公開草案では、権利確定条件付き有償新株予約権を付与する取引の会計処理について、上記のように、基本的にストック・オプション会計基準及びストック・オプション適用指針に準拠した取扱いを提案しています。この提案に同意しますか。同意しない場合は、その理由をご記載ください。

質問3(注記に関する質問)
本公開草案では、権利確定条件付き有償新株予約権を付与する取引の開示について、 上記のように、ストック・オプション会計基準及びストック・オプション適用指針に準拠した取扱いを提案しています。この提案に同意しますか。同意しない場合は、その理由をご記載ください。

質問4(適用時期及び経過措置に関する質問)
本公開草案の適用時期等に関し、公表日以後適用するとの提案、及び、公表日より前に従業員等に対して権利確定条件付き有償新株予約権を付与した取引について、上記のように一定の事項を注記した上で、従来採用していた会計処理を継続することができるとの提案に同意しますか。同意しない場合は、その理由をご記載ください。

質問 5(その他)
その他、本公開草案に関して、ご意見があればご記載ください。

出典:企業会計基準委員会「実務対応報告公開草案第52号「従業員等に対して権利確定条件付き有償新株予約権を付与する取引に関する取扱い(案)」等の公表 」(平成29年5月10日)


【パブリックコメントの結果(編集部調べ)】

賛成 反対 条件付賛成 意見保留 言及あり 言及なし
質問1 6 203 - 1 - 43
質問2 6 143 - - - 104
質問3 5 110 - - - 138
質問4 8 103 3 - - 139
質問5 - - - - 116 137

公開草案に賛成というコメントを出しているのは、大手監査法人が中心。ASBJ実務対応専門委員会では、事務局より導入会社からのコメントは60~70件ほどとの報告があり、反対の意見の多くは導入会社ではない企業や、士業から集まっている。
特筆すべき点は2点あり、1点は名前が公表されるにも関わらず弁護士、公認会計士をはじめとする士業個人からもコメントが多く集まっていること、もう1点は第一東京弁護士会や弁護士事務所からのコメントもあることだ。
また、質問1のみ回答するケースが多く、質問1で言及していなくても、そのほとんどが質問5でコメントをしていることにも注目したい。

公開草案にここまで多くのコメントが寄せられたのはなぜか、公開草案が施行された場合は実務にどのような影響を与えるのだろうか。有償ストック・オプションの実務に詳しい、森・濱田松本法律事務所の大石 篤史弁護士、岩田合同法律事務所の武藤 雄木弁護士に聞いた。

公開草案に寄せられたコメント、注目すべきポイントは

パブリックコメントに寄せられた意見を踏まえて、公開草案にはどのような問題があると考えますか。

大石氏
質問1に対し、多くの反対意見が寄せられています。
質問1の中では、「権利確定条件付き有償新株予約権を付与する取引が、ストック・オプション会計基準第2項(4)に定める報酬としての性格を持つと考えられるため(実務対応報告公開草案第17項から第23項を参照)」としていますが、公開草案第17項から第23項の内容に対しては疑問があります。

特に、公開草案第17項(1)では「権利確定条件付き有償新株予約権は、その付与に伴い従業員等が一定の額の金銭を企業に払い込むという特徴を除けば、ストック・オプション会計基準を設定した当初に主に想定していたストック・オプション取引(付与に伴い従業員等が一定の額の金銭を企業に払い込まない取引)と類似している。」、としていますが、「付与に伴い従業員等が一定の額の金銭を企業に払い込む」という有償ストック・オプションの最大の特徴を除いて類似性を論じるのは、必ずしもフェアな議論の仕方ではないという気がしています。そのような特徴を除いたストック・オプションを想定するのであれば、無償ストック・オプションと変わらないということになってしまうと思いますので。
なお、インセンティブとしての性質があることが考慮されているのかもしれませんが、インセンティブだから報酬である、という論理には、少し飛躍があるように思います。

有償ストック・オプションは報酬として付与するものではない、という実務が定着しているかと思います。

大石氏
会社法上、「報酬等」とは「報酬、賞与、その他の職務執行の対価として株式会社から受ける財産上の利益」をいうと定められています(同法361条1項)。有償ストック・オプションは、時価をもってその払込金額とすることが想定されておりますが、その時価が正しいという前提に立つ限り、①公正な評価額の払込みを原因として付与されるものであることから、「職務執行の対価」として付与されるものではなく、また、②公正な評価額の払込みがなされていることから、付与対象者において「財産上の利益」を得るものではないので、「報酬等」には該当しないと解されるべきだと思います。有償ストップオプションが時価を実際に払い込んで発行されることと、「職務執行の対価」「報酬等」という概念は、本質的に相容れないと考えているところです。

実務上もこのような解釈を前提に、有償ストック・オプションの発行にあたり、「報酬等」の決定にかかる株主総会決議(会社法361条1項、309条1項)を経ない取扱いが一般的です。実際に、平成28年5月20日に公益社団法人日本監査役協会が公表した「監査役監査実施要領」(改定版)では、「有利発行決議や報酬決議、事業報告における開示の対象とはならない。」としているところです。仮に、会計基準が公開草案のとおり導入されたとしても、会社法上は別途の考慮に基づいて、現在の実務が維持される可能性もあるように思います。

