インサイダー取引規制における行為者の認識

ファイナンス
北田 晃一弁護士

 重要事実を「知った」というためには、どのような事実を認識していることが必要になりますか。また、インサイダー取引規制違反の要件として故意は必要ですか。

 重要事実を「知った」というためには、確定的な認識がある場合だけでなく、未必的な認識がある場合も含まれると解されています。また、バスケット条項に該当する事実の認識については、「投資判断に著しい影響を及ぼす」との判断を可能とする事実(評価の根拠となる事実)の認識で足りるとされています。

 また、刑事責任の要件としては犯罪事実(インサイダー取引規制違反に該当する事実)の認識(故意)が必要になりますが、課徴金の要件としては故意は不要であり、過失で足りると解されています。

解説

行為者の主観的要件 - 「知った」と故意

重要事実を「知った」の意義

 インサイダー取引規制においては、重要事実を「知った」ことが要件になります。そして、「知った」とは、重要事実の確定的な認識がある場合はもちろん、未必的な認識がある場合も含まれると解されています。

 このような要件は、刑事責任(金融商品取引法197条の2第13号ないし15号)と課徴金(金融商品取引法175条、175条の2)のいずれにおいても必要です。

故意は必要となるか

(1)刑事責任の場合

 インサイダー取引規制の違反は刑事罰の対象となるところ(金融商品取引法197条の2第13号ないし15号)、刑事責任を課されるためには、主観的要件として故意があることが必要です(刑法38条1項)。刑事責任における「故意」とは何かについては見解の対立がありますが、ここでは犯罪事実の認識・認容としておきます。

 すなわち、故意があるというためには、犯罪事実の認識が必要になります。したがって、会社関係者のインサイダー取引規制違反を例にとると、①自身が会社関係者であること、②その職務に関し重要事実を知ったこと、③当該重要事実が公表されていないこと、④特定有価証券の売買等をしたこと、についての認識が必要ということになります。

 また、情報受領者であれば、①情報提供者が会社関係者であること、②その会社関係者がその職務に関し重要事実を知ったこと、③当該重要事実の伝達を受けたこと、④当該重要事実が公表されていないこと、⑤特定有価証券の売買等をしたこと、についての認識が必要になります。

【故意があるというための要件】

立場 認識が必要なこと
会社関係者
  1. 自身が会社関係者である
  2. その職務に関し重要事実を知った
  3. 当該重要事実が公表されていない
  4. 特定有価証券の売買等をした
情報受領者
  1. 情報提供者が会社関係者である
  2. その会社関係者がその職務に関し重要事実を知った
  3. 当該重要事実の伝達を受けた
  4. 当該重要事実が公表されていない
  5. 特定有価証券の売買等をした

 また故意については、確定的故意だけでなく、未必の故意でもよいと解されています。

 このように、刑事責任においては、重要事実を「知った」だけでなく、インサイダー取引規制違反となる事実の認識(故意)も必要になります。

(2)課徴金の場合

 課徴金の場合には、「故意」が要件となるかどうかが問題になります。

 金融庁は、情報受領者のインサイダー取引規制違反において、「情報提供者が会社関係者であること」を情報受領者が知っていたことは要件となるかが論点となった事案について、「金融商品取引法の課徴金制度は、証券市場の公正性と投資家の市場に対する信頼を保護するという目的を達成するために設けられたものであり、課徴金納付命令は、こうした金融商品取引法の規制の実効性確保を目的とした行政上の措置であって、刑罰のように行為者の責任非難を目的とするものではないから、原則として故意は要件とされない」とし、特に明文で定められている場合を除き、故意やこれに相当する認識の存在を必要としないとしました 1