また、税務上も、有償ストック・オプションは、給与等課税事由に該当せず、役員および法人において課税関係は生じないとされています。これは、ストック・オプションが時価で発行されることから導かれる当然の帰結であり、仮に会計基準が公開草案のとおり導入されたとしても、税法上はそれとは別の結論を採らざるを得ないのではないかと考えているところです。仮に税法も会計に揃えようとする場合は、税法の基本的な枠組みを修正することになるので、なんらかのみなし規定を置くなどしないと、辻褄が合わなくなるのではないかと思います。

会社法や税法から乖離して、会計だけが有償ストック・オプションを報酬として取り扱うこととなった場合は、実務もかなり混乱してしまうのではないかと危惧しているところです。

IFRSへの歩み寄りであるコンバージェンス(収斂)との関係ではいかがでしょうか。

武藤氏
IFRSへのコンバージェンスが進む中、同基準では有償ストック・オプションに対する従業員の役務提供が認められる場合には費用計上するため、我が国の会計基準を見直すという考え方には一定の合理性があります。

これまで、日本における有償ストック・オプションが報酬に該当するかどうか、という判断は「公正価値」に基づいて発行されるかどうか、という点によってなされていたのに対し、IFRSでは「公正な価値」であっても、勤務条件か業績条件のいずれかを満たす場合は費用認識するという権利確定条件を設けています。IFRSが定義する勤務条件とは、所定の期間の勤務を完了することを要求する条件をいい、業績条件は、所定の期間の勤務の完了(この場合、勤務の要求は黙示的な場合も含む)と当該期間における所定の業績目標の達成を条件とするものをいいます。

IFRSとのコンバージェンスという観点で考えれば、少なくとも所定の期間の勤務の完了が求められていることを要件とすべきだったのでしょうが、公開草案では勤務条件(一定期間の勤務を要求する条件)が付されていないが業績条件(一定の業績の達成を要求する条件)が付されている場合も含まれるとしています。この点、本公開草案では、有償ストック・オプションが従業員等から受けた労働や業務執行等のサービスの対価として用いられていないことを立証できる場合にはストック・オプション会計基準の適用はないとしていますが、業績条件だけでも対象となると明示されている以上、この立証は実務上極めて困難であると思われます。

公開草案のように従業員等に対する有償ストック・オプションに勤務条件を求めないという整理は、IFRSの考え方と合致しているとはいえず、日本のローカルルールとなってしまうことが懸念されます。

公開草案が施行された場合、IFRS適用会社や適用を検討している会社にはどのような影響があるでしょうか。

武藤氏
まず、IFRS適用会社の場合、日本基準が適用される単体決算では費用処理となるものが、IFRSが適用される連結決算では費用処理とならずにねじれが発生する可能性があり、その場合は投資家に混乱を与えることとなります。
役員へ有償ストック・オプションを付与する場合、日本基準では報酬という認識となるため、その付与に際して株主総会で報酬枠を決議すべきという指摘も出る可能性もあります。

次に、IFRS適用を検討している会社の場合、IFRSの適用前は、日本基準により連結・単体決算ともに費用処理となっているものが、IFRS適用後は、連結決算のみ費用処理が不要となりねじれが発生する可能性があります。
パブリックコメントの質問5に対するコメントにおいて、このIFRSとの不整合が多く指摘されています。

他にも公開草案に寄せられたコメントで指摘されていて、注目すべき点はありますか。

武藤氏
パブリックコメントの質問5に対するコメントとして、未公開企業の取扱いについての指摘も目立ちます。
ストック・オプション会計基準第13項は、未公開企業における取扱いとして、「公正な評価単価」の代わりに、「単位当たりの本源的価値」と読み替えることを認めています。
本公開草案は、会計基準より下位に位置する「実務対応報告」であり、また、その8項において、本実務対応報告に定めのない会計処理については、ストック・オプション会計基準の定めに従うとされていますので、未公開企業の特例を変更するものではないと考えられますが、本公開草案の中では具体的には明記されていません。

この点、日本公認会計士協会は、6月15日に公表したコメント(「実務対応報告公開草案第52号「従業員等に対して権利確定条件付き有償新株予約権を付与する取引に関する取扱い(案)」等に対する意見について」)の中で、「本公開草案が対象とする取引についても、未公開企業による特例適用が認められる旨を明記することが望ましい」と見解を明らかにしていますが、パブリックコメントに寄せられた意見には、この会計士協会のコメントと同意見であるという記載も多く見られます。

報酬とは何か

会社法における「報酬等」との差異についてどのように考えますか。

大石氏
先ほども申し上げたように、会社法361条1項で定める「報酬等」と公開草案の考え方には差異があります。この点、第一東京弁護士会 総合法律研究所 会社法研究部会の有志から公表されたコメントでも詳細な指摘がなされています。