 この事案について課徴金納付命令の取消しを求めた裁判においても、大阪地裁平成25年2月21日判決は、法の文言上、課徴金納付命令の要件として違反事実を基礎付ける事実の認識が要求されていないこと、過失により違反行為に及んだ者についても規制の実効性を確保するため課徴金の納付を命じる必要性があることは否定できないことから、課徴金納付命令の要件となる法違反行為は、故意によるものに限られず、過失によるものも含むと判断しました(最終的には、原告には、故意があったか、少なくとも認識しなかったことについて過失があったと認定しました)。

 したがって、課徴金においては、重要事実を「知った」ことに加え、インサイダー取引規制違反となる事実の認識(故意)があるか、または当該事実を知らなかったことに過失があることが要件になります。

未必の認識・故意とは

 上記のとおり、重要事実を「知った」ことについても、故意についても、確定的なものだけでなく、未必のものも含みます。

 故意については、行為者が犯罪事実の実現を確定的なものとして認識し、これを認容している場合が「確定的故意」であり、行為者が犯罪事実の実現を可能なものとして認識し、これを認容している場合が「未必の故意」とされます。「知った」についても同じと考えてよいでしょう。

 では、重要事実についての「未必の認識(故意)」とはどのようなものでしょうか(なお、未必の認識は、重要事実以外でも問題になります)。

 この点については、盗品譲受罪(賍物故買罪、刑法256条)における「盗品(賍物)」であることの認識に関する最高裁昭和23年3月16日判決・刑集2巻3号227頁が参考になると思われます。すなわち、最高裁は、「賍物故買罪は賍物であることを知りながらこれを買受けることによって成立するものであるが、その故意が成立する為めには、必ずしも買受くべき物が賍物であることを確定的に知って居ることを必要としない。或は賍物であるかも知れないと思いながらしかも敢てこれを買受ける意思(いわゆる未必の故意)があれば足りるものと解すべきである。故にたとえ買受人が売渡人から賍物であることを明に告げられた事実が無くても、苟くも買受物品の性質、数量、売渡人の属性、態度等諸般の事情から『或は賍物ではないか』との疑を持ちながらこれを買受けた事実が認められれば賍物故買罪が成立するものと見て差支えない」と判示しました。

 そうすると、インサイダー取引規制の重要事実についても、「あるいは重要事実であるかもしれない」と思いながら、あえて上場株式の売買等を行えば、未必の認識が認められ、インサイダー取引規制に違反するということになります。

規範的構成要件の認識

 犯罪の構成要件には、記述的構成要件と規範的構成要件があります。前者はその意義を解釈によって確定できる構成要件であり、後者はその意義を解釈によって確定することには限界があり、最終的には裁判官の評価・価値判断によって決定せざるを得ない構成要件です。

 インサイダー取引規制に関して言えば、「合併」など多くの重要事実は記述的構成要件といえますが、「新製品」「新技術」(金融商品取引法166条2項1号カ・5号ト)や、バスケット条項すなわち「当該上場会社等の(子会社の)運営、業務又は財産に関する重要な事実であって投資者の投資判断に著しい影響を及ぼすもの」(金融商品取引法166条2項4号・8号)は規範的構成要件といえます。

 この点、東京地裁平成23年4月26日判決は、「被告人は、被告人が得た情報が、バスケット条項にいう『投資者の投資判断に著しい影響を及ぼすもの』に該当するかどうかについては明確な認識がなく、本件がインサイダー取引に該当するとは思わなかったとも弁解しているが、『投資判断に著しい影響を及ぼすもの』であることにつき、正しい当てはめの認識が不要であることは先に述べたところと同様である。加えて、これは規範的構成要件要素であるから、被告人は『投資判断に著しい影響を及ぼす』との判断を可能とする事実(評価の根拠となる事実)を認識しさえすれば、意味の認識はあるのであり、仮に被告人が『投資判断に著しい影響を及ぼさない』と思いこんでいたとしても、故意の有無を左右するものではない。本件についてこれをみれば、被告人は、不動産業界に対する融資の状況、本件の融資規模など前記関係者とほぼ同様の評価の根拠となる事実を被告人は認識していたのであるから、被告人の故意は阻却されない。」と述べています。

 すなわち、「(一般人であれば)投資判断に著しい影響を及ぼす」との判断が可能になる事実の認識で足りるということになります。

東京地裁平成28年9月1日判決

事案の概要

 最後に、重要事実を「知った」かどうかが問題になった裁判例(東京地裁平成28年9月1日判決・判タ1434号172頁)をみてみましょう。

 この裁判例の事案は、登場人物が多いため、詳細は上記裁判所のリンクを見ていただければと思いますが、事案を簡略化すると以下のようになります。

  1. 上場会社X社が公募増資(重要事実)を計画していた(平成22年8月30日までには公募増資の決定がなされた)。
  2. 当該公募増資の主幹事証券会社Y社の従業員であるA・Bは、当該公募増資を公表前に知った。
  3. A・Bは、Y社の従業員であるCに対し、一定の情報を伝えた。
  4. Cは、第三者であるDに対し、X社の公募増資に関する何らかの情報を伝達した。
  5. Dは、同年9月27日、公募増資の公表前に、X社株式を売った。
  6. 同月29日、X社は公募増資を公表した。

東京地裁平成28年9月1日判決の概要

 本件は、Dが情報受領者としてインサイダー取引規制に違反するかどうかが問題となりました(情報伝達規制が新設される前の事案であるため、Cは被告人ではありません)。

 争点は、(a)会社関係者であるCが公表前に公募増資を知ったかどうか、(b)((a)を前提として)Dが公表前にCから公募増資の伝達を受けたかどうかの2点です。結論として、東京地裁は(a)を否定し、Dに対して課せられた課徴金納付命令を取り消しました。

裁判所の認定

 この判決では、詳細な事実が認定されていますが、ここでその全部を紹介することはできないため、その一部を紹介します。

 裁判所は、Cの認識を認定する前提として、①Aが、平成22年9月15日には、近い将来、X社の公募増資が公表されることを認識し、また②Bが、同月24日、公募増資が同月29日に公表されることを知ったと認定したうえ、以下のような認定をして、Cが公表前にX社の公募増資を知ったとは認められないと判断しました。

  • Cが、同月16日に、顧客に対し、X社よりも他社の方が公募増資を行う可能性があるとのメールを送信していることから、同日時点でCは、X社が公募増資の決定をしたことを知ったとはいえない。
  • 同月21日に、AとCのやり取りがあり、Aは、Cに対し、「X社の公募増資の可能性は否定できない、やってもおかしくない」と伝えているが、これにより、Cに対して、X社が公募増資を実施すると決定したことを伝えたと認めることはできない。
  • 同月24日頃、BがCに対して、「その日(9月29日)は何かがあるかもしれない、規模は大きいかもしれない」と答えたとの認定はできないが、仮に、そのような事実があったとしても、Bの回答は、特定の企業につき特定の事実があると示すものではないから、これによってCがX社の公募増資を認識することはできない。
  • 同月27日、Cは、Dに対して、X社の公募増資が同月29日に公表されることに関する何らかの情報を伝達したことが推認されるが、Dが第三者(E)に対して送信したメッセージにおいては「案件は29日のような気がする」などの曖昧な表現が用いられていることからすれば、Cは、Dに対してX社の公募増資を確定的に伝えたのではなく、曖昧な表現を用いたことが推認される。
  • Dは、同月28日の時点では、X社の公募増資について強い確信を持っていたことがうかがわれるが、Dと頻繁にやり取りしていた第三者(E)がX社の公募増資に関して半信半疑であったことを踏まえれば、Cの認識を具体的に認定することはできない。
  • Cが、うわさや複数の情報を総合してC自身がX社の公募増資を推察したと考え得るが、それ以上に、Cの認識を具体的に推認することはできない。

 このように、東京地裁は、証拠上、Cの認識を具体的に推認することはできないとしましたが、本判決に対して控訴されていることから、今後の訴訟の行方が注目されます。

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