ストック・オプション会計基準が施行される際には、会社法も合わせて議論をしてきた経緯があります。また、2014年11月19日、第22回基準諮問会議議事概要を見ると、「会社法との関係も整理する必要がある」という対応が述べられているにも関わらず、公開草案では整理がなされていません。

報酬の考え方が、会社法と会計処理で異なるということは、有償ストック・オプションの導入を検討する企業にとって非常に大きな混乱を与えることになるので、会社法との整理を避けるべきではないでしょう。

なお、個人的には、「有償ストック・オプション」という表現がややミスリーディングであり、本来は、端的に「時価発行ストック・オプション」と表記した方がわかりやすいと思っています。時価相当額を自分の懐から捻出した役員や従業員からすれば、報酬を受け取ったのではなく、投資を行ったと考えるのが、やはり自然ではないでしょうか。

公開草案に寄せられたコメントを見ると、「報酬とは何か」という問題に行き着くと感じます。

武藤氏

そもそも公正価値で発行される有償ストック・オプションは損失が発生する可能性のある投資そのものであり、これを報酬の認識することには強い違和感を覚えます。

第323回企業会計基準委員会の議事録(2015年11月6日)では、第27項で、(1) 公募ではなく、役員または従業員に限定して付与されること、(2)権利確定条件が付されていることをあげ、さらに、第29項においてストック・オプション会計基準第36項の「従業員等に付与された自社株式オプションが、多かれ少なかれインセン ティブ効果を有すること、すなわち、これを従業員等に付与した場合に量又は質の面で追加的なサービスの提供が期待されること自体については、あまり異論はないものと考えられた。」という記載から「企業は権利確定条件を満たすような追加的な労働等の サービスの提供を期待しているものと推定されると考えられる。」と結論付け、感覚的な観点で「報酬性がある」としていますが、そもそもインセンティブ=報酬というような言葉の定義は明確には規定されていません。
また、ストック・オプション会計基準では、報酬とは「企業が従業員等から受けた労働や業務執行等のサービスの対価として、従業員等に給付されるもの」と定義をしていますが、ASBJも認める『公正価値』での有償発行は、監査役協会の要領にもある通り、明らかにこの定義の外にあるものと解釈することが可能です。これまで上場会社に限っても350社程度の事例があるものについて、もともと無償によるストック・オプションの付与を念頭において議論されていたストック・オプション会計基準を適用すべきではないと思われます。

会社法の見直しに向けた動きも進んでいます。

大石氏
法務省ホームページにも平成29年4月26日開催の法制審議会会社法制(企業統治等関係)部会第1回会議の議事が公開されていますが、その中で、「役員に企業価値を向上させる適切なインセンティブを付与するための規律の整備として、取締役の報酬が取締役に対し、適切に職務を執行するインセンティブを付与するための手段として機能するために、取締役の報酬に関する規律を見直すことが相当であるという指摘があります。」とあり、法制審議会においてインセンティブ制度全般を見直す議論が見込まれます。

そのような中、有償ストック・オプションのみを先行して実務対応報告で規制することで、 将来、法制審議会の議論に進展があった際、何らかのコンフリクトを生じる可能性もあるのではないかと思っているところです。

以上のような観点から、会社法の議論を踏まえた慎重な検討が行われることを望んでおります。

パブリックコメントの意義

今回のコメントに対し、ASBJではどのような動きがあるのでしょうか。

大石氏
法改正時のパブリックコメントも同じなのですが、パブリックコメントに寄せられた意見は、正面から取り上げ、ASBJとしての考え方を丁寧に示して頂きたいと考えています。パブリックコメントが、結論ありきの議論を正当化するための手続であってはならないと思います。

武藤氏
9月7日の第107回実務対応専門委員会では、質問1(ストック・オプション会計基準に含まれることに関する質問)および質問2(会計処理に関する質問)に関する対応案の審議が行われました。一部には反対意見に対する丁寧な説明が必要であるとの意見もみられましたが、従業員等に限定して付与されている以上、報酬としての性格が認められてしかるべきであるともとれる乱暴は議論も見受けられました。

無償による発行を前提としていたストック・オプション会計基準の制定時にも費用認識の前提条件に疑問があるという指摘はされていましたが、その際には、企業が見返りもなくストック・オプションを付与しているとは考えにくいとの見解のもと、企業に対する実態調査を行い、過半数の企業が報酬であるとの認識を有していることなどを、当該見解を補強する事実として挙げていました。

公正価値で発行される有償ストック・オプションは従業員等による金員の払込という見返りがあるわけですから、これに報酬性が認められるとするのであれば、対応案では、そもそも報酬とは何かというところから説明されるべきと考えます。また、多くの企業が投資制度であるとの認識を有していることについても、ストック・オプション会計基準の制定時の議論と整合性をもった丁寧な説明が求められます。

今後は、委員会が否定的な意見が太宗を占めているという事実に対して真摯に対応せずに本公開草案を進めるということがないよう注視していく必要があります。

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